今年の干支に、チューもく!
〜ネズミは自然の豊かさの語り部〜
今週のベイエフエム / ザ・フリントストーンのゲストは、東京大学総合研究博物館の教授、動物学者・遠藤秀紀(えんどう・ひでき)さんです。
新年初の放送は、今年2020年の干支にちなみ、ネズミ特集! この番組らしく、ネズミをいろいろな角度から分析しますよ♪
遠藤先生は1965年、東京都生まれ。東京大学・農学部卒業。96年に獣医学の博士号を取得。その後、京都大学霊長類研究所などを経て、現在は東京大学総合研究博物館で、主に動物の多様性などを研究されています。実は、ジャイアントパンダの研究で「第7の指」を発見した、世界的にも著名な研究者なんです!
今回はそんな遠藤先生に、知っていそうで意外と知らないネズミの特徴や生態ほか、古来から続いている人間との関係などうかがいます。
特徴は前歯!
※そもそも、ネズミは世界に何種類ぐらいいるのでしょうか。
「ネズミらしいネズミで、1500種類ぐらいを超えてくるかな」
●そんなにいるんですか!?
「さらにね、広い意味だと、例えば、リスとか、ヤマアラシって知ってる? あの辺もネズミの仲間なので、その辺も含めちゃうと、もう2300種類ぐらい!」
●そうなんですね〜! そっか、リスもネズミの仲間になるんですね!
「普通の人はね、リスとネズミはやっぱりなんとなく区別できるんですよ。そうするとね、ネズミらしいネズミに絞ると、1500種類ちょっとかな」
●日本にはだいたい、どれくらいいるんですか?
「日本でネズミらしいネズミに絞り込むと、これね、専門家が一生懸命分けて分けて、数えて数えて……22種類かな。これにリスとかちょっと辺縁のやつを加えてやると、30種類ぐらいになります」
●へぇ〜。大きいネズミだったり小さいネズミだったりっていう、いろんな種類がいるんですか?
「日本の場合はね、普通、日本人が知っているネズミっていうのは、みんな小っちゃいでしょ? 手の平サイズですよね。きっとね、22種類って言っても、多くの人にとってはまぁ、あの手の平サイズのネズミっていうのは姿形が違うのが5〜6種類いるかなぁ、という印象だと思うんですね。そんなもんなんですよ」
●日本で最もポピュラーなネズミっていうと、どんなネズミなんですか?
「どうですか、みなさん? 家に住んじゃうやつ、ドブネズミやクマネズミって嫌われていますけど、あれはもしかしたら一番ポピュラーですかね。でも日本は山がありまして林もありますから、自然界に20種類もいるいろんなネズミたちが分布しているんですね。
島国なのでね、どっかの島にしかいないなんていうのを専門家が一生懸命数えていったら、22種類になっちゃったんですね(笑)」
●共通している特徴っていうのは何かあるんですか?
「ネズミといえば……前歯(笑)!」
●確かに!
「ニョキッと2本、前歯が生えていますよね。それからやっぱり、大きさが小さいというのが一般的にはあるかなぁ。それから、たくさんいるイメージありません?」
●あります!
「あれは子供をたくさん産んでいるからですね」
●どうしてたくさん子供を産むんですか?
「どうしてだと思います?」
●子孫を残すため?
「結果を見ているんですよね、僕たち。生き残っているネズミを見ているんですけれども、たくさん産んでおけば、敵に食べられちゃっても少しは生き残れますよね。それが、ネズミが生き残ってきた秘訣になりますよね。
世界には手の平サイズだけでもなくて、例えば50キロぐらいになるやつもいますよ!」
●ええーっ!?
「カピバラって知りません?」
●あっ、カピバラもネズミですか!?
「うん、今の時期、とある温泉地域の動物園とかに行くと、温泉に浸かっていますよね。南米にもともと住んでいるんですけど、あれ、ネズミ、世界最大のネズミ!」
昔のネズミ対策
※ネズミに対するイメージは、世界的にはどうなんでしょうね?
「多くの文化圏、多くの国にとって、まずやはり、人間に迷惑をかけるというイメージはあると思うんです。それはドブネズミとかクマネズミとか、それから農村だと小さなハツカネズミが、どうも家に入り込んでいろいろとやらかすから、それで世界中でネズミって、なんか悪いイメージがあるんだと思うんです。
他方で、野山を見ると結構、そんなに汚くない、普通の野生動物としてのネズミがたくさんいるわけですよね。ですから、世界の文化圏でネズミに対するイメージって、かなり多彩多様だと思います。汚くて駆除しちゃえっていうのがある一方で、例えば『トムとジェリー』とか、なんかこう、愛されるキャラクターにもなりますよね? その辺を兼ね備えているのが、僕らが見てきたネズミの姿なんじゃないですかね」
●ネズミはいつ頃から日本にいたんですか?
「だいぶ前からいたんだろうけど、野生動物としてのネズミは、凄く昔からいます。他方で、家に入り込んじゃうネズミ、あれがね、どうやら弥生時代あたりじゃないかと思うんですよ。
それはね、弥生時代って農耕が始まります。穀物を作るようになります。そうすると、穀物と一緒にネズミも日本の外からやって来て、日本の農村で、それ以外のアジアの大陸と同じように、どうも人間にとっては困った悪さをするような、そういう存在になっていったんじゃないかと、そう思われます」
●当時のネズミ対策って、どうしていたんですか?
「弥生時代の遺跡に、高床式倉庫があるって昔、習いませんでした?」
●はい、はい!
「あれね、まず地面から高い位置にあるので、かなりネズミを防除するんです。床が高いことで、ネズミから穀物を守ることができますよね」
●登ってこないんですか?
「うん。それから、いくつかの遺跡で、どうやら“ネズミ返し”と呼ばれているものがあったらしくて、高床式の柱の途中に、平らな水平の板が付いていてね、ネズミがそこから登れなくなるんじゃないかって言われているんです」
●へぇ〜、そういう工夫をしていたんですね!
「ただ、いろいろ議論があってね、今のネズミ、あんな高床式のネズミ返しと言われている板ぐらい、平気で突破するぞっていう話もあって(笑)。当時の人がどういう種類のネズミに悩んでいたかが、まだわからないんですね。
今でも、世界中で作られているたくさんの穀物、米とか麦とかが、かなりの量、数10%ぐらいネズミに食べられちゃっているんじゃないかと思うんですよ。そうなると、昔だったら食料がなくなっちゃうわけですよね。だから、人間が生きていくかネズミに食べられちゃうかっていう、ギリギリの戦いをかつてやっていた可能性があります。……で、ネズミをやっつけてくれるものと言えば?」
●え、何ですか?
「ネズミの敵と言えば?」
●猫?
「おお、猫ですね。どうも人間が猫を飼い始めた動機に、その憎き食料泥棒のネズミを捕まえてくれるっていう要素があったみたいなんですよ。人間が一方で、猫をいつ飼い始めたかっていうのも、また議論なんですけど、よく候補になるのが、エジプト文明です。だから、5000〜6000年前ですね。
やっぱり、農耕をするようになってたくさんの穀物を作るようになった。その時に人間の周りに、もともと野生の猫だったと思うんですけど、それを人間が大事に自分たちの周りに住まわせるようになったら、目で見ていてわかるようにしょっちゅうネズミを捕っているんですよね。それで猫を大事にしたんじゃないかっていうのが、これがまた猫の始まりになったんじゃないかと言われています」
<干支について>
今年2020年は子年ということで、十二支がひと回りしてトップに戻りましたね。そもそも何で、十二支はネズミで始まり、最後はイノシシなんでしょうか?
おなじみの昔話としては、「神様が動物の中から12匹を、その年のリーダーにすると言って競走することになり、動物たちが、よーいドン! そしてウシがトップ……かと思いきや、その頭の上に乗っていたネズミがゴール直前で飛び降りて1位に! しかも、ネズミは天敵のネコに競走の日を伝えなかったため、ネコは十二支に入れなかった」という、ネズミのしたたかさが若干際立つお話が知られていますね。
十二支は昔から、時間や方角を表す言葉としても使われてきました。北はネズミ、東はウサギ、南はウマ、西にはトリを割り当てて、「○○の方角」なんて言い方をされてきました。
また、1日を2時間ずつに分けて、「子の刻(ねのこく)」などと呼び、この2時間をさらに4等分した「一つ時(ひとつどき)」から「四つ時(よつどき)」まであったので、有名な「丑三つ時(うしみつどき)」は「丑の刻」を4等分した3番目の時刻、つまり午前2時から2時半までを指すことになります。
さらに、紀元前の中国で番号を表すのに使われていた甲(きのえ)や乙(きのと)、丙(ひのえ)など、10種類の漢字「十干(じっかん)」と十二支を組み合わせた「十干十二支」、これを略したのが本当の意味での「干支」で、60通りもあります。
だから「干支は何?」と聞かれたら、十干十二支で答えるのが本当の干支なんです。
そして十干十二支が一巡すると、「生まれた時と同じ暦に還る=還暦」となり、おめでたいこととしてお祝いされてきたんですね。
浮世絵にネズミ!?
※続いても、ネズミに関するとても興味深いお話をうかがうことができました!
「日本にはなかった要素のひとつに、“ペスト”って恐ろしい病気があります。あれ、ヨーロッパで流行ったんですよ。一番ひどかったのが14世紀ですかね。
当時、近代細菌学という、病原体を研究する学問も何もないのに、人間はネズミが増えると人がたくさん死ぬっていうことに気がついていたんですね。ですからヨーロッパ中心に、ネズミを忌み嫌うっていう意味では、日本よりもさらに強い、“ネズミは人類の敵だ”という気持ちがあったと思います。
一方で、日本にはこのペストがほとんど入ってきた歴史がないんです。皆無というわけではなくて、江戸期が終わってから日本にもペストが入ってきた記録はあるんですけど、まあ日本は文化的な、あるいは先進国と呼ばれる国ではかなり珍しく、ペストの害の少ない国だったんですね。
ヨーロッパがたくさんのペストの被害に悩んで、ネズミを悪魔のように思っていたのに対して、日本人は、特に江戸時代まではネズミを割と愛していたんじゃないかと思う節があります。
何よりですね、徳川幕府の江戸時代260年間、平和で平和でしょうがないわけですよ。そうすると、ネズミが文化の中に入り込んでくるわけです。1700年代の後半になりますでしょうか。浮世絵にたくさんのネズミが登場します。しかも、今の漫画みたいに人格を持っていて、時に争い、時に仲よくするような、そんなネズミが絵の中に登場しますね。
それから黄表紙(きびょうし)という、当時に書かれた読み物の世界があるんですけど、その世界に、今で言うとペットの解説書があるんですね。どういうネズミが珍しいか、どういうネズミがどこで売っているか、どういうネズミをどうやって飼えばいいかっていう、全くもってして江戸時代にペットの解説書があって、それの主人公がネズミだった歴史があるんですね!
これ、世界的にもかなり日本がはしりというか、古くからやったことなんですね。
ですから、病気がたくさん流行っていたヨーロッパ人と日本列島の中では、ちょっと違いがあります。むしろ、日本人が古くからネズミを愛したところがあるんじゃないですかね」
●へぇ〜、そうなんですね! 今でもペットとしてハムスターを飼っている人も多いですもんね!
「あ、そうですね! 小さなお子さんにハムスターって凄く人気で、ペットを飼い始める最初の練習みたいな意味もあると思うんですけど、今ではいろんな病気の克服もあって、ネズミをペットとして、愛玩動物として飼っていくという歴史が出来上がっていますね。
実はその前に、ネズミっていうと実験動物という歴史もあってね、これは医療・医学・人の健康に資するという意味で、人間が一生懸命ネズミを飼ったんですね。その主人公はハツカネズミ、つまりマウスなんですけれども、そういう歴史もありますね。
多くの場合、食べる家畜は牛とか馬とか鶏とか豚とか、人間が飼ってきた歴史があるんですけれども、一方で人間の健康を研究する、その基礎研究として、ネズミを実験動物として増やして飼ってきた歴史を、僕たち人間は持っています」
自然界を支える動物
※あなたは街でネズミを見たことはありますか。最後に、そんな都会に暮らすネズミのお話です。
「都市のネズミって今、千葉とか東京だとまぁ、ドブネズミやクマネズミっていう2種類があまりにも目立つと思うんですね。これは両方とも近代都市に見事に適応してしまっていて、エサが一杯あるんですね、都市はね! ゴミもありますし、人間は捨てたつもりでも、ネズミにとっては、それはエサ場ですよね。
クマネズミなんていうのは、垂直な壁を登ります。高層ビルのパイプスペースを平気で登って行きますね。そうすると、いろんな所に人間が用意した暖かい部屋があって、そこには巣材がいっぱいあるんですね。例えばお洋服のハンガーとか、紙の切れっ端をちぎって巣材にしますよね。それで巣を作り、なおかつ人間が残したエサがいろんな所にあるわけです。
そうすると、ネズミにとっては、ちょっとしたパラダイス(笑)。近代都市は、種類としては限られたネズミですけれども、ドブネズミやクマネズミにとっては住みやすいでしょうね」
●どうしてもマイナスイメージがついてしまいがちなネズミですけれども、もっとネズミに愛着を持とうって思った場合は、どういうふうにしたらいいですかね?
「例えば、我々は日本人ですから、日本の自然に関心を持って欲しいんです。日本には22種類のネズミがいます。実は、この3割以上は日本だけにしかいないネズミです。
一口に“ネズミ”って言うと、さっき言ったみたいに駆除しなきゃとかいう話になったり、場合によっては畑を荒らして穀物を取っていっちゃうっていうイメージもあるんですけれど、実は、地球の自然の豊かさを語ってくれる語り部なんですね!
島の隅々、日本で言えば小さな島々にもちゃんと増えて生き残っていく種類がいます。これはまさに、進化して新しい自然の多様性がつくられていく、最前線の現場なんです。
考えてみたら、突然ゾウとかトラとかキリンとかがどんどん進化しているっていうイメージはないでしょ? でも、ネズミは今、この段階で進化していく、生物多様性が増えていく、その最前線にいるような動物なんですね。
そうやって見ていくと、自然の豊かさってむしろ、大きな動物よりも、ネズミみたいな小さな動物が、どのくらい豊かに、どのくらいたくさん、どのくらいの種類がいるのかなっていうことを一生懸命知っていくことが、人間と共存している地球の自然界の豊かさを表現してくれていると思います」
●生態系を支えているのがネズミっていうことですか? ネズミがいるから、私たちは健全でいられるというか……。
「ネズミは、自然の生態系を縁の下で支えていると思いますね。例えば目立つ動物って、カッコいい動物なんですよ。タカとかワシとかフクロウとか、カッコいいでしょ! それから、キツネみたいなものとか、タヌキみたいなものって、なんか目立つでしょ。それってみんな、ネズミを食べている連中ですよね。フクロウなんて、1日何匹もネズミを食べないと生きていけないわけですよ。
僕らは、そういう派手な動物を見て、“自然だ〜!”とか言っているんですけど、それが生存しているということは、縁の下のようにたくさんのネズミが食べられて、それで自然が成り立っています。これは、自然界の健全な環境を支えているのは、まさにネズミだという、その構図を意味していると思います」
●それでは最後に、遠藤先生の夢って何ですか?
「僕、新しいネズミを見つけたことが1度、あるんです。鹿児島県の徳之島(とくのしま)に、トクノシマトゲネズミというネズミがいることを、これは僕が研究して発見した経緯があるんですね。これは1種類です。また、地球のどこかに新しいネズミを見つけてみたいですね!」
●いいですね、素敵な夢!
「まだ、我々人間は自然のことを知らないです。全くと言っていいほど知らないです。大きな動物はさすがに姿は見えるんですけど、ネズミのことを僕たちは全くといって言いほど知らないですね。ですから研究をして、現地を探検して新しいネズミをまた見つけてみたいですね」
INFORMATION
遠藤先生の研究については、東京大学総合研究博物館のホームページをご覧ください。
- 東京大学総合研究博物館のHP:
http://www.um.u-tokyo.ac.jp/endo/