2011年1月2日
新シリーズ「生物多様性を探る」第1弾! アマミノクロウサギの生態から生物多様性を考える
今週のベイエフエム/ザ・フリントストーンのゲストは、山田文雄さんです。
2011年最初の放送となる今回から、新シリーズ「生物多様性を探る」をスタートさせます!
その第1弾として、2011年の干支「ウサギ」にちなみ、日本で唯一の“アマミノクロウサギ”の研究者である、森林総合研究所の上席研究員「山田文雄」さんから、アマミノクロウサギのことなど、お話をうかがいます。
実は、野生のウサギは人間とは馴染みがない!?
●今回のゲストは、日本で唯一の“アマミノクロウサギ”の研究者、森林総合研究所の上席研究員の山田文雄さんです。よろしくお願いします。
「よろしくお願いします。」
●2011年はうさぎ年ということで、今回ウサギについて色々とうかがっていきたいんですが、ウサギって世界に何種類ぐらいいるんですか?
「世界に60種類ぐらいいます。ウサギって、ネズミやシカなどと比べると、それほどたくさんいる種類ではないんです。」
●そうなんですか。たくさんいるように思っていたので、意外です(笑)。
「この話をすると、30分ぐらい話すことになりますので、今回は省かせていただきます(笑)。とにかく、ウサギは種類が少ないんですが、体の特徴がユニークだったり、興味深い生活の仕方をしているところが、うさぎの面白いところだと思います。」
●日本には、どのぐらいの種類と数がいるんですか?
「日本には4種類います。一つ目は、北海道の高山にいる“エゾナキウサギ”というウサギがいまして、これは氷河期に繁栄した種類です。大きさは100グラムぐらいで、それほど大きくありません。さらに、ナキウサギというぐらいなので、よく鳴きます。」
●そのウサギは、どのぐらいの数がいるんですか?
「数は、正確に調べられていませんが、あまり多くないです。希少種の部類に入ります。」
●そうなんですか。ウサギって動物園に行けば必ずいるし、キャラクターもたくさんあるので、私たちにとって身近な生き物のようなイメージを持っていたんですけど、意外と少ないんですね。
「身近なのは別のウサギですね。その他に、本州によくいる“野ウサギ”とか、あまり身近ではないんですが、奄美大島や徳之島にいる“アマミノクロウサギ”などがいます。先ほど長澤さんがおっしゃった“身近なウサギ”というのは、“アナウサギ”・“カイウサギ”ですね。幼稚園や動物園などで見るウサギは、アナウサギの頃から人が飼育・繁殖して作ったウサギです。」
●そうなんですか!?
「ペットショップで売っているウサギは、家畜のウサギです。」
●そうなんですか! それは知らなかったです。
「だから、皆さんウサギって馴染みのある動物の一種かと思うんですが、実は野生のウサギって、見たり触ったりすることが非常に難しい動物です。逆に、家畜のウサギは皆さんにとって親しみやすいウサギですね。」
●アマミノクロウサギのことについて色々うかがっていきたいんですけど、山田さんがアマミノクロウサギを研究しようと思ったキッカケは何だったんですか?
「私がアマミノクロウサギの研究を開始したのは1990年代だったんですが、当時は研究をする人があまりいなくて、クロウサギの生態や分布などの研究がほとんどされていませんでした。一方で、生物多様性保全条約が1992年ぐらいから締結されるようになってきていました。
私はウサギの研究者として、世界的なウサギの研究者たちとのネットワークがあったんですけど、日本のクロウサギについての研究的な情報が発信されていないということで、『研究を進めてほしい』という要望が海外の研究者たちからあったんです。そこから『日本人として、日本の貴重なウサギについて研究しておかないといけないかな』と思ったのが、最初の動機でした。」
アマミノクロウサギのユニークな特性
左がノウサギ、右がアマミノクロウサギ。 ●今、森林総合研究所・もりの展示ルームでお話をうかがっているんですけど、目の前にアマミノクロウサギと野ウサギの標本があります。それぞれのウサギの特徴を教えていただけますか?
「アマミノクロウサギを研究する上で、皆さんにこのウサギの特徴を知ってもらおうと思い、剥製を作りました。ご覧いただくと分かるんですけど、アマミノクロウサギも野ウサギもそうですが、体の大きさはほとんど同じなんですね。体重でいうと、2~3キロぐらいです。ただ、違うのは、体の色が違います。アマミノクロウサギは、クロウサギという名前が付いているぐらいですので、黒っぽい色をしています。あと、なんとなくアフロヘアーみたいな感じで、体の毛がちぢれているのも、アマミノクロウサギの特徴ですね。耳の長さも普通のウサギの3分の1ぐらいで、短くなっていますし、目も小さいです。それから、前足と後ろ足の長さが、野ウサギと比べて、半分ぐらいの長さなんです。
黒い色の体をしているのは、亜熱帯・熱帯に住んでいる動物たちは色が黒くなる傾向にあるので、それが影響しているのと、足と耳が短いというのは、アマミノクロウサギは巣穴に入っていく習性があるので、その影響で短くなっているんです。それから、奄美大島と徳之島は、斜面が急な地形になっているので、ウサギにとっては、よじ登ったり、坂から下って降りてくるときに、手足が短くて太いことによって、登坂力が強くなって、山を上がったり下がったりすることができるようになるという特徴があります。」
●アマミノクロウサギが食べる物は、普通のウサギとは違うんですか?
「私が一番驚いていることで、他のウサギと一番違うところは、ドングリを食べるんです。」
●そうなんですか!? リスみたいですね。
「リスやネズミがドングリを食べますが、本州にいるウサギは、ドングリをほとんど食べません。私もウサギにドングリを与えるという実験をしたことがあるんですが、野ウサギはドングリを食べなかったですね。一方、アマミノクロウサギは、イタジイというドングリやマテバシイというドングリがあるんですが、それが大好きで食べます。イタジイは、小さいですが、人間も食べられるぐらい、甘くて美味しいです。そのドングリは、秋から冬の間に地面に落ちるんですが、そのドングリをアマミノクロウサギたちは食べて、栄養を蓄えるという感じです。」
●他に、アマミノクロウサギ特有の特徴ってあるんですか?
「私がこのウサギの一番の特徴だと思っているのが、“鳴き声を出す”というところです。『ツィー、ツィー』というように、鳥のような、キレイな声で鳴きます。私の声は汚いですが(笑)」
●(笑)。そうなんですか。
「アマミノクロウサギは夜行性なんですが、例えば夏の午後7時~8時ぐらいになってくると、巣穴の入り口にウサギたちが出てきて、これから外へ出かけていく前に鳴きます。」
●なぜ、鳴くんですか?
「それはよく分かりませんが、多分、ご近所に挨拶をしたり(笑)、アマミノクロウサギ同士で挨拶をしているんだと思います。私が調査でアマミノクロウサギの生息地に入っていくと、私に近づいてきて、鳴いてきます。」
●そうなんですか!? 仲間だと思われているんでしょうか?
「それとは違って、おそらく私に対して威嚇をしているんだと思います。ウサギは威嚇をするとき、後ろ足で地団駄を踏むんです。前足をついて、後ろ足でトントンと音を立てながら、地面を叩くような動作をするんですね。そういう行為が外敵に対しての威嚇なんですけど、アマミノクロウサギは、鳴き声と地面を叩くことで威嚇をしてきます。」
●それでは、ここで山田さんが録音したアマミノクロウサギの鳴き声をお聞きください。
(放送では、ここでアマミノクロウサギの鳴き声を聞いていただきました)
●本当に鳥の鳴き声のようですね
アマミノクロウサギの敵は、“マングース”・“猫”・“車”
●アマミノクロウサギって数は減ってきているんですか?
「そうですね。私が調査を開始した1990年代は、数がかなり減ってきている状況でした。それは、森林伐採をすることで、多くのウサギの生息地がなくなっていくという傾向にありました。それ以降は森林もかなり回復してきて、ウサギたちも安心して住めるようになったんですが、10年ほど経ったら、今度は別の問題が起きてきました。それは、マングースという外来哺乳類がアマミノクロウサギの生息地に侵入してきたんです。」
●元々は、マングースはアマミノクロウサギの生息地にはいなかったんですよね? なぜ来てしまったんですか?
「ハブという毒ヘビが奄美大島と徳之島にいまして、住民にとって、噛まれて死んだり、怪我をするということで、すごく怖いヘビだったんですね。それをなんとかしていなくなってもらいたいという思いがあったんです。そこで、マングースがハブをやっつけてくれるということを知ったんです。」
●まさしく、“ハブとマングース”ですね。
「そうですね。そこで、マングースが1989年ぐらいに導入されました。しかし、思ったように、マングースはハブを退治してくれなかったんです。一つは、マングースの主食は昆虫なんです。コオロギだったり、カマドウマだったりと、そういう昆虫がほとんどなんです。
それと、最も違ったのが、マングースは昼間しか動きません。午前10時ぐらいから、午後2時ぐらいが最も動く時間帯なんです。一方、ハブは完全な夜行性です。ということで、ハブとマングースは、自然界ではほとんど出会うことがないんですね。マングースはヘビだけを狙って食べるというわけでもないし、活動時間帯が違うということで、住民が当初マングースに期待した『ハブを退治してくれる』ということにはならなかったんですね。
むしろ、逆にアマミノクロウサギやヤマシギという、飛ばないシギの仲間がいるんですけど、そういう島の固有種をどんどん食べてしまいまして、個体数を減らしていくということが発生しました。1990年代ぐらいに、アマミノクロウサギたちの生息地にマングースが大量に入ってしまいまして、5~8年ぐらいして、アマミノクロウサギたちの数が減ってきたことが分かり、『これは大変なことになる』と思いました。これを放置しておくと、アマミノクロウサギだけでなく、そこに住む貴重な島の動物たちが絶滅するという心配が私たちだけでなく、色々な方も持っていただきまして、『マングースをなんとかしないといけない』ということで、対策をたてることになりました。
そこで、2005年に“外来生物法”が施行されたので、事業の一つとして、奄美大島のマングースの対策をたてることが開始されました。そして、環境省の事業として、ここ5年ほど、マングースの捕獲が行なわれておりまして、マングースが減ってきたことによって、アマミノクロウサギの数はかなり回復してきました。ですが、それ以外にも色々な問題があることが分かってきました。
一つは、猫なんですね。島では、ネズミを減らしたいという住民の気持ちから、ネズミ対策として猫を野放しにして飼うという習慣があります。その猫たちが住居の周りだけでエサを取ってくれればいいんですけど、その猫が山の中にまで入って、アマミノクロウサギを食べてしまうということが、最近ではよく起きています。山の中に入っている猫は駆除しようということで、対策を練られています。
それ以外に、マングースの対策事業がほぼ成功しつつあって、在来種の数が回復しつつあるんですけど、そうすると、ウサギたちが思わぬところに生息するようになって、今度は交通事故がよく起きるようになってきました。夜中に国道や林道を走ると、アマミノクロウサギが突如飛び出して、車にぶつかってしまうということが、最近増えてきていまして、今はそれを何とかしないといけないということになっています。」
アマミノクロウサギと生物多様性の関係性
●この番組では、生物多様性についての話をすることが多いんですが、アマミノクロウサギと生物多様性ってどういう風に関係があると思っていますか?
「生物多様性って、“種の多様性”・“遺伝的多様性”・“生態系多様性”といったものが、それぞれ違うレベルで多様性を保全していくという目標があるんですけど、その三点から言いますと、アマミノクロウサギという、60種類いるウサギの中の一種がなくなるということは、原始的な特徴を持ったウサギがなくなるということになると思います。それから、島の人たちにとって長い間親しんできたウサギですので、文化的にも影響がでてくるし、歴史的にも貴重なウサギだと思います。
それから、生態系の観点から言いますと、アマミノクロウサギを育んだ島の生態系というのは、捕食者が入り込まなかった環境な上に、私たちは湿潤亜熱帯と呼んでいる、降水量が3000~4000ミリぐらい降って、台風もたくさん来るような、湿度・温度が高い島なので、すばらしい森が出来上がっています。その中にウサギがいますし、トゲネズミもいて、ケナガネズミという木の上をリスのように走り回るネズミもいます。それから、ルリカケスというカケスの仲間などもいますし、イシカワガエルという、夜にすごく大きな鳴き声で鳴くカエルもいます。そのカエルが鳴いているところにウサギたちが走ってきて、ときどき鳴きますし、ハブもカエルを獲りにきたりするというような、豊かな生態系がある島なんですね。私はウサギがすごく大事だと思っていますが、ウサギだけが大事ではなくて、それを育んできた生態系が大事だと思います。
また、遺伝的な多様性の観点から言いますと、このウサギは古いタイプのウサギの進化の仕方をしているので、まだまだ分からないことがたくさんあります。ペットとか家畜などで、みなさんに親しみのあるウサギとは全く違う遺伝的な構成を持ったウサギだと思っているんですね。そういう意味では、まだまだ研究していく価値のある動物だと思っています。そういうことで、このウサギだけをどこか別のところに移動させて、大事にするということではなくて、このウサギが進化してきた森の中の生態系をずっと残していくことが、私たちにとって重要な使命だと、私は思っています。」
●ただ単にアマミノクロウサギの数を増やすだけではなくて、まるごと守っていくということですね?
「そうです。まるごとです。離島というのは、どうしても産業がなくて、若い人たちが仕事をする場所がないんですね。高校を卒業する18歳を過ぎると、仕事がないので、東京や大阪へ就職のために行くんです。それは仕方ないことなんですけど、やはり、ウサギたちを含めた、その島にある自然が、かけがえのない自然だと思っていて、その島の自然を守っていくことも、生物多様性を保全するためには重要なことだと思っています。」
●素晴らしいですね! 今年は「うさぎ年」ですので、最終的には丸ごと守ることが大切ですけど、一つのきっかけとして、アマミノクロウサギについて考えてみる年にするっていうのもいいかもしれないですね。
「今年は「うさぎ年」で、私自身ウサギの研究者ですので、今年一年、ウサギのことを、またアマミノクロウサギのことをもう一度真剣に考えていきたいと思います。あと、新しいウサギ像を少しでも皆さんに分かっていただけるようになればいいなと思って、研究を進めていきたいと思っています。」
●というわけで、今回のゲストは、日本で唯一の“アマミノクロウサギ”の研究者、森林総合研究所の上席研究員の山田文雄さんでした。ありがとうございました。
|