2011年5月21日
今週のベイエフエム/NEC presents ザ・フリントストーンのゲストは、長谷川英祐さんです。
北海道大学・大学院・准教授で、進化生物学者の長谷川英祐さんは、今話題の本「働かないアリに意義がある」の著者でいらっしゃいます。
今回はそんな長谷川さんに、アリやミツバチの不思議な生態についてうかがいます。
※まず最初に、本のタイトルにもなっている、“働かないアリ”についてうかがいました。
「僕たちは普段、土から地上にでてきて、エサを集めているアリだけを見ているので、『アリはいつも働いている』と思っているんですけど、巣の中にはもっとたくさんのアリがいて、そういうものを観察すると、7割ぐらいのアリは何もしていないんですね。継続的に観察をしても、1~2割ぐらいのアリは、長い間、働くといえる行動は何もしていないんです。」
●アリって、食べ物があるところにたくさん集まってきて、その食べ物を一生懸命運んでいるイメージがあったんですけど、実は、巣の中に、働いていないアリもいるんですね。
「そうですね。たくさんのアリが働いていないと推測できます。」
●どうして働かないんですか?
「アリも動物なので、働いていると疲れてきます。そうすると、いつも働いているアリは疲れてきますよね。働いていたアリが疲れて働けなくなったとき、誰かがやらないといけない仕事をやらないと、コロニーがダメになってしまうんです。そのときに、普段働いていないアリは疲れていないので、代わりに働くことができるんですね。なので、コロニーの仕事に関しては、働かないアリが巣にいる方が、ちゃんと処理ができるんですよね。」
●ということは、働かないアリは二軍の選手みたいに、仕事で欠員がでたときに、助けにいくような役割があるんですね。
「そうですね。でも、例えば野球だと、二軍の選手って能力が劣るといった印象があるんですけど、アリを使った実験では、普段その仕事をやっているかどうかで処理能力に差があるということはないみたいなんですね。なので、単に“その仕事がやりやすいかどうか”ということだけで働くかどうかが決まるんです。
分かりやすく説明すると、キレイ好きな人とキレイ好きじゃない人がいたとしたら、周りがある程度散らかってくると、それを片付けるのはキレイ好きな人ですよね? 時間が経って、また散らかっても、片付けるのはキレイ好きな人ですよね? ということは、周りがキレイかどうかに対して、どれだけの許容範囲があるかによって差があると、一部の人ばかりがいつも片付けているという状況が、私たちの中にでもあるかと思います。アリでも同じようなことがあって、エサ集めが得意なアリと苦手なアリがいると、得意なアリがいつもエサを集めてくると考えられます。
それが、色々な仕事に対して苦手なアリがいると、たとえ本人にやる気があったとしても、得意なアリが先にこなしてしまうので、結果的にずっと働けないという状態になってしまうんですね。」
●なるほど、そういうことなんですね。働くアリと働かないアリの差って、一匹のアリが元々持っている敏感さや仕事に対する貪欲さによるんでしょうか?
「そうですね。そういうものを、生物学の世界では“反応閾値”と呼んでいるんですけど、簡単にいえば“個性”ですね。そういう個性が働きアリの中には存在するので、どうしても、働くアリと働かないアリが出てきてしまうんです。」
●アリってすごく不思議だなって思っていたことがあるんですけど、例えば、普通の動物って、自分の子孫を残すために一生懸命になるじゃないですか。でも、アリって働く・働かない、子孫を残す・残さないといった感じで、生態が違うものが一緒に生活をしているんですよね?
「そうですね。アリのような社会性昆虫の生物学的な問題というのは、まさにその部分にあって、アリの世界では、女王アリしか卵を産まないんですね。進化論を提唱したダーウィンが『なぜ、子供を残さない働きアリが進化できるのかが謎だ』と言っているんですね。それには理屈があって、女王アリと働きアリは“親と子”“母と娘”という関係なので、母親が子孫を残すと、母親経由で伝わる、自分と同じ遺伝子というものがあるんですね。それによって、子供は自分の子供を産まなくても、子孫を残したのと同じ効果があると考えられています。」
●自分の子供じゃなくて、兄弟を残す方がいいということなんですね。
「兄弟を残すことによって、自分の遺伝子を将来に伝えていっているんだろうと考えられています。」
●長谷川さんの著書の中で“働きアリにはメスしかいない”って書かれていたんですけど、それはどういうことですか?
「アリやハチの社会って、基本的にはメスだけの社会なんですね。女王バチ・女王アリがいて、働きバチ・働きアリがいるんですけど、もちろん女王はメスですし、働きハチや働きアリも全部メスなんです。だから、普段巣にいるのはメスばかりという、女系社会なんですよ。じゃあオスは何をしているのかというと、新しい女王バチや女王アリが作られる時期だけに現れて、交尾をしてすぐ死ぬという生活をしているんですね。」
●それはちょっと切ないですね。
「アリは空中でお腹を繋げて交尾をするんですけど、中には、オスがメスと繋がると、メスアリがオスアリのお腹を食いちぎって、地上に降りてしまうという種類もいるんですね。僕は男なので、オスアリじゃなくて本当によかったと思っています(笑)。だから、ハチやアリの社会では、オスは付け足しのような感じで、交尾のために必要だから、その時期だけ生まれてくるという感じですね。
ただ、社会的動物が全部そうなのかというと、そういうわけではなくて、シロアリやネズミの仲間には、いつも王がいて、働く動物も半分はオスなんです。」
●アリが空中で交尾をするというのは、どういうことなんですか?
「普通のアリは羽がないんですけど、次の世代を作るオスとメスだけは羽があって、時期がくると、巣から一斉に飛び出して、空の上で交尾をして、地上に降りて、羽を落として、次の女王になるという生活をしているんですね。それを“結婚飛行”というんですけど、結婚するときだけは、羽があって空を飛べるようになっているんです。」
●アリは全部そうなんですか?
「ごく少数ですけど、女王は既に羽を失っていて、飛べないので、自分のいるところにオスを呼び寄せて交尾をするというアリもいますが、ほとんどの女王アリは羽を持っていて、交尾のときだけ空を飛んで交尾をするという生態をもっています。」
※アリやハチはコロニーを作って生活していますが、食べるものを運んだり、巣を作ったりするという、彼らの仕事はどんな風に分担してやっているのでしょうか。
「彼らは集団で物事をうまくこなさないといけないんですが、人間の社会では上司という存在がいて、部下をコントロールしていると思いますが、ハチやアリの世界には上司という存在がいなくて、部下だけでできているような状態なんですね。王や女王はいますけど、彼らが指令を出しているわけではなくて、集団で集まっている働きハチや働きアリたちが、その場で必要とされる仕事を自動的にこなしていくというメカニズムになっているんです。その点は人間と違うところだと思います。」
●それって、支持をする人がいないっていうことですよね? もし、突発的な仕事が必要になったときは、どうするんですか?
「そういうときも反応閾値が効いていて、ある仕事が突然現れたときに、そのとき仕事をしていない者の中から、一番取り掛かりやすい者から取り掛かるんですね。そのときにまた別の仕事が現れると、残っている者の中からやりやすい者がそれをやるという風にして処理されます。なので、結局上司がいなくても必要な仕事が適切に処理されていくということになっていきます。」
●それって、すごくいいですね!
「指令系統がなかったり、コロニー内の一部のアリがいなくなったりしても、いつも自動的に仕事が処理されていくという合理的なメカニズムだと思います。」
●優秀なマネージャーがいなくても、社員一人一人が自分で動けるということですよね。それは人間もできたらいいなと思いますね。あと、同じ社会性の昆虫としてハチがいると思うんですが、ハチの面白い特徴ってありますか?
「ハチの中で、人間にとっても親しみがあるのはミツバチだと思うんですけど、ミツバチの天敵ってスズメバチなんですが、日本のミツバチは、いつもスズメバチと一緒にいるので、スズメバチへの対抗策を持っているんです。それは、偵察用のスズメバチが来たら、日本のミツバチの中の働きバチがスズメバチを取り囲んで、ハチの玉みたいなものを作って、その中にスズメバチを入れてしまうんですね。そのときにミツバチが羽を羽ばたいて、筋肉を使って発熱すると、スズメバチはその温度に耐えられないので、蒸し殺されてしまうんです。
そういう風にして、天敵から自分の身を守る術を持っているんですけど、ヨーロッパから輸入されてきた西洋ミツバチは、スズメバチと一緒に進化をしたことがないので、そういう術を持っていないんですね。西洋ミツバチの場合、スズメバチが来ると、一匹ずつ向かっていって、次々に殺されていくんです。2時間ぐらい経つと、スズメバチが全滅して、幼虫が全部食べられてしまうということになってしまうんですね。こういうところはアリでは見られない行動で、ハチならではの行動ですね。ハチは羽を持っているので、羽をうまく使って、自分たちを守っていくということをしていると思います。」
●大きさだって、3倍ぐらい違いますよね?
「いやいや、10倍ぐらいありますよ。」
●そんなにあるんですか!? それなのに、みんなでやっつけてしまうんですね。著書の中で、“8の字ダンス”のことが書かれていて、これもすごく面白かったんですけど、どういうものか説明していただいていいですか?
「ミツバチは花がある場所と花の量を認識していて、最初に花を見つけたミツバチが巣の中で、8の字を描くようにクルクル回る“8の字ダンス”と呼ばれる動きをするんですね。その“8の字”には、花までの距離の情報が入っていて、8の字がどの方向に向いているかによって、どの方向にあるかが表されているんです。最初に見つけたハチが、花のある場所までの距離に応じてダンスを踊って、それを見た仲間が、そこに行くべきかどうかを判断して、必要な量が動員されるというメカニズムを持っています。」
●昆虫って、すごく奥深いですね。
「僕も昆虫を専門としていて、色々な研究をしているんですけど、彼らの行動って、我々人間と全然違うところもあるんですが、人間の社会に当てはめてみたりしたときに、教えられることも多々ありますね。」
●彼らの行動って、似ているところが多いんですか? それとも似ていないところの方が多いんですか?
「昆虫と人間は全く違う生き物なので、全く違うところもあるんですけど、人間に置き換えると面白いというところもあるんですね。例えば、ハチだと、働きバチが巣の中にいると、女王バチが『早く仕事をしろ』といわんばかりに攻撃をして、巣の外に追い出すことがあるんですね。ところが、働きバチを観察していると、巣から少し離れた葉っぱの裏に行って、止まったまま何もしないで半日ぐらい過ごして、巣に帰るということをやったりするんです。これって、人間に置き換えると、営業の方が外回り中に息抜きをしているような感じを連想させられたりしますね(笑)。」
●そのハチに親しみを感じますね(笑)。
※長谷川さんご自身が、生き物の研究をするようになったのは、どうしてなのか、聞いてみました。
「僕は、標本みたいに動かない生き物はそれほど好きではないですね。子供のころによく“昆虫採取少年”みたいな子がいたかと思いますが、僕は標本を作るのは好きではなく、動いている生き物を見ているのが好きでしたね。人間に似たような行動をとったり、人間とは全然違う行動をしたりするのが面白くて好きでした。僕の子供のころは虫取り少年でしたけど、標本を作るのを目的としていたんじゃなくて、飼って、どういう生活をしているのかというのを見るのが好きでしたね。」
●そうすると、家の中が虫でいっぱいになっちゃいませんか?(笑)
「そうですね(笑)。親は虫がそれほど好きじゃなかったので、僕が飼っていた虫が逃げて、すごく怒られたということがありました(笑)。」
●(笑)。虫の視点で人間の世界を見ると、どんな風に見えるんだろうって考えたことってありますか?
「虫の視点なのかどうかは分からないですけど、動物は基本的に無駄なことをせずに、自分のためや子供を残すために役に立つことしかしないんですね。そういう観点から人間を見ると、人間がいる意味って、“無駄なことをすること”、もしくは“無駄なことを楽しめること”だと思うんですね。芸術作品とか、音楽といったものって、生きていく上で絶対に必要なものではないんですけど、人間の生活を文化的に彩るという意味では、人間を代表するものですよね。
僕はいわゆる、世の中の役に立つ研究をしていないんですけど、色々なところで楽しんでいただけるということが、芸術と同じような意味をもっていると思ってもらえれば嬉しいなと思っています。そういうことで、“無駄なことをするのが、一番人間らしい”と思っています。」
●そう考えると、今って、成果がすぐに見えないといけないという社会の流れがあるじゃないですか。でも、昔の生活ってもう少し余裕があったのかなって思います。
「僕は今、“効率ってなんだろう”って考えているんですね。アリの社会でもそうなんですが、働かない者がいる社会って、短期的な効率を考えると悪いことじゃないんですか。全員が働く社会の方が、短期的な効率を考えるといいはずなのに、いつも働かない者がいるようなシステムを持っているというのは、“長期的に滅びないために重要なことである”というのが、僕たちの研究の結論なんですね。それって、人間の社会や経済でもそういう問題を考えることができると思っていて、短期的な効率だけじゃなくて、長期的に社会を維持するにはどうしたらいいかを考えたときには、あってもいいんじゃないかと思います。虫の生活や動物の生活を見ていると、そういうことを思い起こさせてくれるんじゃないかと思っています。」
働かない働きアリがいたとは、本当に驚きでした。でも、別にさぼっていた訳ではなくて、それぞれの役割を全うする事で、集団が成り立っていたんですね。他にも、アリやハチの面白い生態が満載なので、ぜひ興味がある方は長谷川先生の著書を読んでみて下さい。
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北海道大学・大学院・准教授で、進化生物学者の長谷川英祐さんの新刊「働かないアリに意義がある」には、人間社会にも通じるアリやハチの世界に関するお話や生態に関するお話など、アリやハチの興味深い話が満載です。難しくなりがちな生物に関するお話が、とにかく分かりやすく書かれているのでオススメです!