今週のベイエフエム/NEC presents ザ・フリントストーンのゲストは、越智隆治さんです。
水中写真家の越智隆治さんは、世界の海をフィールドに撮影をされていますが、中でも南太平洋・トンガ王国の海に魅せられ、通ってらっしゃいます。そんな越智さんの新刊が「まいごになった子どものクジラ-南太平洋トンガ王国のザトウクジラ-」という写真絵本。今回はその絵本に描かれている、迷子になってしまった子どものクジラと、母クジラのお話などをうかがいます。
※まずは、今回の被写体となったザトウクジラについてうかがいました。
「ザトウクジラは、他のクジラより接近しやすい種類だと思いますね。ただ、アメリカやオーストラリア、日本といった環境保護先進国みたいはところでは、水中でザトウクジラと接触することを禁止されているんです。日本は法律で定められてはいないんですが、地域のルールでザトウクジラがいる海には入ってはいけないと決められているところがあったりするので、なかなか水中で見ることができないんですよね。」
●それが、トンガ王国では見ることができるんですね?
「そうですね。トンガでは、現地のオペレーターに許可を出すんですね。それで決められた範囲の中でなら、間近で見ることができます。」
●私は、クジラを間近で見たことがないんですが、間近でクジラを見たときはどうでしたか?
「それまでも何ヶ所かで撮影をしたことがあったんですが、大抵、あまり近くまで寄れなかったり、移動されてしまったりしていたんですね。僕は、クジラを見ようと思ったら、探し回って、見つけたらすぐに飛び込んで見るものだと思っていたんですが、トンガではスキッパーが他の船と無線でやり取りをしているんですよ。すると、『今、あの船の周りに泳いでるよ』っていうんですが、船の姿は見えても、クジラの姿は全く見えないんですよね。『あっちが終わったら、次こっちに譲ってくれるから、用意して』っていわれたんですが、『譲ってくれるの!?』ってビックリしました(笑)」
●今までは必死に追っていたわけですから、驚きですよね!(笑)
「だから、譲るっていうことが驚きだったし、親子で止まっているから、静かに入って静かに近寄るように言われたので、それも驚きでしたね。『サンドイッチでも食べて待ってろ』っていうんですけど、僕としては、『今すぐにでも行ってしまうんじゃないか』って不安になるんですよ。
30分ぐらい待ってたら『行くぞ』ってことで、二人ぐらいで入ったんですけど、そこには親子が水面で止まっていて、背中だけ出して浮かんでるんですよね。『何これ!?』って思いながら、驚かさないようにゆっくり近寄っていったら、今回の絵本の表紙のように、お母さんの頭の上に子供が休憩しているような感じで、すごくリラックスしていたんですよ。このシーンを見たのは初めてだったので、すごく衝撃を受けましたね。
写真を撮るために、ドキドキしながらお母さんの目が見えるぐらいまで寄っていったんです。お母さんは目が開いていたので、完全に僕たちを見ていたんですね。写真を撮っていると“もっと近寄りたい”という気持ちが強くなって、大丈夫だと思っていた距離よりさらに近づいたところで、お母さんクジラが、“それ以上近づかないで”っていうように、長い胸ビレを僕らの方に向けてきたんですよ。それを受けて、僕らが戻ると、その胸ビレを戻したんですね。初めてそれを見たときに、神々しいというのか、僕らが考えていることが全部見透かされているんじゃないかって思いました。本当に、鳥肌が立つぐらい感動しました。あの衝撃は今でも忘れられないですね。」
※ザトウクジラの撮影をするときに、心がけていることはあるのか、お聞きしました。
「最初のアプローチの仕方にもよると思いますけど、時間をかけて慣れていくと、『人間って大丈夫なんだ』って思ってくれると思いますが、最初からカメラマンが撮影したいと思ってガツガツいってしまうと、お母さんクジラが神経質になってしまって、子供を離そうとしたりしますね。」
●じゃあ、こっちもリラックスして、心を開いて近づいていった方がいいんですね。
「“撮りたい!”っていう、はやる気持ちを抑えて、最初は僕たちに慣れてもらうようにしないといけないですね。でも、これを初めて来た人に説明しても、ピンとこないんですが、僕らは2004年ぐらいから活動をしていたので、慣れるまでの時間っていうのはいかに大切かを知っていたので、トンガのときでも、ゆっくり静かに近づくことができたんですけどね。
親子が休んでいるときって、今回の本の表紙のように、水面でゆっくりしているときもあれば、お母さんは動かずに海中にいて、子供は息継ぎのために海面にいるというときもあるんですね。そのときに、現地の人から『子供が慣れるまでは、海中に入らずに、浮いて見てください』って言われるんですが、みんな少しでも近づきたいから、寄っていったりするんですよ。そうすると、海中にいたお母さんが上がってきて、子供を守ろうとするんですよね。だけど、子供が慣れるまで待っていると、子供も慣れてくるし、お母さんも『あの人たちは危害を加えたりしないな』って思って、子供に寄っていっても気にしないし、子供も僕たちに寄ってきたりします。」
●ちゃんと時間をかけて慣らしていけば、クジラに近づくことができるんですね?
「そう思いますね。でもそれは、僕たちのグループだけじゃなくて、他のグループも同じようにやってくれているかということも重要になってきますけどね。」
●ということは、みんながそのルールを守ることが大切なんですね。
「慣れるまで、みんなが時間をかけていられるかというのが一番重要ですね。」
●以前、イルカとたくさん写真を撮っている方にお話をうかがったことがあって、“イルカは親しくなると、自分たち人間を認識してくれているんじゃないか”って話していたんですが、クジラでもそういったことってありますか?
「それはあると思いますね。僕もバハマで十五年ぐらい、夏の時期にタイセイヨウマダライルカというイルカの撮影をしているんですが、そのイルカは定住性なので、なじみのイルカがいたりするんですけど、僕のことを完全に認識してくれているかどうかは分からないですが、よく一緒に行く人から『あのイルカたちは越智さんのことを分かっているよね』っていうんですよね。
でも、クジラって、毎年同じクジラに会うっていうことがほとんどないんですよ。親子に限ってですが、個体識別をやっていたりするんですけど、同じ母親に会ったのって、これまで二・三回ぐらいしかなく、二年連続で同じ母親に会ったのって、これまで一回しかないんですよね。」
●なんで、同じクジラになかなか会えないんですか?
「ザトウクジラって、南半球でいえば、南極の方からトンガの方まで回遊してきて、子育てや交尾をするんですが、中にはタヒチに行ってしまったりして、毎年同じところに来ているとは限らないですし、あまりにも広大すぎて、必ず同じところに戻ってきているとはいえないんですよね。僕らは学者じゃないので、説を唱えることができないんですが、何度も水中で見て撮影しているし、個体識別もしているので、大体分かるんですが、同じ個体に会うというのは本当少ないんですよね。だから、定住性のイルカと比べると、同じクジラに会うことがほとんどないので、二年連続で同じクジラに会ったら、感動して、手を振りたくなるぐらい、嬉しいですね(笑)」
※写真絵本の舞台となった“トンガ王国”とはどんなところなのでしょうか?
「トンガ王国というのは、フィジーの東で、ニュージーランドの北にある島国で、南半球で唯一の王国なんです。その国の首都があるのがトンガタプという島で、そこから国内線の飛行機で北にいったところにババウ諸島があるんですが、たくさんの島が入り組んでいるので、ヨットで世界中をセーリングしている人たちにとって、有名な寄港地になっているんですよね。そのババウ諸島にネイアフという港があるんですけど、そこにはヨットがいっぱい停まっていて、結構キレイな風景なんですよ。」
●その海で越智さんは、とあるクジラの親子に出会ったんですよね?
「今回の写真絵本のメインとなるクジラなんですけど、人懐っこい子クジラだったんですね。そのクジラが船の人たちと遊んでいたら、遊びに夢中になってしまって、お母さんとはぐれてしまったんですよ。」
●それはたまたまなんですか?
「多分、遊びに夢中になっていたんだと思います。以前にも、同じようなことがあって、生まれたばかりの子クジラが船底に顔をくっつけて、おっぱいを飲むような仕草をしていたんですね。もしかしたら、船をお母さんと間違えてたのかもしれないんですが、そのときもお母さんがいなくなってしまって、『大丈夫かな?』って思っていたら、しばらくしたら戻ってきました。
ただ、今回は、はぐれてしまったので、『これは大変だ!』ということで、キャプテンが他の船に無線で母親の捜索協力を依頼したんですね。ホエールスイミングをしたいお客さんを乗せた船がたくさんあったんですが、その無線を聞いて、泳ぐのを止めて、母親の捜索を始めたんです。みんなの協力があって、無事見つけたんですが、母親とその母親と一緒にいたエスコートというオスのクジラと子クジラが、それぞれいた距離が10マイル(約16キロ)ぐらい離れていたんですね。『これはまずい!』ということで、どうにかして子クジラを母親の元に帰すために、協力してくれた船が動いてくれたんですが、母親たちが反対方向にどんどん動いてしまっていたので、母親たちの前に船が回りこんで、進路を阻んで、戻そうとしたりして、必死になって頑張りました。
子クジラの方はというと、一緒に遊んでいた船にずっと付いてくるので、ブリーチングをしながら、10マイルぐらい離れた母親のところまで船と一緒に行ったんですね。最終的には、母親と一緒になることができました。」
●よかったです。もし、そこで完全に離れ離れになってしまったら、子クジラは助からない可能性が高かったんですよね?
「そうですね。子クジラは、母親と離れてしまったら、母乳を飲むことができなくて、体力がつかなくて、死んでしまうんじゃないでしょうか。」
●その子クジラのために、みんなの気持ちが一つになったんですね。
「そうですね。最後には、子クジラと母親たちが一緒になったときは、六隻ぐらいいた船から大歓声が上がりましたね。一日中それをやっていたので、お客さんは水中で見たかったはずなのに、見ることができずに帰らないといけなくなってしまったんですが、水中で見る以上の感動を得られたんじゃないかなと思いますね。」
※そして、トンガ王国の海の素晴らしさを知っている越智さんは、こんな思いも持っています。
「大人になっても、身震いするような感動や涙が出てくる感動を体験してもらいたいですね。ただ、世界遺産に指定されたことで、観光的に人気が出てきて、人がたくさん行ってしまうと、日本の屋久島にある屋久杉が触れなくなってしまったりするので、それはすごくもったいないなって思うんですよね。僕としては、『こんなにも寄れて、こんなにも感動できるんだ!』ということをみんなに体験してもらいたいので、色々と紹介したいんですが、紹介したことによって、人が増えてしまうと、より厳しいルールが課せられてしまうので、その矛盾への葛藤がありますね。それを常に考えながら、撮影しています。」
越智さんも最後におっしゃっていたように、たくさんの方に関心をもってもらうことと、環境保全のバランスは本当に難しい問題だと思いますが、トンガの海がクジラたちにとって、いつまでも安心して暮らせる海でありつづけて欲しいと心から願います。
小学館/定価1,365円
水中写真家・越智隆治さんの新刊となるこの写真絵本には、お母さんクジラの、我が子を慈しむ姿や、子どものクジラが甘える様子など素晴らしい写真が満載!また、水中を飛ぶように泳ぐザトウクジラの姿に魅了されますよ。
越智さんのオフィシャルサイト「INTO THE BLUE」には、フォト・ギャラリーがあって、お魚の写真やお子さんの写真など、素晴らしい写真が満載です。また、越智さんと行くダイビング・ツアーの案内も載っています。