地球から「硯(すずり)」を掘り出す〜製硯師「青栁貴史」
今週のベイエフエム / ザ・フリントストーンのゲストは、製硯師(せいけんし)・青栁貴史(あおやぎ・たかし)さんです。
青栁さんは1979年、台東区浅草生まれで、浅草にある書道用具専門店「宝研堂(ほうけんどう)」の四代目。製硯師とは、青栁さんのお父さんが考えた肩書きです。
現在、多くのメディアで注目を集めている“硯のクリエイター” 青栁さんを宝研堂に訪ねて、硯製作のこだわりや、月の石で作った硯のお話などをうかがってきました。
製硯師とは?
※そもそも製硯師というお仕事は、硯の職人さんとはどう違うのでしょうか?
「一般的に、硯を作る人は“硯職人(すずりしょくにん)さん”っていうんですけど、多分、想像される硯職人さんっていうと、裏庭の山から硯の石が採れて、そこの石を使って硯を作って……っていうことを想像されると思うんですが、その通りなんですね。
日本の硯職人さんは、基本的にはご自身が作られている硯の素材が近場から採れる。その近場から採れている石の製作法やデザイン、これを硯式(けんしき)って言うんですけど、そういったものに精通していて、地場産業の工芸を継承されている職人さんのことを、硯職人さんというんですね。
ですけど、僕のような製硯師というのは、きょう(宝研堂に)お越しいただいて思ったかもしれませんが、浅草には山がないんですね。川もなければ谷もないので、石が採れないんですね。なので、硯の石として使えるものを、採りに行かないといけないんです。山であったり川であったり谷であったり、あとは石のブローカーの(仲買人)ところであったり……。
なので、硯の素材に適しているものを、日本だけではなく中国もそうですし、世界中でも石は採れるので、そういったところに買い付けに行ったり、頂きに行くんです。言い方を変えれば、“シェフ”のようなものだと思うんですけれど、美味しい料理をお作りするために、フレッシュな素材だったり、それに向いている素材を現場に調達しに行く。そういったことも含めて硯を作る人のことを製硯師といいます」
●どうして(仕事の幅を)広げていこうと思われたんですか?
「30代の前半ぐらいだったと思うんですけど、硯の素材を買いに、とある山に行きました。そこで石を見せて頂いた時に、綺麗な石があったんですね。その石を見た時に、“これ、どこの石なんですか?”って、一応聞きました。
僕は、その石は(中国にある)江西省のものだなって、見て思ったんです。大体の石って経験上、“ここの石かな”って、見ると産地が分かるんですけど、でも一応聞いておこうと思ったんですね。でも、そこのブローカーの方が“いや、これは江西省ではなくって、ここの石なんだよ”って、別の産地を指されたんです。
そう言われた時に、そっくりだった場合、その人が言われたことを鵜呑みにして手にしてしまったら、そこの石なんだって理解するしかないんですね。それ以外に手がない。やはり、それを素材として僕が硯に転じて形にするために、石の理解度を深めたいと思ったんですね。本当にそこの石なのかどうか、自分の目で見てみないとわからないと思ったんです。
そこで、ブローカーの人から買うというだけではなく、山々に直接、自分で足を運んで、自分の足の裏でその土地を踏んで、そしてそこの土地の空気を吸って、食事をして、そこの村人の方と少しの間でも生活を共にして、皮膚呼吸で文化を吸収することで、硯の材料を理解していく……というか、理解したいという欲求に駆られて、30代前半から山に行き始めた、というのが始まりだったかもしれないですね」
硯は誰でも作れる!?
※ところで、硯の材料となる石がたくさん採れるのは、一体どこなんでしょう?
「やはり硯の発祥は中国なので、中国の硯の砕石地の多さもそうですし、場所もそうですし、出てくる石の量もそうですし……石の出来上がってきた、つまり地球がその石をつくった、その“年輪の深さ”っていうものがあるんですね。
なので、日本に比べると中国のほうが、いろいろな種類の硯の石が採れますし、文化の発祥の地でもあるので、やはり行っていろいろと“わぁ〜!”という驚きがあるのは、中国のほうが多いという状況かもしれないですね」
●興奮する石って、どんな石ですか?
「これは僕が職業病なのかもしれないですけど、例えば日本を旅していてもそうですけど、石を見た時に、“硯になるか、ならないか”でしか僕は石を見ていないんですね。なので、硯にならない石でも、なる石でも、見るとそこそこの興奮は覚えるんです(笑)。
しかしながら、“もう、これは硯材(けんざい)として非常に優れている”っていうふうにわかっている石ってあるんですね。中国でいう三代名硯(さんだいめいけん)、つまり端渓硯(たんけいけん)、歙州硯(きゅうじゅうけん)、澄泥硯(ちょうでいけん)っていう硯材がありまして、これに関してはもう非の打ち所がない優秀な材なんです。
その材だけ見ても、やっぱりドキドキはしますけれど、それがまだ硯化されていない、石ころの状態、さらにはそれが山の状態で、自分でツルハシを入れて産声を聞けるっていう、その感動というか……。そんなドキドキする体験っていうのは、良材って知っているからこそ、その山から受ける刺激かもしれないですけれどね」
●どんな石が硯に向いているんですか?
「硯の定義って何かというと、“石で出来ている、墨を擦りおろすための道具”なので、墨が擦れる石なら何でも一応、硯になるんです!
河原にね、耐水ペーパー120番を持って行って、川に入っていって、手頃ないい形の石を拾います。それを120番で、川の中で3分ぐらい磨くんですね。そこでポケットから墨を出して、墨を擦ってみて、擦ることが出来たら、“マイ硯”の完成なんです! どなたでも作れるんです!」
●ええ〜!? そういうことなんですね!
「でも、これは“硯に向いている石かどうか”ではなくて、硯になる石、あるいは硯にも使える石、っていう考え方ですね。
硯に最適な石っていうのは、また別なんです。硯に最適っていうのは何か、石が転じて硯になるというのはどういうことかっていうと、実用性と鑑賞性、両方持っていないといけないんですね。硯はもともと、ノミで加工して、ある程度の造形が出来ないといけないので、刃物を通すことができる柔らかさがあること。また、柔らかすぎると壊れちゃうんで、硬さも持っていること。そして、墨が擦りやすい。この実用性と、造形として作った時の鑑賞性の両方が成立しないといけないですね。
様々な硯に求められている条件っていうのがあるので、そこらを絞ってピックアップしていくと、本当に硯材に向いた優秀な石っていうのは少ないんです」
山から石を安産!?
※硯の実際の製作はどんな手順で行なわれるのでしょうか。
「石が硯になるまで!? まず大事なのは、石は山がつくっているので、山に石を採りに行かないといけないですね。それで、山から石を切り出す。これには2種類の方法があって、穴ぐらを掘る“洞窟堀り”。あとは“露天掘り”っていう、山を崩していく掘り方ですね。これは石材によって違います。
基本的には、石を採るところから硯としての完成を一人で迎える、僕のような製硯師の仕事をしている人は、一貫して最初から最後まで全部出来ないといけないので、山から石を採る方法もわかっていないといけないですね。なので、ここから硯の製作のスタートになります!
どのように石を採るか。どこを採ったら、どんな硯になるかっていうものも、オーダーメイドでお作りする際には、そこを狙って採りに行きますんで、山の中から“矢印”が見えるようにならないといけないですね。山の中に“石のベクトル”のような矢印が見えてくると、どこに集中して緻密な石があるかっていうのが見えてくるので。どこにタガネを入れると石がゴロンと山から落ちてくれるのか。要するに、山から石を“安産”させるためには、“押すポイント”があるんですね」
●いい石を探すのって、宝探しのような感じでワクワクしますね!
「面白いですよ!」
●凄く目がキラキラされていますもん!
「いや〜、本当はね、僕、硯つくっている時より、山に行っているほうが好きなんですよ(笑)。だって大人になると、そんな石を探しに川に入んないじゃないですか!
だから、このラジオを聴かれている人も、まあちょっと川に入るときは気をつけていただきたいですけれど、川っていうのは、S字の川であれば、そのクランクのところには、上流から落ちてきた石が溜まっていくので、川っていうのは基本的には山に入ってしまえば、上流の山の石の博物館なんですね! なので、転がってそこに溜まるじゃないですか。そこの石を拾って硯ができたら、上流まで登ってしまえば、その石の鉱脈があるっていうことなんですね。
なので、第一調査で川に入って、そこで硯をつくるところまで皆さんも出来るので、ぜひ今度から山遊びの一環として! 120番の耐水ペーパーと墨と小筆とハガキがあれば、山からお便りを書いて帰ってくるっていうことが出来ますしね」
●素敵ですね!
月の石の硯!?
※青栁さんは、なんと月の石で硯を作ったことがあるんです! 一体、なぜ作ろうと思ったのでしょうか。
「月の石を硯化しようとした人が今までいなかったらしくて……」
●凄いですよね!
「親指ぐらいの大きさですけれどね。北海道の硯を僕が調査で入っていた時に、まだ北海道では硯の石が採れたことなかったんです。だけれど、あれだけ広い土地なので、きっとどこかで採れるだろうと思って、3年半ほど調査して、結果、見つけることが出来たんですね。けれど、それまでは本当に出合うことが出来なくて……。
旭川空港だったかな……。帰りに、なんとなくその空港の近くで旭川ラーメンを食べて、寒い日でしたね、夜空を見上げて“なかなかこの大地から硯が採れない。困ったもんだ……”と思っていたら、そこに月があったんですね。月を見ていたら、“……あの月の石で、硯って出来ないのかな?”なんて思ったんです。
それで、帰りの飛行機で“よしっ、帰ったら月の石で硯が出来るかどうか、調べてみよう!”と思って、計画書を飛行機の中で書いたんです。それで東京に戻ってきて、立川市にある国立極地研究所の鉱物の担当者に電話したら、“(月の石、)あるよ!”ということだったんで、すぐに行きました。それで、“硯になんとか出来るかもしれない……”っていう展望が立ったので、それで硯の材料としてマテリアルを買わせていただいて、挑みました!」
●月の石で硯って、凄いですよね〜!
「地球上にはない鉱物で出来上がっているので、勉強になったのが、僕たちが普段使っている道具、刀や、石を研ぐための石っていうのもあるんですけど、そういったものは、地球上の鉱物に対して鍛えてきた腕であり、考案された道具なんです。それが作用しなかったんです! なので、作る時にいろいろ試行錯誤しましたね。
月の石は割と高くて、親指くらいの大きさで50万ぐらいしますので、割ってしまったりしないように、別の隕石で、何をすればこういうふうに壊れていくとか、何をするとこういう作用が起こるかっていうのを調査しながら、月の石の硯の完成へと向けていきました」
●これから先、いろんな天体に行けたら、その分いろんな硯が作れるかもしれないっていうことですもんね!
「宇宙に行くのを生業としているプロの人たちは、硯の石を採るため……とは考えていらっしゃらないと思うんですけれど(笑)、僕は小惑星探査機“はやぶさ2”のニュースをテレビで見ても、宇宙のいろいろな番組を見ても、“ここの星の石はどんな硯になるだろう?”ぐらいにしか見ていないんで(笑)」
●ちょっと持って来てもらいたいですよね(笑)!
「本当に(笑)!」
雄勝の硯を、もう一度!
※青栁さんは、アウトドアブランド・モンベルと、携帯毛筆セット「野筆(のふで)」を共同開発し、2019年の春に発売されました。一体、どんな毛筆セットなんでしょうか。
「大きさにすると、ちょっとしたペンケースぐらいの大きさなんですけれど、この中に硯、しかもこの硯はただの板で、硯板(けんばん)という、墨を溜めるところがない硯なんです。それから墨と、筆と、あと水差しが入っているんですね。このセットがあれば、基本的にどこに行っても筆文字が書けちゃうセットになっているんです!
水差しが入っていることで、中に水さえ入れておけばどこでも書けますし、野筆って、もともと名前の由来もそうですけれど、山で毛筆を楽しみませんかっていうものだったんです。日本でも昔、矢立(やたて)っていう物がありましたけど、旅先で毛筆が書けるもので、“一句読もう!”みたいなことが出来るように、どこでも毛筆が使えるっていうものが基本コンセプトになっているんですね。
これが開発された経緯っていうのが、どこか旅に行った時に、石を川から拾い上げて、それを加工して、そこで墨を擦ってお手紙を書いたり、そういった、山で、川の水で字を書いているっていうこともあって、そんな話が何かの番組で確か、放送されたんですよね。
それをきっかけに、モンベルの辰野勇会長が、“青栁さんのやっていることは、私たちモンベルの企業理念や考え方と非常に似ている”“一緒に山で楽しめるセットを作らないか?”というお話をいただいて、それじゃあということで、共同開発が叶ったということなんです。面白いセットですよ!」
●アウトドアで書けるっていうことですもんね!
「このセットはね、今、ここでお話しさせていただいていても、なかなかその面白さって10%も伝わらないと思うんですけど(笑)。山で食べるカレーとかって美味しいじゃないですか! あれと同じで、山に野筆を持って行って、そこのキャンプサイトでもいいし、軽い登山の時でもいいと思うんですけど、川の水を水滴で拾い上げて、それを2〜3滴垂らして墨で擦って、“今、◯◯に来ているよ! 気持ちいいよ!”ってハガキに書いて、その場所からハガキで送るとか……。やっぱり、旅先から届くハガキって嬉しくないですか?」
●嬉しいです!! 想像しただけでも、凄くいいなって思いました!
「ね! 山から友だちが墨を擦って、しかも沢の水で墨を擦ってハガキを送ってきたなんて、ちょっと嬉しいギフトのような! そういったことが送る側もできるし、もらった側も嬉しいっていうものにも派生してくれたらいいなと思っています」
●野筆に使っている硯っていうのは、国産のものなんですか?
「そうですね。国産にこだわった理由というのが、野筆に内蔵されている硯の材料は、宮城県の石巻市雄勝町(おがつちょう)で、そこは日本で最大の硯の生産拠点だった場所です。ここの石を僕がどうしても使いたいということを、辰野会長にご相談したんですね。
その理由というのが、東日本大震災で、この日本最大の生産地が津波で壊滅的なダメージを受けてしまって、生産量がガクンと落ちたんです。そのあとに、やはり日本全国に流通していた、学童が使っていた石の硯が出回らなくなってしまって、だんだんプラスチックの硯に移行していったという、そういう経緯もあるんですけれど、やはり雄勝の職人さんのところで、もう一度、彼らが作った硯が日本全国に流通するようになってくれたらいいなと思いました。
それに、雄勝の玄昌石(げんしょうせき)という石は、墨を擦る能力が非常に高いんですね。なので、想いもありましたけど、基本的な素材のスペックも高いですし、薄くしても割れないんです! 非常に頑丈な、ミルフィーユみたいな構造で出来ている石で、5ミリまで薄くしても割れることがない石なので、そういったいろいろな機能面も含めて、雄勝の石っていうのは向いているんですね。そういったところを加味して、玄昌石を使用したということですね」
INFORMATION
『硯の中の地球を歩く』
青栁さんの半生、そして硯や石への想いなど、興味深い話が満載。師匠であるお父さんと、石を求めて行った中国の旅は、まるで探検!? また「硯が出来るまで」を写真で解説。詳しくは、左右社のホームページをご覧ください。
『青栁貴史の仕事』
歌舞伎役者・市川猿之助さんの硯を作ったときのドキュメント写真集も発売中です! 出版はスーパーエディション。
- 参考サイト(市川猿之助さんのHP):http://www.ennosuke.info/news/2019/11/post-57.html
携帯毛筆セット「野筆」
アウトドアブランド・モンベルとの共同開発! これを持ってアウトドアに行き、一筆書く。俳句でも短歌でも、手紙でも……。詳しくは、モンベルのHPをご覧ください。
浅草にある書道用具専門店「宝研堂」については、オフィシャルHPをご覧ください。
- 宝研堂のHP:http://houkendo.co.jp