2009年4月5日
ザ・フリントストーン・アーカイブス第1回目
ゲスト:風間深志さん
今週のベイエフエム/ザ・フリントストーンは、アーカイブス第1回目(ゲスト:風間深志さん)です。
当時の写真がないので2002年3月に撮った写真です。 当時の風間さんの愛車スズキのビッグホーンの前で。
1992年4月に放送が始まった「ザ・フリントストーン」。これまでに放送された877回すべてが記録として残っています。4月5日の放送から、選りすぐりを再放送する新シリーズ「ザ・フリントストーン・アーカイブス」をスタート。その第一回目はゲストに冒険ライダー「風間深志」さんをお迎えした1996年4月6日放送をお届けします。
自分の中に秘めている“子供の部分”を表に出そう
(1996年4月6日放送より)
●この方をご紹介するときは肩書きに困ってしまいます(笑)。マルチ冒険野郎とでもいっておきましょうか(笑)、風間深志さんです!
「どうも、おはよう!」
(当時は放送が土曜日の朝10時でした)
●まず私、謝らなければならないことがあります。4月の第1週目に風間さんに出演していただくようになってから、「今年こそ元気村に行きます!」と言い続けてきて、去年はエイプリルフールのお約束ではあったものの、また今年も行けませんでした。ごめんなさい!
「口だけだもんな~(笑)。1回も来ないもんね(笑)」
●(笑)。まず、それを謝りたいなっていうのがこの1年ずっとありました。
「今年は来てくださいね!」
●ええ、今年こそ! 今年行かなかったら針千本!(笑) そんな元気村は最近では先週末に新潟で行なわれましたが、今回はそりだったんですよね?
「うん。楽しかったねー。なんといっても僕はね、日本そり連盟会長だからね。」
●そんなのありましたっけ?(笑)
「あるんですよ。去年作ったんだけどね。スキーにしても、スノーボードにしても、スノーモービルにしても、全部そりが原点だから。980円でできるやつね。楽しかったー! おじいちゃんもおばあちゃんも子供たちも大喜び!」
●そりってそういう意味で言うと、誰でもが出来るじゃないですか!
「そうなんですよ! ただ座って、地球に任せれば引力でヒューって行くからね。急傾斜のところは想像以上にピューンって行きますよ。スリルもあって、それはすごい!」
●冒険ライダーの血が騒ぐんですね。
「あれまた舵が利かないのがいいんですよね(笑)。どこに行くか分からないし、ブレーキもない。とにかく転んじゃうっていうのが大地と戯れるっていうか、あれがいいね。」
●実際にやると、本当はすごく怖いと思うんですよ。それが、風間さんから「大地と戯れる」っニコッと言われた瞬間にやりたくなるんですよねー。
「それが普通の人間ですよー。人間はみんな自分の中に子供を秘めているわけさ。その子供がいつも出たがっているのに、大人が『お前、引っ込んでろ。大人は大人らしく振舞わなきゃいけないんだよ。ウフフ』なんてやっているから、疲れちゃうんだよ。逆にすればいいんだよね。」
●子供がメインのほうがいいんですね。
「そうそう。結構エイミーさんもきてますけどね(笑)」
●きてますか(笑)。でも私、子供ばっかり前に出しちゃうと、いつ大人を出していいのか、そのタイミングが分からなくなりそうで・・・。
「それが、にじみ出るものなんですよ。だから、それを信用すればいいんですよ。自分が今まで学んだことや、自分の人格とか、相手に対する思いやりとか、大人ならではのものは自然と出るからさ。だから、表には自分の無邪気な気持ちだけ出して、『暑いですねー』、『寒いですねー』、『疲れましたねー。でも、頑張りましょう』って結果的に頑張れるんだよね。朝からいいこと言うでしょ(笑)」
●先生!(笑) 風間さんは先生でもあるわけですから、今その講義に参加した生徒のような気分になりました。私、最初に風間さんを紹介するときになんて言ったらいいか分からないって言ったのは、そもそも風間さんに最初に番組に出ていただいたとき、第1回目の4月1週目は「冒険ライダー」の風間深志さんだったんですよね。で、第2回目が「シンガー兼ギタリスト」。
「ありましたねー。シンガーでしたか(笑)」
●で、3回目が東洋工学専門学校の先生として、お越しいただきました。
「うん、エコロジーのね。今もやっていますけどね。」
●で、去年がエイプリルフールだっていうことで・・・。
「なんか言いましたか、僕?(笑)」
●大嘘つきになっていましたよ(笑)。
「ガハハハ(笑)。去年はなんて言っていました?」
●去年はとりあえず、サンフランシスコから泳いで帰ってきたばかりで、トビウオが食べたいんだけど、高く飛びすぎちゃってっていう・・・(笑)。
「そうなんですよ(笑)。太平洋の真ん中でね、ご飯に困っちゃって、口をパカって開けたら、飛んでくるトビウオが見事に入っちゃってさ(笑)、それでまた3キロ泳いだっていうやつね(笑)。ガハハハ(笑)」
●(笑)。様々な話でどこまでが本当で、どこからが嘘なのか分からない中で進んできたんですけど・・・(笑)。
「でも、今年の僕は真面目ですよ。」
●先ほども、先生の一面を見せていただいて・・・。
「そういうのって、先に肩書きを出さないで、肩書きなんかついてくるものっていうか、そういうふうにしたいですね。」
大平原で出会った家族をきっかけに、生き方を考えた
●風間さんは去年の暮れから今年の始めにかけて、レポーターとしてパリダカに行かれたそうですね。
「行ってきましたねー。15年ぶりに行った。パリダカね、15年ぶりに行ったら大分変わっちゃったよ。大変でしたけど、とてもいいモーリタニアの砂漠でしたね。」
●自分の中の砂漠のイメージっていうと、まず埃とか、さんさんと照りつける太陽とか、私には行けないかなぁって思ってしまうんですが・・・。
「そう思うのが普通ですよ。実際には不毛の大地だからね。人間にとってはとても住みにくいの。それだけ、厳しい自然があるっていうのは間違いないね。ただし、厳しく、激しく、もしかしたら近づきがたい怖さ、それから、今『埃』って言っていたけど、もしかしたら、汚いイメージもあるかもしれないね。でも、実際には砂は褐色の、あるいは赤い砂をしているけど、クリスタルのように1個1個の粒子がきれいで、ゴミはないし、すごくキレイだよ。空気もすごくキレイ。」
●空気もキレイなのかもしれないけど、私、鼻が弱いんですよ。なので、乾燥して喉に来ちゃうのかなっていう感じもするんですけど、そんなことはないんですか?
「湿度12~13パーセントっていうのが砂漠の湿度なんだけど、あれはものすごくいい。風邪はひかないし。最初、慣れるのにお肌はカサカサしちゃうし、髪の毛はパサパサだし、爪は割れてくるしって感じはあるんだけど、人間はすぐに順化しますね。順化して、むしろ内側の自分が洗われちゃって現れちゃって、もう最高よ! ガハハハ(笑)」
●(笑)。外側は気にならなくなっちゃうんですね。
「もうすごいよ! 本当に目がキレイになるね。キレイでしょ、ほら!」
●とっても! でも、風間さんはいつもキレイですよ。
「でも、砂漠に行った僕は特にキレイでしょ?」
●うん。キラキラしてる!
「うまいねー! ガハハハ(笑)」
(自分で聞いておいて、照れる風間さん 笑)
●無理矢理言わされた感もあるけれども(笑)。
「誘導尋問みたい(笑)。砂漠に住んでいる人達っていうのは、すごく目がキレイ、心がキレイなんですよ。それは、今言った厳しい自然の中にいるから、人間は人間らしく、自然というものに生かさせていただいているっていう気持ちがあるからなんだよね。もちろん、口には出さないよ。当たり前のことだから、自然の摂理に従って生きているっていう謙虚さがあるわけさ。その中で今回もパリダカの人間達がいかに頑張ったかっていう出会いもあったけど、僕はモーリタニアの砂漠の500キロ入ったところ、誰もいそうもないところで、いるのはトカゲよ。腹が真っ赤っかのや、真っ黄っきのが両方いるんだけど、10センチくらいのから、デカイのではワニくらいのがいるよ。60センチくらいのが『ガガガガガガッ!』って歩いて岩の上にいるんだけど(笑)、いるものはそんなもので、人間の生活なんてないだろうっていうところに突然、忽然と現れた。家族がいましたね。お父ちゃんとお母ちゃんと、中学校2年生か3年生くらいのお姉ちゃんと、小学校2年生か3年生くらいの坊やもいて、4人の家族が歩いていましたよ。急に歩いてきたんだよ。ロバと一緒に。遊牧民だよね。それで、俺はその家族と車でもってすれ違うんだ。俺は向こうへ行く人、あの人たちはこっちに来る人。で、手だけ挙げて通り過ぎたけど、通り過ぎちゃってから今日に至るまで、ずっと姿が焼きついているんだけど、俺は近代文明のテクノロジーに囲まれながら、ランチボックスを持って、水を持って、テルモスを持って行くわけさ。向こうはバーっと500キロ、1000キロ向こうまで続く大平原の中で生きていくんだよ。どこまで行ったって、同じ砂漠があるだけだよね。『この人達の一生ってどうしていくんだろう!?』って。『子供の明日っていうのは、やっぱり荒野に生きるんだろうなぁ』って思うわけ。俺はこれから日程が終わって、パリダカが終われば日本に帰って、小平の家に帰っていくわけだよね(笑)。そうすると、あの家族にとって明日の価値観、あの家族が一番望んでいるものっていうのは、きっと家族の平和だろう。子供の未来だろう。俺も全く同じだよ。じゃあ、何で分刻みでこれだけ忙しくて、意識の中が彼らの5万倍くらい詰まっている中で、激しい世界に生きているよね。でも、目的は一緒じゃない? そこにものすごくギャップがあるよね。生き方をひとつ考えてみる必要があると思ってさ。『いいんだろうか?』って。人間の目的っていうのは同じじゃない? そこで随分感動しちゃったな。」
風間さんを冒険ライダーの道に誘惑した(?) 世界を駆けるライダー賀曽利隆さ んとの記念写真。2001年4月撮影(だと思う)
自然と触れ合うことで疲れが癒される
●今回、モーリタニアの砂漠を走っていて、先ほどお話にあったような家族と出会ったりする中で、また冒険心が芽生えたりはしなかったんですか?
「今回は報道で行ったのね。見ること、それを伝えることで行ったんだけど、最初はイヤだったよ。今まで、こういう歳になるまで、自分から仕掛けていって、自分が主体性を持って動いていた。ところが、それを追いかける立場になったらつらくてね。すごくつらくて『俺は一体、何をやっているんだ』って5日くらい落ち込んじゃったの。そのうちに、人にものを伝えていく報道をするって、すごく快感が生まれてきたんですよ!(笑) それはそれなりにいいんですよね。同時にもう1つは、モーリタニアの話じゃないですけど、レースをやっていたら見えないものが見えるというね。周りが見えるっていうだけで、そういうものに目覚めたかな。だから、もしかしたら体をすり減らして極地へ行く、そういったものに挑戦していくっていう今までの自分の冒険から、もしかしたら卒業して、まだやりたいけど、こういった情報という意味では、世界は広いけども、非常に偏った情報が伝わっている。あんなアフリカの奥地の戸数が5軒しかない小さな村の話っていうのはなかなか伝わってこないでしょ。実際、僕らが海外援助でもやった道路が、ある村から村まで結ぶんだけど、村の手前70キロで切れたまま、10年も放置されていたりするの。その70キロはどこへいったのかというと、村の役人のベンツになっていたりするっていう実体とか色々あるわけさ。よしんば、その道路を通したところで何も起きないよって感想が今回あったのね。それより、教育だったり、もっともっとしなければならないことがいっぱいあるんだ。そういうことを、立ち入ることが困難なへき地まで行きながら、例えば、そのことを情報でみんなに伝えていくみたいな。新しいアドベンチャー・プレスマンか何かになりたいね。」
●あ、かっこいいですね!
「ね? アドベンチャー・ルポライターとかあるじゃない。ああいうやつをやっていく冒険かもいいなぁとか思ったけど、俺、字を知らないなと思ってさ(笑)。ガハハハ(笑)」
●でも、ラジオだったら出来るじゃないですか!
「やりたいですよ! やりましょうよ! TVカムっていうやつを持っていけば、宇宙の衛星を使ってどこからでも電話が出来るの。『もしもーし』ってやって、もうこのスタジオまで来ちゃう。そういうことができるんですよ。『今、水が1滴もなくて死にそうです!』なんて言ってさ、やれるわけよ。そうしたら、結構生々しいじゃない。それ、やりましょうよ!」
●そういうのがあってもいいですよね! って私、弱気になっていますか?(笑)
「やりましょう! それをやるんだったら僕、元気村を捨てて明日から旅に出たいなぁ。」
●それはダメです!
「それはダメか! ガハハハ(笑)」
●元気村はみんなの元気の源ですから。
「そうなんです。今まで自分ばっかりが楽しんできたでしょ。だから、その楽しさを分かち合うっていう意味で元気村っていうのをやったつもりなんですよ。だから、みんなに遊んでもらいたいし、この前、元気村をやった新潟県の安塚町もそうだけど、みんながハッピーになって、最後には『今日、僕はここに来て、生きてきて最高だったよ!』って言って帰っていったっていうね。これ、いいよねー。本当に満足です。」
●ザ・フリントストーンもスタートして丸4年。これでいよいよ5年目に突入するわけなんですけど、元気村が今、丸9年でしたっけ?
「9年目を迎えたの。もう9年でしょ。ザ・フリントストーンが始まって4年ね。一般の人たちの自然に対する概念が、9年前と今とでは急激に違うんですね。というのは、今から20年間で人口は20億人増えますね。というふうに自然との対比の中でバランスがどんどん崩れるわけさ。人口増加だけでも、それだけのアンバランスさがあるわけ。だから、1年経てば、去年よりもさらに自然っていうものは深刻に様々な問題になって出てくるから、意識も高くなるはずなんですよ。僕は疑わずにそう思っているんだけどね。真面目な話でつまらないと思うけど、でも、本気で考えなきゃいけないですね。それも、眉をひそめて『人間はこういうふうにしなきゃいけない』、『勉強しなさい』っていうことじゃなくて、気持ちを開放して楽しくいくっていうこと。それで、ほぼ直っちゃうんじゃないかなって気がするよね。」
●子供になることで、自然になる。そして、その子供になれる場を提供してくれるのが、地球元気村。その点、私は結構大丈夫だって言われているので(笑)、元気村に行ってもスッとハマれるかなと思います。今年は絶対に行きたいなと思います。
「来てくださいよー。なにしろ思っているだけじゃなくて、外に出なきゃダメだよ。だから、サラリーマンの人たちとかとても疲れているよ。もちろん、土日に寝ていたい気持ちも分かるんだよね。でも、それじゃ疲れを癒せないんですよ。そこで今出て行って初めて大気と、えらくきれいな景色と自然に出会って、自分の中にこーんなに押し込められて、鍵がかかって封印されているさっきの子供の気分がピョーンって出てきて、自分の本当の弾む生命の力みたいなものが、ポーンって出てきて、全てのフラストレーションがそこで一気に解消できるわけよ。だから、思い切って出ることですね。家にいたらダメ。」
●みなさんにも元気村に足を運んでいただいて、風間さんのような思い切りのいい人になっていただきたいと思います(笑)。今日はどうもありがとうございました。
(以上までが1996年4月6日放送分です)
13年前の放送を風間さんご本人と振り返って
(2009年現在)
●ということで、1996年当時のインタビューの模様を聞いていただいたんですけど、ご感想は?
「ご感想? いやぁー、何も変わっていない!(笑) エイミーの声は何も変わっていないし、こうやって聞くと、いい声だねー!」
●ありがとうございます!
「さすがにパーソナリティー。素晴らしい人が、それなりの適任者がちゃんとやっているんだなっていうのを感じました。」
●お褒めのお言葉ですか?(笑)
「そうですよ! あと、もう1つはザ・フリントストーンという普遍的なテーマにのっとっているので、今、聞いても古さを感じないもんね。感動しちゃったもん。」
●風間さんは昔の自分が言っていることを聞きながら、「なんか四角張ったことを言ってるなー」って言っていましたね(笑)。
「いやいや(笑)、いいこと言うなぁっていうのと同時に、ちゃんと真面目にデータ的に言ってるなって思いましたね。ま、若さだよね。問題意識が今よりもカチッとあって、『何か言わなきゃいけない!』みたいな。今の俺が年をとったのか、向こうが正しいのか、角が立っているのか分からないけど、どっちなんでしょう?」
●変わっていないと思いますよ。最後にアドベンチャラスなジャーナリストみたいなことを言っていましたけど・・・。
「あれ、いいね! アドベンチャー・ルポライター。全然やっていないけどね(笑)。ガハハハ(笑)。いいよね!」
●やりましょうよ!
「そういえばそうだなぁ。やらなくちゃね! ガハハハ(笑)」
●これで、思い出したということで、この先新たな展開が・・・。
「悪くない! 十数年前とは思えませんね。多分、今、モーリタニアに行っても同じだよ。今、もっと立ち入ることが出来ないからゆえに、パリダカがあそこを避けて南米へ行っちゃったじゃないですか。そういう意味では進んでいるのか、足踏み状態なのか、アフリカは混迷を続けていますね。」
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