2003年8月24日
映画『地球交響曲/ガイアシンフォニー』
今週のベイエフエム/ザ・フリントストーンのゲストは龍村仁さんです。 |
今週は、先週に引き続き『地球交響曲/ガイアシンフォニー』の監督、龍村仁さんをお迎えしての第2弾。龍村さんが監督・演出を手掛け、今年の3月にテレビのスペシャル番組として放送された、ユーミンこと松任谷由実さんと行った北欧とアフリカの旅のお話や、いよいよ制作がスタートする映画「第五番」についてのお話などを中心に、貴重なメッセージをたくさんお伺いすることができました。
●先週「地球交響曲/ガイアシンフォニー」は、タイトル通り音楽的な映画というお話があったんですけど、その中でも「第一番」からすごく印象に残っているのが、スーザン・オズボーンさんとの出会いなんですね。
「スーザンの場合は、音楽より御本人に先に出会いました。歌手であることは知っていましたけど、1991年の『地球交響曲/ガイアシンフォニー』の「第一番」が上映のチャンスが無くてお蔵入りの時に、ある人を介して初めて出会ったんです。出会った瞬間は、同じ魂を完全に分かち合っている、懐かしい人というような感じさえ受けました。そのスーザンが日本の曲の『ふるさと』や『浜辺の歌』だとか、なぜ日本の歌を今、わざわざアメリカ生まれの彼女が歌うのかということが、言葉ではなくてピッタリ分かったような感じがしたんです。
俺自身の好き嫌いとかじゃなくて、スーザンが日本の歌を歌う理由をすごく感じたから必然的に映画を作る中で使っているんですけど、日本の歌だから日本的なシーンに使っているかというと全然そんなことはなくて、1番最初に使ったのは、『宇宙からの贈り物』というテレビの作品なんですよ。ボイジャーっていう宇宙船が地球の太陽系を離れて1番遠くまで行ったときに、NASAの科学者の指令で初めて太陽系全体を見える位置にいて、太陽系全体の写真を撮るというプロジェクトを扱ったドキュメンタリーをやった、その作品のオープニングがスーザンの『浜辺の歌』なんですよ。一言で言えば、センチメンタルな部分の個人的な体験と結びついて、懐かしい感じの日本の小学唱歌と思っていたけど、歌の持ってる裏側に宇宙的なタイムスケールで続いている何かがあるということを、スーザンが新たに歌うことによって、この歌の中から引き出して拡げた、そういう感覚なんです。
フィンランド・フィルの指揮者のレイフ・セーゲルスタムさんも言っていましたけど、音楽というのは、ある言い方をすれば、もともと宇宙の中に充ち満ちている、宇宙の星々の配列とか、いろんなものを形づくっている背後にあるバイブレーションみたいなものと言える。したがって、音楽はあらかじめ宇宙に充ち満ちている、宇宙というものを形づくるベースに音楽としか言いようがない何かがあるんだと。だけど、ただあると言っても仕方なくて、誰かの身体や感覚を通して具体的に聞こえる音となってきたときに、僕らはそれを音楽、一つの歌として感じる。だから聞こえてる一つの曲が、誰が作曲した、こういう曲なんだ、例えばバッハならバッハとしてしかこの世に立ち現れなかった一つの曲なんだけど、その曲のもっと奥に充ち満ちている中にすでに存在していたモノがバッハというキャラクターによって聞こえる音に引き出した、そういうものであるということです。人間のからだ、見えてるもの、聞こえてるものみんなその後ろに、それを形づくるバイブレーションがあって、そこで初めて一人の人間によって立ち現れてるということなんですね。
スーザンの歌というのは、コンサートの時も本当にたくさんの人が泣いていましたよね。何でそこで涙が出るのかということなんです。人間はそれぞれ違う人、バックグラウンドも違えば、来た理由も違う。だけどスーザンが歌を歌っているという、そのバイブレーションの中で、同じ瞬間に何かよく分からなくても感動があるということは、自分の、個人の何かを遥かに超えたモノに共鳴をして、そのことが自分の存在の何かを気付かせて感動するんだと思うんです。そういう意味でスーザンはそういう声や感性の持ち主なんですね。俺自身も司会をしてて、泣いちゃいけないんだけど、泣いちゃいますね(笑)」
●ユーミンとの旅の中でフィンランドに行かれたときに、カレワラという神話があって、その中にワイナモイネンという音楽の神様が登場するんですけど、その神様はカマスの骨で作ったカンテレという楽器を奏でて、世の中に調和をもたらした神様だったというお話で、スーザンの歌で全然違う人達が大きな響きの中に包まれるというのも、一つの調和なのかなと思いました。
「そうなんですね。フィンランドの神様、カレワラの中に出てくる神様というのはちょうど八百万(やおよろず)の神様と同じで、キリスト様のように絶対的に聖なる人ではないんです。ドジなところもいっぱいあって、それがまた面白いんですけど、失敗をしたり、恋をして振られて悲しんだり、いろんなことをするんだけど、ただワイナモイネンというのは、生まれたときにすでに年寄りなんですよ。何千歳かくらいで白いヒゲを生やしているんだけど、その人が、いろんな魔女との戦いとか争いの中で、究極において彼がカンテレという楽器(カマスの骨に糸を通した竪琴のような楽器)を奏でると、敵対するものも、神様、動物、岩、風、水もみんな一緒になって心が和んで、その瞬間だけは争い事が治まるんです。
ただし、フィンランドのお話の素敵なところは、それで世の中が平和になりましたでは終わらない。それがどこかで途切れると、争いを繰り返すんです。繰り返すけど、ワイナモイネンの歌と楽器、音楽がある。ヒンドゥー教の原典には、やっぱり宇宙の根源は、バイブレーション、音なり物があって、究極においては混乱しているように見えるけど、混乱しながら秩序を作るというのかな、ゴジャゴジャしながらも、しかしその中での調和をとろうとしていくものだというのがあるんですね。
だから、僕なんかはそれがとても良いなと思うの。こうなりさえすればすべて良くなって終わりというのはないんだよね。良くなろう、進化し続けようとする何かが、生き続ける力で大切なんです。星野はやっぱりそういうことに気が付いて、森の中で一人でテントで書いた文章に『人間が究極的に知りたいこと、なぜ生きてここに居るのか、それらを知りたいと思って求め続けるから生きている』とある。もし、その答えがハッキリ分かったらそれで生きる力を得るだろうか、答えを求め続けながらも、その答えが得られないということによって生かされているのではないか、ということなんですね」
●深すぎる・・・(笑)。
「だから、プロセスなのよ。要するに、僕らは結果だけ言う結果主義になりがちだけど、そんな結果なんて屁みたいなもので、より良い結果を求めていろんな努力をし続けて、少しずつ、少しずつ進化し続けてるという部分に意味がある。こうなったら失敗だったとか思う必要はないわけで、どんなに一つの基準で失敗したように見えても、そこに向かって努力していた時にどう生きたかがとても重要なことなんです。結果が最初の思惑通りにならなくても過ごしてしまった時間は確実に存在する、そして最後に意味を持つのは結果ではなくて、過ごしてしまったかけがえのない時間であるという、星野が書いた言葉でもあるんだけど、そういうことですよね」
●今年3月にテレビで放送されたスペシャル、ユーミンと一緒に行かれた旅の中では、いろいろな音楽はもちろんなんですけど、いろいろな自然音が私達の耳に飛び込んできたわけなんですが、そういう中で印象に残ったのは、ラップランドの先住民、サーメの人達のヨイクというチャントを歌う、その中でもオオカミのヨイクをやっていたときに、最初に遠吠えをすることなんです。そのヨイクはただの歌ではなくて全ての存在にはそれを満たす存在の響きがあり、その響きを歌うことによってその存在と一体化できるんですよね。
「よく読んでるね、勉強してますね(笑)」
●ちゃんと見てますよ(笑)。
「それはね、いわゆる先住民だけでなく日本人の中にも確実にあったことなんです。例えば、オオカミのヨイク、要するにオオカミをオオカミたらしめているものは、見えているオオカミの形ではなくて、何かその後ろにオオカミの全体を作っている波動やバイブレーションがあるわけ。それは心にも関係している。彼は何かの形で人間ですけど、オオカミと接触、交流したいというときに、自分自身の中の人間のバイブレーションをオオカミのバイブレーションに合わせていくためのに歌を歌って共鳴させていくことによってオオカミの目になっていくというのがヨイクなんですね。
これは動物に対してだけじゃないのよ。雲、岩、水、木に対しても、それぞれのヨイクがあって、歌うことによって、自分と同じ命を分かち合っているもののお互い同士、例えばカヌーを造るときに、木に対して道具としてあなたを欲しいと聞くわけですよ。すると木は、身体を使ってもいいよと。そういうコミュニケーションをして、ありがとうございます、あなたの命をいただきます、とやって初めてカヌーが出来るわけだから、カヌーというのは単なる道具じゃなくなるわけ。
自分が魂の交流をした結果として、自分のために木が命を与えてくれてここに存在しているものと思うから、ものすごい大切に思うし、ヨイクとかそういうものが古代の人の迷信と思ったら大間違いで、そういう関係をちゃんと作ることによって彼らが作りえた技術の高さがあるわけですよ。単なる物として扱っている人間より遥かに科学的に高度に知っててそれを使っている。だから素晴らしいことができるんですね。
例えば三内丸山(遺跡)を見て、五千年前にあれだけの技術を鉄も磁石も持たないでどうしてできたのかと言えば、全部それよ。木の心のバイブレーションと交信をして、木から学んで情報を得ているから、それを扱う技術が高度になる。これは僕らが考えなくちゃいけないことなんですよ。単なる物、物質的な道具とだけ思って、必要ないってポンポン捨てたりしている現代社会で、循環可能な地球の未来、すなわち今日の環境問題、サスティナビリティー、循環可能な社会って言っても、それにも限界がある。結局、破棄しないでちゃんと使い回せって言っても、そういうことをやろうとしているんだったら、ただ高い技術を持っていても、ヨイクにあるような心を持たなければできませんよ」
●例えばオオカミとか、実際に声を出す生き物と同化するために「ウォー」とか声を出すのは分かるんですが、音を出してくれないものもあるじゃないですか。そういうものの波動を私達は表現できないじゃないですか。
「実際の音符って、倍音、倍音で周波数が変わってくれば、可聴領域でなくても、私達の出せる音の領域において岩なら岩が持っている波動と共鳴することはできるわけ。そこを開くのがお祈りだったりで、不可聴領域、超低周波から超高周波まで、ちゃんとバイブレーションで交信できるという状態になると思うんです。だから岩や木と話をすること、それは英語や日本語の違いとかの言語じゃないけど、コミュニケーションができるということでもあるんです。
波動と共鳴する領域を開いて、彼らが声を出すことによってその領域に細胞全体がなっていくというのかな、自分を構成していく物質、細胞でいえば60兆個くらい、その細胞を構成している原子でいえば10×28乗個、それくらいの原子が重なって僕らができている。木の持っている原子と私達の原子は同じ原子の分かち合いにしかすぎない。だからそれらとのバイブレーションはできるはずですよ。そこまで微細な感覚を歌うことによって出てくるということかな」
●私は本当に「地球交響曲/ガイアシンフォニー」という映画から多くのことを学び、考えさせられ、自分で問うこともたくさんあるんですが、次の問いとしての作品「第五番」は?
「さっき言った、全ての存在は繋がっているということを、今の時代に激励したいと思っているんですよ。心配しなくていいんだよと。混乱している時代でしょ。そうすると小さい一人の自分が楽じゃない状態に置かれて、しんどい、そんな中で未来のこととか、自分がちょこちょこ考えても屁みたいなものって思いがちだし、圧倒的な目に見えてるすごいパワーの世界、武力、そういうものに虚しさを覚え、善意とか、人への思いやりとか、そういうことははかないものに見えちゃうように今の時代は見える。
でもそうじゃないんだ。むしろ、これは『第四番』の時に名嘉睦稔がくれた言葉だけど『火より出る』、ファイアーから生まれ変わる、身を焦がすような苦しみでも、そこから新しく生まれ変わるんだということなんだけど、まさしくそういう時代なのね。そういう中で、僕は自分が小さくて孤立しているように思っていたら、それは間違いで、実は全ての存在はあらかじめ全部繋がっているから、何をしていようが、確実に未来に大きな影響を与えている。たった一人の小さな人間がちょっとした心の変化をするというのは、小さい、虚しいことではなくて、そのことによってでしか、次の大きな進化や変化はないんだということ、そういうことで激励したいと思っていて、全てが繋がっているということを、もう少し分かりやすくちゃんとやろうとしているのね。
それが『第五番』の、もうすでに撮影しましたけど、アーヴィン・ラズロというハンガリー生まれの哲学者の話にもあるんです。『宇宙には音楽が満ちている』ってさっき言ったけど、バイブレーションで全てのものが形になっているものを僕らは見ている。それを作っている全体的なものが存在していて、そこでは何一つとして消えることなく記録されているから本当に心配しなくていいけど、その逆もあるのかも知れない。要するに、何かをしていれば全部未来に必ず影響するし、その一つ一つのことを自分自身で選択していくっていうことが重要なんだよ、ということで激励できるものにしたいと思っているんです」
●その「第五番」は、気持ちの上ではいつ頃できる予定なんですか?
「あんまり意味はないけど、決めちゃったことを、決めた通りにやろうと思うわけさ。それが2004年中には絶対に上映開始するということです。ですから今年から来年の春にかけて早く撮影を終わらなきゃいけないんだけどね」
●じゃあ、来年の今頃には、その「第五番」のお話をまた・・・。
「そうだろうね、ここでそう宣言したら、そのように向かっていくというようになるな(笑)」
●ええ、言霊(ことだま)発してしまいましたからね、やらざるを得ない部分もありますけれども(笑)。
「チャランポランですけど、そうなんですよ、本当に(笑)」
●(笑)。楽しみにしていますので、素敵な映画、作品を作って下さいね。今日は本当にありがとうございました。
★龍村仁監督をお迎えしてのパート1~ガイアの魂の旅~(2003年8月17日放送)もご覧ください。
■「龍村仁」監督情報
映画『地球交響曲/ガイアシンフォニー第五番』
ちなみに、この『第五番』は、個人や団体、企業からの協賛金によって制作されるそうで、協賛していただいた方のお名前は、映画のエンド・クレジットに掲載されるそうです。未来を奏でる素晴らしいシンフォニーを作るためにも、ぜひ皆さん、ご協力お願いします。
新刊『地球交響曲第三番 魂の旅』
・「ガイアシンフォニー」の公式ホームページ:http://gaiasymphony.com/
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オープニング・テーマ曲
「ACOUSTIC HIGHWAY / CRAIG CHAQUICO」
M1. NORTHERN LIGHTS / 松任谷由実
M2. AT THE SHORE 浜辺の歌 / SUSAN OSBORN
M3. ラドガの海 / リトゥヴァ・コイスティネン
油井昌由樹アウトドアライフ・コラム・テーマ曲
「FLASHES / RY COODER」
M4. ORINOCO FLOW / ENYA
M5. 夜間飛行 / TINGARA
M6. ひこうき雲 / 荒井由実
エンディング・テーマ曲
「THE WHALE / ELECTRIC LIGHT ORCHESTRA」
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