2005年9月25日
写真家・水口博也さんのペンギン物語今週のベイエフエム/ザ・フリントストーンのゲストは水口博也さんです。今週で700回目を迎えるザ・フリントストーンは、ゲストにクジラやイルカなど海洋ほ乳類の研究・撮影で知られる「水口博也」さんをお迎えします。「水口」さんは世界中の海をフィールドに活動されてますが、南極とその周辺の島で撮影したペンギンの本「風の国・ペンギンの島」を先月出版されました。この本では“可愛い”ペンギンではなく、リアルなペンギンの姿が紹介されています。過酷な自然環境の中でたくましく生きるペンギンの生態などうかがいます。 隣同士のペンギンは仲が悪い!?●水口さんは先頃、アップフロントブックスから「風の国・ペンギンの島」という本を出されました。ペンギンというとこの夏も映画が話題になったりしてブームになっていますよね。もちろん水口さんの本なので写真が満載なんですが、この本のテーマは「わぁ、かわいい。ペンギンだ!」というのとは違いますね。 「違いますね。一番の舞台は南極大陸を含む、南極大陸のまわりに散らばる絶海の孤島なんですけど、そこに棲んでいるペンギンです。とにかく風が強いんですね。ですから、ペンギンの暮らしを見ていても『かわいい』というイメージよりは、『大変だなぁ』というイメージのほうが先に伝わってくるような舞台です」 ●そもそもなぜ、南極大陸近辺のペンギンを撮ろうと思われたんですか? 「私自身一番撮ってきたのがクジラやイルカといった生き物なんですけど、それらを撮ってもう25年くらい経ちました。大学の時には何をしていたかっていうと、珊瑚礁の魚を観察していたんです。そろそろ地球の海全部をもう1回広く見たくなったんです。そうすると、南極の周りの海っていうのは象徴的に見ておかなくちゃいけない海で、もちろんペンギンは海の中だけではなくて陸の上にも棲んでいますけど、海の環境に関わっている生き物の中では、どうしても私達の目がいくような生き物ですから、ペンギンの多いところや南極を中心にしばらく見てみようかなと始めたのが10年くらい前なんです。ですから、10年間あまり発表してこなかったんですけど、実は通い続けていたんです」 ●そうだったんですか! ペンギンって一口に言っても色々な種類がいるじゃないですか。およそどのくらいの種類がいるんですか? 「分け方にも寄りますけど、一般的には17種類といわれています。ペンギンというと南極大陸を思い浮かべるんですけど、実際、南極大陸にいる種類なんて限られていて、実はその周りに散らばっている島とか、ニュージーランドだとか、アルゼンチンやチリの南のほうにたくさんの種類が散らばっています」 ●そうなんですか。 「南極大陸の氷の上にいるタイプのペンギンっていうのは2種類だけです。映画になっているコウテイペンギンと、みなさんご存知の一番小さいアデリーペンギンというのがいます。この2種類だけで、他の種類はたまに氷の上にいますけど、直で氷と結びついてはいません」 ●「風の国・ペンギンの島」の中でもよく出てくるのがシーライオン島だったり、フォークランド諸島なんですけど、これらが南極に近い島々なんですね。 「少し距離がありますけど、南米大陸の先端近くに浮かんでいるんですね。そこは紛争で有名になってしまったんですけど、行ってみると実は野生動物の宝庫でして、1度行ってからは病みつきになって通い続けています」 ●そこがいわゆる「風の国」ともいえる場所なんですね。 「そうですね。どこに行っても風が吹き続けていて、三脚を立ててもカメラが倒れるといった状況のところが多いです」 ●「風の国・ペンギンの島」を読ませていただいていると、ペンギン達の暮らしって本当に大変なんだなぁっていうのに加えて、「なぜ、こういうことをやっているんだろう」って疑問に思うようなことも多々ありました(笑)。ペンギンっていうと私の中のイメージではコロニーで、一家族3人で立つのがやっとっていうくらいのスペースがお家なんですよね。そして隣の家とは片足1本分くらいの距離しかないんですね。 「そうです。見ているとどうも仲のいいお隣さんという感じではなくて、お互いにいつも突きあっているんですね」 ●仲がいいわけではないんですね。 「ないんです。餌を取りに行って海から帰ってくるときとか、海へ出ていくときっていうのは、結構安心なのか何羽か連れ立っていくんです。その時は非常に仲がいいんですけど、一旦コロニーへ帰ってくると、あとは領分争いというか突っつきあいの絶えないコロニーですね」 ●そういうもんなんですね。ではなぜ、コロニーを成すのでしょうか? 「ひとつは、外敵がいまして、一番大きいのでトウゾクカモメっていうカモメがいます。本当のカモメではないんですけどね。それがヒナをとったり卵をとったりするんです。親は襲いませんけどね。で、ギッシリ群れていることで、トウゾクカモメが上を飛ぶとみんなが一斉に反撃したりする。その意味では、自分達だけで小さなコロニーをつくっているよりは、卵やヒナを守れる可能性は高いと思います」 ●そうなると、コロニーが大きくなればなるほど守れるし、コロニーの中央にいればいるほど、襲われにくいということになりますね。 「そうです。実際に研究者のデータでもコロニーの周辺にいるものよりは、内部にいるもののほうが守られているというデータがあります。ただ、逆に真ん中のペンギンは、餌をとって帰ってくるときとか、餌をとりに行くときっていうのは他のペンギンの近くを絶対通らなければいけないんですね。その時はご近所さんからくちばしの集中砲火を受けながら(笑)、出ていったり帰ってきたりしなければならないんです」 ●みんな仲間じゃないですか(笑)。自分の家が一番大事で自分の敷地内には、たとえお隣さんであろうが入られたくないんですね。 「ですから、巣にいるときにようやく落ちつけるんじゃないですか」 一列になって歩くキングペンギン●ペンギンのコロニーって隣近所が仲良しではないけど、敵が来るとお互いが協力して攻撃しあうという不思議な仲間だというお話をうかがいましたが、例えば、ペンギンの夫婦が天敵に卵やヒナを奪われてしまった場合は、どうなるんですか? 「卵やヒナを失ったのが繁殖期の早い時期であれば、もう1回卵を産んで育てると思います。ただ、遅い時期になってしまうと、仮に産めたとしてもヒナを育てるだけの充分な時間がないし、気候もどんどん悪くなっていきますから、おそらくそのシーズンは繁殖に失敗するだろうと思います」 ●他の、親を亡くしてしまったヒナの面倒を見るっていうことはないんですか? 「それはないと思います」 ●コロニーで群れをなしても隣近所にはシビアなんですね。 「というか、自分のヒナに餌を与えるということです。コウテイペンギンやキングペンギンのような大型のものではない多くのペンギン、ジェンツーペンギンやアデリーペンギンといったタイプは大体、2つから3つの卵を産むんですね。で、それが同時に生まれるのではなくて、2、3日間隔で生まれます。すると、2、3日間隔でヒナが孵ります。当然、最初に孵った子供は大きいものですから、親が少しの餌しか持って帰ってこないと、その最初に生まれた子供が餌をとっちゃうわけですよ。餌がたくさんある年は親も下の子供にも餌を与えられますけど、少ない年だと上の子が餌を全部とっちゃって、2番目以降のヒナが育てないということがあります。私達のような子供に均等にという感覚は全くないですから、環境によって餌が多い年は2羽、3羽のヒナがうまく育ち、そうでない場合は最初のヒナだけが育つという状況もあります。それは鳥たちの論理からいうと、どんなに餌が少なくても共倒れになるよりは、1羽でも巣立たせたほうがいいという論理なんでしょうね。実際、片方のヒナに餌がまわらないというのは、私達の日常感覚からはちょっと不思議なところはありますよね」 ●見ていてちょっと切ない感じがしますよね。コロニーが巨大になればなるほど、親の1羽が海のほうに行ったりして、餌をとって戻ってきたときって、自分の家の正確な位置って分かるもんなんですか? 「多分、位置は分かっていると思います。ヒナが小さいうちっていうのは、自分の配偶者が守っていますから、自分の配偶者を見つけることで自分の場所を探すことが出来ます。ただ面白いのが、ペンギンの場合はヒナがもうちょっと大きくなると、餌の要求度が高くなりますから、片親だけが餌を取りに行ったのでは間に合わなくなります。で、両親が海へ出ていくようになる。そうすると何が出来るかというと、クレイシと呼ばれるヒナ集団ができます。両親が出ていくと子供たちは固まって過ごすほうが安全ですから、子供達の幼稚園、保育園といいますか、集団が出来ます。その時は親が帰ってくると、子供と鳴き交わして声で自分の子供を見つけて、その自分の子供に餌を与えるということをします」 ●ちょっとずる賢い子供は隣の子の声を真似て、餌を2回分をもらっちゃったりするんですかね(笑)。 「どうでしょう(笑)」 ●私、なぜペンギンがキレイに一列に並んで歩くのかが不思議で仕方がないんですけど、それはなぜなんですか? 「比較的開けたところにいるペンギンは一見、一列に見えてもある程度ちゃんとした列ではなくて、グループで歩いている仲間もいるんですけど、例えば、映画になっているコウテイペンギンですとか、それに近いキングペンギンなんていうのは、本当に見事な一列なんですね。それはなぜなのかよく分かりません。歩き始める前に少し溜まっていて、『いつ歩き始めるんだろう』と思っていると、ずっと歩かないで、ふと1羽が何かの拍子に歩き始めると、みんなが続いていくんですね。ですから、誰かが何かのキッカケを待っているという状況です」 ●でも、あれだけ連なって歩いていると、何かがあって1羽が止まったら、コッツンコしてしまうこともあるかと思うんですけど、実際はどうなんですか? 「キングペンギンというコウテイペンギンと近い種類は、数羽が一列になって歩くんですね。で、前のやつが止まると、後ろのペンギンが『なんで止まるんだ!?』という感じで、『コツーン!』っと前のペンギンの後頭部をくちばしで突くんですね。で、前のものがフッと振り返って、翼でパタパタパタと叩き合いをして、その後どうなるのかと見ていると、フッと忘れてまた一列になって仲良く歩き始めるんですね(笑)。私達の日常の感覚では理解できない行動がいっぱいあります」 振り返るとそこにペンギンが!(笑)●新作の「風の国・ペンギンの島」には「亜南極フォト紀行」と書かれているんですが、亜南極というのはどの辺を指すんですか? 「ちょっと聞き慣れない言葉かも知れませんけど、例えば、亜熱帯という言葉は多くの人が理解しやすいですよね。ですから、南極大陸を囲む大きな海があります。そこに色々な島が散らばっています。それが非常に特徴的な島なんですけど、そのあたりは南極と呼ぶにはそこまで南のエリアではないんですけど、特徴的な生態系を持っている、そのあたりのエリアを亜南極というふうに呼んでいます」 ●「南極付近エリア」みたいな感じですね? 「そうですね」 ●それがこの本の中でもよく名前が出てくるフォークランド諸島なんですね。 「はい。他にもその先のサウスジョージアであったり、その辺の島々が主な舞台になります。もちろん亜南極というのは島々だけではなく海全部を指していますけど、そのあたりに浮かんでいる島がこの本の舞台です」 ●そんな多くの種が暮らすという南極の近くの色々な島々、特にフォークランド諸島を中心に写真の撮影が行なわれたわけですが、巨大コロニーを前にふと立った時って、どういう感じですか? 写真を見ても「あの山の向こうまでペンギンなの!?」っていうシルエットが見えるじゃないですか。 「実は1時間くらいはあまり仕事にならないんです。しばらくボーッと眺めていて、『このすごい風景をどうしたら写真になるんだろう』っていうので、呆然と立ち尽くすという瞬間があります。特に、ペンギンを前にすると何度もありました」 ●野生のペンギンたちって、水口さんがスーッと寄っていっても平気なんですか? 「立った状態でズカズカと寄っていくと避けます。でも、幸いに私達は写真を撮っていますから、大体しゃがんで何枚か撮って、その姿勢で少し近づいてというふうに行きますから、比較的驚かさないで近づくことは出来ます。もちろん子育てをしているようなペンギンに強引に近づくことはありませんけど、他の方が普通に歩いて近づくよりは、あまりペンギンに影響を与えないで近づいているだろうと思います。最初、寄ったときに避けたペンギン達が、そこへ私がしゃがみ込んで20分、30分と撮っていると、逆に周りに寄ってきます。ですから、逆にそうなってくると『腰が痛くなって急に立ちたいんだけど、立つと驚かせることになって悪いなぁ』と思いながらしゃがみ続けるというような場合もあります(笑)」 ●そうしているうちに水口さんの周りにコロニーがどんどん出来上がって、出るに出られなくなっちゃったりして・・・(笑)。 「(笑)。キングペンギンだとかコウテイペンギンのすごいところは、体高で90センチから1メートルあります。そうすると私達がしゃがんでいる高さとほぼ同じ高さがあるわけですね。すると、『後ろから人が来たなぁ』と思って振り返ってみると、ペンギンだったということがよくあって(笑)、その2種だけは観察していますと別格に面白いですね」 極地での環境対策とは?●これだけ環境が崩れてきて温暖化が進み、ペンギン達にとってもかなり暮らしにくい地球になってきているのかなという気がするんですが、実際にはどうでしょうか? 「例えばフォークランド諸島辺りですと、なかなか分かりにくいですね。逆にとことん南極の方に行ってしまったり、ペンギンではなければ北極のほうに行ってしまうと、氷のある世界がその場面(環境破壊や温暖化)が分かりやすいだろうと思います。海の上に氷が張ります。で、珪藻(けいそう)という植物プランクトンが繁茂します。で、氷が夏になって溶けるときに、珪藻が海の中へ溶け込んで、それがオキアミ(動物性プランクトン)の餌になる。オキアミっていうのはクジラの餌でもあり、多くのペンギンの餌でもあり、アザラシの餌でもあったりしますから、南極の生態の一番根幹にある部分だと思ってもいいんですね。ところが海に張る氷がもし減ってくると、その裏側で繁茂する珪藻が減りますから、今度はそれを食べているオキアミの量が減るかもしれない。そうすると、南極の生態系の根幹であるオキアミがぐんと減るわけですから、かなり大きく生態系が変わってしまうだろうというふうにいわれています。ですから、僕たちの旅行で目に見える世界ではないですけど、今後はそういう問題が間違いなく出てくるだろうと思います」 ●そうなると本当に他人事ではないですよね。 「ええ。もう『地球事』ですね(笑)」 ●ですよね。しかも、この夏の映画『皇帝ペンギン』の大ヒットもあって、観光客もこれからかなり増えるのではないかなという気がします。 「ちょうど一昨年から去年あたりがひとつの端境期だったと思います。急に南極観光というのがうなぎ登りになり始めているのが、一昨年、去年、それから今年あたりの状況だと思いますから、これからますます一般の方々が観光に行きやすい状況が出来てくるだろうと思います」 ●そうなってくると、多くの人が1カ所に集まれば集まるほど、生態系も含め環境が壊されていってしまうじゃないですか。今後は何を気を付けていけばいいですか? 「ひとつは今、南極観光を仕事にしているツアー会社がみんなで相談をして、どこに上陸させるさせないっていうのを決めているんですね。それをできるだけ1カ所に集中させないようにしましょうということで、ツアー・オペレーター側と研究者側が協力しあって、ある程度ひとつのエリアに集中しないようにしましょうというのが、とりあえずのやれることですね。それから私達のほうでいうと、もともと人がいなかったところですから、人が雑菌を持っていく可能性があります。なので、それぞれ上陸する前に例えば靴の裏をちゃんと洗いましょうとか、別の世界から別の生き物を持ち込まないようにしましょうっていうのはかなり厳密に行なわれています」 ●今回の「風の国・ペンギンの島」の舞台の一部にもなっているフォークランド諸島に私、興味を持っちゃったんですけど、この島って行きにくい場所にありますし、観光を楽しむという点ではどうなんでしょうか? 「旅行に行き慣れた人間にとっては行きにくいということはないです。ただ、相当時間がかかることは事実ですね。例えば、今、私達が使う便というのは、チリのサンチアゴという首都から飛行機でフォークランドへ行くんですけど、実は土曜日だけの週一便です。で、当然帰ってくるのも週一便ですから、どうしても1週間単位になるんですけど、ルートさえ決まってしまえば行くこと自体はそれほど難しくはありません。ただ、時間は相当にかかります」 ●じゃ、しばらくは水口さんの作品を眺めながら、行ったつもりになっていたいなと思います(笑)。水口さんは8月にも出かけてらっしゃったんですよね? 「ええ。アラスカに5週間くらい行ってました。これは、いつも通りクジラだとかイルカを撮影する旅行でした」 ●このあとは12月の終わりまでスケジュールが入っていらしゃるそうですが、観察ツアーにも行かれるんですよね? 「小笠原へクジラやイルカを見に行ったり、フォークランドにも11月にもう1度行きます。それからノルウェーにも行きます。というのも、今年の前半にデスク・ワークをし過ぎた影響が今出ていまして(笑)、秋は外へ出るのが続きます」 ●では、またお帰りになったらお土産話を聞かせていただきたいと思います。お体に気を付けて行ってきて下さいね。今日はどうもありがとうございました。 ■このほかの水口博也さんのインタビューもご覧ください。
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■写真家/科学ジャーナリスト「水口博也」さん情報
新刊『風の国・ペンギンの島』
「水口博也」さんのホームページ
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オープニング・テーマ曲
「ACOUSTIC HIGHWAY / CRAIG CHAQUICO」
M1. WALKING ON ICE / QUARTERFLASH
M2. 家に帰ろう(マイ・スイート・ホーム) / 竹内まりや
M3. FOLLOW ME / UNCLE KRACKER
ザ・フリントストーン・インフォメーション・テーマ曲
「THE CARRIAGE ROAD / JIM CHAPPELL」
油井昌由樹アウトドアライフ・コラム・テーマ曲
「FLASHES / RY COODER」
M4. THIS NIGHT / BILLY JOEL
M5. ALL IS WHITE / EMILIE SIMON
M6. SO FAR AWAY / CAROLE KING
エンディング・テーマ曲
「THE WHALE / ELECTRIC LIGHT ORCHESTRA」
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