2004.10.31放送 ピアニスト、ウォン・ウィンツァンさんの童謡3 今週のベイエフエム/ザ・フリントストーンのゲストはウォン・ウィンツァンさんです。 この番組ではお馴染みのピアニスト「ウォン・ウィンツァン」さん。即興演奏という独自のスタイルから紡ぎだされる美しいメロディとピュアな音色は聴く人を癒すといわれています。そんな「ウォン」さんが日本の童謡や唱歌を独自にカヴァーした“童謡シリーズ”の第3弾を11月8日にリリース。そこで、「ウォン」さんの自宅スタジオにお邪魔して、ニュー・アルバム『Doh Yoh vol.3』についてうかがいました。 ◎『Doh Yoh vol.3』のテーマは“子供”!? ●今日はウォンさんの自宅のスタジオにうかがっています。 「スタジオというほど立派ではないですけどね」 ●いえいえ、グランド・ピアノがあって素敵なスタジオなんですが、いつもここで曲作りをなさっているんですか? 「ここでいつもレコーディングをしています。ピアノがメインになるものは全部ここで演奏してレコーディングをしています」 ●ということは、ついに完成したニュー・アルバム『Doh Yoh vol.3』もここで作られたんですね? 「そうです。僕は日本の童謡を自分なりにアレンジし、自分で演奏して僕なりの童謡というものをVol.1、Vol.2と発表しました。Vol.1がずいぶん前で10年近く経っちゃったんですけど、Vol.3を出して区切りがついたかなぁと思っています」 ●前回のVol.2から3年半ぶりのアルバムなんですが、ウォンさんの『Doh Yoh』シリーズは私ジャケットがすごく好きなんですよ。 「ありがとうございます」 ●Vol.1はウォンさんのお母さんのお母さん、つまりおばあさんの若い頃、芸者さんだったころのお写真なんですよね? 「そうです。この『Doh Yoh』シリーズのジャケットには我が家にゆかりのある方々に登場してもらっているんですよ。というか、特に亡くなった女性達をフォーカスして、みんな亡くなった方ばかりなんです。Vol.1は僕の母親のお母さん、祖母ですね。彼女は28歳で早く亡くなってしまったんですね。で、その頃の写真が、僕はウォン・ウィンツァンというくらいだから中国人なんですけど、4分の1がその女性の血なんですね。つまり4分の1の日本がその方からきているんです。その方は芸者さんだったんですよ。中国の血は全部華僑のバリバリのビジネスマン達の血が流れているのね。だから、僕の唯一の芸者さんの血がアーティスティックなもののルーツなんですね。彼女は28歳で若くして亡くなってしまったので、そのCDを供養にしようということで、ジャケットをトップに飾って、僕の奥さんで、デザイナーでもある美枝子さんにデザインしてもらったんです。 ●Vol.2はウォンさんのお母さんのお写真だそうですね? 「そうです。母親も22年くらい前に亡くなったんですよ。彼女も幸福とは言い切れないところがたくさんあったので、その供養も含めて。彼女も一度は日本で生まれたんですけど、本妻さんがいる中国大陸に渡って幼少期を過ごしたんですよ。で、その後18歳くらいから日本に来て父親と知り合って僕が生まれたということなんですけど、その大陸とのこともあるので、彼女の中国時代の写真は唯一その写真しかないんです」 ●そして、今回のVol.3のジャケット写真も、これしかないという写真だそうですね。 「そうなんです。今度は私の奥さんの美枝子さんのお姉さんの写真なんですね。美枝子さんは僕と同じウン歳なんですけど(笑)、(彼女が)産まれる前に1人子供がいたんですね。実を言うと、彼女のご両親は満州にいらして、歴史もかなり困難な状況の中で、生まれた子供(お姉さん)が栄養失調で8カ月で亡くなったんです。唯一、この写真が残っていたんですね。僕もつい最近まで彼女に姉がいたっていうことを知らなかったんです。ならば是非、今度の『Doh Yoh vol.3』のテーマはこの子だよねっていっていたんです」 ●このアルバム『Doh Yoh vol.3』は「子供」っていうのがメイン・テーマになるんですか? 「そうですね。何らかの形で若くして命を落としてしまう子供達ってたくさんいるわけじゃないですか。その子達に目を向けるっていうか、眼差しを向けてみよう、8カ月で亡くなったお姉さんをキッカケに見てみようという意識があったことは確かです」 ◎寝ないで全曲聴けません(笑)。 ●(放送では)今、「里の秋」という曲を聴いていただきました。 「この曲は満州で引き揚げとか、戦争で引き揚げてくる人達を日本国内で待ちわびている人達のことを歌った曲なんですよ。この曲にも色々な逸話があるんだけど、僕は今回のテーマと関係なくこの曲と出会っているんです」 ●全く違うところから? 「要するに満州から引き揚げてくるお母さんが、シベリアに抑留されて強制労働をさせられているお父さんを、待ちわびている頃に流行った曲なんです。彼等にとっては非常に思い出深い曲なんですよ。ところが、僕はそのことを知らずに『この曲素敵だな。僕なりにアレンジできるな』と思って演奏しているわけ。だから偶然なの。曲ってそういうものなのかなって思うわけ。偶然に曲が集められてくる。僕はテーマに沿って曲を集めるんじゃなくて、自分にとって、自分の音楽として出会えるなっていう曲を選んでいるわけ。でも、結果的にはテーマにしっかりと沿っている」 ●実は私の次の質問が、Vol.1、2、3の選曲についてだったんですよ。 「それが成り行きというか流れというか、仏教の言葉でいうと縁っていうんですか。ヒンズー教の言葉でいうとカルマっていうんですかね。色々な言い方があると思うんだけど、偶然の一致なんですよ。意味がある偶然の一致という言葉があると思うんだけど、終わってみるといつも必然的に集まっているのかなぁと思わざるを得ない。 今回の演奏は今までとは違う意識でした。Vol.1、Vol.2もそうだったんだけど、自分の演奏の質がまた違った段階に入っていて、非常に思いが深くなってきているのかなという感じはあるよね。多分、聴いてくれる方はまず一番最初、全曲意識を失わないで最後まで聴けないと思う(笑)。大体、浄化作用が途中で始まって寝てしまうんじゃないかと(笑)。僕は寝ましたよ(笑)」 ●(笑)。ウォンさんの『Doh Yoh vol.3』を聴いていて、オシャレだなと感じました。特に、このアルバムの中の『月の砂漠』という曲。ジャズ・バーでお酒を飲みながら演奏を聴いている様な雰囲気が漂ってきて、ブルージーというかジャジーというか、『月の砂漠』ってこんなに大人な曲だったんだって初めて感じました。 「本当に童謡って名曲多いよね。名曲の理由っていうのが、1つの曲から色々な発想が出来るという事だと思うんだけど、『月の砂漠』は不思議な曲だよね。エスニック系な気持ちだったんだけどね。パーカッションみたいなのが入っているんだけど、あれはインドのタブラだし、ジャズのエッセンスが僕の身に付いているのかもしれないしね」 ◎音楽は自分を映す鏡 ●ウォンさんってコンサートの時は即興演奏っていうイメージがありますけど、このアルバムの曲も今後ライヴで披露するときはアレンジが変わったりするんですか? 「僕は1990年からコンサートをやって自分の曲を演奏してきたけど、一度たりとも同じ曲で同じ演奏が出来たと思えるようなことはない(笑)。テンポという1つの解釈がありますよね。やりたいと思うとむしろ自分を狭めてしまうことが多いんですよね。そのときに出て来たものが正しいと自分で思わないと先に進めない(笑)。人生アドリブだから(笑)」 (一同大爆笑) ●(笑)。でも、ウォンさんの音楽ってそういう楽しみ方が正解なんですよね? 「正解です。僕自身もそれをイエスと言ってあげないと演奏できない自分がいるというのも1つあるし、最近仏教にハマっているので、諸行無常という言葉があるじゃない。全て流動的で常に同じことはないということが絶対あると思うのね。それはマイナスなことではなくて、そういう流れに自分の身を寄せて生きていくっていうのが実に楽だし、実に楽しい」 ●また、常に流れてしまうからこそ、一瞬、一瞬を大切にするようになりますよね。 「そうね。1つ1つのコンサートも大切になってくるんだよね。毎回毎回同じ曲を弾いても、例えばアドリブのない曲で演奏しても常に新鮮な気持ちが保てるのね。みんなは何回聴いてるのかはしらないけど、自分の曲はコンサートのために自分で聴いているわけじゃない。でもごめんね、飽きない(笑)。自分で飽きない(笑)」 ●(笑)。コンサートがもうすぐ11月13日に文京区のとっぱんホールで行なわれますが、この時は『Doh Yoh vol.3』からの曲がメインなんですよね? 「そうですね。今度のコンサートは『Doh Yoh vol.3』のリリース日の11月8日に合わせたコンサートですので、『Doh Yoh vol.3』からも何曲か選曲したいし、インプロヴィゼーションも何曲かやりたいと思っています」 ●今さらではあるんですが、ウォンさんにとって音楽とはなんですか? 「ちょっと待ってよ(笑)。音楽というものを色々なふうに捉えることが出来るんだけど、まさしくその通りでつまり鏡なんだよね。僕は音楽を通して自分を見ているんじゃないかと思うんだよね。同時に音楽を通して自分を高めていこうとしてるしね。自分にとって本来の自分探しの手立てとして、方便として音楽があるんじゃないかなと思うよね。と同時に、さらに自分を高めていくっていうか」 ◎『Doh Yoh vol.3』以降は拡散の段階 ●この『Doh Yoh 』シリーズはまだまだ続くんですか? 「とりあえず『Doh Yoh 』はここで1つのけじめかなと思ってる。僕は1990年から音楽活動を始めて、CD制作が20枚近くなったんですけど、『Doh Yoh 』が3になったからってわけじゃなくて、今年いっぱいで区切りじゃないかなって気持ちがあるのね。なんとなく自然に思っているんですよ」 ●じゃあ、2005年からは違うステージに? 「違うステージというか、今まではアイデンティティを求める時代だったんだよね。つまり自分探しをしてきた。今の自分は見つかったという言い方は出来ないんだけど、アイデンティティを求める道のりはある程度けじめがついた。逆に今度は拡散していくんじゃないかなと思う。つまり、人間って生きていることが不安じゃないですか。そのために自分達は何を求めるかというと、整合性とか統合性とか、寄って立つところを探しだすと思うんだよね。それは、まさしく地に足を着けるということだと思うんだけど、ある程度グランディングしていくと、自分の中に非常に多面的な、色々な自分がいることに気付いてくるのね。で、今までは色々な部分というのを『いや、これは自分じゃない』という形で選り分けて1つのものを探していこうとする。今は『いや、あれも僕。これも自分。どんな自分があっても、自分はもう揺らがないよね』っていう感じなんだよね。多分、『Doh Yoh vol.3』以降ではそういう段階に入っていくんじゃないかなって思う」 ●2005年からどんな作品が生まれるか楽しみです。今は『Doh Yoh vol.3』を聴いて、11月13日のコンサートに行ってお腹のよじれるダジャレを聞いて心身共に癒されたいと思います(笑)。 「ちょっと待って(笑)。コンサートの前、いつも緊張するんですよ」 ●えっ!? 「何が緊張するかと思ったら、ダジャレが思いつかないときに緊張するの(笑)」 ●(笑)。楽しみにしています。今日はどうもありがとうございました。
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