2010年8月8日
月風かおりさんが“風書”を通じて伝えたい、世界の“風”
今週のベイエフエム/ザ・フリントストーンのゲストは、月風かおりさんです。
墨と筆で感動を描く、日本初の風書家「月風かおり」さんは、アラスカやヒマラヤ、アフリカのサハラ砂漠など、圧倒的な自然景観がある場所を旅し、その場で作品を描くという手法をとっています。
今回はそんな月風さんに、風書のことや、旅のお話などうかがいます。
月風さんのスタイルである“風書”とは?
●今回のゲストは、風書家の月風かおりさんです。よろしくお願いします。
「よろしくお願いします。」
●月風さんは、風書家ということなんですが、風書家はどういったことをされているんですか?
「“風書家”というのは、自分で考えたオリジナルの肩書きなんですね。私は、愛媛県の新居浜市の出身なんですけど、小さいときに、大きな台風に見舞われてしまって、屋根瓦が飛ばされて、家がほとんど壊れた状態になったんです。見えないものが、家を壊したということで、当時10歳の私は、初めて自然の驚異を感じたんですね。風って、形がないのに、どうしてこんなにも人間に被害を与えたのか、当時の私にとって、すごく不思議で『風の中にあるものを確かめてみたい』という気持ちが芽生えたんですね。それから、毎年台風が来る度に、周りの人は家の中に非難をするのに、私は外に飛び出していったんです(笑)」
●危ないですよ!(笑)
「(笑)。台風の目というものがありまして、台風の目に入ると、無風状態になるんです。」
●話では聞いたことがあります。それを実際に体験されたんですか?
「はい。真上を見上げると、真っ白な空で、無風状態なので、そこに生き物がいるような感じがしたんです。それ以来、見えないものに対して、確かめてみたいという気持ちがでてくるようになったんです。風というのは、春になると、うららかな風が吹きますし、夏は、日没になると涼しい風が吹きますよね。ありがたくもあるし、台風のように、すごく激しいものがあったりするんですが、風土によって、風が人間の生活にすごく大きな影響を与えているということが、大人になってよく分かったんです。それから『風に会いたい』と思い、旅をするようになって、そのときの感動を表現するのに、私の場合は“墨”だったんです。なので、“風”の“書”と書いて、風書家という名前を付けました。」
●墨で表現するということは、書道のような形で風を表現されているんですか?
「そうですね。私の風書というのは、水墨画のように、濃淡で表すのではなくて、墨の黒だけで表現しています。」
●スタイルとしては、水墨画のように、絵を描くんですか?
「絵のようなものを描くときもあるし、熱いとか、寒いとか、怖いとか、そういう目に見えないものを墨だけで表現できないかなと考えています。墨というのは、白い紙に黒を入れるだけなんですが、毛筆の特性がありまして、筆を使うときに、筆を開いたり閉じたりすることによって、かすれが生じるんですね。それと、書道でいう“八面出鋒”という、毛筆の八面を使って描くというものがあります。東西南北を8つに分けたものだと思っていただければいいと思いますが、色々な角度に筆を倒すことによって、色々な表情の線質を生み出すことができるんですね。さらに、“筆勢”(筆のスピード)と筆の圧力をかけることによって、筆の勢いがでるんですね。その表情を付けることによって、優しい線、温かい線、激しい線、厳しい線がでてくるんです。」
現地で感じたことをその場で表現することが、 月風さんの“風書”
●月風さんは、旅をしながら、書を書くというスタイルをとっているそうですが、どういう風に書いているんですか?
「日本の書道界というのは、師弟関係が厳しくて、古典を追求しながら、賞を取ったり、自分のレベルを上げたりする世界なんですね。でも、私の場合は、そういったことを捨ててでも、もっと違う表現をしたかったんです。そのために、できるだけ自分の今の環境とは対極のところに自分の身を置くことで、どのような感動が生まれて、どういう表現ができるのかということを、自分なりに追求したかったんですね。それで、旅をするということになったんです。」
●ということは、旅に出たことがきっかけに、書道家から風書家に変わったということなんですね?
「そうですね。」
●それは、どのぐらい前のことなんですか?
「約10年ぐらい前のことです。それまでは、古典を勉強しながら、書道をベースに、お客様に向けて書いたり、式典の毛筆演出をしたりしていたんですね。今でも、その仕事はしています。」
●ということは、10年前から風書家という肩書きも増えたということですね?
「そうですね。」
●すみませんが、私はまだ“風書”というスタイルがちょっとイメージできていないんです。どういう風に書くのか、教えていただけませんか?
「できるだけ現地の空気を吸いたいので、現場に筆と紙と墨を持ち込んでいきます。」
●現地に持っていくんですね!
「そうですね。できる限りなんですけど、現地で感じた空気をその場で表現したいんです。なので、道具をリュックに背負って、現地に行くんです。」
●現地での移動手段は何なんですか?
「バイクで移動しています。」
●なぜ、バイクなんですか?
「私は、昔からのバイク乗りというわけではないんですね。ただ、バイクというのは、現地の風や空気を感じることができる乗り物なんです。なぜかというと、バスの旅みたいに、暑さ・寒さを感じずに、快適に旅ができる乗り物ではなくて、暑さ・寒さをすごく感じることができる乗り物なんですね。私はできるだけ、現地の人と同じ空気を吸って、そこから作品の創作エネルギーを持って帰りたいので、バイクという結論に至ったんです。また、日本での仕事を休める期間が限られているんですね。帰ってきて『デスクがない! 生活ができない!』というわけにはいかないので、短時間で、しかも自分の力で長距離移動ができるというところも決め手でした。」
●その旅なんですけど、今までどこの国に行ったんですか?
「最初の旅は2002年に行ったんですけど、ニューヨークからロサンゼルスまで、北米大陸5500キロをハーレーダビッドソンに乗って、15日間で横断しました。」
●すごいです!(笑) その次はどこに行ったんですか?
「翌年の2003年に、アンカレッジから北緯70度22分のプルドーベイという、北極海の街まで、アラスカ半島を縦断しました。その翌年の2004年から2005年の間、約3ヶ月をかけて、サハラ砂漠を往復で縦断しました。」
●結構ハードなところに行っている印象を受けたんですが、なぜその場所を選んだんですか?
「地球の何もないところから発生するエネルギーをキャッチしたかったんです。人工的に作られたものよりも、地球の歴史の中で生まれた、壮大なエネルギーを感じるところで、自分をさらけ出すことで感動が得られるんです。また、そこでたくましく生きている人と出会えるんですね。私の使命として、地球のエネルギーと、そこで暮らしている人のエネルギーを持ち帰ることで『それを書き写さないといけない』ということで、そこからパワーが出るんですね。」
月風さんが旅を通じて感じた変化・問題とは?
●最近では、去年チベットを往復6500キロを横断されましたけど、どのぐらいの日程で、どういうルートで行ったんですか?
「まず中国大陸の西安からスタートして、シルクロードの河西回廊を走って、トンコンまで行きまして、そこから南に進路を変えて、チベットの人たちにとって聖地のラサに行って、そこからさらに進路を西に変えて、カシュガルに行った6500キロの旅でした。」
●旅の道中、すばらしい自然に出会ったかと思うんですが、チベットの自然はどうでしたか?
「チベットって高度が高いんですね。トンコンから一気に4000メートルから4500メートルぐらいの高度まで上がるんですけど、そこは、世界でも有数の未開発地域なんですね。各地で自然保護区というところがありまして、そこには色々な動植物が生息しているんです。そこを抜けまして、カイラスという、6656メートルの大きな独立峰なんですが、チベットの人たちにとって、最大の巡礼地になっているんです。偶然にも、蒼穹の空に、チベットの人たちが祈りを捧げているという風景に出会って、私も心が洗い流されるような気分になりました。」
●宿泊とかは、どうしていたんですか?
「今回はたまたま、キャンプをしませんでした。中国にある“招待所”といわれる、簡易宿泊施設に泊まったんですけど、中国のチベットの奥深い場所なので、お風呂はほとんどありません。チベットの人たちは元々、お風呂に入る習慣がないんですね。お風呂があっても、氷河から出てくる冷たい水を使ったシャワーが少し出てくるぐらいで、“お好きな人はどうぞ”っていう感じなんですね。」
●それは結構勇気を出さないといけないですね(笑)
「そうなんですよね(笑)」
●風書家として10年間活動し、旅の途中で、色々な自然を見ていく中で、自然の変化を感じることってありますか?
「1番ビックリしたのが、サハラ砂漠の縦断のときに、サヘル地帯の砂漠化でしたね。ニジェール川というアフリカで3番目に大きい川があるんですけど、15年ぐらい前までは、ニジェール川の以北がサハラ砂漠だったんです。それまで砂丘群がその大きな川を越えることがなかったんです。ところが、近年、サハラ砂漠の砂が、大きなニジェール川を越えて、以南に砂漠が徐々に進出しているのを目の当たりにしたんですね。アフリカには、乾燥に強い、アルジェリアの砂漠の民がいまして、その人たちが砂漠化でオアシスを追われて、ニジェール川以南に移動したんです。そこで細々と暮らしている姿を見たときには『これはものすごいことが起きているんだ』と痛感しました。」
●他にも、地域で困っていることなどを目の当たりにしたことってあるんですか?
「そうですね。貧困なところを旅することが多かったので、もちろん人種問題もありますし、怪我問題、宗教問題、医療問題など、色々な問題を目の当たりにしました。自分がそういう目にさらされても、自分の力ではどうすることができないということに憤りを感じつつ、同時に、それを伝えていく義務があると感じたんです。」
●例えば、そういうことを伝えていくために、書を書くこともあるんですか?
「そうですね。今回のチベットの作品もそうなんですが、去年、旅をした所が、チベット運動が盛んだった所で、私が入ったときに、ちょうどウイグル自治区の暴動が起きて、走行をするのが非常に厳しくなったんです。そこで、チベットの実態を目の当たりにしたんですね。私は、人権活動家ではありませんし、何かの団体に属していて、それだけをアピールするという人ではないんですが、見たものをそのまま伝えたいという想いがあるんですね。私の場合、その手段が墨なので、その想いを素直に書いています。」
風書とは“二度と書けず、誰も優劣を付けられないもの”
●月風さんは、風を感じたくて、海外を旅していますけど、日本に戻ってきたときに感じる、日本の風はどうですか?
「いつもそうなんですが、成田に降り立ったときに『日本人の緊張感のない、幸せな風が吹いている』と感じますね。最初は『何でだろう?』っていう気持ちがあったんですが、日本に住んでいると、四季折々の風を感じるんです。そういう大切な、日本の四季を感じて、書いていきたいという気持ちがあるんですね。そこで、たまたま日本のある温泉旅館から『お客様と一緒に、四季折々の風を書いていただきたい』というご依頼があったんです。そこで、“風書の集い”として、そこのお客様と一緒に風書を書いています。」
●そこに行けば、私でも風書が書けるようになるんですか?
「“書けるようになる”というよりも、皆さんなぜか“書きたくなる気持ちになる”んです。というのは、“何を書いたらいいか分からない”、“どう書いていいか分からない”と言って、皆さん最初はなかなか書かないんですが、私は今、風書を世の中に浸透させたいと思っていて、色々な筆を用意しているんですね。普通に半紙と筆を用意すると、学校の書道の授業のようになってしまうので、孔雀の羽で作られた筆だったり、七面鳥の羽で作られた筆、黒竹で作った筆、イノシシの毛で作った筆など、珍しい筆を用意して、まず線を引いてもらって、どういう線ができるか、それを楽しんでもらうんです。そこからスタートしていくんですね。」
●面白そうですね!
「皆さんそれで『じゃあ、この筆で書いてみようかな』といって、書き始めていくと、『こういう線がでるんだ』という発見があって、『この筆で、今の気持ちを書いてみたい』と思うようになっていくんですね。例えば、春だと“土筆”と書いてみたり、夏だと“雲”と書いてみたりと、そのときに自分が感じたことを、どんどん書くようになるんです。最後に皆さんから『これでいいんですか?』『これが作品になるんですか?』って聞かれるんですけど、そこで私は『これは二度と書けないもので、お客様しかできなかった作品なんです。その作品には、誰も優劣をつけることはないです。優劣をつけることがないものが風書なんです。ご自身の自慢の作品です』と言っています。そうすると、皆さんは記念として持ち帰っていくんですね。」
●では、是非、私も習いに行かせていただきたいと思います。
「お待ちしております。」
●最後に、月風さんの今後の夢を教えてください。
「風書家として、世界中の感動する場所に行って、風を感じつつ、そのときに感じたことを書き続けていきたいです。あくまでも、自分の素直な気持ちをさらけ出し、現地の人と同じ空気を吸って、旅をしていきたいと思っています。」
●なるほど。分かりました。というわけで、今回のゲストは、風書家の月風かおりさんでした。ありがとうございました。
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