2011年12月31日
今週のベイエフエム/NEC presents ザ・フリントストーンのゲストは、本川達雄さんです。
東京工業大学の教授・本川達雄さんは、ベストセラー「ゾウの時間、ネズミの時間」や、生物学の難しい話をわかりやすい歌詞とメロディーで紹介した「歌う生物学」でも知られている方です。
そんな本川さんの新刊が「生物学的文明論」。この本は生物学の視点から環境や文明について論じていらっしゃいます。今回そんなお話をたっぷりとうかがいます。
※本川さんの新刊「生物学的文明論」には、生物のユニークな生態のお話などが満載なのですが、まずはサンゴ礁に関するこんなお話をしていただきました。
「世界中にある多様な生物がいる中で、数が一番多いのは海ではサンゴ礁で、陸では熱帯雨林なんです。なぜ、サンゴがあれほど多いのかというと、実はサンゴの体の中に小さな褐虫藻という植物が入り込んでいるんですね。体の中の藻類が、太陽の強い光を浴びることで、光合成をたくさんして、食べ物を作り出しちゃうんですよ。それで作り出した食べ物をサンゴにあげちゃうんですよね。だから、サンゴは他のところから栄養を取らなくても、栄養をどんどんもらえるので、たくさん増えていくんですよ。そして、サンゴは自分の体の周りに石の家を作って、どんどん増やしていくと“サンゴ礁”という、すごい地形になるんですね。沖縄はサンゴ礁なので、その上に僕らは住んでいるということになるんですね。
サンゴ礁ってデコボコしているじゃないですか。そうすると、色々な生き物がその間に隠れることができるんですよ。サンゴって石灰ですからね、穴掘りの酸のようなものを出して穴を掘ったりして、色々な生き物が住むことができるんです。なので、サンゴ礁って、サンゴが作り出した家の中にみんな住んでいるんですね。さらに、サンゴは褐虫藻から食べ物をもらうんですけれど、ものすごくたくさんもらうので、余っているんですよね。自分の体の周りに粘液を分泌して、身を守っているんですね。それって使い捨ての服みたいなもので、上から砂なんか降ってきて汚れたら、それを全部脱ぎ捨てて、また新しく粘液のシートを貼るんですが、その粘液が結構いい栄養になるんですよね。それをバクテリアや小さな無脊椎動物、魚たちが食べるんですよ。ということは、サンゴ礁に住んでいる生物たちは、サンゴに住処をもらっているだけじゃなくて、食べ物ももらっているんですよ。それだけいい所なので、色々な生物がどんどん来るんですね。なので、サンゴと藻類が一緒に住んでいることによって、ああいった生態系ができるんです。サンゴの中に住んでいる褐虫藻は、サンゴと一緒の家に住んでいますから、すごく安心するんですよね。
熱帯の海というのは窒素やリンといったものが少し足りないんですよね。藻類というのは植物なので、植物の肥料に必要な“窒素”・“リン酸”・“カリ”のうちの“リン”と“窒素”をサンゴがくれるんです。どういう風になっているかというと、サンゴは動物なので、小さなプランクトンを捕まえて食べたりするんです。そうすると、排泄物が出ます。その排泄物の中に、窒素やリンが入っているんですよ。そうやってサンゴが出した、いらない排泄物を藻類がいただくんですよ。そこから光合成をすると、酸素がでてくるんですね。酸素は藻類にとっては、いらないんです。でも酸素は、サンゴが呼吸するのに必要じゃないですか。なので、藻類と一緒にいるとサンゴは食べ物がもらえちゃうし、トイレにいく必要もないんですよね。排泄物を藻類が全部処理してくれるし、呼吸だってしなくたって、酸素をくれるんですよ。だから、これでお互いに楽な生活ができちゃうんですよ。
キーワードとしては“共生”なんですよ。もう一つは、窒素やリンなどの“リサイクル”ですね。いらないものは細胞の中で処理してくれるので、無駄のない栄養のリサイクルをやっているんです。だから、あれだけの豊かな世界が作れるんですよ。これは素晴らしいシステムだと思いますね。」
●共生といえば、“ホンソメワケベラの掃除共生”がすごく面白いなと思ったんですけど、このことについて教えていただけませんか?
「サンゴ礁には本当に色々な生物がいるんですよ。そうなると、違う生物の間に、お互い持ちつ持たれつの共生関係ということが、色々な例として起こるんですね。その中でもすごく面白いのが、“掃除王”という呼び方がある、ホンソメワケベラですね、長さが10センチくらいで、薄いブルーに黒い横線が入っている、ものすごく綺麗な魚です。これは何を食べているかというと、他の魚についている寄生虫を取って、それを餌にしているんですね。
魚には手がないので、寄生虫に取り付かれるとどうしようもないんですよね。そこで、ホンソメワケベラはサンゴ礁の目立つ岩の上にいて、特徴的なダンスを踊るんです。そうすると『あそこにホンソメワケベラがいる』ということがわかるんですね。なので、魚は寄生虫を取ってもらいにホンソメワケベラのところに行くんですね。だから、みんな順番待ちをしているんですよ。大きな魚だって、そこに行って取ってもらうんですね。中には、口の中の上顎にくっついている一番質の悪い寄生虫がいるんですよ。そこに取り付かれてしまうと、寄生虫は他の者に食われないから一番安心なんですよね。その寄生虫を取るときは、その魚がホンソメワケベラの前でワーッと口を開けるんです。ホンソメワケベラは口の中に入り込んで、寄生虫を取ります。」
●食べられたりしないんですか?
「それが、食べられないんですよ。『ホンソメワケベラは大事にしなくちゃいけない』という事が遺伝的に遺伝子に書きこまれているんですね。なので、一度もホンソメワケベラを見たことがない魚でも、パッとホンソメワケベラを見ると、ちゃんと体を綺麗にしてもらうポーズをとるんです。もちろん魚は頭がいいので、どこにホンソメワケベラがいるかということを覚えています。なので、ホンソメワケベラを隠すと、そこにいて待っているんですよ。実際は、魚もそれほどバカではないんですよね。そういう面白いことがサンゴ礁ではいっぱい出てきます。」
※本川先生は、生態系が私たちに、こんなサービスを提供してくれているとおっしゃっています。
「僕らは、色々な生物がいて、自然環境があるという中で生きている、いわゆる“生態系”の中で生きているんですよ。その生態系が、僕たち人間にものすごく色々なサービスをしてくれるんです。サービスというのは“人間の役に立つこと”をしてくれるわけですよ。それは、僕らが日頃食べている米やパンって、みんな植物でしょ? これは生態系がくれるものですよ。食べ物だけじゃなくて、綿やウール、絹など、全て生物がくれるものじゃないですか。
“衣・食・住”の“住”はどうかというと、木造の家もそうだし、コンクリートも、元となる石灰は微生物が作ったものですからね。鉄筋の鉄も、海の中で溶けたものをシアノバクテリアが光合成をして、それで生まれた酸素とくっついて、鉄鉱石になったものを僕らが使っているんですよ。ということは、生態系そのものが僕たちの衣・食・住の大事なところをくれているんですよ。これを“供給サービス”と言いますが、そういう“物をくれる”という意味で、僕らにとってもサービスしてくれているんですね。その間に、植物は光合成をして酸素を作っていますし、それがあるから、大気の酸素濃度は今の濃度で保たれているわけですよね。なので、植物がいることによって、大気の蘇生をちゃんとしてくれていたり、いつも水を少しずつ蒸散させているからカラカラにならずに、湿気も保たれていますし、木がちゃんと土壌を作ってくれるわけですよね。そうでなかったら、岩だらけになっちゃいますからね。なので、僕らだけじゃなくて、大気や土、湿気、太陽の光を受けた食べ物といった、生物が生きていく上での必要となる基礎的なものをくれるのが生態系なんですね。これを“基盤サービス”といいます。
この二つが非常に大きいですが、この他にも色々なサービスを生態系はくれるので、生態系とその中の生き物を大事にしていかなくちゃいけないんですよ。その中に、色々な生物がたくさんいますけど、多様な生物が生きている方が、実は生態系が安定して存在できるんです。だから“生物多様性は大事だ”という風に考えられているわけです。」
●生態系が多様の方が、私たちの生活に関わってくるということですね。
「そうですね。結局、生物というのは、その生態系の中で生きているということですよ。その生態系がなくなったら生きていけないんですよね。ということは、生態系も“自分の一部”だと考えてもいいんじゃないかと思っているんですね。なので、“生態系を大事にする”ということは、“自分自身を大事にする”という事だと思います。
今の技術というのは、生態系を全部切り取って、自然を搾取しているんですよ。今の自然の調子が悪くなっているのは、それをやりすぎて、自分自身の身を食いちぎっているようなところがあるのではないかと思うんですよね。だから、自分自身を大事にするといったように、“生態系を大事にしないといけない”、“そんなに搾取して、色々な物を持ってきてはいけない”という見方が大事だろうなと思います。」
●先生が話している、生物学的に技術を少し変えるとしたら、どんな風にすれば、うまくいくんでしょうか?
「例えば、“人に優しい”とか“環境に優しい”といったような表現がありますよね? でも“優しい”って、実際はどういったものなんでしょうかね? だから僕は、できあがっているデザインが、生物とそんなに違わないものだったら、相性がよくなるから、優しくなるんじゃないかなと思っているんですけど、今の技術が作っているものって、カクカクしていたり、水気がなかったり、硬かったりと、全く違うデザインをしているんですよね。なので、僕らの体ともうちょっと相性のいいような生物のデザインの勉強をして、生物とあまり違わないデザインで、作れるようになると、もうちょっといいんじゃないかなと思っています。
結局、文明というのは“物を作る材料”なんですよ。でも、石とか鉄って、みんな硬いものですよね。結局、石の角を尖らせて、鉄に角をつけて、自然や生物をできるだけ効率よく切り裂くというのが文明なんですよ。ということは、文明そのものが生き物や自然に全然優しくないじゃないですか。正反対のデザインを持っているからこそ、有効に働くんですよね。そうやって、切り開いてきたから、僕らは豊かな生活になりましたけど、それ以上やったら本当に自然が持たなくなるから、ほどほどにして、もうちょっと自然や僕たちの体に相性のいい技術というのを考えなきゃいけないところまできているんじゃないかと思いますね。」
※本川先生は、新刊「生物学的文明論」でも、時間とエネルギーについて、こんな指摘をされています。
「普通に考えれば、時間というのは絶対に変わらないので、万物共通でまっすぐ進んで元に戻らない、それが時間だと考えられていて、技術で使う時間だってそうですけど、ところが、生物の時間ってどうもそうでないような気がするんですね。じゃあ、“時間とは何か”ということですが、例えば、心臓が動く“心臓のペース”みたいなものが、その動物の時間と考えれば、小さな生物はどれも早いですよ。心臓も早いし、呼吸だって早いので、早く大きくなって早く死ぬんですよ。それを“時間が早い”と言ったら、ものすごく早いです。大きなゾウはゆっくりです。なので、生物が関わってくると時間まで関わってくるんです。でも、子供が大人になるにしたがって、心臓がゆっくりになっていくんですね。
なので、実は、エネルギーを使うと時間が早くなるということが、動物の体の中で見つかる現象なんですね。ネズミみたいな生物はエネルギーをたくさん使うと時間が早くなるんです。だから、エネルギーを使うと時間の速度が早くなるんです。それって、僕らの普通の生活もそうじゃないですか? 例えばガソリン使って車を動かせば早く行けるように、エネルギーを使えば早くなりますよね。ですから、エネルギーを使うと時間が早くなるんです。今の僕らは便利な機械に囲まれているから、まさにそうじゃないですか。“便利”というのは“早い”ということですからね。ということは、現代社会というのは“エネルギーを使って時間を早めている世界”なんですよ。
ですが、僕らの体の時間というのは昔のままなんですよ。いくら現代人になったからって、心臓が早く打っているわけじゃないんですよ。そうなると、やっぱり体の時間と社会の時間のマッチングということをもうちょっと考えなくちゃいけないですよね。今は、生活の時間があまりにも早くなりすぎていて、体の方にストレスがかかってきて、こんなに便利になって、豊かになったという割には、なんとなくみんな不幸せな顔をしているんじゃないかなという気がするんですね。
そこで、エネルギー消費を抑えれば、社会の時間のペースは少し落ちるんですよ。なので、原発がなくなったっていいし、Co2の排出も少なくなるから、地球温暖化もなくなるんですよ。ということは、温暖化や資源の話、原子力はどうするのかと言った大問題というのは、突き詰めていくと、時間の問題になるんじゃないかと思うんですね。環境というのは安定してこそ、僕らはその中で安心して生きていけるんですけど、今、僕たちの生きている時間の環境というのはドンドン早くなっているわけですよ。だから、その時間を体に見合ったものにすることで、他の環境問題も解決できるんですよね。なので、今の環境問題の一番の問題は時間の問題なんですが、時間はみんな変わらないと思っているから、時間の環境問題というのはありえないと思っているんですよ。
だから、一番大事なところを見る目を機械的文明によって目くらまされているんじゃないかと思うんですね。生物学的文明論でいうと、時間は変わるんですよ。それなら、今よりゆっくりして、体と適正の時間速度にしたほうがいいんじゃないかと思うんですね。『早くないと競争に負ける』と思って、時間の速度の加速がドンドンエスカレートしていって、世界中で首を絞めているようなところがあるわけですよ。それは賢いことではないですよね。時間を早めるためにエネルギーを使うことで、環境が悪化していっているから、これをどこかで歯止めをかけなきゃいけないはずなんですよね。その歯止めはどこかといえば、その線を超えちゃいけないという一線があると思うんですね。その一線というのは、僕らの体に聞いた方がいいような気がするんですけど、今、あまりにも自分たちの体のことを無視して、人工的な物ばかり使っているんです。そこで、“便利=幸せ”という事を、もうちょっと考え直した方がいいんじゃないかと思いますね。」
(この他の本川達雄さんのインタビューもご覧下さい)
本川さんのお話をうかがって、私は以前行った沖縄のことを思い出しました。沖縄では、本当にゆったりとした時間が流れていて、私が出会った現地の方はみなさん笑顔が溢れていました。これはもしかしたら、沖縄の方の多くが、本川さんが話していた“人間が本来持っている時間”で過ごせているから、あんな風に幸せそうなのかもしれませんね。
新潮新書シリーズ/定価777円
東京工業大学の教授、本川達雄さんの新刊となるこの本には、今回お話していただいたサンゴ礁での共生や生態系サービスなど興味深い話が満載です。生物学の視点から文明や環境を見て論じた、本川先生らしい本になっています。
本川さんのことをもっと知りたいと思った方は、先生のホームページを見てください。プロフィールはもちろん、これまで発表した本やCD、歌のリスト、そして研究内容など、盛りだくさんな内容となっています!