木育で木のファンを育てる
〜東京おもちゃ美術館の戦略
今週のベイエフエム / ザ・フリントストーンのゲストは、東京おもちゃ美術館の館長・多田千尋(ただ・ちひろ)さんです。
多田さんは1961年東京都生まれ。明治大学を卒業後、ロシアのプーシキン大学に留学。その後、科学アカデミー就学前教育研究所などで児童文化やおもちゃ、乳幼児教育、そして高齢者福祉などを研究。現在は認定NPO法人「芸術と遊び創造協会」の理事長としても活躍されています。
木のおもちゃを通して、人と森をつなぎたい、そんな思いから、美術館の運営のみならず、優れたおもちゃ「グッド・トイ」の普及や「おもちゃコンサルタント」の養成など、いろいろな活動に取り組んでいらっしゃいます。
今回はそんな多田さんに、東京おもちゃ美術館のコンセプトや、木のおもちゃで遊ぶ「木育(もくいく)」のお話などうかがいます。
☆写真協力:東京おもちゃ美術館
杉の学名は“隠された日本の宝”!?
※まずは、美術館を造ることになった経緯をお聞きしました。
「そもそもはですね、35年前なんですよ、私の父がおもちゃ美術館を作りましてね、美術教育の専門家だったんですけれども、おもちゃにとっても惚れこんでしまって、人間が初めて出合うアートはおもちゃなのではないか、というふうに思ったんですね。
実は、おもちゃから美的感覚が育つとか、デザインのセンスが磨かれるとかあるんではないかと。その延長線上に、大人になってからシャガールだとかピカソの絵が堪能できるってね。
だから、“美術教育の専門家はおもちゃもやらなきゃいけないんだ”なんて思い立ちまして、それでおもちゃ美術館っていうのを夢中になって造っちゃったみたいなんですよね。それで、“いつか大きくしてやるぞー!”なんて大志を抱いていたんですが、突然亡くなってしまってですね。
それで私がその後を引き継いで、こじんまりとしたおもちゃ美術館を10年くらいやっていたんですけども、新宿区四谷の住民の人たちから誘致運動が起きたんですね。“ぜひ、廃校になってしまう小学校を救ってくれないか”と。“各教室におもちゃ美術館を作ってですね、かつての子ども達の笑い声を取り戻してもらいたい!”って言われましてね。
それで俄然、こちらもやる気になって、今から11年前にこちら(四谷)に全面移転をしました。この部屋は、もと理科室で、3歳未満児しか入れないところで、“赤ちゃん木育ひろば”って呼んでいます。
あとミュージアムショップなんてのは、もと1年1組ですね。それとちょっとシックな色合いのゲームの部屋があったと思うんですけど、そこなんかは、もと4年1組とか、ですね。そんなふうに、この学校が全部ミュージアムテイストにビフォーアフターして、それでようやく11年が経ちました、ということです」
●この東京おもちゃ美術館のコンセプトって何ですか?
「木の香りがプンプン匂うような空間にしたかったんですね。それで、ここに来ると“にわか木のファン”になって帰っていけるというような感じにしたかったんです。だから、日本全国から日本の木を集めたんですね。
例えば今、小尾さんが座っていらっしゃるのは多摩産材です、東京の杉なんですね。厚さが30ミリもある分厚い板がひかれているんですよ。なのですごく暖かいし、柔らかいんですね。
小尾さん、杉の学名ってなんだか知っていますか?」
●えー! わからないです!
「そんなの知らないですよね(笑)。クリプトメリア・ジャポニカっていうんですよ。これ、直訳すると“隠された日本の宝”っていうんですよね。だから今、小尾さんは隠された日本の宝の上にふんわりと座ってらっしゃるわけですよね(笑)。
なので、そういう日本全国の木に取り囲まれて、ここで遊ぶと木のことを感じられる、木の肌具合を楽しめる、それで様々なおもちゃを夢中になって家族で遊んでですね、それを私たちは総称して“木育“って呼んでいるわけです。それで”おもちゃ美術館に行って木で楽しめたね〜“ なんて、そういうふうに言って帰っていただけるようなおもちゃ美術館を目指しているんですね!」
おもちゃになっても生きている!?
※続いて、木のおもちゃを使った「木育」についてお聞きしました。一般的には「木育」という言葉、耳馴染みがないように思ったんですが、どうなんでしょうか。
「全然有名じゃないですよね、木育っていうのが。多分リスナーの人たちも、食育はよくご存知 だと思うんですけど、木育も食育に追いつけ追い越せって頑張っている、国の事業なんですね。
農林水産省の中に林野庁(りんやちょう)という部局がありまして、そこが2007年だったかな、木育っていうものを国の事業にするっていうことになりまして。“ぜひ私たちも木育の事業をやりたいです!”って手を上げてですね、それでうちが受託して、この木育をやるようになったんですよ。
でもそもそもはですね、本家本元はどこかっていうと、北海道なんですよ。北海道の人たちが、遡ること7〜8年前から木育っていうものをやっていたんですが、多分やっぱり、国も木育って事業はもっと日本全国でやるべきではないかと思われて、国の事業にしたらしいですね」
●木育することによって、子どもたちはどんなふうに育っていくんでしょうか?
「今、普通に暮らしているとね、猫とか犬とかペットを飼っている人は別だけども、命と触れ合っているとかね、あと生き物と触れ合っているってことの実感が多分ないと思うんですよね。
でも木というのは、おもちゃになったって積み木になったって生きているんですよ。乾燥している時期もあれば、水分を補給する時期もあればね、すごく変化がなされているんです。なので、そうやって命に触れているということを小さい時からやっぱり感じ取ってもらいたいっていうのがありますよね。
あとふたつ目はですね、これはどうでしょう……私もその意識が低かったんですけど、日本って森林大国っていう意識はありますか? 第1位がフィンランドで第2位がスウェーデンで、堂々たる3位が日本なんですよ。でもおそらく、日本が森林大国だって意識している国民ってあんまりいないと思うんですよね。
皆さん週末になると“森に行きます!”とか、“私は森の中に別荘を持っています!”なんて人はそんないないですよね。でもやっぱり、子どもの時から木育っていうものに触れてですね、森林大国に相応しいような暮らしって言うんでしょうか、そういうものをするように私たちも応援をしています」
●この東京おもちゃ美術館の中は、何種類くらいの木が使われているんですか?
「だいたい30種類くらいですね」
●国産のものなんですよね。
「そうです、日本中からかき集めました! 例えば先ほど、ここは杉の部屋だって言いましたよね。ここのひとつ上の階が、もと音楽室で、“おもちゃの森”って言いまして、そこは檜(ひのき)なんですよ。そこもやっぱり分厚い30ミリの檜がありましてね、ここはほんわか柔らかいほのぼのした気持ちになれる部屋なんですね。
でもね、檜の上に人間が立つと結構、今度は元気がもらえるんですよ。だから役者なんかは、舞台の上で元気にさせなきゃいけないじゃないですか。だから“檜舞台“なんですよ!
あとね、桐(きり)の積み木とかもうちに置いているんですよね。桐っていうのは、炎に触れても発火温度が高いんですね。だから、なかなか燃えないんですよ。なかなか燃えないっていう木の特性を活かして、日本人は桐のタンスを作ったりとかね。
だからみんな、やっぱり理にかなっているって言いますか、そういうことも一緒になってうちのおもちゃ学芸員が入館者の人たちに、ちょっとした豆知識としてお教えすることもありますね。それはやっぱり全国から標本箱のように、いろんな国産材の木が集まっているから、いろんなお話ができるんだと思います」
木に囲まれると赤ちゃんは泣かない!?
※多田さんは赤ちゃんにとって、初めてのおもちゃは木のおもちゃがいいとおっしゃっています。どうしてなんでしょうか?
「0歳〜6歳の時って、人生の中で最も感受性が強い時期だと思うんですよね。匂いを嗅ぐとかね、くさいものほど匂いを嗅ぎたがる。“触っちゃダメよ!”っていうものほど触りたがるとかね。あと、“何でそんなもの口に入れるの!?”っていうぐらい口の中に入れるとか。
やっぱり、五感で勝負しているんですよね、乳児、幼児たちっていうのは。だから、五感で勝負している時に近づけたい素材っていうのは、金属とかプラスチックっていうものではなくて、やっぱり命が宿っている自然のもののほうがいいんではないかと。木だとすべすべなでたくなるし、木だと匂いを嗅ぎたがるようになるし。あと、木だと口の中に入れたって無害ですからね。
だからこそ、0歳〜6歳の時にはたっぷり木に近づけることによって、栄養満点にして差し上げたほうが、この五感で勝負をしている人たちにとっては失礼がないんじゃないかと(笑)、私は思うんですけれどね!」
●確かに、つるつるだったりすべすべだったり、木によって全然感触が違うんだなっていうのを感じました!
「違いますよね! プラスチック見て、なでなでしたくなりますか? でも無垢の木だったら、“あー、いいですね!”とか言ってなでますよね。そういうことをひとつとっても、素材に対する人間の接しかたって全然違ってくるんですよね」
●私も無意識に触ってました(笑)!
「でもね、最も人間にとって贅沢な素材はなにかっていうと、実は、人間の肌なんですよ。だから、ママが赤ちゃんの肌をすべすべとかして、よくすべすべ遊びとかすると思いますけどね、最も心地よいのは人間の肌らしいんですよね。だから、2番目に人間が心地よく感じるのが木ですね。これで私たちはおもちゃを作っているっていうことですね」
●実際にお子さんたちの反応はいかがですか?
「例えばね、ここの部屋(赤ちゃん木育ひろば)ですが、3万2千人の赤ちゃんが1年間に来るんですよ。それで、その赤ちゃんたちの傾向をちょっと調査してみたんですよね。そしたらまずね、ほとんど泣かないんですよ」
●えー、そうなんですか!?
「木に取り囲んであげると、どうやら赤ちゃんは泣かないらしいと(笑)。まぁ、泣かないと断言するのはいけないですけどね、どうやら泣かないらしいっていう。他のカーペットかなんかの施設と比べると、圧倒的に泣かないっていうデータが取れたんですよね」
●どうしてなんでしょう?
「やっぱり理屈抜きで、心地よさがわかるんじゃないかなって僕は勝手に判断していますけどね。ふたつ目はね、パパの滞在時間が異常に長いっていうのがあるんですよね。パパの滞在時間がここの部屋はいちばん長いです」
●本当にどこかホッとするというか、ここにいると気持ちが安らぐんですよ〜!
「小尾さんもね、結構もう疲れちゃってるんじゃないかと(笑)」
●疲れちゃってるのかもしれないです(笑)、すごい今、癒されてます!
「だからね、そういう人は木育ひろばに森林浴のつもりで来られたほうがいいですよね」
●確かに森林浴している感じがしますね、気持ちがいいです!
「ぜひ、お越しください!」
にわか木のファンが革命を起こす!?
※多田さんは木のおもちゃを通して、人と森をつなげようとしています。手応えはどうなのか、お聞きしました。
「まだまだ道半ばと言いますか、ゴールは遠いと思うんですけれど、やはり私たちの役目って いうのは若いパパやママ、あと幼児たちを木のファンに育てていくことですね。“やっぱり木の おもちゃっていいねー”って若いパパやママ、あと祖父母などが思ってくださるってことがとても大事で、“じゃあ、この子のためにもうちょっと木のおもちゃを買ってあげようか”っていうのがすごく大事なんですよね。そうするとみんな木のファンになる。
そして6年後に変化が起きるんですよ。学習机を買わなきゃいけない年齢になるんですよね。そうするとやはり“木の学習机にしようか”ってね。それで学習机までたどり着いた家族っていうのは、そのまた6年後くらいにね、“そろそろ手狭になってきたね、家を建てようか”っていう段階になる。
するとね、にわかファンが建てる家とですね、木に関心をもっていない人が建てる家って、圧倒的に変わってくると思うんですよね。
そうやって森林大国世界第3位の日本の森林資源を、いろんな家族たちが活かしていくということをやっていくべきなんではないかと。
全然資源がないじゃないですか、日本っていうのは。もう石油なんか止められたらアウトの国ですよね。でも、世界に冠たる森林資源を持っているんですね。
これが残念ながら今、使い切れていないんですよ、全然活かされてない! 今、史上空前の切り時とも言われていますよね。
なので、やっぱり適度に私たちが使わなきゃいけない、ということを目指すためにもね、まず私たちのおもちゃ美術館でできることはいったいなんだろうか。“にわか木のファンを育てることだ!”っていうところにたどり着いたわけです」
●確かに、実際に木のおもちゃを使うことによって、そういったにわか木のファンが増えていって、結局それが人と森を繋げることになっていきそうですね!
「そうです! にわかファンが増えると、なんかね、革命が起きるんですよね(笑)。だから僕はね、決してにわかファンを育てるってことを軽んじてないんです、とっても重要なことだと思っているんです! 絶対変化が起きます!!」
●やはりそういう意味では、五感を使うっていうことも大切なんでしょうか?
「そうですね。子どもだけではなくてね、パパもママも多分感性が鈍くなっていると思うんですよ。なので、ここに来て“やっぱり木の香りっていいよね”っていうことを改めて感じる。それと“杉のフローリングにこうやってベタッて座るって、こんなに気持ちよかったんだ”っていうことを、改めて気づいて帰っていただくってことがとっても大切だと思いますよね」
●そうですね、この気持ちよさっていうのを身体全身で感じられますもんね。
「今日、随分感じられた感じですよね?」
●感じました! まだまだここにいたいなっていうくらい気持ちがいいです(笑)!
「とってもよかったです!」
INFORMATION
東京おもちゃ美術館
最寄りの駅は、東京メトロ・丸ノ内線・四谷三丁目。なお、現在は臨時休館中です。開館の時期を含め、入館料など、詳しくは東京おもちゃ美術館のオフィシャル・サイトをご覧ください。
- 東京おもちゃ美術館のHP:http://goodtoy.org/ttm/