2011年1月9日
新シリーズ「生物多様性を探る」第2弾! クワガタムシやダニの生態や特性から生物多様性を考える
今週のベイエフエム/ザ・フリントストーンのゲストは、五箇公一さんです。
2011年からスタートした新シリーズ「生物多様性を探る」。今回は、その第2弾として、独立行政法人・国立環境研究所・主席研究員の「五箇公一」さんをお迎えし、ダニやクワガタムシから見た生物多様性について考えます。
クワガタムシそのものが生物多様性の一員
●今回のゲストは、先日、集英社から「クワガタムシが語る生物多様性」という本を出版した、独立行政法人・国立環境研究所・主席研究員の五箇公一さんです。よろしくお願いします。
「よろしくお願いします。」
●早速なんですが、クワガタムシと生物多様性って、関係性があるんですか?
「クワガタムシは日本でもすごく人気のある昆虫で、僕はアジア全体のクワガタムシを研究対象として調べています。どうしてそれを調べようと思ったかというと、日本人はペットとして飼うぐらい、クワガタムシが大好きなので、外国にいる大きなクワガタムシが商品として価値を持つようになり、ここ10年ぐらい、外国産のクワガタムシが商品として、大量に輸入されています。
すると、その数がすごく多いことが問題になりました。一年間に100万匹以上輸入されている状態が続いているんですが、それらが野生化したとき、日本のクワガタムシが外国産のクワガタムシに負けてしまうかもしれないという“外来種問題”があるんですね。外国から入ってきた生き物が日本の生き物をやっつけてしまったり、外国の生き物と日本の生き物が交尾をしてしまったりする問題が起こる可能性があるということがきっかけで、クワガタムシの研究が始まったんです。
僕は元々、クワガタムシのことをあまり知らなかったんですけど、研究していくうちに分かったことがあって、まずはクワガタムシの中にも種類がたくさんいるんです。“種の多様性”が非常に高いということと、クワガタムシ一つ一つの種類の中にも、遺伝子が異なる集団がそれぞれにいて、それぞれがその地域に合わせて独自の進化を遂げているんです。それを“遺伝子の多様性”というんですが、そういった様々な生物の多様性が、クワガタムシという昆虫の中にもたくさん含まれていることが分かったんです。なので、クワガタムシは非常に人気のある虫なので、クワガタムシという題材を使って、生物多様性を語るということができれば、生物多様性の普及・啓発に対して非常に効果があるだろうと思って、今回のタイトルにした部分もありますね。
実際に“クワガタムシと生物多様性には、どんな関係性があるのか”と考える方がいらっしゃるんですが、実は、クワガタムシそのものが生物多様性の一員でもあるし、彼らの中に多様性がたくさんあるんです。しかもその多様性は、非常に長い歴史の中で作られてきているということが、このクワガタムシという一つの題材で見ることができるので、クワガタムシは非常に奥深い生き物だということを、この本で紹介させていただいています。」
●確かに、生物多様性には“種の多様性”、“遺伝子の多様性”、“生態系の多様性”があると思いますが、今、クワガタムシは“種の多様性”と“遺伝子の多様性”の部分で、外来種によって、ピンチになってきているんですか?
「そうですね。それらは人間が、クワガタムシを商品とした乱獲して、日本に大量に送られてきて、日本の環境の中で野生化して、日本のクワガタムシがピンチになってしまうという問題があるんですね。
あと、“生態系の多様性”の部分でも、クワガタムシは重要な要素を持っているんです。先ほども話したように、クワガタムシはそれぞれの地域で独自の進化を遂げていて、独自の進化を遂げたクワガタムシの生態系も、地域によって違うんですね。要するに、地域によって生態系にもバリエーションがあるんです。その生態系全体が、そこに住む生き物と環境に合わせて、一緒に進化して作られてきたものなんですね。だから、生態系そのものに歴史があるんです。
そういった中で、そこに住むクワガタムシも、そこにあってしかるべきという風に進化して存在しているんですね。それが動かされてしまうと、“生態系の多様性”にも大きな影響を及ぼす恐れがあるんです。」
●あと、この本を読んでいて面白いと感じたことがあって、“実は、私たち日本人は、クワガタムシが好きな遺伝子が組み込まれている”と書かれていたんですけど、これはどういうことなんですか?
「僕もクワガタムシが好きですし、我々の子供の世代もすごく大好きで、我々の親の世代も好きというように、脈々とクワガタムシ好きが受け継がれているんですよね。『これは単なる日本人独特の文化なのかな』と思いつつ、僕がアジアや色々な国に行って、国際学会や国際会議に出る機会があるので、『他の国はどうなっているんだろう』と思って、その都度アンケートなどを取ったりすると、大抵の国はそういった文化はないんです。
アジアに限定してみても、隣の韓国や中国ですら、クワガタムシをペットとして飼育するということは、習慣としてないんですね。むしろ、彼らからしてみれば、虫というのはかわいらしいものではなくて、たとえクワガタムシやカブトムシでも、忌々しい虫としか思っていないことが大半なんですね。国際学会などで、クワガタムシが商品化の問題とか、クワガタムシの多様性の話などをすると、すごくウケるんですけど、ウケるポイントが違っていて、日本人がクワガタムシをペットとして飼っているというところが、すごくウケるポイントなんですね(笑)。そこで、他の国はどうなのか聞いてみると、どの国もそういう文化がないんです。逆に、傍目から見ると気色の悪い幼虫を、家の中でわざわざ飼育して成虫になるまで育てて、その成虫にまた卵を産ませて、その幼虫を育てるというように、延々とクワガタムシを飼い続ける文化を持っているのは日本人だけなんですね。」
五箇さんが感動した、ダニの生き様と生態系
●五箇さんが書いた本「クワガタムシが語る生物多様性」の中で、もう一つの生き物“ダニ”のことについても書いていらっしゃいますが、ダニってネガティブなイメージが強いんですけど、なぜダニの研究を始めようと思ったんですか?
「ダニにも“ダニ学”という、ダニ専門の研究分野があるんですね。僕は本来、ダニ学の専門家なんです。生き物は元々好きなんですけど、最初はダニのことはあまりよく知らなかったんです。大学に入ってから生物の実習のときに“ダニの観察”があったんですが、そこで、顕微鏡で初めてダニを見たんですが、そのときに見たのは葉ダニという、農作物の葉っぱに付いて、汁を吸って、葉っぱを枯らすという、非常に困った農業害虫なんです。その葉ダニの観察で何を見たかというと、葉ダニの交尾を観察したんです。
葉ダニは、交尾を一回すると、メスはその交尾で次の子供を生むための精子を全部もらってしまうので、精子タンクが一杯になるんですね。なので、次に来たオスが交尾をしても、そのオスの精子は利用してもらえないんです。ということは、オスにとって、ヴァージンのメスというのが自分の子孫を残す上で絶対条件になってくるんですね。そうすると、オスは当然、ヴァージンのメスの取り合いをします。その取り合いの様子を観察したり、一匹のオスがどれだけのメスと交尾ができるのかといった、交尾の実態を観察するといった実習をしていたんですね。それを見て、オスの自分の子孫を残すために寝食を忘れて、ひたすらヴァージンのメスを探し求めて、見つけては交尾をするということを繰り返すという生き様を見て、すごく感動をしました。そこからダニ学にハマっていきました。それが研究を始めたきっかけでしたね。」
●先ほどはクワガタムシの話をうかがって、今はダニのお話をうかがっているんですけど、クワガタムシに寄生しているダニがいるんですよね? それはどのようなダニなんですか?
「僕の研究室で今研究しているのは“クワガタナカセ”という、クワガタムシの背中にくっついているダニなんですけど、このダニはクワガタムシを飼ったことのある人なら絶対に一度は見たことがあるぐらい、普通にいるダニなんですね。白の小さい粒のようなものがクワガタムシの背中をウロウロしているんですけど、このダニはクワガタムシの背中でしか生きることができないんです。他の生き物の背中では生きることができないという非常に特殊なダニなので、クワガタムシを飼わないと、ダニが飼育できないんですね。なので、飼育するのも大変なんです。
そのダニのエサはおそらく、クワガタムシの背中にくっついているゴミやカビを食べているんだろうと考えられていて、そう考えていくと、クワガタムシにとって、彼らは掃除屋さんなんですね。クワガタムシの背中に大量のダニが付いている状態を最初に見た人がすごくかわいそうに思えたから、“クワガタナカセ”という名前を付けてしまったんですが、クワガタムシにとって、大変ありがたい掃除屋さんなんですね。」
●そうなんですか! 確かにクワガタムシに付いていると、ビックリしますよね(笑)。
「そうですよね(笑)。私は元々ダニ学者なので、クワガタムシを研究しているときに、そのダニを見つけたんですが、非常に興味があったのは、外国から輸入してくるクワガタムシにも、このダニはくっついているんですね。そうすると、このダニは外国産のダニだとすると『日本のクワガタナカセと外国のクワガタナカセは違うのだろうか? 遺伝子はどれだけ違っているんだろうか? どんな風に進化しているんだろうか』と興味があったんです。先ほど話したとおり、クワガタムシの遺伝子のバリエーションを調べるという研究と平行して、クワガタナカセの遺伝子を調べてみたんですね。そうすると、あんなに小さいダニでもクワガタムシと同じぐらいのバリエーションがあるんですね。そのクワガタムシの系統樹を作ってから、同じようにダニの系統樹を作ると、両方とも同じぐらい歴史が深いんですよ。
さらに、お互いはどういう関係かと思い、クワガタムシとダニの関係を線で繋ぐと、キレイに1対1の関係になるんですね。つまり、このダニは、クワガタムシ毎に独自の系統で進化しているということが分かったんです。それを“共進化”といいます。宿主となるクワガタムシとそれにくっつくダニが寄り添いながら、お互い一緒に進化をしてきているので、たとえダニといえど、クワガタムシの背中毎に違う家系が乗っかっているということが分かったんです。」
●では、クワガタナカセだけでそれだけバリエーションがあるということは、全体でみたら、ものすごいバリエーションがあるんですね!
「そうなんですよ! 多様性というのはそういうことなんですね。たとえ、ダニのようなちっぽけな生き物でも、それだけ歴史的な深さと地理的な広さがあるんです。その中でそれだけのバリエーションを持っているということを、ダニの研究をしているうちに分かったことなんですね。たかがダニでも、こんなにバリエーションがあるということを、一つの具体例として、非常にいい材料ではないかと思いますね。」
生物多様性と私たちの生活との関係性
●クワガタムシとダニ、それぞれに多様性があって、それぞれの種の保存のためには多様性が大事だということが分かったんですけど、正直言って、私たちの生活にはあまり関係がないのかなって感じてしまうんですけど、実際はどうなんですか?
「率直にいうと、関係ないでしょうね(笑)。今、一種の生き物が絶滅したといっても、我々の今の生活が変わるかといわれると、何も変わらないと思います。だから、生物多様性の問題って、地球温暖化のような問題と比較すると、なかなかとっつきにくい問題だし、今ひとつピンとこないのは、生物がすごく減っているのにも関わらず、私たちは今でも平和に生きているんですよ。そういう意味では、私たちの生活と生物多様性は直結しないんですね。これがまた厄介なところで、地球温暖化みたいな、地球の気温が一気に上がる、人間でいうと、インフルエンザに掛かって、一気に熱が出るような状態で、地球が麻痺をしている。人間も熱がでるとしんどくなってくるので、そういう意味では直感的に危機感を感じることができるんですが、生物多様性の問題って、進行性で潜伏期間の長い問題なので、知らず知らずのうちに影響がでているというところが大きいんですね。だから、危機を見つけにくいし、認知しにくいんです。
我々は今、生物多様性という巨大なブラックボックスに、ゲームのように次から次へとナイフを差し込んでいって、その生物多様性がいつ破裂するかということを知らないまま差し込み続けているんですね。もちろん、生物多様性も無数の生き物に支えられているので、そう簡単には崩れるものではないんですけど、いつどれだけ崩すと、積み木のようにガラガラと崩れるか分からないんですね。なので、予測ができるようになるまで、現状維持をしておかないといけないです。一種の生物を一度絶滅させてしまうと、それを取り戻すのは、いまのところ不可能なので、『あの生き物がいなきゃいけなかったらしい』とか『あれが死んじゃいけなかったらしい』ということを後から分かっても、手遅れなんですよね。そういう意味では、現状を維持することが、人間にとっても、この生物圏を維持する上でも、非常に大事なことだと思います。
最低限、一ついえることは、“人間も生き物である”ということなんですね。生き物である以上、生物圏の中でしか生きていけないし、生態系がないと生きていけない生き物なんです。だからこそ、生態系を支えている生物多様性を大事にしていくことは、実は我々人類の存続に関わってくるんですね。」
●生物多様性を突き詰めて考えていくと、今回の本の帯にも書かれている言葉のように、「人間が一番要らないのかな」って思ってしまうんですね。
「たまに、そういう怖いことを言う人がいますよね(笑)。確かに、究極的な言い方をすると、全部とまではいかなくても、ある程度人間の数を減らすのは、自然にとってはいいことだというのは間違いないですね。なぜかというと、地球温暖化って、非常にスケールがでかくて、グローバルな問題として注目されていますけど、それって究極的にいえば、人間の環境に対するインパクトのごく一部の副産物にすぎないんですね。地球温暖化って聞くと、すごい大変な印象を受けますけど、実際は地球温暖化問題自体も人間活動の中で生み出された副産物のごく一部にしかすぎないんです。逆にいえば、地球温暖化だけを防いでも、今の人口を支えるエネルギー水準を変えずに、CO2を生み出さないものに切り替えても、生物多様性に対する圧迫は変わらずに続くので、根本的な解決にはならないです。
少し気になるのは、最近地球温暖化がきっかけで、エコブームになってきていて、それがきっかけで環境に対する配慮を意識することになったのは大事ですが、エコカーに乗り換えればオッケーなのかとか、新しい電化製品に買い換えればいいのかということになると、結局のところ、生産は続いていますし、消費も続いていますよね。全体的に見たら、それだけでは問題が解決しないですし、人間という生き物が、自然とこの先うまく付き合っていくかが、問題解決の鍵になってくると思うんですね。そうなってくると、これまでの生活様式で本当に大丈夫かということをみんなで考えないといけないですね。放っておいたら、エネルギーを使い果たしてしまい、人間はいずれ自滅することになります。
人間という生き物は、文明や文化で自らを守ってきた生き物なので、生物学的にいうと、進化が止まっているんですね。だから、生物圏の中では最も脆弱な生き物です。今の状態で、裸一貫で自然に放り出されたら、3日ももたずに、野生生物にやられてしまいます。そのぐらい脆弱な生き物で、安定した社会がないと生きていけない生き物なので、そういった安定した社会を支えるためにも、健全な自然環境がないと、それを持続できないんですね。そういう観点から、実は、生物多様性の減少にしろ、地球温暖化問題にしろ、何が危機かというと、人間にとって危機なんです。地球という大きな天体における生物の世界は、何回も絶滅を繰り返しています。それでも生き物は平気で生き残っています。だから、我々が起こしている生物の絶滅も、地球からしてみれば『またか。人間がいずれいなくなれば、また回復するだろう』というような感覚にすぎないんですね。人間の視点からいえば、『動物が死んでかわいそう』とか『植物が減ってきて、もったいない』というような感覚で語られるんですが、実は人間にとって大変な危機を、自らの手で迎えているということを、人間自身がもう少し自覚をしないといけないと思いますね。」
今の私たちができることは“自分の足元を見つめなおすこと”
●文化的な生活から抜け出せない私たちですが、その中で今できることってあるんですか?
「今って、お金も含めて、全てのモノがグローバルなレベルで繋がっていることで、地域の固有性がどんどん失われています。外来種問題もその一つなんですよね。人とモノの移動が激しくなる中で生き物も移動させられ、地域固有の生態系が外来種問題でダメになろうとしています。これは生態系だけではなくて、経済や社会、文化なども今では破壊されて、均一化しようとしているんですね。例えば、コンビニで弁当を買って食べたり、アメリカ産のチェーン店のフードが食事の主流になってきつつある中で、日本固有の食文化すら失われつつあります。
経済も同じで、他国とリンクしていないと経済がまわらない状態だと、例えば、アメリカでリーマン・ショックが起きれば、世界中の経済が一気に破綻するということになりますよね。これらは全て、固有性・多様性を失った結果なんです。そういうところから見れば、いかに多様性が大事かがよく分かると思うんですね。均一化していると、どこかで導火線に火がつけば、一斉に爆発して崩壊していきますよね。独自性を失っているからもたないんです。そういう意味では、全ての問題に多様性というものが関わっていて、それを大事にするということは、固有性を尊重することになるんですね。それは、グローバリゼーションからローカリゼーションへ視点を変えて、地域を大事にする、地域を守ることになっていきます。要するに、“自分の足元の自然から見直す”ことが一番大事だと思いますね。
今の日本人って自然に接する機会がほとんどないんです。住んでいるところが、どんどん都市型になっていって、かつての里山のような生活空間がなくなり、小さい頃に自然に接するチャンスが減っているんですね。そうすると、こういう本を読んでも、生物多様性が分からないのは当たり前なんですね。生物多様性って、生き物に触れることで初めて理解するものであって、それがないからこそ、余計に生物多様性が分からないんです。そうするとやはり、まずは自分の足元から見つめなおすことが重要だと思います。そこでは今何が生きているのか、かつては何が生きていたのかということを知ることが大切ですね。」
●それが身近で触れることができるクワガタムシだったり、ダニだったりするんですね。
「そうですね。まぁ、ダニは好みがあると思うので、そこまで目を向けなくてもいいですが(笑)、せめて草花についている虫だったり、小動物を見てみる。いなかったとしても、そこに何かがいたはずなので、一体何がいたのか、そういうところに目を向けるというところから始めてみるのがいいと思います。そこから、そういったものがいなくなったのは何故なのかということを考えながら、まずは自分が住んでいる地域、国を知ることが大事だと思います。
生物多様性条約って、非常に大きな国際条約なんですが、何かを決めて世界全体の生物多様性を守らないといけないという気持ちも大事ですが、遠い国のパンダやアフリカゾウを大事にする前に、自分たちが住んでいる日本という国の自然と文化を見直すというところから始めていかないといけないんじゃないかと思いますね。」
●私も帰ったら早速、家の庭にどんな生き物がいるのか、探してみたいと思います(笑)。
「大概、外来種だと思います(笑)」
●(笑)。それでもいい生き物がいるかもしれないので、探してみたいと思います。というわけで、今回のゲストは、独立行政法人・国立環境研究所・主席研究員の五箇公一さんでした。ありがとうございました。
|