2009年1月11日
ジプシーを通して考える、オランウータンとそのふるさと
今週のベイエフエム/ザ・フリントストーンは黒鳥英俊さんのインタビューです。 |
先頃、ポプラ社から「オランウータンのジプシー」という本を出された、多摩動物公園・飼育展示課の黒鳥英俊(くろとり・ひでとし)さんをゲストに、オランウータンの生態や飼育方法、そして彼らの故郷ボルネオの実態などうかがいます。
●私たちは東京都日野市の多摩動物公園にお邪魔をして、先ほど、黒鳥さんが飼育担当なさっていらっしゃるオランウータンを拝見し、これからお話をうかがっていくわけなんですけど、オランウータンを見ると、赤ちゃんは特に人間の赤ちゃんそっくりって思えるくらい人間に近いですよね。
「そうですね。本当にそっくりなんですよ。目もパチッとしているし、ゴリラやチンパンジーの顔は黒いですけど、オランウータンの顔はオレンジ色、茶色で、なんとなく人間に似ているような感じがしますよね」
●野生のオランウータンってどういう生活をしているんですか?
「現地では高い木の上で生活をしているんですね。で、オスとメスでは大きさがかなり違いまして、オスはメスの倍くらいになるんですけど、メスとか子供というのはほとんど木の上にいて、メスは一生のうちほとんど下に下りてこないような状態なんですね。で、オスは下にも下りてくるんですけど、大方、20メートルから40メートルといった高い木の上にいます」
●オランウータンは性質的にはどうなんですか?
「非常におとなしい性格で、のんびりしていて、森の中でゆっくりと生活しているような動物ですから、性格はみんな違うんですけど、本当におおらかな感じだと思います。チンパンジーと比較をすると、明らかに分かると思います。チンパンジーはうるさくて仕方ないくらいです(笑)。何かあったらずっと騒いでいるような感じですけど、オランウータンは普段、飼育をしているときでも大きな声を出すわけでもなく、チンパンジーと違ってひとつのことをずっとやっていますからね。朝から晩まで根気強くやっていますね」
●手先も器用なんですか?
「器用ですね。比較をしてみると分かるんですけど、同じものを渡しても、チンパンジーは『何に使えるかな?』って考えるんですけど、ゴリラっていうのはすぐに壊すか、かじって投げてしまうんですね。それに比べてオランウータンはまず見て、それから何に使えるかとか、色々考えて1日いじっていますね」
●黒鳥さんは先ごろ、「オランウータンのジプシー」という本を出されました。本の主人公のジプシーさんはスーパーおばあちゃんというふうに書かれていますが、ジプシーにしかできないことっていうのもたくさんあるそうですね。
「そうですね」
●何事もジプシーが最初にスタートしてから、ほかのオランウータンたちも「おばあちゃんがやっているから安心」ってチャレンジすることも多々あるそうですね。
「そうですね。珍しいものをポンと置くと、最初はみんなサッと離れて、ジプシーが手を出すまでみんな待っているんですよ。で、ジプシーが触って大丈夫だったら、みんなもワーッと行って触るっていうことで、ほかのオランウータンも一目置いているおばあちゃんなんです」
●ジプシーおばあちゃんの行動を見たり、でんと構えているところを見ると、人間のおばあちゃんと変わらない部分も見え隠れしていますし、黒鳥さんも飼育担当でありながら、励まされたり学ぶことっていうのもあるんじゃないですか?
黒鳥さんがジプシーに送った本。
ちゃんと読んで(見て)いたらしい(笑) |
「そうですね。私たちの行動もお客さんのこともよく見ていますし、仲間のオランウータンの様子も見て、最近、自分と全く血縁のない8歳のキキっていう子が来たり、自分の娘がたまに戻ってきたり、ここのところ色々な個体が出入りしていまして、そんなときに不安になっていたりすると、彼女がサポートしてくれるんですね。自分から喧嘩をしたり争いをすることがなくて、ちょっと一歩下がって、ほかのオランウータンの身になって考えてあげるっていうのかな。すごく優しい心を持っていまして、オランウータンくらいになると頭がいいですから、ひとつ先のことくらいは読めるんですね。ですから、私たち飼育係が次、何をやろうとしているかくらいは分かるんですよ。ですから、『大丈夫だよ』ってほかの連中に言い聞かせて、私たち、飼育係が不安になっていても、逆にリードしてくれて、サポートしてくれるっていうことは随分ありましたね」
●多摩動物公園のオランウータンの群れの中では、なくてはならない存在なんですね。
「そうですね。みんなから一目置かれているオランウータンだと思います」
●こちらの多摩動物公園では2005年の3月に新しいオランウータン舎ができて、スカイウォークという、裏の森のほうまで伸びている巨大なロープが張られているんですけど、このスカイウォークについてご説明いただけますか?
スカイウォーク
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「スカイウォークというのは、150メートルの長さがあるんですね。で、最初にできたのがワシントンの動物園で、これはすごくいいということで、日本でもいくつかの動物園が、オランウータンが空中を散歩できるように作ろうということで、最近、新しいところでは旭山動物園とか、石川県の石川動物園とかにできているんですね。で、多摩動物公園でもその前から計画があって、やっと2005年にできたんですけど、とにかく150メートル行った先には、雑木林があるんですね。で、今回スカイウォークを作ったというのは、オランウータンは本来、高いところに棲む樹上性の動物ですから、高いところにいるのが一番いいんですけど、古い動物舎というのは地面だけで、高いところに全然行けずに、本来の彼らの生活があまり活かせなかったんですね。で、たまたま1975年にできた古い施設が老朽化して、建て直すっていうときに、多摩には裏のほうに使っていない雑木林があったんです。で、今までそれは昆虫採集とかほかに使っていたんですけど、新しい動物舎を作るのにその森を壊すのはもったいないですよね。このせっかく残された自然の森を使って、それを樹上性の彼らのためにそういうのを作ろうということで、上にロープを張って、しかも雑木林で彼らが遊べるようにっていう施設を考えたんですね。で、それが今回、出来上がったスカイウォークです」
●よく「サルも木から落ちる」って言いますけど、オランウータンがスカイウォークから落ちることはないんですか?
「いいことを聞いてくれましたね(笑)。実は毎年、正月明けてから、げんかつぎで多摩では『落ちないオランウータン』ということで、あそこに願い事を書いてもらって、それをオランウータン舎の前に結ぶのがすごく好評でして、『落ちないオランウータン』ということで、受験生の人たちがみんな来るんですよ」
●なるほどねー!
「とにかく落ちないということで、実際スカイウォークというのは落ちないんですね。あれはしっかりしていますから絶対に落ちないということで、毎年、受験生が相当来ています」
●新しいオランウータン舎ができて、ここにいるオランウータンたちは変わりましたか?
オランウータン舎
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「そうですね。今まで平面でしか動かなかった連中が立体的に動くっていうことで、私が一番ビックリしたのが、おばあちゃんのジプシーが、最初にスカイウォークを渡って、飛び地へ行って次の日にすすすすーって木に登ってしまったんですよ。『あれっ!? どうしたのかなぁ』と思って、そのあと孫のポピーなんかも登ったんですけど、普通、野生のオランウータンっていうのは、移動する場合、掴んでいる枝を揺らして、隣の枝を掴んで移動するんですね。ブラキュエーションって呼んでいるんですけど、そういうことを始めたんです。だから、野生と同じように枝から枝へと高いところを移動しているんですね。さらに驚いたのは、夕方、5時~6時くらいの陽が沈む頃になると、野生のオランウータンっていうのは自分で巣作りをするんです。で、高いところの枝をバキバキ折って、足元に巣を作ってそこで夜を過ごすんですね。その同じことをジプシーが枝を折ってやり始めたんですよ。『えっ!?』ってビックリしましたね。ただ、下手ですから、枝はボキボキ折っても下に落ちてしまうんですね。で、巣はできなかったんですけど、野生のオランウータンと同じ行動をやっていたんですね」
●ジプシーは幼い頃に何らかの理由で親と離れ離れになってしまって保護されて、最終的には日本へ来て多摩動物公園にいるわけですから、ある意味、すごく小さい頃にお母さんがやっていたであろう行動なんですよね?
「多分、来た当時の推定年齢が3歳なんですね。だから、3歳の頃の自分のそういう行動なり、母親から覚えたことを、多分、全部覚えているんだろうと思うんですね。彼女は多分、48年ぶりに高い木に登ったと思うんですよ。それからすぐ同じことをやりだしたっていうことは、すごい記憶力ですよね」
●ジプシーおばあちゃんのふるさとでもある、ボルネオのカリマンタン島のオランウータンたちの住処が、森林伐採でどんどんなくなっているということで、それをなんとかしようと黒鳥さんは頑張っていらっしゃるわけですが、その辺のお話もお聞かせ願えますか?
多摩動物公園の入り口
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「はい。今まで動物園っていうのは珍しいものを中心に飼っていまして、それをお客さんに展示するっていうのが続いていて、そのあと、動物園は種の保存ということで、希少動物を増やそうと一生懸命取り組んでいたんですね。で、最近の流れの中で、それだけではなくて、現地があまりに急速に開発されて、彼らの棲む場所がなくなってきているんですね。そういう中で動物園も自然に協力できないか、自然を考えていかなきゃいけないんじゃないかということで、2年前に多摩でも野生生物センターというのができて、そのときに私もオランウータンの現地の生息域内を研修で調査に行ってきました。実際見て、あまりにもひどいので本当に悲しくなってきたんですね。というのは、町から自然保護区まで車で2時間くらい行くんですけど、その間ずっと昔、森だったところが、アブラヤシの畑、プランテーションに変わっていまして、『これじゃ彼らは棲めないんじゃないか』と思って、やっと自然保護区に着いたんですけど、その一角だけが彼らが安心して生きられる場所なので、それはビックリしましたね。
とにかく、私たちもインスタント・ラーメンにしろ、アイスクリームにしろ、化粧品にしろ、生活から離れられないくらい全てに関わっているんですね。で、そのアブラヤシの農園でできたパームオイルをどこに持っていっているかというと、結局、私たちの日本に来ているわけなんですね。で、それを知らない方が非常に多くて、現地でできたのが直接的、間接的に日本に来ているということで、その辺をまず知ってもらいたいということですね。
で、今回行ったところは、マレーシアのサバ州、そこに大きなキナバタン川という川が流れているんですね。で、その周りっていうのはオランウータンがたくさんいる地域なんです。で、そこの周りはアブラヤシがだんだん迫ってきますから、彼らも追いやられて川のギリギリまで来ているんですね。そこら辺は観光客用にクルーザーで回れるんですね。そうすると、たくさん見られるんですよ。行くと、ゾウは目の前にたくさんいるし、オランウータン、トリ、サルとか川の周りにたくさんいて、『これはすごい!』って思うんだけど、実はそうじゃなくて、そこにしかいられないんですよ」
●要するに、追いやられて、みんなが仕方なくそこに集まってしまっているだけなんですね。
「それを川から見ると、両側全部見えるんですよ」
●ナチュラル動物園みたいな感じなんですね。
「ええ。そういうことで、追いやられたところで、とくにオランウータンっていうのは高い木の上で生活していますから、木がないと生きていけないんですね。で、アブラヤシの農場、プランテーションのほうに入ると、殺されてしまうし、罠とかあってひどい状態なんですね。そういう中でたまたま多摩動物公園で私たちはスカイウォークを作ったんですけど、それが150メートルあって、彼らが川の水を怖がって渡れない幅というのが20メートルなんです。で、その水が怖くて隣に行けないんですね。で、その20メートルというのは、多摩のタワーが9つあるんですけど、一区間なんですよ。第1タワーと第2タワーの間がちょうど20メートルで高さも同じくらいなんですよ。そういうところに私たちが作ったスカイウォークを建てて、動物園でも渡っているように、彼らを安全なほうに渡らせてあげるか、色々な地区にいるオランウータンを交流させて、将来、遺伝子的にも安定させるようにしようかということで考えているわけなんですけど、たまたまフランスの研究家でキナバタン川で研究をされているイザベラさんっていう女性が多摩に来まして、スカイウォークを見て、『えっ!? 何で渡っているの?』というような感じで色々と質問をしてきたんですね。で、ちょうど私たちは消防ホースをよく動物園で使っているんですね。で、『イザベラさん、これを見てください。彼らは消防ホースをすごく有効に使って、色々遊び道具も作っているから、今、話を聞くと全然渡っていないって聞くけど、これを使うと絶対にうまくいきますから!』っていうことを話したんですね。実際、消防ホースというのはハサミでもナイフでも簡単に切れるし、ボルトひとつあればそれでくっつけることができて、簡単にその場で橋みたいなものができちゃうんですね。しかも、それがいただける。それが一番ですよね。お金もそんなにかからないしっていうので、消防ホースを提供してくれるっていうところがありまして、さらに、現地までボランティアで運んでくれまして、現地まで持っていくことができたんですね。そこで、橋をかけたんですよ。本当に簡単にかかったんですよ」
●渡っていましたか?
「そうなんです!(笑) それなんですけど、実はまだ渡っていないんですね」
●そうなんだー。
「一応、そのために反対岸に彼らの大好きなイチジクのなる木を植えて、木のあるところに橋をかけて渡りやすいように色々やったんですけどね」
●渡ってくれる日がくるのが楽しみですね。
「そうですね。今、近くまで来て見ているそうですよ」
●黒鳥さんはボルネオ保全トラストジャパンの理事もなさっているわけですけど、この先、進めようとしているプロジェクトとか計画があったら教えていただけますか?
「はい。つい最近、ボルネオ保全トラストジャパンというのを立ち上げまして、とにかく彼らのために道をつないであげる、緑の回廊を作ってあげようというのが第1の目標です。で、彼らはちょっとでも移動できさえすれば、次のところへ行けるわけですし、新しい個体とも遭遇できるわけですよね。そういうことでオランウータンにもそういうホースを用意したんですね。ホースっていうのは緊急の策なんです。それも一生懸命やりますし、さらに、小さい土地を繋いででも、やれば道が繋がってゾウなんかでもそこを移動できて、自然保護区まで繋がるわけなんですね。そういう中でみんなのちょっとした気持ちで支援するだけで、簡単に変えられることなんですね。今思えばジプシーがいたところなんていうのは、今はほとんど棲めない状況だと思うんですね。ですから、彼らのためになんとか私たちも、今の無駄が多い生活を改めて、そういったアブラヤシでもなんとかうまく使って、オランウータンとか野生動物と共存できる道をこれから作っていかなくちゃいけないなと思っています」
●私たちにもできる事があったら、今後も協力させていただきたいと思うんですけど、なによりもこの番組をお聞きのリスナーの方達はまず、ジプシーおばあちゃんたちをはじめオランウータンたちがどんなに愛らしく、私たち人間の仲間であるかというのを見に、多摩動物公園のほうに遊びに来ていただければなと思います。今日はどうもありがとうございました。
※ マレー語で“森の人”を意味するオランウータンは、世界に2種類。東南アジアのカリマンタン島(ボルネオ島とも呼ばれている)にいる「ボルネオ・オランウータン」とスマトラ島にいる「スマトラ・オランウータン」だけで、この2種はとてもよく似ているのでほとんど見分けがつかないんだとか。
ちなみに、多摩動物公園で暮らしているオランウータンたちはみんな「ボルネオ・オランウータン」。また、多摩動物公園には世界で2番目に長寿のジプシーだけではなく、世界一長寿オランウータン、モリーもいます。
AMY'S MONOLOGUE~エイミーのひと言~
ジプシーがきっかけとなって、より多くの人がジプシーの故郷で起きている問題に目を向け、自分たちの生活を見直すことに繋がって欲しいと思います。またボルネオの野生のオランウータンたちがスカイウォークを利用して川の対岸まで自由に行き来するようになることを心から願っています。
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多摩動物公園飼育展示課、黒鳥英俊さん情報著書『オランウータンのジプシー』
多摩動物公園のホームページ:http://www.tokyo-zoo.net/zoo/tama/ 「NPO法人 ボルネオ保全トラストジャパン」
ボルネオ保全トラストジャパンのホームページ:http://www.bctj.jp/ |
オープニング・テーマ曲
「ACOUSTIC HIGHWAY / CRAIG CHAQUICO」
M1. THE ANIMAL SONG / SAVAGE GARDEN
M2. SUPARSTAR / CARPENTERS
M3. I STILL REMEMBER / BLOC PARTY
ザ・フリントストーン・インフォメーション・テーマ曲
「THE CARRIAGE ROAD / JIM CHAPPELL」
M4. ISN'T SHE LOVELY / STEVIE WONDER
M5. BRIDGE OVER TROUBLED WATER / SIMON & GARFUNKEL
M6. WILD WORLD / CAT STEVENS
エンディング・テーマ曲
「THE WHALE / ELECTRIC LIGHT ORCHESTRA」
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