人の心理は、動物の心理から
〜動物心理学の可能性
今週のベイエフエム / ザ・フリントストーンのゲストは、千葉大学文学部の准教授・牛谷智一(うしたに・ともかず)さんです。
牛谷さんは、1977年神戸市生まれ。京都大学文学部、そして大学院を経て、現職の千葉大学・准教授に。専門は実験心理学と比較認知科学。研究テーマは「動物の視覚認知や空間認知」だそうです。
そんな牛谷さんを先日、西千葉キャンパスの研究室に訪ね、いろいろお話をうかがってきました。この番組では初めて取り上げる「動物心理学」を、初歩から紐解いていただきます!
心理学なのに、“心”を考えない!?
※実は心理学というと、人の心や行動を研究する学問だと思っていました。そこでまず、動物の心理学研究はいつ頃から始まったのか、牛谷さんにうかがいました。
「もともとですね、心理学っていうのは極端な言い方をすると、動物の心理学から始まった、と言っても過言ではないと思います」
●人よりも先に、“動物”だったわけですか?
「そうですね。つまり、古くからみなさん、心に関心があるので、心理学というのは、それこそ紀元前からみんなやってきたわけです。ただ、現代心理学で凄く重要なのは、“行動主義宣言”というのが、アメリカの心理学者のジョン・ワトソンによってされるわけなんですね。
ジョン・ワトソンという人は心理学者だったんですけど、心理学研究から“心”っていうものを一旦、ちょっと取り去ろうと……」
●ええっ!? 心理学なのに?
「そうなんですよ! 心って曖昧じゃないですか。凄くわかりにくいものですよね。例えば、悲しそうにしている人に“どうして悲しいんですか?”と聞いても、うまく説明できないこともありますよね。
だから、自分の意識っていうものを、そもそも言葉によって表現するっていうのは凄く難しいんです。そんな曖昧なものを対象にしていたら、科学なんて出来ないじゃないですか。
だから、1913年にジョン・ワトソンという人は“一旦、心はもう心理学から取り去ってしまおう”。まぁ、厳密に言うと、意識とかそういう主観的な体験というものを心理学から取り去って、行動だけを観ましょう、と。行動だと、はっきり計測したり、客観的に調べることができますよね。だから、我々の行動だけを対象に調べようというのを提言したのが1913年なんですね。
ただ、人間の行動って凄く、人によって個人差も大きいし、なかなか調べるのは難しいじゃないですか。だから、何も手付かずの、ある意味、変な経験をしていない“動物”を調べれば……どう言ったらいいですかね……生(なま)の状態というか、素の状態の心を調べられる。もっというと、行動を調べられる、というふうに考えたんです。
したがって、それまでも様々な動物研究というのが行なわれてきたんですが、例えば決定的には、20世紀の最初のころにあった、そういう行動主義宣言から、動物の行動を調べることによって、ひいては人間の行動も理解できるのではないかというふうに考えて、そういう宣言を行なったわけです。
それ以来、1960年代ぐらいまでは、そういう行動を調べることが心理学の主流であった、というふうに言われています。その中ではやっぱり、動物っていうのは我々のような変な経験をしていない、生(なま)の行動っていうのを出してくれるので、動物を使った心理学はかなり盛んであった、ということなんですね」
エピソード記憶
※ところで、素朴な疑問なんですが、動物は過去や未来を考えたりするのでしょうか。
「それは、過去の記憶あるいは未来の記憶……というのはちょっと変だとは思いますけど、未来に想いを馳せることができるのかっていうのは、結構難しい問題ではあります。タフなほうの問題で、そういうものは、近年になるまであんまり調べられてこなかったんですけど、ようやくこの10年ぐらいで取り組めるようになってきました。
いろんな方法があるんですけど、例えば過去の思い出とかがあるのかという、そういう思い出は“エピソード記憶”という学術用語があるんですね。エピソード記憶っていうのは、例えば、小尾さん、きょう、朝ごはんに何を食べましたか?」
●おにぎりを食べました。
「どちらで?」
●家で食べて来ました。
「何時ぐらいですか?」
●きょうは(このインタビューの前に)朝の生番組があったので、朝3時ぐらいに(笑)。
「朝の3時に? そうですか、早いですね(笑)。 今、朝ごはんのことをうかがった時に、おそらく頭の中にですね、朝食の光景が浮かんだんじゃないですか?」
●浮かびました。
「ですよね。それはまさに“思い出”ですよね。エピソード記憶っていうのは、このように、いつ、どこで、何を……つまり、when、where、whatですかね、というような情報がひとつになった記憶、という条件があるんですね。
もうひとつは、今、朝食のことは打ち合わせにもなく突然うかがったんですけど(笑)、このように、わざわざ書き留めて来たわけじゃなくて、たまたま記憶した内容を、聞かれるはずもないのに聞いて、ぱっと思い浮かべた時に出てくるものが“思い出”じゃないですか。
例えば、事前に打ち合わせをしておいて、当日の朝に朝ごはんを書き留めてきて覚えて来てください、って言われたら、それってもうすでに書き出されたものだから、思い出なんか必要ないですよね、読み上げればいいわけなので。
だから、その過去の思い出っていうのは、そういうふうに偶発的に記憶された内容であり、なおかつそういうwhat、where、whenというような、いつ、どこで、何を、という情報が不可分に結びついたものというのが、心理学ではエピソード記憶というふうに呼んでいるわけなんですね」
動物は記憶する!?
「果たしてじゃあ、動物がエピソード記憶という、そういう記憶をしているのかっていうのは、結構難しいところなんですけど、近年になってようやく、そういうエピソード記憶を研究する研究者っていうのが現れてきました。
どうやって調べるかっていうのは結構難しいんですけど、あるひとつの研究では、これは僕の同僚の渡辺安里依(ありい)先生、それから恩師に当たる藤田和生(かずお)先生たちのグループが調べた内容があります。
例えば、普通に飼われた犬を実験室に連れて来てもらいます。実験室には、エサの入っている器がいくつかと、エサが入っていない器がいくつかあるんですね。犬は普通に、自由に器を見てもらうっていうことが出来るんですね。それで、エサが入っている器からエサを食べてもらいます。それで、いくつかエサが入っている容器があるんですけど、そのうちのひとつだけエサを食べることが許されて、その後バイバイって言って、一旦帰るフリをするんですね。
それで帰るフリをして15分後に、もう一度その犬に実験室に来てもらうわけです。その犬が果たして、もう一度、器を探索することを許された時に、どこに行くだろうか、というのを調べたんです。
そうすると、犬がどこに行ったかっていうと、先ほどエサがあるっていうのを犬は確認しておいて、なおかつ、まだ食べていないところにまっすぐ行った……というようなことが、実験としては論文の中に報告されているんです」
●(その犬は)記憶していた、っていうことですか?
「そういうことです! 一度、バイバイしているので、もう戻ってくることはないだろうと、おそらく犬は思っていたはずですよね。だけど、戻って来た時に、“さっきはこっちでエサを食べたよな。もうないハズだ。だけど、こっちにはまだ残っているハズ……!”という思い出がきっと残っていたはずなんですよね。だからこそ、まだエサが残っているはずのところに行った、ということなんです。
これは、“まだエサが残っているから臭いが残っていたんじゃないか”とかって思われるかもしれないんですけど、そうじゃなくて、戻って来た時には全部カラにしておくんですね。それでエサを全部取り除いておいて、臭いの跡とかも消しておいて、純粋にどこを探るだろうかっていうのを調べてみると、そんな感じになっていたんです。
今、犬って申し上げたんですけど、犬やあるいは猫とかでそういう研究が行なわれて、彼らも、“しばらく前にどこで何を食べたか”という記憶を保持しているらしい、ということが報告されています」
動物心理学の可能性
※そんな動物の心理研究ですが、果たして人の研究にも役立つのでしょうか。
「そうですね。その動物の心理学が、いかに人の役に立つかっていうのは、ちょっと説明を必要とするところがあるんですね。
1913年の行動主義の話に戻るんですけど、その頃、なぜ動物を用いるようになったかっていうのは、今も申し上げたように、人間だと言葉とか経験が邪魔をして、ありのままの生(なま)の行動が出てこないということから、動物を使おうということだったんです。けど、かなりいろんなことが、その動物研究からわかってきました。
ご存知かもしれないですけど、例えばラットにレバー押しをさせて、レバーを押すとエサが出てくる。そういう実験箱にラットを入れておくと、自分でレバーを押してエサを出す、ということを覚えたりします。それはいろんな動物に訓練することが出来るんですね。
その時にですね、“レバーを1回押したらエサが出てくる”とかってせずに、何回か押さないとエサが出てこない、そういう状況にしておきます。例えば、20回に1回でエサが出てくるようにするんですけど、2つの方法がありますよね。
ひとつの方法は、19回レバーを押してもエサは出てこないけど、20回目にエサが出てくる、っていうふうにするわけです。そういうふうにすると、当然ラットはそれでもやるわけなんですけど、どういう行動を見せるかっていうと、エサをまずもらった後に、しばらく休むんですね。休んで、その後に頑張る。休んで頑張る、休んで頑張る……。休んで頑張って、エサが出てくると休むっていう行動をするようになるんですね。
その行動って、我々もやりますよね。例えば、定期テストなんかもそうなんですけど、定期テストって、終わった後に頑張る人はいませんよね。みんなそうだと思うんですけど、テストが終わったら休みますよね。テストが近づくと頑張りますよね。テストが終わって、ある程度点数が取れたら、“あ〜、よかった、よかった!”って言って、また休みますよね。
こんなふうに、何らかの報酬を得られると、例えば成績がよかったりすると、休む。休んで、またエサがもらえる。報酬が得られる間際になって頑張るっていう、そういうような行動っていうのを見せるわけです。
なので、これは多くの動物でも見られるし、人でも共通しているんですけど、同じ“20回に1回エサを出す”と言っても、例えばランダムにするっていう方法がありますよね。長い目で見れば、20回に1回エサが出てくるんですけど、局所的に見ると、例えば連続して5回レバーを押すだけでエサが出てくるとか、たまには40回もレバーを押さないとエサが出てこないっていうふうに、ランダムにするっていう方法があります。 長期的には、20回に1回っていうのは変えないんですけど、ランダムにエサが出てくるっていうふうにすると、どうするかっていうと、ラットはひたすら押し続けるんですね。
なぜそんなことが起こるのかっていうと、“ランダムに出てくる”っていうのが凄く重要で、いつ出てくるかわかんないってことで、頑張るんですよ。これって、ギャンブルと同じですよね」
●なるほど!
「なので、こういうふうに動物の行動を観てやれば、人の行動も見えてくるだろうという。いくつかはそういう行動主義に則った研究っていうのが、20世紀の前半から1960年代にかけて行なわれてきたわけなんですね。
だから、直接役に立つ研究といえば、そういう動物の行動と報酬の関係を調べたりとかっていう研究は、直接役に立つかなと思うんですけど、じゃあ、動物がその思い出を噛みしめるかどうかっていう研究が、直接何の役に立つんだろうかっていうのは結構、我々も難しいところだなぁというふうには思っています」
にゃんこぐ!?
※牛谷さんの研究グループで、猫の認知プロジェクト「にゃんこぐ!」を進めています。一体どんなプロジェクトなんでしょうか。
「これは本当に走り始めたばかりのプロジェクトでして、“にゃんこ”はわかりますよね? 猫のことなんですけど、“こぐ”っていうのは、コグニション、つまり“認知”ということで、そこからちょっと洒落で、“にゃんこぐ!”って言っているんですけども、さきほどお話ししたエピソード記憶なんかでですね、猫の研究っていうのがあります。
意外なことに、心理学でよく使われてきた動物っていうのは、ラットとかハトで、場合によってはニホンザルとかアカゲザルとかチンパンジーなんかも用いられてきたんですけど、伴侶動物、つまり犬とか猫の研究が始まったのは、ここ20年に満たないぐらいの、本当に最近になって行なわれてきたことなんですね。
ひとつにはやっぱり、なかなか実験室で飼って大量に実験するようなことが出来なくて、猫の認知を調べようと思うと、飼い猫の性質ですから、飼われているお宅にお邪魔して、そこの中で実験するということなんですね。だから、なかなか進めるのが難しかったんですけども、ようやく同僚の渡辺安里依先生が、4年前に千葉大学に来られたので、伴侶動物、つまり犬や猫の認知も調べようということで、特に渡辺先生を中心に、いろんな飼われている猫のお宅にお邪魔してですね、猫の認知を(調べるようになりました)。
いろいろ考えているんですけど、手始めに彼らがどういうふうに遊んでいるかとか、遊びというものが報酬になっているかっていうのを調べ始めているんですけれども、我々、例えばハトを使った実験だと、報酬は全部“エサ”なんですよね。でも、我々って報酬がいろいろあるじゃないですか。楽しいyoutubeのコンテンツを見たりとかして、それが報酬になることもありますよね。
犬や猫とかだと、そういう楽しいものを見て、彼らの心の報酬になっている可能性っていうのはあると思います。なので、そういうものを手始めに調べて、ひいてはそういう思い出とか、あるいは未来に想いを馳せることが出来るのか、といったことにも挑戦していきたいと思っています。
現在は千葉近郊の千葉大学周辺で、猫を飼っているお宅を募っております(笑)。なので、これを聴かれたリスナーの人には、“千葉大学 比較認知研究室”で検索していただいて、ぜひアクセスしていただければと。ちょっとお宅にお邪魔して、お宅の猫を調べさせていただきたいなと思います(笑)」
●へぇ〜、面白いですね!
「それが“にゃんこぐ!”ですね」
INFORMATION
猫の認知プロジェクト「にゃんこぐ!」
牛谷さんの同僚の助教・渡辺安里依(ありい)さんが中心に行なっているプロジェクトでは、現在、研究に協力してくださるかたを募集中だそうです。猫を飼っている人で、“自宅まで来てもいいですよ!”という、千葉大学の西千葉キャンパスに近いところにお住いのかた、東京23区内にお住いのかた、ぜひご協力ください!
詳しくは、比較認知研究室のサイトに「にゃんこぐ!」の説明と募集要項がありますので、そちらをご覧ください。
また、牛谷さんたちの研究内容もぜひご覧ください。