2006年5月14日
俳優・榎木孝明さんを迎えて
今週のベイエフエム/ザ・フリントストーンのゲストは榎木孝明さんです。 |
自ら画家としても活躍する俳優の「榎木孝明」さんをお迎えし、「榎木」さんが主演された、孤高の日本画家「田中一村(いっそん)」の半生を描いた映画「アダン」の撮影秘話やロケ地・奄美大島の自然の魅力などうかがいます。
●この度、榎木さんが主演される映画『アダン』がもうすぐ公開されますね。
「そうですね。色々な思いがあったんですけど、やっとですね。田中一村の生涯を描いた映画なんですけど、『アダン』というタイトルは、沖縄に行きますとアダンという植物がありまして、見た目は木になっているパイナップルみたいな形なんですけど、ひとつの象徴として『アダン』をタイトルにしました」
●私はひと足早く試写のほうで拝見させていただいたんですけど、何よりもビックリしたのが榎木さんがすごく痩せられたことなんです。
「おかげさまで15キロ、ダイエットいたしました。もともと、田中一村さんっていうのは、晩年奄美に行かれてから野菜とお豆腐しか食べなかったっていう人らしいんです。私もそれに倣いまして、もうちょっと食べましたけど(笑)、体形というのは非常に大事なことなので、見た人が感情移入してくれるには見た目を大事にしたいと思いまして、とりあえずダイエットから始めました」
●眼もすごく鋭くて、私の中の榎木さんのイメージと本当に違う、「田中一村さんなんだ!」っていう感じで、パンフレットに載っている一村さんの写真とそっくりでした。
「ありがとうございます。そう言っていただけると非常に嬉しいです。意外と一村さんと似てると言われましたね」
●そんな田中一村さんのことを改めて御紹介していただけますか?
「はい。元々生まれは栃木の方で、千葉でずっと生活をなさっていまして、50歳にして奄美に渡られて、日本画壇と決別して、という言い方をあえてさせて頂きますけど、それで69歳で亡くなるまで奄美大島でずっと過ごされました。ただ奄美に渡られてから、元々日本画で中国の南画の影響を強く受けた手法だったんですけど、独自の世界を築かれて、残った作品群が今は奄美大島の田中一村記念美術館というところに大半が収められているんですけど、それを見たときの私のショックっていったらなかったですね。どの日本画とも違う新たな田中一村の世界を描き出した方で、私も彼の画集を見たのは十数年前なんですけど、どうしても彼の生涯を知れば知るほど、自分で演じたくなりまして、6、7年前から田中一村をやりたいと騒ぎ続けていたんです(笑)」
●(笑)。じゃあ、念願の作品なんですね。
「はい。これだけは他人にやられたくなかったというね(笑)」
●(笑)。では、減量をなさったりというのも含めて、自らが田中一村になるっていう意気込みで取り組まれたんですね。
「そうですね。色々なタイプの役者がいますけど、私は自分の我をなくすことで役が自分に憑依するというか、役のほうから自分に来てもらいたいと思うタイプなものですから、そういう意味では一村さんの魂を自分の体が引き受けた状態になりたいという思いが強かったですね」
●一村さんは眼の鋭さというのがすごい人だったんだなっていうのが、榎木さんの演技からも伝わってきたんですが、絵を描き始めると、他のものは全く見えないんだろうなっていう感じがしました。
「それを感じていただいたというのはすごく嬉しい事です。私自身も長年、水彩画を描き続けてきていて、絵のレベルは全然違うかも知れませんけど、少なくとも描いている瞬間は私も一切、外野のことを忘れてしまいますね。描いている瞬間が自分にとっては至福の瞬間で、描けていることが最高に幸せな一時ですね。それは、絵を描く者には共通の気持ちだと思うんですけど、少なくとも一村さんが御自分の製作に打ち込んでらっしゃったときの気持ちは大分、近いものがわかるような気がしたので、そう受け取っていただけるととても嬉しく思いますね」
●榎木さんの絵が飾ってあるカフェギャラリー鷹にお邪魔をしてお話をうかがっています。もうすぐ公開になる映画『アダン』の主役、田中一村さんを演じた榎木さんなんですけど、一村さんは50歳の時に奄美大島に移り住んで、残りの人生をそこで過ごされました。そのため、映画では奄美でのロケがふんだんに使われているんですが、奄美の自然の魅力を教えていただけますか?
「こればっかりは言葉でなかなか説明しづらいんですよね。鹿児島県の一部なんですけど、沖縄文化圏の影響も非常に強く受けていて、ただ、距離的に沖縄からも鹿児島からも離れていますので、奄美独自の文化圏っていってもいいと僕は思うんですけど、ここの自然は天然の癒し系の自然がいっぱい残っていますので、現代の生活に疲れた方にはお薦めの場所ですね。また、島の方々は人がいいんですよ。同じ日本にこんなところがあったんだなというような人々にいっぱい会いまして、そういう人達に支えられて出来た映画なんです」
●映画を拝見しているだけで、深いジャングルのような、1歩森に入るとその暗さが物語っているような木々の深さですよね。
「そうですね。南方系の植生群なんですけど、一村さんの観察眼が非常に面白いのは、一村さんの絵をよく見ますと、逆光の世界なんですよ。ようするに、外から来て眺めた人の目では見ていない。島の中から見た植物群の裏側から見て、向こうに海が見える。ですから光は向こうから当たっていて、自分は影の部分から見ている絵がほとんどなんです。よく観察していきますと、そういう面白さが彼の絵にはありますよ。逆光の中で光具合を微妙に捉えていて、本当にきれいな構図で描いています。すごい才能だと思いますね。観察眼が鋭い方っていうのは、素材がそこら中に散らばっているわけですよ。彼の絵では森もそうですし、魚の精密なデッサンもたくさん残っていますけど、とにかく見る目っていうのがすごいんですよ。観察して、それを書き写すという作業が。ですから、彼は歩くことで色々な素材と出会いたかったのかなという気がしますね。『アダン』はひとつの象徴として、ある種の幻想の少女なんですけど、他の人には見えていないのが彼には見えている設定で登場するんですね。でも、その存在のおかげで色気がちょっと出てきた気がしますね。全く女っ気のない人生だったものですから、脚色としてそういうものをあえて登場させることで、人間・田中一村を側面から描きたかったんじゃないかなと思いますね」
●その『アダン』という名前が、奄美のほうで木になるパイナップルのような植物の名前で、一村さんがよく好んで描いていたものと、少女のダブル・ミーニングで『アダン』なんですけど、あの少女がもしかしたら原動力になったり、インスピレーションになったりしていたのかなぁという感じがしました。
「そういう扱いでもあったので、それを感じていただけたのは嬉しいですね。奄美はある種の野生の象徴でもあるというか、原風景がいっぱい残っている場所なんですね。ただ、奄美の森を知らない人達は『南方の幻想的な・・・』と思うかも知れませんけど、私、唯一ヘビがダメでね(笑)。ハブがいっぱいいるらしいんですよ。それだけが嫌で、戦々恐々としていました。ジャングルを分け入っていくシーンもたくさんあったんですけど、そこにいない保証はないわけですよ。それだけは私は『勘弁!』という感じで、ロケ地でも怖かったですね(笑)」
●(笑)。『アダン』という映画は日本でもうすぐ公開になるんですけど、もうすでに賞をとられたそうですね。
「そうなんですよ。ニューヨーク州のシラキュース国際映画祭で、私自身も初めてだったんですけど、『アダン』が主演男優賞と音楽賞にノミネートされまして、残念ながら男優賞のほうは逃したんですけど、その代わりに審査員特別賞をいただきまして、初めての国際映画祭の受賞で本当に嬉しかったですね」
●力が入った役だっただけに余計ですよね。
「そうですね。しかも、それがアメリカで評価されたっていうことがとても意義深いような気がするんですけど、私達の気持ちが向こうにも通用したかと思うと、こんなに嬉しい事はないですね」
●映画『アダン』で孤高の天才画家、田中一村さんを演じた榎木さんなんですが、御自身でも水彩画を描いていらっしゃいますよね。榎木さんが絵を描くときに心がけていることはなんですか?
「私は地場、土地から感じる力をとても大事にしているんですけど、自分が素直になればなるほど描きたいという衝動が起きる場所が必ずあるんですよ。それは単に、風光明媚な綺麗な場所だから絵が描けるかっていうと、実はそうじゃなくて、こればかりは言葉では説明しがたいんですけど、例えば写真の構図とは全く違う視点でいつも僕は見ていますので、現場で描くひとつの利点っていうのは、現場の空気を吸いながら描けるということでしょうかね。たまたま絵は四角の画面に切り取って、見た風景、感じた風景を色をつけて表現するわけですけど、その周りにも実は360°景色があるわけですよね。ですから、描いていると自分の絵には写っていない景色まで、自分が感じながら描けるという利点がきっとあるんですね。ですから、見た方々に絵の周りを感覚的に想像させる絵が好きだから、普通は窓から見た景色だけが絵だと思われるじゃないですか。僕の場合はそうじゃなくて、極端に言うと、後ろにも風景があるんだという思いで描いてますので、そこで実際の現地の空気を吸いながら描きたいという欲求がいつも起きてしまいますね」
●映画『アダン』の中でも、田中一村さんが最後まで追い続けたアカショウビンという鳥がいるんですが、その鳥は鳴き声はするんだけどなかなか見えないという鳥で、そのさえずりを追ってダーッと山の中に入っていかれる一村さんも映画の中で描かれていましたけど、実際に榎木さんはアカショウビンには出会われたんですか?
「何回かは見ました。過去、奄美に何度も行っているんですけど、3回ほど実物を見ています。それほど、希少価値の高い鳥なんですよ。見た目は、彼の絵にもアカショウビンが描かれていますけど、くちばしが大きくて頭でっかちで非常に滑稽で、『よくこれで飛べるよな』っていうような鳥なんです(笑)。鳴き声は確かに変わっていますし、鳴き声は時々聞けても渡り鳥なものですから、季節限定でしか見られないし、かなり奥深いところにしかいない鳥ですから、実際になかなかお目にかかれない鳥なんですね。ですけど、これも彼が芸術を追求していく上での象徴として、この映画では扱っています。いつも追いかけているんだけど、なかなか姿が見えない。彼がずっと追い求めた芸術性は常に見えないものだったので、そういうものにもひとつの象徴として繋がっていくのかなっていう気がしますね。
一村さんは奄美でなければ、あの作品群が生まれなかっただろうなって思うんです。例えば九州のどこかとか、もしくはもっと南まで行って沖縄とか、一村さんがいた当時はまだ沖縄が外国でしたので、そういう意味でも日本最南端で、ちょっと向こうは外国なんですよね。そういう異国に対する窓口というのも、重要な何かがあったんじゃないかなという気がしてました。あの島があの絵を描かせたといっても過言ではないくらい、重要な場所だったと僕は実際に行ってみて思いましたよ」
●みなさんにはまず、この映画『アダン』を見ていただいて、一村さんを知ってもらって、奄美の魅力を映画を通して感じていただいて、実際に行って自分でその自然を体験し、さらに一村さんの作品を味わっていただきたいですね。
「そうですね。一村記念美術館というのが奄美の空港から割と近いところにありまして、名瀬まで行くのに1時間ちょっとかかるんですけど、その半分もかからないところに立派な美術館があるので、奄美に行ったらお薦めですよ。私は彼の作品は一日中でも飽きずにずっと見ていられるんですけど、何をどう見ろとはいいませんけど、それぞれ絵から感じる思いっていうのをどっぷりと浸かって欲しいなと思いますね」
●榎木さん御自身にとっては、田中一村さんの作品の魅力はどんなところなんですか?
「ある意味では、私の生涯の目標であるような気がしますし、いつも彼の作品を前にすると、襟を正すというか、自分自身を振り返るキッカケになるような気がするんですね。都会で暮らしていますと、色々と大事なものをついつい忘れがちというか、ちょっと立ち止まってふっと目を上げて素直な気持ちで見れば色々なものが見えてくるはずなのに、時間に追われたりしていると、ついつい見過ごしてしまいますけど、それじゃいけないんだっていうことを、思いださせてくれる絵が一村の絵ですかね、私にとっては」
●もうすぐ公開される映画『アダン』で田中一村さんを演じた榎木さんなんですけど、御自身も去年、最新の画集『ロケ地の情景~日本の世界遺産を巡って』という作品を出されました。これはタイトル通り、日本の世界遺産を描いたものなんですか?
「はい。おかげさまで、これで本も19冊出しているんですよ。日本だけではなくて、世界各地の画集があるんですけど、これは、たまたまあるテレビの番組で7回のシリーズで、日本にある世界遺産を巡りながら、私が絵を描くという番組を担当していたものですから、私にとっては一石何鳥かの素敵な経験でした(笑)。絵を描いて、そういう番組を作って、その絵は残ってこういう画集になって、個展をしてなんて、転んでもただでは起きないクチですよね(笑)」
●しかもギャラをもらってみたいな(笑)。でも、世界遺産に登録されたために、近辺の人達が大変なことも色々あるじゃないですか。改めて世界遺産というのをスケッチしながら回られて、感じられたこととかってありますか?
「今回はその問題に本当に色々なところでぶつかりましたね。私なりに色々と考えもするんですけど、例えば、奈良県の吉野の界隈や熊野古道もそうでしたけど、世界遺産に登録される直前に個人的に行ったりしていたんですけど、果たして、世界遺産として登録されたほうがこの地にとっていいのかどうかっていう素朴な疑問も湧いてきたんですね。案の定、世界遺産になってからのほうが観光客が何倍かに膨れ上がって、人間が入ることによってその場所が荒れちゃうんですよね。特に、自然は正直で、山道しか歩いてないよとはいいながらも、人間が入ることで自然が息遣いしていた部分が変わってしまうことが多いらしいんです。確かに観光で客の立場からすると、そういうところを見たいから行ってあげるみたいな意識もあるかも知れませんけど、そこに何がしかのお金が落ちるわけですから、いいことの反面、人間が入ることで元々あった自然がどんどん荒れていくということが実際に大いにあることなんですね。
面白かったのは、屋久島に行った時に、『もう観光では来て欲しくないんだ』という山を案内する人の言葉が非常に重たかったですね。今、入場制限も実際にやっていらっしゃったんですけど、『自然を守るためにはこれ以上、僕達は人を入れないことがとても大事なひとつの要素になりました』ということを言われて、なるほどなと思いましたね。そういう問題が今後、もっと大きくなるでしょうし、観光で行く場合はなるべく気を遣って、分不相応のことをしないで、節操をもって、垣間見させていただくぐらいの謙虚な気持ちが大事だと思いますね。ついついずけずけと、下手すると人の気持ちの中にまでずけずけと入っていってしまうので(笑)、そういうのはやめたほうがいいですよね」
●それが、日本が誇れるはずの富士山がごみの山となっているがために世界遺産に登録されないというのもその辺に理由があるんですもんね。
「実はそれが1番の大きな原因らしいですけどね。ごみは必ず持ち帰るとかは基本だと思います」
●日本のあちこちを回られている榎木さんなんですけど、まだ描けていないここは描いてみたいなという場所はありますか?
「とりあえず私の場合、職業柄行かない都道府県はありません。ただ去年、北海道の美瑛町というところに美術館をひとつ、造っていただいたんです。町おこしのために廃校になったところを美術館に改装していただいたんですけど、ここの景色はポスターや写真集では見たことがあったんですけど、自分で行って見て『こんなところが日本にあったんだ』っていうくらい感激しました。その町は本当に大好きで、この冬も日帰りで雪景色を描きに行ってきたんですよ。『日帰りで北海道にちょっとスケッチに・・・』なんて、ちょっとカッコイイじゃないですか(笑)。そうしたくなるような場所ですよ。そんなとても素敵な場所に美術館がひとつありまして、今年は時間がある限り何回か通おうと思っています。ですから、まだまだ日本の中にも心から描きたくなるような場所っていうのが、私が出会っていないだけでまだいっぱいあるんだろうなという気がしますね」
●私たち、ザ・フリントストーンにとって榎木さんといったら、もうひとつ、『地球交響曲/ガイアシンフォニー』のイメージもすごくあるんですけど、そちらも今、第六番が進行中ということで、これも榎木さんがナレーションを務められたんですか?
「はい。その予定です。演出の龍村仁さんとは昔から親しくて、一番から全部、ナレーションに参加させていただいているので、音霊とか言霊という世界の話をして、読むのはもちろん彼の原稿なんですけど、その彼が書いた原稿の言葉の意味を私が適例適所、本当に合った音でふっと発音することで、その言葉が生きていくんですよね。その音がフワーンと宇宙に響くような気がするんですよね。その繰り返しのナレーションを一番から五番までやらせていただいてますので、六番もきっと一緒にやれるんじゃないかなと思って楽しみにしています」
●音はガイアシンフォニーで、視覚で楽しむのは『アダン』!
「田中一村の世界!」
●もうすぐ公開ですから、是非、榎木さんとは思えないような鋭い眼光を見ていただきたいと思います。
「私、テレビなんかでは生真面目な役が多くて、どうしてもそういうイメージが先行してしまいがちなんですけど、一村さんに関しましては全く別人格でエキセントリックな動の芝居をやらせていただいていますので、是非、見ていただきたいですね」
●今日はどうもありがとうございました。
■俳優、画家「榎木孝明」さん情報
主演映画『アダン』
最新の画集『ロケ地の情景~日本の世界遺産をめぐって』
「カフェギャラリー鷹」
・「榎木孝明」さんのHP: |
オープニング・テーマ曲
「ACOUSTIC HIGHWAY / CRAIG CHAQUICO」
M1. SOUL SEARCHIN' / GLENN FREY
M2. DEEPINSIDE MY HEART / RANDY MEISNER
M3. 映画『アダン』の劇中曲 / 佐藤通弘
ザ・フリントストーン・インフォメーション・テーマ曲
「THE CARRIAGE ROAD / JIM CHAPPELL」
油井昌由樹アウトドアライフ・コラム・テーマ曲
「FLASHES / RY COODER」
M4. HEARTLAND / CROSBY, STILLS,NASH & YOUNG
M5. PERFECT WORLD / INDIGO GIRLS
M6. LET YOUR SOUL BE YOUR PILOT / STING
エンディング・テーマ曲
「THE WHALE / ELECTRIC LIGHT ORCHESTRA」
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