2010年6月20日
大西信吾さんが見た、ミャンマーのゾウと ゾウつかいの関係性と自然との付き合い方
今週のベイエフエム/ザ・フリントストーンのゲストは、大西信吾さんです。
写真随筆家の大西信吾さんは先日、ミャンマーの森に通い、そこで働くゾウとゾウつかいの記録を写真と文章にまとめた写真集「ゾウと巡る季節」を、彩流社から出版されました。
今回はそんな大西さんに、ミャンマーの森に生きるゾウやゾウつかいのことなどうかがいます。
ミャンマーのゾウとゾウつかいの関係性とは?
●今回のゲストは、写真随筆家の大西信吾さんです。よろしくお願いします。
「よろしくお願いします。」
●大西さんは先日、彩流社から「ゾウと巡る季節」という本を出版しております。この写真集を見させていただいたんですけど、すごく内容の濃い1冊になっていると思いました。この写真集なんですが、どんな写真集なのか、簡単に説明していただけますか?
「ミャンマーでは未だに、ゾウを使って木を運んでいるんですが、昔は世界中、特にアジアでは、木を切って、ゾウで運び出すというやり方をしていたんですが、今ではほとんどしなくなり、大きい木も小さい木も全て切ってしまって、トラックが入って運び出すというやり方に変わってきています。それをやり始めたから、切る木がなくなってきて、林業そのものも廃れてしまっているんですけど、ミャンマーでは昔からずっと、ゾウを使って、森を残しつつ、成熟した木だけを運び出すというやり方をしてきたので、未だに森が残っています。なので、ゾウを使って運び出す林業が残っています。このやり方は、今ではミャンマーでしか行なわれていないので『今のうちに記録として残しておかないといけない』と思いまして、本にまとめてみました。
森の木を切る方法には、大きく分けて、皆伐と択伐の2つがあって、皆伐は、大きな木も小さな木も全て切ってしまう方法で、択伐は、森を残しつつ、利用目的に合った木だけを切るという方法なんですね。これまでミャンマーで行なわれてきた方法は、択伐なんです。有名なものだと、家具の材料になるチークなどがあるんですが、そういうものを択伐によって、森を残しつつ、成熟した木だけを切るんです。だけど、木を全部切っていないので、機械が森の中に入っていけないんですね。」
●そうですよね。道がないですからね。
「そこで、ミャンマーではどうするかというと、ゾウで、木立の間を縫うように、運び出すということなんです。」
●ということは、択伐をするために、ゾウが適していたいということなんですね。
「そうなんです。そうしないと、森が残っているから、大掛かりな工事をして、谷から谷へケーブルを張って、そのケーブルを使って、木を吊り下げて運び出さないといけないですよね。日本だとそうしてしまうかもしれないですが、ミャンマーはそれすら使わずに、ゾウで運び出すんです。」
●だけど、それだと、機械で運び出すより時間がかかりませんか?
「確かに時間はかかると思います。かかるんですが、木は野菜と違って、今年植えて来年採れるというわけではないんですね。」
●そうですよね。育つまでに時間がかかりますよね。
「そうなんです。儲けのことだけを考えれば、たくさん切った方がいいかもしれないけど、木が育つ時間を考えれば『たくさん切って、その後どうするの?』ということになってしまうんですね。だから、木の成長のサイクルを考えれば、ゾウで運び出すぐらいのペースが合っているんです。」
●なるほど。よくテレビで、ゾウに乗っている人の姿を見るんですけど、ミャンマーでは、そういう人がゾウと一緒に仕事をしているんですか?
「そうですね。ゾウに乗っている人のことを“ゾウつかい”と言いますが、ミャンマーのゾウつかいは、他の国のゾウつかいとは生活スタイルが全然違いますね。一緒に生活しているようで、一緒に生活をしていないという感じなんです。他の国では、ゾウを自分の家の近くで飼っているんですが、ミャンマーでは、ゾウを森の中に放し飼いにしているんです。」
●そうなんですか!? 放しちゃったら、どこかに行っちゃうんじゃないんですか?
「『どこでも行ってください』という感じで、放し飼いなんですよ。なので、エサはゾウが自分で採って、食べているんです。ゾウつかいは、自分たちのキャンプで生活をしていて、ゾウは森の中で生活をしているんです。一緒の森にいて、ゾウはゾウの生活を、人は人の生活をしているんです。仕事のときだけ、ゾウつかいがゾウの足あとや糞を辿りながら、ゾウを呼びに、森の中に入っていくんです。1時間で見つけられればいいんですが、ゾウが一晩で5~10キロも移動しているときもあるんですね。そういう道なき道を、自分のゾウの痕跡を辿りながら、探しにいきます。見つけたら、連れ戻して、ゾウの体を洗ってあげて、仕事にいいく身支度をして、現場にいきます。」
●そう言われると、大変そうな気がするんですけど、そのスタイルがミャンマーの人たちにとって、いいということなんですね。
「そうなんですよね。逆に、ミャンマーのゾウつかいに『他の国では、ゾウを家の傍で飼って、ゾウつかいが草を刈ってゾウに食べさせているんだよ』というと、『森はないのか!? 森があれば、放しておけば勝手に食うから、それでいいじゃないか。なんで、そんな面倒なことをするんだ?』って言われると思いますよ。」
ミャンマーのゾウの訓練方法とは?
●ミャンマーのゾウつかいは、伐採した木を売って、お金を得ているんですか?
「出来高払いという形ではなくて、ミャンマーのゾウつかいは公務員なんですよね。」
●公務員なんですか!?
「ゾウつかいも、木を切る人も、その両方をやる人も公務員だし、ゾウも国の備品なんですよ。日本だと“高知営林賞 ブルドーザー○台”というのが、ミャンマーだと“○○山営林賞 ゾウ○頭”という感じなんです。一部、民間で、自分でゾウを所有して、チームを組んでいる人もいますが、仕事は国から請け負っているんですね。だから、林業は国の仕事なんです。なので、木を売って、利益を得るというわけではなくて、給料制なんです。」
●ということは、毎月、定額のお金がもらえるんですね。
「そうなんです。」
●ゾウつかいが使えるゾウになるには、訓練が必要なんですか?
「必要ですね! 何もせずに放っておけば、間違いなく、野生むき出しの野獣になります。ゾウは決して、優しくて温厚な動物じゃないですよ。アフリカゾウもアジアゾウもそうですが、凶暴です。いつかは訓練を始めないといけないんですが、ミャンマーの場合は4歳からです。4歳までは、子ゾウにも鎖で繋ぎとめたりせず、自由にさせているんですが、子ゾウは母ゾウから離れないんですよ。母ゾウとゾウつかいには信頼関係ができているから、母ゾウを野に放していても、子ゾウは母ゾウと一緒だから、子ゾウだけどこかに行ってしまうということがないんですよ。母ゾウを連れ戻してきたら、子ゾウも一緒に戻ってくるんです。だから、4歳までは子ゾウに対して、何も訓練はしないです。ゾウつかいは常に近くにいるし、子ゾウもゾウつかいの存在は知っているけど、教える・教えられるという、直接的な関係はまだないんです。だから、ミャンマーの子ゾウは危ないですよ。僕たちみたいな他人が森に入っていったら、子ゾウはお山の大将だと思っているから、威嚇してきますよ。2~3歳になると、体重も150~200キロになっているから、攻撃されたら、ひとたまりもないです(笑)」
●(笑)。小さい子ゾウの方が、注意をした方がいいということですね?
「そうですね。」
●4歳を越えたら、いよいよ訓練が始まるんですね?
「そうなんです。そこで一旦、母ゾウと離します。」
●どんな訓練をするんですか?
「まずは、狭い柵の中に閉じ込めて、体を柵に縛りつけて、がんじがらめにして、身動きを取れないようにしてしまうんです。子ゾウは一晩中泣き叫びます。最初の3日間ぐらいは、ゾウつかい達が入れ替わりで、『いい子だ』と言葉をかけながら、ゾウの体を撫でるんですね。人の言葉と人が触れる感触に慣れさせるんです。これが第一段階ですね。」
●人に慣れてきたら、次のステップはどんな感じなんですか?
「段々と拘束を緩めていって、がんじがらめから、操り人形みたいな感じにしたり、前足と後ろ足をロープで丸太に括り付けて、あまり移動できないようにしたりして、段々と拘束を緩めていきます。うまくいけば、一週間ぐらいで、鎖に繋げられた犬のように、支柱を鎖で繋いで、ゾウの足に1本の長い鎖を繋いで、鎖の長さの半径分だけ自由に動けるようにします。まさに、鎖に繋げられた犬の状態ですね。」
●以前「ゾウつかいとゾウの関係性は1:1が理想」だと聞いたことがあるんですけど、それは本当なんですか?
「一応、ゾウの担当は決まっています。1:1の関係性を保つのが理想ですが、とてもじゃないけど、1人で訓練はできないので、訓練のときは、地域のゾウつかいが一丸となって、全員で訓練をしますので、必ずしも、ゾウの担当者だけじゃないといけないというわけではなく、地域のゾウつかいなら、大抵、どのゾウでも使いますね。なので、ゾウにとっては、顔見知りです(笑)。例えば、理想は1:1で、このゾウには、このゾウつかいがいいんだけれど、もしそのゾウつかいが体調を崩して、『今日は行けない』とか『今週は休みだ』ということになったら、他のゾウつかいが、そのゾウを使って、仕事をすることができるんですね。なので、地域ぐるみで育てているんです。」
●みんなで協力をして、1匹の立派なゾウにしていくんですね。
ミャンマーの人は、アウトドアの達人!?
●ゾウつかいを始め、ミャンマーの人たちは、普段の生活ってどんな感じなんですか?
「一応、ベースキャンプとして、周囲の山から運ばれてきた丸太を溜めておく、山里みたいなところがあるんですが、そこに実家がある人もいます。そこには、奥さんとか、年を取ったご両親とか小さい子が住んでいます。その場所があるところって、山の奥深くにあるんです。高尾山の入り口みたいなところなんですね。彼らが仕事をしているのは、そこからさらに奥地なんです。だから、遠洋漁業の漁師さんみたいな感じで、お父さんは山里に家族を残して、キャンプぐらしを何ヶ月もしています。気候がよくて、森の中が歩きやすくなったら、元気のいい子どもや若い奥さんは、山里を出てきて、森の中でキャンプの中で暮らすこともあるんですが、雨季で、交通手段がなく、危険も多いときは、子どもや奥さんたちは山里で過ごして、お父さんだけ奥地で過ごすということが多いです。」
●そういう奥地だと、電気はないし、水道もないですよね。どうやって生活をしているんですか?
「これが本当にすごいです! 彼らは、アウトドア・ライフの達人ですね。森の中で何でもできます。刃物1つあれば、なんとかします。色々見させていただいたんですが、すごかったのは、刃物1つで竹から火を起こしたところを見たことがあります。」
●竹から火を起こすんですか!? どうやって起こすんですか!?
「あのときは、雨季の真っ只中だったんですけど『乾いた竹さえ見つかれば、こういうときでも大丈夫』といって、ほどよく乾いている竹を拾ってきて、刃物で竹の表面を削って、竹べらを作って、摩擦で火を起こすんですよ。本の中に、火の起こし方を載せていますけど、ロープ1本使わない、釘とか鉄とか石など、他に何も使わずに、竹と鉈だけで、加工して、ものの数分で火を起こしますね。」
●それは、考えられないです! ガスもないところで、鉈1つで火が起きるんですね。
「水は、水道がなくても、川の水はキレイなので、問題ないですね。逆に、中途半端は田舎町やヤンゴンの水道水だと、腹痛を起こすときがあるんですが、森の中の水だと、あまり混じり気がない、自然の水なので、腹痛になることはあまりないですね。それでも一度沸かさないといけないですけどね。雨季だと、川は濁流になっているので、水は濁り水になっています。例えば、川原に水が流れていたら、その流れているところの少し脇の場所に穴を掘るんですね。穴を掘ったら、川と同じ高さまで水が染み出してきますよね? その水は川底の砂利を通って染み出してきているから、澄んでいるんですよ。」
●ろ過された水が出てくるんですね!
「なので、飲んだり、調理に使ったりする水は、川原の傍に掘ってある穴から水を汲んで、家に持ち帰って、使います。体を洗うのは、川の本流で洗うんです。だから、知らない人が来て『ここにいい穴があるから、ここを風呂にしよう』と思って、飲み水の穴で体を洗っていたら、怒られますよ(笑)。体を洗ったり、洗濯や食器を洗ったりするのは川で、生活水は穴から取るという工夫をしているんです。」
●素晴らしいです!
ミャンマーのスタイルが、森を守っていくヒントになる
●ミャンマー政府は、ゾウつかいの生活に支援をしていたりするんですか?
「そうですね。森は全て国有林で、ミャンマー政府には、林業省がありまして、その中にある森林局という部署があるんですが、ゾウつかいたちは軍人ではなくて、林業大学を卒業した、文官なんです。彼らは理論的なことを分かっているから、適正に森の管理をしていて『今年は、この森だと、このぐらいの本数を切れば、30年後には回復をするだろう』という調査を毎年行なっているんです。そういう風にしていることを、私たちが気づいて、もっと支援をしてあげないといけないですね。そうしないと、軍の上官で、そういう理論に詳しくない人たちが『もっと多く切った方が儲かるから、切った方がいいんじゃないのか?』と言い出したら、これまで守ってきた理論が、崩される可能性があるので、いいところはいいと評価をしてあげないといけないですね。
今のところ、政府内部に両方の意見があると思うんですが、良識のある人は『木を将来に残しつつ、必要な分だけいただく』という考えを持っているんですね。だから、その人たちの意見が強くなれるような環境を、私たちからも支援をしていかないといけないですね。」
●今回、ゾウとゾウつかいのことを色々とうかがったんですが、ゾウとゾウつかいがいるから、生態系が守られていると考えていいのでしょうか?
「そうですね。生態系・生物多様性を、最高の状態で守りたいなら、人が入らないことが1番ですよね。人が入らない、原生のままにしておくのが1番いいんです。日本でも、ミャンマーでも、原生保護地域は必要だと思います。だけど、現実として、世界中で原生保護地域って地球のほんの数パーセントだと思うんですね。だからもし、地球全体で生態系の保存のことを考えたら、既に人が関わっているところ、どうしても人が関わらないといけない森を、これからどうしていくかということが大切だと思います。その点から、ミャンマーのゾウとゾウつかいのあり方、ミャンマーの林業のあり方というのは、ヒントになるんじゃないかと思いますね。どうしても森の木はいただかないといけない。林産物がないと、今の人間の文明は成り立たない。だったら、今の森を残しつつ、森の恵みをいただくにはどうすればいいのかという折り合いをつけるときに、ミャンマーのスタイルは参考になると思いますね。原生保護ではありませんが、原生保護ができる地域は限られています。その他の、人が関わっている森の中で、どのような関わり方をしていくかということのヒントになると思います。」
●大西さんは今後も、ミャンマー、そしてゾウとゾウつかいのことを見守り続けていきますか?
「これからもゾウのことを見守りつつ、引き続き、野性動物を追い続けたいと思います。」
●今度は、野生動物のことでお話しをうかがいたいと思います。今回のゲストは、写真随筆家の大西信吾さんでした。ありがとうございました。
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