2010年3月7日
「わたしの病院、犬がくるの」セラピー犬の訪問活動
~フォト・ジャーナリスト大塚敦子さんを迎えて~
今週のベイエフエム/ザ・フリントストーンのゲストは、大塚敦子さんです。
フォト・ジャーナリストの大塚敦子さんは、“人と自然”や“人と動物の絆”などをテーマに、写真を撮り、原稿を書いています。そんな大塚さんはこの度、写真絵本「わたしの病院、犬がくるの」を出版されました。この本は、東京都中央区にある「聖路加国際病院」の小児病棟で行なわれている、セラピー犬の訪問活動を取材し、まとめたものです。そこで今回は、欧米などに比べると、まだまだ遅れていると言わざるを得ない、日本の医療機関へのセラピー犬の訪問活動についてうかがいます。
医療現場でのセラピー犬に対する、日本とアメリカの違い
●今週のゲストは、昨年、岩崎書店から「わたしの病院、犬がくるの」という写真絵本を出版された、フォト・ジャーナリストの大塚敦子さんです。ごぶさたしております。
「ごぶさたしています。」
●大塚さんといえば“動物と人との繋がり”をテーマに活動していて、この番組でも何冊か、インフォメーション・コーナーでご紹介させていただきました。この本も、発売されたときに、ご紹介させていただいたので、読んでいらっしゃる方もたくさんいらっしゃるかと思います。
「ありがとうございます。」
●今回は「犬が来る病院」をテーマに、犬と子供たちの繋がりについて、お話をうかがっていきたいと思います。今回、取材した病院に来ているのは、セラピー犬なんですけど、セラピー犬というのはどういう犬なのか、説明していただけますか?
「セラピー犬というのは、その名の通り、人にセラピー的効果をもたらす犬ですね。一般的にどういうことをしているかといいますと、病院や老人ホームなどの医療施設に訪問して、そこにいる人たちに元気を与えています。中には理学療法や催眠療法に参加して、セラピーの役割をしている犬もいますが、一般的には医療施設に行って、人と触れ合うことで、相手にいい効果をもたらしています。そういう犬は全てセラピー犬と呼んでいます。
アメリカでは非常に盛んで、医療施設に限らず、活躍の場所が広いんですね。例えば、本を読むことが苦手な子供たちに、セラピー犬が付いて、子供が犬に読み聞かせをするといったようなことが、すごく盛んになってきています。そういうことをやっている犬は、読書介助犬と言われたり、セラピー犬と言われたりしています。でも、みんな普通の一般家庭の犬なんですね。普段は飼い主さんと一緒に過ごしていますけど、基本的なしつけができていて、健康で、人に対しても他の犬に対しても仲良く接することができるということをチェックする、セラピー犬の認定テストを受けて、パスした犬たちなんです。また、定期的に健康診断を受けているので、たとえ免疫が落ちている子供たちや大人と接しても大丈夫という、安全基準をクリアした犬たちなんですね。」
●その認定制度の中で、今回出版された「わたしの病院、犬がくるの」の中では“JAHA”という団体のセラピー犬たちが訪問活動をしていたんですけど、 JAHAとはどんな団体なんですか?
「JAHA(正式名称:公益社団法人・日本動物病院福祉協会)は、1986年からCAPP活動といって、老人ホームからスタートしたんですけど、犬や猫やウサギなど、色々な動物を医療施設に連れていくという活動を最初に初めた団体なんですね。それを20年以上やってきて、無事故という実績を持っています。」
●今回出版された「わたしの病院、犬がくるの」の舞台となっているのは「聖路加国際病院」という病院なんですが、小児病棟へのセラピー犬の受け入れを、日本では初めて行なった病院だと、本には書かれていましたけど、これはいつごろから始められているんですか?
「2003年からです。」
●ということは、最近始めたんですね。これはどういうきっかけで始めたんでしょうか?
「『犬に会いたい』という最後のお願いを残した女の子がいたんですが、当時は、犬を病院に連れてくる色々な準備ができていなくて、残念ながら、その願いが叶わずに、その女の子は亡くなってしまったんです。そのことがきっかけで『どうして犬ぐらい連れてきてあげられなかったんだろう』という話になり、医療スタッフが『どうしたら犬を連れてくることができるのか』という調査を始めて、色々な安全基準を作って、長年、無事故という実績を挙げてきたJAHAに犬を派遣してもらうということで始まったんです。アメリカの病院では、小児病棟や子供の病院に犬が来るのは日常風景なんですね。
私は以前、マイアミ子供病院という病院で、3年ぐらい取材したことがあるんですけど、毎日どこかのユニットに誰かが来ているという感じで、犬が来ていました。犬の種類もたくさんいて、ボストン・テリアや、後ろ足がなくて、代わりに車輪を付けた犬が来て、みんなを勇気付けていたりして、犬がいるのが当たり前になっているんです。そういう話を聞いて、お医者さんたちに『衛生面の心配はないんですか?』って聞くと、『犬の方が健康診断をちゃんと受けているし、来る前に必ずお風呂に入って、足も地面につけずに来るので、犬の方が人間より綺麗です』って言うんですね。私たちなんて、地下鉄に乗ってきて、色々触ってきて、ばい菌を持ち込んでくると思うと、犬の方が綺麗かもしれないです。」
●(笑)。そういう意味では、日本の病院、特に小児病棟のセラピー犬の受け入れが、なぜここまで遅かったのか、不思議に思うんですが・・・。
「遅いだけではなくて、そんなに広がってないんですよね。聖路加国際病院の後、千葉こども病院でも始まっていますけど、私が知る限りではその2つですね。私が知らないところで始まっていたら嬉しいんですけど、まだその2つに留まっています。やっぱり、病院側としては『なにかあったとき、どうしよう』という心配があると思うんですね。聖路加国際病院で始まったのが2003年ですけど、もう少し続けていって『なにも問題ない、大丈夫だ』となれば、段々受け入れの流れができてくると期待しています。」
犬は、みんなを笑顔にする存在
●昨年、岩崎書店から出版されました写真絵本「わたしの病院、犬がくるの」ですが、この本の舞台となっている、聖路加国際病院の小児病棟での子供たちが、病と闘いながらも、より日常生活に近い気持ちになれるような環境を作ってあげているのかなって、この本を読んで感じたんですね。
「本当にそうですね。大人と違って、子供って成長し続けている存在で、小児がんの場合だと、長くて1年ぐらい入院しないといけないんですね。それだけの時間、彼らの時計の針を止めるというのは、すごく大変なことだと思うんですね。だから、その針を止めないための工夫を、すごくしていると思います。私は、今までアメリカの病院をたくさん取材してきましたが、日本の病院はここが初めてだったんですけど、医療職だけではなくて、保育士さんだったり、心理士の方など、色々な人たちがチームを組んで、子供たちの成長を止めないように、少しでも楽しい時間を過ごせるようにって努力している姿を見て、すごく感動しました。」
●写真の中では、病院内の学校でお勉強している姿も写っていますし、「これはどこなんだろう?」って思うような、秘密の基地みたいなところで遊んでいる子供たちがいたりして、病院なんだけども、どこか寺子屋的な雰囲気も醸しだしていて、子供たちがそういうところで遊んでいるのと変わらない表情をしていて「この子たち、本当にどこか悪くて、入院しているのかな」って思ったんですね。
「そういうことが、写真から伝わったのであれば、すごく嬉しいです。聖路加国際病院の中には、“つばさ学級”という院内学級があるんですけど、学校に行っている子供は、そこに行くんですね。具合が悪くて、自分で教室まで行けない子に対しては、先生たちがベッドまで来てくれて、一緒に勉強するんです。そこで驚かされたのは、病棟にプレイ・ルームがあって、子供たちの楽しい遊び場になっているんだけど、教室に行くと、そのときとは違う顔をするんですね。病棟ではおとなしい子が、教室では元気イッパイに遊んだり、学んだりしていて、子供にとって、学ぶということは、こんなに大事なことだったんだということを、院内学級を見て、初めて実感しました。だから、病院の環境ってすごく大事なんですよね。
私も、子供のころに入院したことがあるんですけど、プレイ・ルームなんてないし、保育士さんもいないし、ましてや学校があるなんて、とても考えられなかったです。でも、今では、どこの病院でも『プレイ・ルームは必要だ』って認識されてきているし、『子供は遊びを通じて、成長していくものだから、なるべく遊べる機会を作ろう』となってきているのは、すごくいいと思いますね。」
●聖路加国際病院の小児病棟で、セラピー犬を受け入れることって、日本で初の試みですから、かなり大変だったんじゃないかって思うんですが、その点は、大塚さんが取材をしていて、どう感じましたか?
「それほど反対があったとは聞いていないですね。すごく調べて、準備万端で始めたと思いますし、やっぱり、犬が来てからの子供たちの表情を見て、家族や周りの人たちも納得していましたね。子供が、そのひとときだけでも、病気のことを忘れて、特に犬が好きな子供にとっては、病院に犬が来るなんて、すごいプレゼントじゃないですか。」
●もう、羨ましいですよ! 「私が入院していたときも来てほしかった」って思っちゃいますよ!(笑)
「私もそう思いますよ(笑)。『今日で帰られる』というのに、犬が来る日だと『犬が来るまで待ってから帰る』って言って、退院を遅らせる子もいましたね。それだけ、犬が好きな子は待っているし、それを見る親御さんたちも嬉しいし、医療スタッフも嬉しいんですね。犬が好きな人であれば、みんなに笑顔をくれる、そういう存在だと思います。」
動物は人をジャッジしない
●大塚さんは先日、北海道にキャンプの取材に行っていたということなんですが、これはどういう取材だったんですか?
「それは、『そらぷちキッズキャンプ』という、小児がんの子供たちのためのキャンプで、医療スタッフやボランティアの方がたくさん付いてくれて、小児がんの子供たちが安心して、楽しく過ごせるようにするという目的で行なっているキャンプなんですね。夏と冬に行なわれて、私が取材したのは、雪がたくさん積もっている、冬の北海道でした。そのキャンプには、夏は子供たちだけなんですけど、冬は親御さんも一緒に参加できるんですね。それに、聖路加小児病棟を取材しているときに出会った子供たちも参加するということで、『私も、是非参加したい』と思って、写真ボランティアとして、参加しました。」
●でも、長い間、小児がんで入院している子供たちが、犬と触れ合ったり、北海道まで行って、雪の中で遊ぶというのは、精神的なことを考えたら、すばらしい試みですよね。
「すばらしいと思います。」
●また病院に戻った子供たちも、他の入院している子供たちへの、いいお土産話になったと思いますし、「次は、私も行けるように頑張ろう」って思った子供たちもたくさんいるんじゃないですか?
「そうなんですよ。だから『キャンプに行けるように頑張ろうね』って言っていたら、本当に頑張って、キャンプに行けた子もいましたし、家族にとっても、大事な休日ですよね。子供が重い病気になったことで、家族みんなが本当に安心して過ごせる休日って、なかったと思うんですね。それが、手厚いサポートがあるということで、本当に、家族そろって、心から休日を楽しめると思うんです。ある子のお母さんが、キャンプが終わった後に『子供が病気になってから、心から笑ったことがなかった気がする。このキャンプで初めて笑った』って言っていたのを聞いたとき、『こういうことって大事なんだな』って思いましたね。」
●大塚さんはこれまでにも、犬に限らず、猫やウサギ、鳥、馬、植物たちと、色々な生き物の生命と人間という生命との繋がりを、ずっと取材されているじゃないですか。その中で、共通していることってありますか?
「人と動物の関わり、特に犬と人間との関わりという点でいうと、動物にしかできない愛し方ってあると思うんですね。前にアメリカで、エイズ患者の取材をしていたときに、驚かされたことがあって、今は管理可能になっていますけど、取材した当時はエイズって死に至る病で、色々な差別や偏見がある中で、人間が見捨てても、動物は見捨てないで、彼らの傍にいたんですね。私も、エイズ患者だった友人の最後の3年間を記録したりして、傍にいた時間があったんですけど、人間って、相手に、なんて言っていいか分からないと、いたたまれなくなるんですね。」
●その場に居づらくなるんですよね。
「居づらくなるんですよ。同じ部屋に一緒にいることが辛かったことがあったんですね。その人はジェニーっていう方だったんですけど、ジェニーには犬と猫がいて、2匹が彼女のベッドの上に乗って、彼女をはさんで、サンドウィッチのようにして寝ているんですね。私が『もう、いたたまれない』って思っているときに、その2匹は動じずに、ずっと傍にいるんですよ。そのときに思ったのが、『言葉を持たないからこそ、全身全霊をかけて、黙ってそこにいることができるんだ』って、目からウロコが落ちる思いをしました。そこから、私の中で『人と動物』がテーマになっていきました。
私たちって、過去のことを悔やんだり、未来のことを心配したりして、今を生きるということが難しかったりするんですけど、動物って、今この瞬間を全力で生きているじゃないですか。それが、またいいんだなって思うんですね。心がどこかにいくことなく、必ず傍にいてくれるということがいいですよね。動物って、特に犬は、人をジャッジしないじゃないですか。だから、傍にいて安心ですよね。『この犬は、私のことって、どう思っているんだろう』って気にすることってないじゃないですか。」
●そうですよね(笑)。たまに家族の中で、上下関係で「フンッ」ってされてしまう子供もいますけど、基本的には、平等に愛情を注いでくれるじゃないですか。
「“注いだ愛情を決して裏切ることがない”という安心は、患者さんにとって、すごく大きいと思いますね。色々な意味で問題を抱えていたり、傷ついていたりしている人にとって、最初の入り口になるのは、動物なのかなって、よく思うんです。その後、引き継いでいくのは、人間の仕事だと思います。」
犬を育てることで、受刑者を更生させる
●ちょっと前に、刑務所で盲導犬の訓練に入る前の、1歳までの子犬のころを囚人たちが育てるというプログラムができたということをニュースで見て、「日本でもこういうのが始まったんだ」って思いました。
「そうなんですよ。ついに始まったんですよ! 実は私、そのプロジェクトにアドバイザーとして、立ち上げから関わっているんですね。」
●やっぱりそうだったんですね(笑)
「はい(笑)。だから、感無量です。」
●それについて、簡単に説明していただけますか?
「場所は、島根県の『島根あさひ社会復帰促進センター』という、2008年11月に開所したばかりの刑務所で、官民共同で運営しているところなんですね。その刑務所内の更生プログラムの1つとして、受刑者たちに盲導犬候補のパピーウォーカーを10ヶ月間育ててもらうというプロジェクトです。何を目指しているかというと、まず1つは“非常に不足している盲導犬を1頭でも多く育てることで、社会貢献をしてもらう”こと。2つ目は“受刑者たちの心の修復を目指す”ことです。パピーウォーカーを育てることで、責任感や忍耐など、色々なことを養っていただきたいという思いがあります。最後は“地域との絆”ですね。刑務所の中だけだと、どうしてもパピーウォーカーの社会化が足りなくなってくるので、週末は、地域の家庭に預かってもらうんですね。そういうことを通じて、地域との絆を作っていきたいと思っています。この3つの柱を掲げて、始まったんですけど、1月18日に修了式があったばかりで、第1期が無事終了したばかりなんですね。」
●その模様がニュースで流れていて、受刑者が「お願いします」と言って、パピーウォーカーを手放すときに、泣いていたんですね。私、もらい泣きしちゃいました。
「私も、あのときは涙でメガネが曇って、写真が撮れませんでした。」
●犬や動物たちと接することで、新たな気持ちを感じたり、優しい気持ちを思い出されるという風に、今後も、犬を始め、動物たちが人間に対して、もたらす効果は大きなものがあると思うので、もっと日本でもこういった活動が増えていってほしいと思いますね。
「本当そうですね。」
●まだまだですよね?
「まだまだです。これからですね。」
●大塚さんの中で、今、進行している、やろうと思っているプロジェクトってありますか?
「日本の共生施設に、もっと動物を入れていくということは、ずっと関わって続けていきたいと思っているのと、出版関係だと、今度、取材に行くのが、アメリカの少年院に入っている少年・少女が介助犬を育てるというプログラムを10年以上やっているところがあるんですが、そこのことを本に書くこと。あともう1つは、去年、地雷探知犬のことを描いた写真絵本を出しているんですけど、今度は読み物にすることになりましたので、来月、追加取材に行く予定です。」
●完成を楽しみにしています。次々と発表される大塚さんの本を、番組で、本に書けなかった裏話も含めて、お話をうかがいながら紹介したいと思います。楽しみにしています。
「よろしくお願いします。」
●というわけで、今週は、フォト・ジャーナリストの大塚敦子さんをお迎えして、お話をうかがいました。ありがとうございました。
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