2010年8月1日
20年ぶりに公開される映画「老人と海」。 その映画が今、伝えたいこと・・・
今週のベイエフエム/ザ・フリントストーンのゲストは、ジャン・ユンカーマンさんです。
ドキュメンタリー映画「老人と海」の監督ジャン・ユンカーマンさんは20年前、サバニと呼ばれる小舟を操り、1人で200キロもあるようなカジキマグロを追う、沖縄・与那国島最後の漁師「糸数繁(いとかず・しげる)」さん(当時82歳)の存在を知ります。そこでジャンさんは、与那国島に滞在し、足掛け2年にわたって「糸数」さんの漁や与那国島の海、人、暮らしに寄り添いながら、撮影を敢行。映画「老人と海」を完成させました。今回、20年ぶりに「老人と海」が公開されるということで、監督の「ジャン・ユンカーマン」さんに、伝説の漁師「糸数繁」さんのことや、当時の撮影の裏話などうかがいます。
映画「老人と海」、撮影の舞台裏
●今回のゲストは、映画監督のジャン・ユンカーマンさんです。よろしくお願いします。
「よろしくお願いします。」
●ジャンさんは、7月31日から公開されているドキュメンタリー映画「老人と海」の監督をされています。この「老人と海」という映画はどういった内容なんですか?
「与那国島という、日本列島から1番離れた島で、当時82歳だった“糸数繁”さんが、サバニという船に乗って、海でカジキマグロを釣るという話です。有名なヘミングウェイの小説『老人と海』のドキュメンタリー版といえば分かりやすいですね。」
●「老人と海」の舞台って、確かキューバのハバナ湖ですよね? 日本の与那国とはかなり離れていますよね?
「そうですね。キューバは日本の反対側にあります。」
●そこで糸数さんを発見して、映画を撮ることになったんですね。
「それが1番のきっかけでしたね。老人ということだけじゃなくて、漁の仕方もキューバと同じなんですよ。まず、生きたカツオを釣って、カツオを生きたまま糸に付けて、海に流して、カジキを釣るんです。それを一本釣りというんですけど、それがヘミングウェイの「老人と海」に出てくる、キューバの漁師と全く同じやり方なんです。」
●実際に行って、そのシーンを見て、どうでしたか?
「迫力がありましたね。小さい船に乗って、自然を相手にしているような感じでした。糸数さんは82歳だったんですけど、体の動きとかを見ていると、若々しいんですよね。」
●糸数さんのことについてうかがいたいんですけど、糸数さんはどんな方でしたか?
「無口でしたね。だから、映画にはセリフがほとんどないんですよね。でも、とてもまっすぐで、とても気の強い人なんですよ。ヘミングウェイの小説では、なかなかカジキが釣れなかったんですけど、僕たちが撮影している間、偶然にも、小説と同じく、なかなか釣れなかったんですよ。糸数さんがなかなかカジキが釣れないという日々が続いて、撮影を開始してから、カジキを釣るまで1年かかりました。」
●そんなに長い期間、釣れなかったんですね。
「そうなんです。季節があるので、ずっと撮影しているわけではないんですね。カジキは南から黒潮に乗って、与那国に来るんですけど、黒潮が与那国島の近くまで来るので、与那国島はカジキ漁が盛んなんです。その漁の季節は、春から夏にかけての間だけなので、2年目の春にまた3ヶ月ぐらい行って、毎日海に出たんですが、カジキが釣れない日が続いたんです。糸数さんへの精神的は負担というのはすごく大きかったと思いますが、それを耐えて、最後にはカジキが釣れました。」
●糸数さんにも、撮影のプレッシャーがあったんじゃないですか?
「それはあると思いますね。7人ぐらいのスタッフで行っていたんですね。僕たちは毎日頑張って4時に起きて、一緒に海に出ていたんです。あと、漁師は1人で仕事をするので、カメラマンがずっとサバニに乗っていると、漁師さんにとって居心地が悪いんですよね。そういう部分で、糸数さんには迷惑をかけたんですけど、最後にはカジキが釣れたので、全部を水に流してくれました(笑)」
●(笑)。釣れたときの糸数さんの様子はどうでしたか?
「ほっとしていました。小さいサバニは不安定なので、釣るまでには苦労したんですよね。彼が釣ったカジキは171キログラムのカジキで、ものすごく力があって、掛かった瞬間にカジキが船から逃げるんですよ。その速度が80~100キロぐらいの速度があるんですね。なので、カジキを釣る糸が舞い上がるような感じだったんです。だから、カジキを釣ることは危険なんです。そのおじいさんがバタバタしながら釣っている姿を見ていると、『大丈夫かな?』ってドキドキしていました。」
●82歳ですからね。
「だけど、それをおじいさんは長年やってきたんだから、大丈夫なんですよね。見ている側としては『大丈夫かな?』って思うんですけどね(笑)」
サバニ漁とは?
●サバニ漁についてお聞きしたいんですが、サバニというのは、小さな船のようなものなんですか?
「そうですね。6~7メートルぐらいの、カヌーのような形をした、沖縄の伝統的な船なんですね。サバニは小さくて、高さはないので、波に乗りやすいんですよ。だから、不安定とはいえ、海に適した船なんです。カジキを釣ったら、カジキを海に流すと、カジキが船を引っ張っていくんです。だから、カジキが左や右に行くと、サバニも一緒に左や右に行くんですよね(笑)」
●船酔いしそうですね(笑)。
「他の漁師は、もっと大きな船でカジキ漁をしているんですが、そういう船だと、カジキは引っ張れないので、糸と漁師に負担がかかるんですね。サバニだと、自然な形で運べるんですね。」
●非常に理にかなった、カジキ漁にはピッタリな船なんですね。先ほども話に出ていましたけど、釣り方としては、カツオを餌にして、釣るんですよね。カツオだけでも、十分食べられますよね!?
「そうですね。カツオは簡単にとれるんだけど、生きたカツオを糸に付けて、何時間もかけて、ずっとトローリングをするんです。なので、カツオを朝一番で釣って、夕方までそのカツオを使ってトローリングをするんですね。途中で他の魚にカツオが食べられてしまうこともあるんですが、そのときはまたカツオを釣って、トローリングを再開するんです。その繰り返しですね。長いときは12時間“海を歩きます”。」
●海を歩く!?
「はい。そういう状態のことを“海を歩く”といいます。」
●船の高さが、海と同じだから、海を歩く感覚になるんですね。
「そういう感じですね。」
●そういう、伝統的な漁の仕方をするんですね。知らなかったです。それを興味がある人に観ていただければ、すごく面白い映画ですよね。
「そうですね。」
与那国島の自然に変化はあるのか!?
●与那国島の自然についてもうかがいたいんですが、監督は、糸数さんと一緒に、長い時間海にいたと思うのですが、与那国の海はどうでしたか?
「沖縄の海は全部そうですが、真っ青で、すごくキレイです。でも、厳しい島でもあるんですね。みなさんがイメージするような“トロピカル・アイランド”のようなところではないですね。本当、自然が厳しいです。島自体が、サンゴの岩でできているので、岩の上を歩くと足が痛くなったりします。あと、木がなくて、ソテツとかアダンといった、沖縄の植物しかないので、元々ある自然も厳しいんです。あと、潮の流れも速いし、砂浜もあまりないんですね。その島を作った人の性格が、優しくて、おだやかというわけではなくて、厳しい性格の人だったから、それにピッタリな島になっているんですよね。あの映画を自分で観ると『あの島はマッチョな島だな』って思うんですよね(笑)」
●マッチョですか!?(笑)
「はい。マッチョな島です(笑)。だから、ああいう厳しい状況に耐えられるような人じゃないと、あの島には残れないんですよね。」
●監督は先日、20年ぶりに与那国島に行ったそうですが、20年経って、与那国の自然は変わっていましたか?
「与那国の自然は一切変わっていませんでした。あまり人口の多い島じゃないので、島の全体の8割が自然のままなんですね。だから、島に行くと、全然変わってなくて、ホッとしますね。自分の中で与那国って、大自然とのつながりを感じさせる島だと思っています。だけど、人口が減っていたりして、小さなところでは、与那国島は変わってきてはいますけどね。与那国には高校がないんですね。だから、学生が高校に行くためには、本島や石垣島に行ったりして、島を離れないといけないんです。そうなると、なかなか帰ってこないんですよね。」
●そういうことが、漁師さんの高齢化につながっているんですか?
「そうですね。だから、何人かはいるんですが、なかなか若い漁師がでてこないんです。逆に、本州から移住してきている人が増えてきているんですね。そういう人たちは、旅館をやったり、お店をやったりしているんですね。そういう意味では、島は少しずつ変わってきているんですが、島の人たちが“海を大事にする”というところは全然変わっていないので、それは安心しました。」
●先ほど、漁師さんが高齢化してきているという話がでてきましたが、サバニでカジキ漁をしている人っていないんですか?
「もういないですね。だから、サバニを見かけないんですよね。昔は、糸数さんだけがサバニで海に出ていたんですが、港にはサバニをあちこちに見かけていたんですね。だけど、今はもう、サバニ自体がほとんどないんです。」
●そういう意味でも、最後のサバニ漁を観ることができる映画でもあるんですね。
「そうですね。そういう意味では、貴重は記録なんですよね。」
ジャン監督が、この映画で伝えたいこと・・・
●今回、20年ぶりに「老人と海」が公開されることになりましたが、何故改めて公開をしようと思ったんですか?
「この映画自体、伝説的な映画なんですけど、糸数さんが、映画公開後すぐ、海に出たときに、カジキに引っ張られて、海で溺れて亡くなったんですね。そのニュースは全国的に報道されたので、映画も注目されたんですけど、それから20年経ったので『改めて映画を公開しようか』ということになったんです。やっぱりまだこの映画を観ていない人が多いんですよね。若い人たちはもちろんのこと、当時『話は聞いたことはあるけど、映画は観ていない』という人も多いので、『また、そういう機会を設けようか』という話になったところで、改めて見直したら、色あせない、普遍的な映画なんですよね。そういう意味では、他の映画とは少し違うんですよね。『20年経っても観る価値はあるな』と思いました。また、公開から20年経った今、僕たちは都会に住んでいるから、日常から自然が遠ざかっているんですよ。だからそういう意味でも、もう1度公開して、自然を大切にする・自然を中心にしている島のことを知る価値があるのではないかと思いました。」
●与那国の人たちにとっても、20年ぶりの公開というのは意味があったんじゃないですか?
「そうですね。すごく歓迎してくれているんですよね。この前、与那国の人たちと一緒に観たんですけど、周りの人たちは『あのおばあさん、懐かしいなー!』とかで、盛り上がったりしたんですね。映画に出てくる人たちの中には、亡くなっている人もいるし、子供のときに出てくれた人が、大人になって、子供がいたりしているので、昔を懐かしむ意味でも、いいことだと思います。1番、熱心に観ていたのが中学生だったんですね。自分のお父さんやおじいさんの世代の映画だから、自分のルーツを見ることができるので、熱心に観ていたんですね。その光景を見ていて、嬉しかったです。」
●もしかしたら、その映画を観た中学生が「サバニ漁をしてみたい!」って思ってくれたら、素敵だなぁって思いました。
「それはあるかもしれないですね。誇りを持つということで、男の子たちがお父さんたちと一緒に海に出たりしているんですけど、女の子たちのその光景を見たことがないんですね。だから、この映画を観て『この島に生まれてよかった』と思ってもらえるといいなと思っています。」
●この映画で1番伝えたいことを教えてください。
「この映画の面白いところは、ナレーションがないので、主張していることがないんです。だけど、僕の中では、すごく大事なメッセージがあるんですね。それは何かというと、人間って人間中心じゃないんですよ。地球の中にいるから、自然の中で生きているんですよね。この映画は、小さな島の1人だけの話だけど、不思議なことなんですが、これがもっと大きな自然のみんなの話に繋がると思うんですね。自然が映っているだけで、そういう繋がりができることが映画の不思議な力だと思います。だから、そういう意味では、もっと多くの人に観てもらいたいと思います。」
●私も、是非もう1度、観にいきたいと思います!
「この映画はDVDじゃなくて、劇場で観るべきです。大きな画面で、大きな海と向き合うことが1番いいです。」
●そうですね! 是非、大きなスクリーンで観たいと思います。というわけで、今回のゲストは、映画監督のジャン・ユンカーマンさんでした。ありがとうございました。
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