2005年5月8日
フォト・ジャーナリスト、大塚敦子さんの「グリーン・チムニーズ」今週のベイエフエム/ザ・フリントストーンのゲストは大塚敦子さんです。主にアメリカでヒューマン・ドキュメントの取材を行なっているフォト・ジャーナリスト「大塚敦子」さんをお迎えします。今回のトークのテーマは、アメリカ・ニューヨーク州にある、虐待やいじめなどによって心に深い傷を負った子どもたちの治療施設「グリーン・チムニーズ」。この施設は自然や動物たちと関わるプログラムを積極的に導入、大きな成果をあげています。そんな施設を取材し、本にまとめた「大塚」さんにお話をうかがいます。 グリーン・チムニーズとは?●早いもので、前回出ていただいてから6年の月日が経ってしまいました。 「そんなに経ったとはとても思えないですね」 ●その間に大塚さんは色々な本を出されていて、私たちも読ませていただいてるんですが、最新の本というのが3月に岩崎書店から出された『動物たちが開く心の扉~グリーン・チムニーズの子どもたち』。グリーン・チムニーズってテレビでも何度かクローズ・アップされているのでご存知の方もいらっしゃるかと思うんですが、知らない方のためにグリーン・チムニーズというのはどのような施設なのかご説明いただけますか? 「ひと言で言ってしまうと、心に問題を抱えた子供達のための治療施設なんですね。ただユニークなのは農場があって、その中にイヌやネコ、ヒツジ、ブタ、ウマなど色々な動物がいて、子供達が農場で動物たちの世話をしながら、みんなで寄宿生活をしているという設定であるということなんです。敷地もすごく広くて64万平方メートルあるんです。私もピンとこない大きさなんですけど(笑)、東京ドームでいうと13個分くらいなんだそうです」 ●いわゆる大規模な自然学校という感じなんですね。 「そうですね。最初は志がある青年が農場で学校をやろうと思ったっていうのが始まりの小さなものだったのが、なにしろ1947年のことだったので、半世紀を経て段々大きくなっていって、今のような大きなスケールになっていったっていうことなんです」 ●初めてグリーン・チムニーズに訪れたときの印象はどうでしたか? 「施設っていう感じは全くなかったんですよね。本当に開かれて普通の学校みたいな感じでした。でも、学校の裏には畑があって農場があって動物達がいるんですね。だから、問題を抱えた子供達が共同生活しているっていう雰囲気は全くないですね」 ●じゃあ、素敵な自然学校に訪れたっていう感じだったんですね。グリーン・チムニーズの目標、存在する目的っていうのは何なんですか?
「主に治療施設の方に焦点を置いてお話ししたいと思うんですけど、まず、ここに来る子供達のヒストリーというのが児童虐待を受けていたり、学校でひどいいじめに遭っていたり、心に傷を負ってきている子が多いんです。虐待を受けたからここに来たというわけではなくて、それ故に何か問題に歪みが出来てしまって人と協調できないとか、自分の気持ちを言葉で言えなくて暴力で表してしまうとか、そういった問題行動の表れた子供に入所してもらっているんですね。
●先ほど、セルフ・エスティームという言葉が出てきましたけど、グリーン・チムニーズではセルフ・エスティームを取り戻すために、動物達を使ったプログラムがあるんですよね? 「そうなんです。人に傷つけられている子供達ですから、またいきなり人にいくのは難しいんですね。刑務所なんかでも今までそうだったんですけど、いきなり人を信頼するというのは難しいけれど、動物達だったら自然に和みますよね。心の壁が一気に落ちてしまう。そういう心を開ける存在に対してまずはケアをしていく。で、自分がヤギの赤ちゃんだとかお産に立ち会うこともよくあるんですけど、そういう時に立ち会って介助をするとか。特にここでは傷付いた動物達のリハビリということに力を入れているんですね」 ●野生動物を保護したりとかですか? 「ええ。保護したりですとか、虐待されて立てなくなったウマを保護したり、そういう人に傷つけられた動物達の世話を子供達がするんですよ。そうすることによって、自分自身の癒しのプロセスと重なっていく。また、その動物達に自分達が何かしてあげられるっていうことが誇りや喜びに繋がっていく。特に、介助犬なんかはそうですよね。介助犬の訓練をすることで、障害のある人を助けることが出来る。で、自分にそんなことが出来るってことが大きな誇りになるんですね」 動物と癒し●この本では何人かの子供達に取材をしたものが紹介されているんですが、色々な動物と色々な場所で色々なセラピーが行なわれていますけど、農場でのセラピーについて紹介していただけますか? 「私が具体的に話を聞いてお付き合いをした子供でカールっていう12歳の少年がいるんですけど、その子は小さいときに母親にネグレクトされて引き離されて、それ以来ずっと里親家庭を転々として育った子なんですね。だから、自分の母親の記憶もほとんどないし、里親家庭のいくつかではかなりひどい虐待を受けて、人を信じる心をなくしていたんですね。その子のエピソードっていうのが、ある意味ではこのグリーン・チムニーズの典型的なもの、動物がいかに癒せるかっていう典型なんですけど、エミューっていうダチョウに似たニュージーランド産の走るトリがいますよね。なぜかここの農場にはエミューがいるんですね(笑)。あるときエミューの母鳥が卵を産んだんです。で、卵が孵ったんですけど、なぜか親はそれを自分の子と認めなくて、足で蹴って殺そうとしたんですよ。それでグリーン・チムニーズのスタッフがヒナを引き離して、人間の手で育てなくちゃいけなくなったんです。その役を買って出たのがこの子だったんですね。だから、母鳥に拒絶されたヒナを一生懸命世話をして、散歩係になって甲斐甲斐しくケアをしたんですね。本人は口では言わないけど、そのことがこの子の自信につながっていき、スタッフが思うのは自分の境遇をエミューのヒナに重ね合わせていたんじゃないかと。だから、エミューのヒナが元気に無事に成長していく姿が自分自身の癒しになっていったんだろうって言っているんですね」 ●そのエピソードには確か先もあって、エミューの母鳥にそのヒナを会わせたいといって…、それがどうなるかは本を読んでいただきたいと思うんですが、それ以外にもウマっていうのがひとつの大きなポジションを持った動物だそうですね。 「はい。グリーン・チムニーズでは色々なアニマル・セラピーの中でもウマは別格にしていて、別の扱いなんです。というのは、人とウマの歴史も長いし、人をウマに乗せていただかなきゃいけないわけですよね。ウマに認められて信頼してもらわないと、乗せてもらう関係っていうのは成立しないんですね。そういう意味ではここに来る子供達っていうのは人との関係を結ぶのがすごく難しくて、相手の考えていることがよく分からないとか、相手の嫌なことを気が付かずにやってしまっていたりっていう子供達に、相手の立場になって考えるっていうことを考えさせるために、非常によい動物なんですって。というのは、イヌだったらちょっと嫌なことをされても我慢してしまうでしょ」 ●付いてきてくれますからね。
「ところが、ウマは嫌だったら嫌ってハッキリと意思表示するんですって。パッと顔を背けてしまったり、人に乗られたまま一歩も動かないとかね。自分が信用していない人間には子供でもわかるくらいにハッキリと意思表示をするので、とてもいいんだそうですね。
●そんな中でのスタッフや先生の役割って何なんですか? 「動物達の存在っていうのは大きいけれども、あくまで心の扉を開く最初のステップなんですよね。やはり、この子達は人間の社会で生きていかなくちゃいけないので、人への信頼を取り戻すっていうのが最終的な目標なんですね。そのために人間のスタッフっていうのは子供達を見守り、信頼される存在でなければならない。そのためには子供達を愛して、心に掛けて接していくっていうことなんですけど、ここは治療施設なので決して動物にお任せっていうわけではなくて、実は1人ずつの子供に治療チームが付いているんですね。精神科医も入っているし、カウンセラーも入っているし、ソーシャル・ワーカーも入っているし、学校の先生、子供の保育の専門家といった人達が毎週のようにミーティングを重ねながら、その子の進歩の度合いをディスカッションしながら見守っているという、そういう意味では非常に手厚いサポートが動物の後ろにあるんです」 日本の治療施設の現状は?●グリーン・チムニーズっていうのは非常に大きくて古い組織で、動物と人間の関わりという意味ではルーツ的な存在だと思うんですけど、アメリカにはこういう学校や治療施設って多いんですか? 「グリーン・チムニーズのような、自然環境の中で自然との関わりを中心に据えている組織っていうのはそんなにないみたいなんですね。そこが全米から注目される所以だと思うんですけど、いわゆるオルタナティブ・スクール(独自の教育理念と方法を持つ学校で、不登校の子どもたち、高校を中退した若者たち、通信制高校の生徒たちのための学び舎)のようなものはたくさんありますね」 ●アメリカは動物を介して人との触れ合いを学んだりってことが、日本と比べると多いような気がします。 「日本よりはかなり広がっていると思いますね。病院に動物を連れていくっていうプログラムも非常に広く行なわれています」 ●浸透しているということは、考え方としては人間同士よりも相手が動物のほうが接しやすいっていうことですか? 「浸透しているとまでは言えないと思うんですけど、動物の力っていうのが段々と認められてきているのではないでしょうか。いわゆるアニマル・セラピーっていう言葉は非常に広い言葉なので、色々な意味を含むんですけど、日本より遥かに幅広く行なわれていますね」 ●アニマル・セラピーってよく耳にはするんですけど、日本ではどうなんですか? 「日本は厳密な意味でのセラピーっていうのは、ちゃんとお医者さんがついてエヴァリュエーション(評価)しながらやるもので、日本ではまだほとんどないんです。病院で体に障害を持った人がリハビリのためにやるような、作業療法的なものでは始まっていますけど、精神的なものにおいては触れ合いといった感じのものをセラピーと呼んでいることが多いんですね」 ●グリーン・チムニーズのような施設が日本にあっても、最近のニュースを見ているとグリーン・チムニーズに入りそうな子供達が色々な事件に関わっているじゃないですか。 「そうですよね。犯罪も低年齢化しているし、虐待も増えていますよね」 ●私たちの年齢から考えると、「アメリカみたい!」って思いますし、街を歩くのも怖い状況になっていますよね。こういう取り組みを日本でももっと進められてもいいと思うんですけど、難しいんでしょうか?
「それは本当にそう思いますね。日本でも今でこそ都市化が進み、自然と触れ合う機会がなくなってしまっているからそうなんですけど、かつての日本の社会ってこういう機会はいくらでもあったと思うんですね。それこそグリーン・チムニーズの創設者のサミュエル・ロス先生が始めたころのようにね。自分の食べるものを自分で作って、収穫してっていうのが当たり前に社会の中にあったと思うんですね。決して日本が遅れているっていうわけではないと思うんだけど、失ってしまったと言うほうが近いのかなっていう気がするんですね。
●犯罪も欧米化している日本ですが、これ以上子供達が犯罪に手を染めないためにも、早めの手段としてこういう施設は必要ですよね。 「そうですね。予防的な早期介入という考え方が主になっていくべきだと思いますね」 ●行政もアメリカを見習って、そういうところをお手本にしながら日本なりの方法で取り入れていければ状況も変わるのかなって思います。 「そうですね。今、例えば子供の心のケアの問題に取り組んでいる人達にとっては、これ以上できないっていうくらいフル回転で頑張っていらっしゃると思うんですね。そこでイヌを飼ったり、動物を飼ったりっていうことは簡単には出来ない。だけど一方では、動物を介して人の心を癒すような活動をしたいとか、実際に実践されていたり、やりたいと思う人がいっぱいいるんですよね。その両者が出会えば出来るんじゃないかと思うんですよ。グリーン・チムニーズみたいな巨大な組織をいきなりっていうのは難しいと思いますけど、実際に児童養護施設だとか自立支援施設だとか、実際に子供達のケアをしているところに、その人達自身がやるのは無理ですから、外から団体が行って交流をしていくようなところから始めていけるんじゃないかなと思いますね」 ●共同作業、音楽的に言うとコラボレーションですね。 「そういうことですよね。もう少し外部の力を入れていくっていうことも大事じゃないかなと思うんですよ」 ●日本でもグリーン・チムニーズを参考にして、未然に犯罪を防ぎ、心の傷を癒せるような日本社会であってほしいなと思います。そういう意味でも、是非この本を読んでいただきたいですね。 「そうですね。動物に興味がある人だけではなく、子供達の心のケアに携わっている方達に是非、読んでいただきたいです」 ●今日はどうもありがとうございました。 このほかの大塚敦子さんのインタビューもご覧ください。
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■フォト・ジャーナリスト「大塚敦子」さん情報
『動物たちが開く心の扉~グリーン・チムニーズの子どもたち』
アメリカをベースに、死と向き合う人々の最後の生き方、自然や動物との絆がもたらす癒しなどについて取材し、フォト・エッセイを数多く出されている「大塚敦子」さん。
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オープニング・テーマ曲
「ACOUSTIC HIGHWAY / CRAIG CHAQUICO」
M1. CHILDREN SAY / LEVEL 42
M2. YOU'VE GOT A FRIEND / CAROLE KING
M3. OPEN ARMS / JOURNEY
油井昌由樹アウトドアライフ・コラム・テーマ曲
「FLASHES / RY COODER」
M4. 太陽(ティダ)の歌 / 下地暁
M5. THE INNOCENT AGE / DAN FOGELBERG
M6. BLESS THE BEASTS AND CHILDREN / CARPENTERS
ザ・フリントストーン・インフォメーション・テーマ曲
「THE CARRIAGE ROAD / JIM CHAPPELL」
M7. SONGBIRD / FLEETWOOD MAC
エンディング・テーマ曲
「THE WHALE / ELECTRIC LIGHT ORCHESTRA」
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