2007年8月5日
「ジュゴンの生態に見る海の環境の変化」
今週のベイエフエム/ザ・フリントストーンのゲストは倉沢栄一さんです。 |
海の生き物の写真をたくさん撮ってらっしゃる自然写真家の倉沢栄一さんをお迎えし、とても不思議な生き物ジュゴンのことや、海の環境の変化についてうかがいます。
●大変ご無沙汰しています。
「ご無沙汰しておりました!」
●倉沢さんは今も北海道の襟裳に住んでいらっしゃるんですよね?
「そうです。住所を置いています」
●なので、あまりお会いできていなかったんですけど、最近、テレビにもご出演されていますよね。
「そうですね。最近、ハイビジョン・カメラがハンディーになったこともあって、自前で持てるようになって、そっちの方に仕事をシフトさせています。あと、もともと生き物の生態が好きなので、スチールよりムービーの方が表現できるってことに気がついて、スチールをやめちゃっているわけじゃないんですけど、そっちの方が面白いのでそっちに力を入れてやっています」
●倉沢さんは7月に「二十歳になったジュゴンのセレナ」という写真集を出していらっしゃるんですけど、これは2002年にお出しになった「ジュゴンデータブック」の続編になるんですか?
「続編ではないんですけど、ジュゴンって日本の沖縄周辺に生息していて、名前は知っていてもどんな形かイメージできないでしょうし、存在していることすら知らない人たちがたくさんいたので、まずジュゴンという生き物を知っていただきたいということで、データ的にジュゴンという生き物はこういう生き物だというのを僕なりに調べて盛り込んだ形の本が『ジュゴンデータブック』だったんですね。で、今度、作った本は、同じ鳥羽水族館のメスのジュゴンのセレナちゃんをモデルに、最近、野生のジュゴンの撮影に成功したっていうニュースがあったりして、徐々にジュゴンに対して関心が高まってきたと思うんですけど、やっぱりまだまだジュゴンのことを知らない人がほとんどじゃないかなと思うんですよ。なので、もうちょっと柔らかい形の、若い女の子達がワーキャー言って、手に取ってくれるような本にできないかなぁと思って、前回はジュゴンを切り抜きで写真を載せて、そこにジュゴンの生態だとか、形態だとか、日本人とジュゴンの関わりとかを情報的に盛り込んだんですけど、今度の本は見ていただくと分かる通り、4コママンガ風にしたり、ジュゴンの生活を僕の目で見て、面白おかしく構成してみました」
●小さいお子さんでも、写真を見ながら楽しみつつお母さんが読んであげると、自然と分かるような仕組みですよね。表紙も「はじめましてセレナです」って入っていたりして、これを倉沢さんが書いていると思うと「あれっ!?」って感じだったんですけど・・・(笑)。
「僕が書いたわけじゃないんですけどね(笑)。これはデザイナーのアイディアで、要するにタイトルに『二十歳になった』って書いてありますけど、たまたま今年、ジュゴンのセレナちゃんが鳥羽水族館に来て、20年の節目の年なんですね。で、この子はフィリピンのパラワン諸島の周辺海域で、おそらく親からはぐれた状態で推定生後6カ月のときに保護されたんですね。で、鳥羽水族館に移されて20年で20歳になりましたということで、20歳のセレナの気持ちになって、おじさんの僕が文章を書いたんですけど(笑)、『はじめましてセレナです』っていうのも、20歳の女の子のイメージを出して、こういう想定にしてもらいました」
●「ジュゴンデータブック」を手にされていない方で、ジュゴンのことをまだよく分かっていないという方に、ジュゴンを説明していただけますか?
「ジュゴンというのは人魚のモデルっていうと一番ピンと来るのかもしれませんけど、マナティという動物、ジュゴンという動物、ともに人魚のモデルの代表的な動物で、分類学上では海の牛と書いて海牛類というんですけど、海で唯一、植物を食べている海洋哺乳類なんです。ほかに海洋哺乳類っていうとクジラ、イルカ、アザラシ、ラッコとかいますけど、魚を食べていたり、動物性のプランクトンを食べていたりして、全部、肉食なんですね。で、その海牛類だけは、アマモという海草を唯一食べている動物でして、そういう意味ではすごく偏食主義者なんですよ。それしか食べられないですよ」
●いわゆるベジタリアンなんですね。
「もう究極のベジタリアンで、海に生えている植物っていうのが、コンブとかワカメの海藻類と、アマモの仲間の海草の2つのタイプがありまして、コンブとかワカメの海藻の方は5000~6000種類くらいあるんですけど、ジュゴンたちが食べている海草類は50~60種類くらいしか世界にないんです。そのうちジュゴンが食べるのは7~8種類だけなんですよ(笑)」
●究極のグルメというんでしょうか、何と言うんでしょうか(笑)。
「すごく偏食主義者なんですよね。そのアマモ類を食べる海の大型動物っていうのは、ジュゴンとアオウミガメしかいないんです。おそらく彼らは、陸に1度上がって四足で草を食べていた動物が、水辺で草を食べていて、そのまま海に入って海の草を食べるようになったと思うんですけど、おそらくそれは海の生き物は利用していなかった資源だったと思うんですよね。そこに目をつけたのは、ある意味賢かったのかもしれませんけど、それしか食べられないように特化してしまった偏食が仇となって、地球の環境が劇的に変化しない時代であれば、適応できたんでしょうけど、そもそも海草っていうのは温かい海の海岸近くの浅瀬に生えているんですけど、そういうところって真っ先に開発の手が入って埋め立てられたり、そういう環境がなくなってしまうわけですよね。そういう劇的な変化の時代には到底適応できない。そういう意味では絶滅の危機に向かっている動物ですよね」
●セレナちゃんに関しては「ジュゴンデータブック」のときもモデルをしてもらっているじゃないですか。あれから何年か経って、再び会ったセレナちゃんはどうでしたか?
「僕、セレナの水槽に入れさせてもらうのは3回目なんですね。で、遅いんですけど、今回、気がついたのが、そうそう水槽の中に入れてもらえないらしいんですよ」
●あ、そうなんですか!
「僕はたまたま以前にこういう本を作った経緯もあって、特別に入れていただいたんですよ。ま、そりゃそうですよね。大事な箱入り娘ですしね。飼育係の人にしてみれば、なるべく入ってほしくないんですけど、かといってどうせ本を作ってもらうんだったら、じっくり撮ってほしいという思いが今回感じられまして、何回も行っていると、向こうもそういう話を正直にしてくれますしね。ですので、今回撮影にすごく緊張しました。実はこれ、2日で撮りおろしたんですけど・・・」
●そうなんですか!
「ええ。例えば、カメラで顔に傷をつけたり、セレナは好奇心が強くて甘えん坊で、どんどん寄ってくるので、寄ってきたときは、セレナの頭を押さえながら、カメラをぶつけないように撮るのが大変でした(笑)。今回、フィルムを交換する時間ももったいなかったので、デジカメで撮ったんですけど、2日が限界でしたね。3日や4日撮らせてもらえれば、それはいい写真が撮れると思うんですけど、僕の方がもたないと思って、2日で撮り終えました。時間的にもちょうどよかったんですけどね」
●本当に警戒心がないみたいですね。
「この子、自分のことをジュゴンだと思っていないですよ(笑)。そもそも親からはぐれていて、人間の手でここまで大きくなって、多分、セレナは自分のことを人間だと思っているんじゃないですかね」
●特に神経質で、でも人懐っこいところもあって、偏食家といえるくらい限られたものしか食べなくて、日本でいうなら沖縄のほんの一地域にしか生息していないジュゴン。今の気候変動の影響っていうのは、どんな生き物よりもジュゴンにとってはきついものであり、影響を受けてしまうんじゃないですか?
「ジュゴンに限ったことではないですよね。海洋哺乳類っていうのは、ある海域の生態系の頂点に立っている生き物ですので、例えば温暖化がこれ以上進んで、環境が悪化したときに真っ先にいなくなる生き物ですよね。逆に考えれば、彼らが生きられるような環境を残すっていうことが、そこの環境のバランスを保てるということですので、ある意味、象徴的な生き物、生態系の頂点に立っている生き物を残すということで、その下に広がっている環境を残せるわけじゃないですか。それは、目に見てすぐ分かる指標になりますしね」
●今は、ジュゴンという生き物を通して、ギリギリのところで問われている状態なんですね。
「そうだと思います」
●倉沢さんは襟裳の方に住んでいらっしゃるじゃないですか。北のほうの海の変化ってどうなんですか?
「これも直接的に温暖化と結びつけるのは、僕は研究者じゃないので、なんとも言えないんですけど、まず流氷が一昨年、北海道に接岸せずに春を迎えてしまったんですね。で、これは新聞で報道されていたと思うんですけど、知床沖の水深500メートルの水温が過去50年間で0.6℃上昇しているらしいんです。で、水深500メートルの水というのは中層水と呼ばれているんですけど、中層にある水ですよね。海の水っていうのは、例えば表面が冷やされると、密度が高くなって重くなるんですね。すると、沈むわけです。で、沈むとその分、下にあった水が上がってくるんですね。で、中層水っていうのは、要するに表面で冷やされて沈んだ水なので、ある意味、大気の影響をすごく受けている水なんです。それが0.6℃上がっている。で、0.6℃って聞くと、大したことないって思うかもしれませんが、実はそれをエネルギーに換算すると、空気を100℃暖めるエネルギーに相当するらしいんですよ」
●それ、すごいじゃないですか!
「どっちが先か分からないんですけど、おそらくそれは、ある時期に流氷がしっかり海表面を冷やさなかったからじゃないかっていわれていて、もし、このままこの傾向が進むとどういうことが起きるかというと、さっきも言ったように水って表面が冷やされるから、沈んで下から水が上がってくるんですね。で、海の栄養物質というものが、海底に沈んで溜まっているわけですけど、北の海っていうのは冬場に冷やされて、表面の水が沈んで、下の水が上がってくるときに、下に溜まっていた栄養物質が表面に上がってくるわけですよね。で、それを植物プランクトンが利用して、動物プランクトンが利用して、魚が利用して、で、アザラシがクジラがって連鎖していくわけですよね。だから、北の海が豊かっていうのは、そういう仕組みだからなんですよね。で、北の海が十分に冷えなくなると、対流がなくなる。すると、黒潮みたいに水はきれいに見えるんですけど、栄養が豊富だったり、植物プランクトンや動物プランクトン、ひいてはそういう動物が棲める海じゃなくなっちゃう可能性がでてくるんですね」
●それも北だけの話ではないわけですよね?
「そうです。全体的にですね。で、もっと怖い話があって、最近言われているのが、2048年だったと思うんですけど、環境悪化がこのまま進んだ場合、世界中の海から魚類が消えるという学説があるんです」
●41年後ってことは、私たち生きているじゃないですか!?
「はい。海から食べるものがなくなってしまうってことです」
●考えたくもないですね。
「考えたくもないんですけど、結局、人間って自分の身に降りかかってこないと、真剣に物を考えたり、アクションを起こさないと思うんですけど、そういう意味では食べ物っていう観点で考えるのが一番自然を理解したり、考えたりするには一番いい手段かなぁと思うんですね。で、『これからもおいしい魚をたくさん食べなきゃいけない。さぁ、どうする?』っていうところに目を背けずにはいられないわけですよね」
●その一歩となるのが、ジュゴンをはじめとする生き物達が生息できる環境を作ることが、最終的には私達人間にとっての食にも繋がってくるんですね。
「そういうことですね」
●倉沢さんが7月に出された「二十歳になったジュゴンのセレナ」はとってもかわいい写真集で、「こういう感じなんだぁ」って軽く見ていただくのもいいんですけど・・・。
「いや、軽く見てください(笑)」
●でも、その陰には自分の食にまで繋がるような事柄も実はあるという・・・。
「この本ではそこまで語ってないですけどね」
●今、倉沢さんのお話を聞きながら、ジュゴンちゃんを見ると、また違った感じに見えてくるんですけど、この「二十歳になったジュゴンのセレナ」が1つのきっかけになるといいですね。
「そうですね。色々な見方してもらえればいいと思うんですけどね。ジュゴンを知るきっかけになってほしいし、海に興味を持ってもらうきっかけになればいいし、本当に色々な使い方をしてもらえればありがたいです」
●倉沢さんにとって、ジュゴンの魅力ってなんですか?
「もともとマナティが好きで、近い仲間がいるということでジュゴンに興味を持ったんですけど、マイペースでのんびりしたところですかね(笑)。やっぱり、憧れますよね。どうしても、根がせっかちなものですからあくせくしちゃうので、マナティを撮影していたときにも思ったんですけど、彼らに『もっとのんびりやりなよ』って言われているような気がしたんですね。要するに、彼らはそういう誰も利用していない植物に目をつけたために、餌を競合する相手がいなかったんですね。で、当然のんびりした性格になり、そもそも草食獣なので、そういうのんびりした性格は持っていたんでしょうけど、餌を競合する相手がいなかったので、それに輪をかけて、のんびりゆったりした性格になったんだと思いますね。そういう気持ちになりたいなっていうときにも、この写真集をパラパラっとめくってもらって、のんびりゆったりした気持ちになってもらえたらとても嬉しいです」
●自宅はもちろんですけど、オフィスにも1冊あるといいかもしれませんね。
「そういう使い方が一番嬉しいですね」
●倉沢さんは最近、スチールだけではなく、ムービーにも力を入れていらっしゃるというお話がありましたけど、この先のご予定はどんな感じですか?
「『日本の海の大百科』という本をまとめたのが2001年だったと思うんですけど、そのムービー版としてビデオで撮りたいのと、あと、あの本を出してたかだか6年しか経っていないんですけど、あの本の中にある光景がもう見られないっていうところがいくつも出てきていて、例えば、諫早湾のムツゴロウが飛んでいる干潟とか、サンゴ礁ばかりのところがなくなっていたりするわけですね。ですので、ビデオを持って、日本の海を歩くのと同時に、21世紀に入って、日本の海に一体何が起こっているのかっていうのを、もう1回、そういう目で見てみたいと思っています。それは写真集になるのか、文章でまとめるのか分かりませんけど、ビデオで海を見せるのとは違った視点で、二本柱で日本の海を再度、見つめてみたいと思っています」
●それが完成するのはちょっと先になりそうですかね。
「いや、でもそんなにのんびりも言っていられないかな(笑)。いつにしましょうか?(笑)」
●(笑)。でも、自然とかワイルドライフを撮るカメラマンにとっては、今日よりも昨日、昨日よりも一昨日の方がいい写真が撮れるよっていうくらい、フィールドが荒れてしまったり、なくなったりしていますから、あまりのんびりすると、変化するところばかりになってしまうますもんね。
「そうですね。だから、まとまって発表するという形ではなくて、とにかくリポートします。撮ったり記録したら何らかの形で発表して、最終的にまとめるという形ですかね。20年後に発表したところで意味ないですからね」
●では、写真や映像は別の方で、お話の記録のほうは定期的にザ・フリントストーンで発表していただいて、ホームページにアップされたトークを元に、本にまとめていただくというのがいいかもしれませんね(笑)。
「それ、僕的には簡単でいいですね!(笑) しゃべったものをまとめて、編集していただいてね(笑)。それはいいアイディアですね!」
●じゃあ、一緒に共同という形でお話をうかがっていければいいなと思います(笑)。
「こちらこそ、楽しみにしています」
●今日はどうもありがとうございました。
■自然写真家・倉沢栄一さん情報
最新の写真集『二十歳になったジュゴンのセレナ』
特定非営利活動法人「OWS」
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オープニング・テーマ曲
「ACOUSTIC HIGHWAY / CRAIG CHAQUICO」
M1. THE ROAD / TRUEHEART
M2. ISN'T SHE LOVELY / STEVIE WONDER
M3. TURN OF THE TIDE / CARLY SIMON
M4. YOUR LOVE IS THE PLACE WHERE I COME FROM / TEENAGE FANCLUB
ザ・フリントストーン・インフォメーション・テーマ曲
「THE CARRIAGE ROAD / JIM CHAPPELL」
M5. 土の笛のアヴェ・マリア / 宗次郎
油井昌由樹ライフスタイル・コラム・テーマ曲
「FLASHES / RY COODER」
M6. SUNSHINE REGGAE / LAID BACK
エンディング・テーマ曲
「THE WHALE / ELECTRIC LIGHT ORCHESTRA」
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