2012年3月3日
今週のベイエフエム/NEC presents ザ・フリントストーンのゲストは、福岡伸一さんです。
青山学院大学の教授で、生物学者の福岡伸一さんは、ベストセラー「生物と無生物のあいだ」や「動的平衡」で知られています。そんな福岡さんを大学の研究室に訪ねて、生物や生命に関するとても興味深いお話をうかがってきました。
※まずは、著書のタイトルでもある「動的平衡」についてうかがいました。
「難しい四文字熟語のように聞こえますが、実は、非常にシンプルなことを言っています。【動的】というのは、絶え間なく動いていることで、いつも合成や分解を繰り返しながら、リニューアルしているということですね。それが生命の持っている最も大事な特徴で、絶え間なく変わりつつあるにも関わらず、バランスを取っているという意味の【平衡】があることで、生命は傷ついたら治るし、病気になれば回復し、環境が変われば適応するように変化をします。そういう生命の柔軟さ、そして一度負けても立ち直れるというところが動的平衡によって支えられていて、そういう面で見たら生命は豊かなんじゃないかという提案ですね。」
●動的平衡は、生命以外にも起きているんですか?
「例えば、地球も一つの動的平衡と見ることができます。また、もう少し広く捉えてみると、学校や会社などといったものも、新入生や新入社員が入ってきたら、古い人が卒業したり退職したりするといった、絶え間のない流れがあるかと思いますが、でもその学校はブランドを持っていたり、会社は企業文化を維持していたりしてバランスを取っています。そこに新しい人が入ってきたら、なるべくそこに馴染むようにしますし、前からいる人は新しく入ってきた人を尊重するといったバランスで組織が成り立っているんです。これは、細胞の世界でも全く同じ現象なんです。」
●あまり意識はしていませんでしたが、気づいたらバランスが取れていたということが、たくさんあったような気がします。
「私が学生に対してよく思うことがあるんですが、学生はまだまだ若いので、色々なことを一生懸命勉強しようとしたり、自分探しをしたりしているんですね。自分探しも非常に大事なことだと思いますが、“自分の内部に自分を探しすぎるのはよくない”と思うんですね。なぜなら、世界は動的平衡で成り立っているので、その関係性によって、その人がどうなるのかが決まるんです。細胞に関しても、あらかじめ何の細胞になるか決まっているわけではなくて、細胞同士が話し合い、空気を読み合って『君が脳の細胞になるなら、私は心臓の細胞になりましょう』という風に、様々な関係性の中で自分を探していくんです。
これは、人間の成長過程でも言えることで、自分の運命や天命みたいなものが自分にあらかじめ定められていると考えすぎてしまうと、どこにも行けなくなってしまいます。むしろ、自分というものが、色々な人たちとの関係性や自分がどういったものに興味を持つか、それに対しての勉強の仕方といったようなものを線で結んでいく中で、自分がどうなっていくのかが決まっていくんです。これは生物学的な原理なんです。細胞もそうしているし、遺伝子も関係性の中で役割を決めているんですよね。」
●関係性って、そのときの状況によって変わってくるじゃないですか。では、細胞もその状況に合わせて変わっていくということですか?
「そうですね。生命の中の現象も時間と共に動いていることなので、そのときの状況に応じて、臨機応変に変わっています。寒くなれば、熱を生産する仕組みが立ち上がってきたり、脂肪を蓄えるように動きます。また、怪我によって細胞が欠落してしまったら、それを埋めるようにしたり、ピンチヒッターになるようなものが現れたりします。
さらに、元々ある遺伝子が、何らかの理由で欠損してしまったということも有り得ますよね。そういうときでも、ほとんどの場合はバックアップが立ち上がったり、ピンチヒッターがやってきたり、バイパスを作ったりして、その欠落をうまく埋め合わせて、新しいバランス状態を作ろうとします。細胞にはそういった柔軟さを持っているんです。それが生命の大事なポイントなので、遺伝子が全てを支配しているとか、そのプログラムによって動いているといったような機械論的に見すぎてはいけないというアンチテーゼとして、私は動的平衡を言っているんです。」
※先ほどお話にも出てきた周囲の状況に合わせてバランスを取ろうとする動的平衡なんですが、福岡さんがオフィシャル・サポーターを務めるドキュメンタリー映画「ライフーいのちをつなぐ物語ー」でも、その動的平衡を感じられる場面があるんです。
●私は、ドキュメンタリー映画「ライフーいのちをつなぐ物語ー」がすごく好きで、二回ほど見させていただいたんですが、その中ですごく印象に残っているのが、チーターが兄弟三匹で狩りをするんですよね。本来チーターって単独で狩りをするイメージがあって、それは本能として持っているはずなのに、三匹で狩りをしている映像を見て、環境に合わせているんだなと思いました。
「私もその映像を見て、非常に感銘を受けました。そのチーターが三匹の兄弟であるという境遇は、たまたまそのときに与えられた状況ですよね。それをチーターたちはどういう風にしたかというと、三匹で共同して、これまでの狩りで対象としていなかったダチョウを狙うようになったんですけど、それこそ、自分たちの状況を臨機応変に判断して、うまく工夫しているんですよね。これまでは、人間以外の生物は本能によって動いているとされていて、“本能とは何か”というと、遺伝的なプログラムのことで、Aという刺激が入ってくると、Bという反応が起きるんです。そういう風に、あらかじめ決められていると考えてきたんですよね。でも本能って、それほどちゃんと説明できていることではないし、もっと多様性に満ちているんですよね。
私は映画『ライフ』の中で非常に興味深かったのは、残酷な映像でもあるんですが、コモドオオトカゲがゆっくり出てきて、獲物である水牛を倒すんですけど、普通なら噛み付いたりして、なんとか倒そうとするんですが、コモドオオトカゲは少し噛んだだけで止めてしまうんですよね。その水牛が噛まれた部分が段々と化膿してきて、弱っていくのを何日も待つんですね。これを本能的な行動ということだけでは説明できないです。つまり、コモドオオトカゲは、相手が倒れるのがいつになるか分からないけど、遠い未来に起こる出来事に対して待てるということですよね。これって、非常に知性的な行動ですよね。または、自由な思考の帰結として、そういうことができるという風に見られますよね。
それから、色々な生物が道具を使うシーンがたくさん出てきていますよね。例えば、サルが石を使って木の実を割ったりしますが、それがもし本能的にプログラムされていたら、サル全員が自然とそれができるはずですが、子供のサルは最初はそれができなくて、大人のサルがやっているのを見ながら、何回も練習をして、段々と上達していくというシーンがありましたよね。だから、様々な環境の中で生命って、あらかじめ何かが決められているというより、関係性の中で選んでいくという風に見ることができますよね。だから、私は動的平衡を提唱していますけど、映画『ライフ』は、生命の動的平衡を色々な局面から鮮やかに見せてくれる映画だと思っています。」
※福岡さんに、昔から生き物が好きだったのか聞いてみました。
「私は昔、昆虫少年でした。生物学者になる前は虫取りばかりしていましたね。キレイな蝶や光るカミキリムシなどを集めて標本を作ったり、卵から育てて、蝶になるのをドキドキしながら見ていたりしていました。」
●光るカミキリムシですか!?
「光るといっても、ホタルみたいに光るのではなくて、青く金属的に光っているルリボシカミキリという、すごくキレイなカミキリムシがいるんですけど、それが私の憧れの虫で、なかなか捕まえることができなかったんですね。何ヶ月も探して捕まえることができたときには、天にも昇るような気持ちになりましたね。
私の色のセンスは全部虫から学んでいるんですよね。電車の中で本を読んでいたりすると、目の前に女性が立ったりするじゃないですか。その人はオシャレな赤いコートを着て、青い靴を履いて、カッコいいバッグを持っていたりしていて、それぞれの物はすごく高そうでオシャレに見えるんですけど、全体的に見たら『何か違うんだよな』と思うんですよね。でも、その何かがしばらく分からなかったんですけど、大分経ってからそれが分かったんですよね。それは『もし蝶だったら、絶対にそんなコーディネートはしない』ということだったんです(笑)。というように、人生での大事なことは全て虫から学びました。」
●福岡さんは、そういった生き物を見て、美しいなと思うんですね?
「そうですね。美しさというのは何なのかっていうのを、虫たちが教えてくれたんですよ。それは、美しい虫がいるのではなくて、その虫を見た私の頭の中に美しさが湧き上がってくるんですよね。それは、映画を見たり、絵を見たり、他の動物の様子を見ても、結局は私たちがそれを見てどう受け止めるかといったことなんじゃないかなと思うんですね。だから、美しさも客観的に存在しているのではなくて、受け取った私たちの頭の中に作られるものだと思います。」
●昆虫が好きな方にお話をうかがうと、昆虫そのものも好きなんだけど、その昆虫は何を食べているのかとか、どんな風に暮らしているのか、すごく興味があるということをよく聞くんですけど、福岡さんの場合はどうですか?
「私に虫のことを語らせると、番組が終わらなくなってしまいます(笑)。私は蝶が好きだったので、蝶を捕まえるために、どこに行って、どういう風に捕まえればいいのか、そしてどういう風に育てればいいのかといったような、蝶をめぐる様々なことを調べたり勉強したり確かめたりすることによって、色々なことを学んでいきました。だから、研究者になっても、基本的なことは全て虫から学びました。 例えば、アオスジアゲハというキレイな青いラインが並んだ蝶がいるんですけど、その蝶の幼虫はクスノキの葉っぱしか食べないんです。だから、クスノキが生えている林に行かないと、捕まえることができないんですよね。でも、その幼虫は、クスノキの葉っぱとそっくりで鮮やかなグリーン色をしていて、見つからないようにしているんですね。そこで、その幼虫を採取するにはどうしたらいいのかというと、木を見上げて探しても見つけられないので、地面をジーっと見るんです。すると、丸い新鮮なフンが落ちているんですね。その上を見上げると、必ず幼虫が葉っぱを一生懸命食べているんですよね。ところが次の日に行くと、そのフンは無くなっているんですよ。なぜかというと、その昆虫のフンを食べる別の昆虫が活動していて、それを食べることによって、自然を循環してくれているんですよね。 そういった動的平衡が自然の中にあるというのは、私はずっと前から知っていたんですよね。もちろん、当時は動的平衡という言葉は知りませんでしたよ。でも、自然界がお互いの関係の中で成り立っているというのは分かっていたことだなと、改めて思っているんですよね。」
●地球は巡っているということですね。
「そうですね。太陽の光があるから、葉っぱが茂るし、クスノキの葉っぱを幼虫が一生懸命食べて、その幼虫の排泄物を分解してくれるものがいて、その分解者たちのおかげで、土壌が豊かになって、そこに小さなミミズや微生物が生存して、それが植物の栄養分を作るという感じで循環しているんです。植物が作り出す酸素のおかげで、私たちが呼吸できるという風に繋がっているんですよね。だから、動的平衡には、関係性や繋がりといったものが地球を支えているというメッセージが込められていたりするんですよね。」
今回“動的平衡”と聞いて、最初は難しいお話になるのではないかとドキドキしていましたが、福岡さんに分かりやすく教えていただいたので、本当に楽しく生命について知る事ができました。
今回お話をうかがった以外にも、福岡先生の著書「動的平衡2」には、生命はどのようにして進化したのか、生物多様性はなぜ必要なのか、環境問題をどんな風に見ていけばいいのかなど、色々な疑問がとても分かりやすく解説されているので、オススメです!興味のある方は、ぜひ読んでみて下さい。
木楽舎/定価1,600円
青山学院大学の教授で、生物学者の福岡伸一さんの新刊「動的平衡2」には、生命や生物、遺伝子などについての話題が満載です!
福岡さんらしい見方による考察は一読の価値アリです。
福岡さんの近況などを知りたい方は、「福岡ハカセのささやかな言葉」というブログをご覧ください。
テレビやラジオでの出演情報など、逐一更新されています。
福岡さんがオフィシャル・サポーターを務めるドキュメンタリー映画「ライフーいのちをつなぐ物語ー」のDVDとBlu-rayがエイベックス・エンタテインメントから、絶賛発売中です。是非ご覧ください。