2002.3.31放送

写真家HABUさんを迎えて


今回は写真家HABUさんこと羽部恒雄さんの写真展『空へ』の会場(池袋サンシャイン60展望台・スカイギャラリーで開催)にお邪魔して、写真を拝見しながら色々とお話をうかがいました。この写真展は最新の写真集『空へ』(3月12日発売)とリンクしていて、その写真集に収められている写真の中から抜粋して展示してありました。実は“地上240メートルの空の上で見る空の写真”ということで、これが4回目の開催になるということでした。ということで、まずは雲談義。雲の写真はどれひとつとっても同じものがない。

「撮っても撮ってもキリがないし、はじめて見る雲がいつもあります。そこが魅力のひとつですね。」

私も雲の形で、これは何に似てるな、などと思いながら見ていたんですけど。

「子供の時に原っぱに寝転がって雲を見て、あれは犬に似てるとか、オバQに似てるとか、友達同士で話をした想い出が僕の原風景の中にあって、すごく懐かしさを感じたりしますね。雲は自然が作りだすものですから、もちろん、どういう見方をしてもいいんですが、人によって見え方が違う。広い空ですから、見てる場所もちょっとずつ違ってたりして、とらえ方も大きくとらえる人もいるし、ピン・スポットでとらえる人もいるし。そこがまた面白いですよね。」

今までの写真集にはそれぞれの写真にキャプションやエッセイがついてましたが、今回は写真集『空へ』も、この写真展の写真も、何もタイトルとかがついていませんね。

「そうですね。前に2冊出してて、最初のものは一点一点タイトルをつけました。次の『空の色』では後半にこんな思いで撮ったなど、写真に対する思いを僕がちょっと書いたものをつけたんです。今回はそれをあえてなくして、写真からじかに伝わるバイブレーションを感じてもらう。見方は人それぞれで、悲しい写真に見えるときもあるし、ウキウキと楽しく見える場合もある。それを御自分の目で見て、自分のものとして感じて欲しいと思って、先入観を与えるようなインフォメーションはいっさいなくしたんです。」

こうして写真を拝見していると、“青い空と白い雲”“夕焼け、朝焼け”というものもありますが、“ブルー・グレイのグラデーション”の写真もあります。こういう写真はあんまり空の写真としてお目にかかりませんよね。

「そうですね。あまり他の人は撮らないかもしれませんね(笑)。まぁ、晴れてるときだけじゃなくて・・・。青い空にポッカリ浮かぶ白い雲というステレオタイプの空の風景だけじゃなくて、やはり曇った日もあれば、雨の日もあるわけで、そんな中にもふと気づくとびっくりするような空の表情が見られるんですよ。普段なかなか気にしないんですが、何日も自然の中にいて空ばかり見て暮らしていると、そういうのにも感動するようになるんですよね。」

そもそもHABUさんが空の写真を撮りはじめたきっかけというのは?

「元々僕はサラリーマンやってまして、たまたま出張でオーストラリアに行って、そこで生活している人であるとか、ライフスタイルであるとか、気候であるとか、町並みとか気に入ってしまって、是非住んでみたいなと思ったんですよ。で、10日間ぐらいの仕事だったんですけど、帰るときには“よし、会社やめよう”って思ってて。半年後ぐらいにやめてオーストラリアに行きまして、1年間ぐらい旅をしながら写真を撮りはじめたんです。それが僕の写真家としての第1歩だったんです。その時はカンガルー見つけたら、慌ててカメラ出して写真撮ってたし、建物や人も撮ってたんです。それから毎年オーストラリアに行くようになったんですが、とにかく広いんです。地平線から反対の地平線まで全部空。その広さの中で見る空の圧倒的な迫力というかなぁ、段々カメラが上を向いていって、雲って凄いなぁ、空って広いなぁという感動が、僕の写真のメインになっていったということでしょうね。」

そのような広い空を見ているオーストラリアの撮影旅行から東京に帰って来ると、ビルの合間の狭い空。

「そうなんですよね。特に長い旅行から帰って来ると大変なんです。自然の中で空を見て、風を感じて生活してると、情報のない世界にいますから。東京に帰って来るといきなり情報の洪水ですから、もう、ついていけないですね。頭の中からそういう情報をシャットアウトすることが出来ないので、そういうときは広い河原に行くとか屋上に出るとかして空を見たりしてます。逆に撮影に行ったときは最初の2週間ぐらいはテンポがどうにもつかめないんです。こっちのリズムを引きずって行っているし、一生懸命いい写真撮ろうとか、強い写真撮ろうとか、肩に力が入ってるんです。それが2週間ぐらいすると段々自然のリズムというか、雲の流れとかに自分の気持ちが合ってきて、風を感じることが出来るようになって、肩の力も抜けて、“あっ、空ってこんなに広かったっけ”“あそこの雲はいい色だなぁ”とか、そういうことに素直に感動できるようになるんです。そうするといい写真が撮れるんですよね。」

でも、HABUさん、仕事で行くから2週間かけられますけど、私たちが休みをとって行く場合、2週間身体を慣らす間はありませんよ。


「そうですね。僕も昔、あんまり長く行けないことがあったんですよ。その時はついたその日、空港から大きな国立公園に直行して、そこで昼寝してました。ずっと空を見ながら半日ぐらい。そういうリズムについていくコンディションに無理やりスロー・ダウンするというか、それもひとつの手じゃないでしょうか。」

確かに向こうは国立公園に入ると自然どっぷりですもんね。

「もう、いきなり大きなトカゲとか出てきたりしますからね。よく、旅行に行く時って久しぶりにいっぱい本を読もうとか、ビーチで音楽聴こうとかすると思いますが、僕の場合は何も持っていかないんです。自然が自分の中でエンターテイメントになってくるのを待つって言うか・・・。本とか読んじゃうと、なんでここに来て時間を潰す必要があるんだと思っちゃうんです。せっかく来たんだからその中にどっぷりと浸って、細かい木々のざわめきとか、虫の声や鳥の声をエンターテイメントとして楽しむという気持ちがあると、少しは早く自然のリズムについて行けるようになるんじゃないでしょうか」

写真を拝見していると、見事なダブル・レインボウをはじめ、凄い瞬間を収めたものもありますよね。

「自然現象が起こる理屈は僕もよくはわかりませんが、僕が見たときにワァーッと思って撮った写真はそれを見た人もワァーッと言ってくれるんですよね(笑)。自然現象って、初めてみるものがたくさんあるんですよね。その楽しさというか、その出会った感動をうまく封じ込めたらいいなと思ってるんですけどね。」

私たちは写真集や写真展を観て、自然の現象でも“おやっ”と思えばもう一度戻って見直すことが出来ますが、HABUさんの場合は本当にその一瞬しかない場合も。


「ホントそうですね。雲も動いちゃいますからね。僕の場合はクルマで移動するんですけど、オッと思ったらすぐクルマを止めて、まず1枚撮るんです。それから三脚を立ててレンズや構図を考えて撮るんですけど、だいたい最初の1枚が一番いい、ということが多いですね。あの、以前もっと大きな組み立て式の蛇腹のカメラを使ってた時もあったんですが、オッと思ってから三脚を立ててレンズをセットして布をかぶってピントを確認して、とやってたら雲はどっかに行っちゃうんですよね。このカメラは俺に向いてないと思いましたね。ですからクルマの助手席にはいつでも撮れるようにカメラが置いてあって、まず1枚撮るというのが習慣になってますね。」

じゃぁ、普段の生活でも上向きかげんに歩いてるんですか?


「普段はほとんど撮らないんですよ。よっぽど夕焼けがきれいとか、あとは台風のあとですね。台風のあとは雲の流れが速くて空の景色がどんどん変化しますし、空気も澄んでますから、いい写真が撮れることが多いんですね。そうでもなければほとんど撮りません。」

でも、空はいつも見上げてるんですよね?

「ええ。ドア開けたらまず空を見ます。だいたい上を見ていますね。あのね、例えば、駅までの道のりで、僕は斜め上の方を見て歩いてるんですけど、そうすると、けっこういろんな雲が出てるんですよね。そうすると“今日のあの雲形がいいなぁ”とか“光がきれいになってきたなぁ”とか感じられて、それだけでも気持ち良くなるんです。電線があったり、どうしても絵になりにくい部分はありますが、空そのものや雲そのものは毎日見てても、家の近所でも飽きるものではない。僕、よく言うんですけど、“誰の頭の上にでもある手付かずの大自然。見上げるだけでそこにある”ということなんで、見ない手はないなと。ただですから。」

逆に曇りの日は雲の合間に見える光や夕焼けというように、違った見方も出来ますもんね。

「ぽこっと開いたところから光がすーっと入ってるとか、そういうのはずっと待ってて出てくるものじゃなく、たまたま出会うものですから、嬉しい気分になりますし、いいもの見せてもらったなと思いますね。」

写真集『空へ』には、ここでは展示されていない写真もあるんですよね。


「はい。全部で91点ありますんで、ここに展示していないものもあります。僕が拾い集めた空の写真、是非楽しんで欲しいと思います。」

これからも空の写真は?


「今年の後半から、少し時間をかけて集めてみようと思ってます。」

やっぱりオーストラリアのように広いところ?

「広いところは楽なんですよね。今自分の上にいい雲がなくても、見渡して、あそこにある、となればクルマを走らせて100キロとか200キロ走ると、ちゃんとその下に出ますから。それを追っかけ回して走り回ってるんです。2度と同じ風景に出会うことはないんですよね。それを写真に残すというのが、僕にとっては魅力なんで、これからも続けていきます。」

HABUさんはこれからも楽しく、ちょっと懐かしい空の写真をたくさん見せてくれそうです。
(写真展『空へ』は2002年4月14日まで開催)
HABUさんの公式ホーム・ページ「HABU'S PHOTO GALLERY」
http://www.artfarm.co.jp/habu/index.html

空へ
PIE BOOKS(ピエ・ブックス)/本体価格2,800円
ぜひお近くの書店で購入して、あなたのお部屋で、ちょっと懐かしく、それでいて毎回新発見があるような空の写真をゆっくりとご覧下さい。
また、ベスト・ショットを集めた写真集『空の色』や、ポスト・カードとミニ写真集を合わせた『雲の言葉』も同じく「PIE BOOKS」から発売されています。
http://www.piebooks.com

最初に戻る ON AIR曲目へ
ゲストトークのリストへ
ザ・フリントストーンのホームへ
photos Copyright (C) 1992-2002 Kenji Kurihara All Rights Reserved.