AFAN WOODLAND ESSAY Vol.1アファンの森からいただいたコバルトブルーの宝石
その日の朝、寝坊してしまった私は慌てて着替え、カメラ2台とレンズ3本、フィルムをいれたウエスト・ポーチを持って、森の入り口に建つゲスト・ハウスを飛びだした。ハウス前に停めてある車のドアを開け、三脚と撮影用のブラインド・テントを抱え、歩きだそうとしたら、松木信義さん(註:アファンの森の番人、69歳)が森から帰ってきた。
ゲスト・ハウスから池までは急げば7~8分、緩やかな傾斜を登る。荷物も多いので二日酔いの身には決して楽ではない。それでも早く確かめたい気持ちが足を早めていた。
池の手前、オオヤマザクラの木の下に迷彩色のブラインド・テントを張り、獲物を狙うことにした。準備が整ったのはおそらく午前9時に近かったと思う。
その日の天気は快晴。梅雨のまっただ中のはずなのに、日頃の行ないが良いせいか、朝から夏の日差しが照りつけた。標高600~700メートルとはいえ、夏はもちろん暑い。木陰とはいえ、テントの中は徐々に温度を増し、汗が吹きだしてきた。ペットボトルを忘れたことを後悔しながら、テントの窓から目を凝らした。 ブラインド・テントは前にひとつ、両横にひとつずつ、ファスナーで開閉する小窓が3つある。そこから前や横を見ながら、獲物が来ないか見張る。観察を始めた当初はさっきカワセミを見た興奮も手伝って、見張りに余念がない。いつカワセミが現われてもすぐシャッターが押せる準備は整っている。ところが小窓から見る景色に大きな変化はない。池の周りを巡回するオニヤンマが自分のテリトリーに進入したトンボを追い回すくらいだ。当然、徐々に飽きてくる。ときおり、ヒヨドリがけたたましい鳴き声をたて、通り過ぎていった。
テントに閉じこもって1時間が過ぎたころ、森の散策をする親子連れの声が聞こえてきた。お父さんと男の子がひとり。横の小窓から後方を見て、姿を確認した。
親子が森の奥に消えてから、再びブラインド・テントの中に陣取った。
テントの中では折り畳み式の小さな椅子に座っている。堅い椅子に長時間座っていると、当然お尻が痛くなってくる。仕方ないので度々体勢を変え、椅子に当たるお尻の部分を変えて、重心を微妙にずらす。それでもせいぜい同じ体勢でいられるのはものの5分くらい。ついにはテントの中で中腰の体勢になり、首を横にして小窓から観察するはめに。どこかでこちらを観察しているカワセミは、テントの中でモゴモゴしている私をどう思っているのだろうとふと考えたら可笑しくなった。
お尻の痛みと空腹に堪え兼ねていたころ、松木さんと助手のアブさんがテントにやってきた。
昼飯もそこそこにブラインド・テントに戻った私は再び撮影の体勢を整えた。
そしてブラインド・テントに入って5時間が過ぎようとした頃、その時が訪れた。
それからの数分間はかなり慌てた。露出や構図を考えずに数枚撮ったと思う。何枚撮ったのかは覚えていない。三脚に固定してあるカメラを力ずくで動かしたような気もする。カメラを構え、シャッターを押す指も含めて、体全体に力が入っている。それが自分でも分かった。 ブラインド・テントにも慣れてしまったのか、カワセミはこちらを気にすることなく、留まり木を移動しながら、餌取りに夢中になっている。杭のてっぺんに留まり、水面を凝視し、狙いを定めると、パッと水中にダイブ、小魚を捕らえ、同じ杭に戻ってくる。そしてプルプルと頭を振って水を切り、小魚を頭からゴクンと飲み込む。そのあと、ディズニーのドナルドダックのように短い尾っぽを、セキレイよろしく、ピコピコピコとたまに動かす。まるで「ア~、美味しかった!」とでもいうように。この仕草が可愛くて、しばらくファインダー越しに見とれてしまった。 夢中になって撮影していると、もう一羽、カワセミがいることに気付いた。またしても心臓がドキドキした。あれだけ会いたかったカワセミが一羽ならず、二羽も目の前にいるのだ! そして、それからが忙しかった。どっちのカワセミにピントを合わせようか、どんな構図でいこうか、どこでシャッターを押そうか、頭の中の回路はフル回転。小窓から突き出た望遠レンズも忙しく動いた。 実はこのとき池には、二羽のカワセミに加え、三羽のキセキレイもいたのだ。主役と脇役が揃ったショウが目の前で繰り広げられている幸せに私は酔っていた。 そしてたった1回だけ、主役の二羽が1本の杭に留まった瞬間があった。知識がないのでツガイなのか、兄弟なのか判別は出来なかったが、お互いを気にするように留まって、すぐに一羽が飛び立った。同じ杭に留まっていたのはモノの数秒だった。そのときのカットは2枚。2羽が留まっているカットは1点だけだった。 時としてアファンの森の女神は素晴らしい贈り物をくださる。“渓流の宝石”の写真と、撮影していた至福の時間は大切な宝物になった。今度はどんな贈り物をいただけるのか。だからアファン通いはやめられない・・・。
アファンの森のしもべ“ジジクリ”こと栗原賢治
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