今週のベイエフエム/NEC presents ザ・フリントストーンは、先日、長野県・上水内郡・信濃町にある「アファンの森」で行なわれた馬搬研修イベントの取材リポート第一弾をお送りします“馬搬”とは、文字通り、馬を使って丸太を運び出すこと。アファンの森に隣接する国有林で行なわれたデモンストレーションでは、体重1トン近い大型の馬が、人間と一緒に丸太を運ぶ作業を行なっていました。今回の取材リポートでは、そんな“馬搬”という伝統的な技術と、人と馬との関係にフォーカス。イベントの仕掛人「C.W.ニコル・アファンの森財団」の理事長C.W.ニコルさんや、関係者の方々のインタビューを通して、ご紹介していきます。
※「C.W.ニコル・アファンの森財団」では、今年から隣接する国有林の管理運営を行なっていて、林業と生態系の再生を試みる施策の一環として、「馬搬技術の伝承研修」が行なわれました。午前中は「アファン・センター」でニコルさんの講演。続いて、馬搬の普及・啓蒙活動を行なっている岩手県の「遠野馬搬振興会」の事務局長「岩間敬」さんの講義。そして、同じく岩手県で「八丸牧場」を営む「八丸由起子」さんの講義が行なわれました。午後からは会場を森の中に移し、スギの丸太を運び出す実演や、小型の馬ポニーを使って馬とのコミュニケーションの“ホースマンシップ”を養う体験プログラムが実施されました。まずは、今回のイベントの仕掛人、C.W.ニコルさんに、アファンの森で、馬搬の研修イベントをやろうと思ったキッカケについてうかがいました。
ニコルさん「去年発生した東日本大震災の2ヵ月後に、八丸さんと岩間さんが英国のホースロギング(馬搬)のイベントに参加するということで、僕のところに訪ねてきたんですよ。僕は八歳から馬と触れ合ってきていて、馬が大好きだけれど、そのときまで、馬搬のことを考えてなかったんですね。でも、英国には、馬搬の協会があるそうなんです。『これは面白い!』と思って、ウェールズで別のドキュメンタリーを作っていたので、八丸さんたちの後で、英国の馬搬の協会の会長さんを訪ねていきました。
1980年の英国で馬搬をやっている人は二十名ぐらいでしたが、今では馬搬の会社が七十社ぐらいあります。そこで、調べてみたら、ヨーロッパ中が馬搬を取り入れる方向に行っています。特に、小規模な林道や国立公園などの美しい森があるところでは、ブルドーザーなどの地面にダメージを与える機械は入れたくないですし、馬なら、ものすごく大きな丸太も出すことができます。さらに、英国は、馬だけじゃなく、馬と一緒に仕事をするための道具と機械が数十年の間で進化していきました。日本は、馬搬を止めてからの50年間、ストップしたままです。
また、英国で馬搬をやっている人の四十パーセントは女性なんですよね。どういうことかというと、女性は馬の心をすごく理解するんですよね。だから、女性もできるんですよ。女性がやっていると、すごくカッコいいんですよね! 僕が実際に会ったことある女性は、背中の真ん中まで伸びてる金髪の美人の方で、その人がカッコよくて大きいオス馬と一緒に働いてたんですよ。それを見て、惚れ惚れしました(笑)」
●(笑)。なぜ、英国で馬搬が見直されるようになったんですか?
ニコルさん「馬搬の協会の会長に聞いたら、昔から馬が大好きな人たちがいて、その人たちから受け継がれた馬と一緒に仕事をする歴史があったんですよ。それに、英国には乗馬用じゃない大きな馬がいたので、若い人たちがおじいさんたちがやってきた作業をやり始めたんですね。でも彼らは若いから、色々な方法を考えて、昔と比べて、やり方が合理的になりました。
それと、英国では小さな森と自然がいっぱいあって、その中には人が通る道があるんですが、そこに中が腐って、いつ道に倒れてもおかしくない木があったり、木が混みすぎて、間伐しないといけなくなったとき、今までは機械を使って作業をしていたんですね。でも、それをすると、地元の人がすぐに弁護士を呼んで、裁判になってたんですね。でも、馬でやると、興味を持つようになって、木を切ることの説明がしやすくなりますし、馬は人にとって癒しの存在となって、見ると穏やかな気持ちになるんですよ。そうなると、人々は段々と、森のあり方を考えるようになるんですね。」
●一方、日本では馬搬をやっている人はかなり少なくなっているんですよね?
ニコルさん「そうですね。六人です。だから、馬搬は素晴らしい年配の方がやっていて、若者が見ることが大事だと思います。農家の息子が『炭焼きをやりたいから、山からナラを出したい』と思ったとき、一番出しやすいのは馬なんですよね。それで彼がやり始めたら、若者の中で段々と馬搬に対する熱意が出てくると思います。僕は、馬搬はアファンの森に一番いい技術だと思っていますし、若い人たちへの追い風になりたいですね。このアファンの森と国が手を組んで、国有林をスギだけの暗い森から、色々な木がある明るい森に変えていくときに、馬搬でやればマスコミも興味を持つし、それによって色々な人が興味を持つようになると思ったから、今回のイベントを開催しました。」
(この他のC.W.ニコルさんのインタビューもご覧下さい)
※続いては、岩手県・遠野馬搬振興会の事務局長「岩間敬」さんです。岩間さんは馬搬の技術を継承する若手として期待されています。農業を営んでらっしゃる岩間さんが、なぜ、師匠に付いて馬搬の技術を身につけようと思ったのでしょうか?
岩間さん「キッカケは、炭焼きをやろうとして、自分でナラの木を出す必要が出てきたので、トラクターなどで引っ張ったりしたものの、なかなかうまくいかなかったんですが、歩いていけば、木の傍まで行けるんで、『馬で運べば、木を出せるんじゃないか』と思って、近くで馬搬をやっている方のところへ見習いとして行くようになりました。」
●見習いに行って、すぐできるものなんですか?
岩間さん「最初は何も持たずに、見習いとしてのお金は発生しなかったものの、怪我したときのお金や弁当代は自分持ちで、習うために行きました。最初は道具も何もなかったので、まず、必要な道具をいただいて、そこから少しずつ習っていきました。」
●どんなところが難しかったですか?
岩間さん「馬で丸太を引っ張るイメージはできるんですが、道具の使い方や山の条件、丸太の性質や運び出す手法など、詳しいところが分からなかったんですね。なので、とにかく行って、見学させてもらいました。」
●丸太の性質を知っていることも重要なんですか?
岩間さん「そうですね。どういう斜面のところにあるのかとか、どういう角度で出したらいいのかなど、想像もしなかったことを師匠から教わりました。」
●確かに、馬搬といえば、馬のことが最も大変なんだと思っていましたが、森を知ることも重要なんですね。
岩間さん「そうですね。木がどういう状態なのか、山の斜面、足元の条件など、色々な要因があるので、馬以外のことを知るのも大事ですね。馬だけじゃなく、山の技術も合わせた仕事なので、馬のことは分かったとしても、山のことは分からないから、“実際に見て、その場でやらせてもらうのが一番”だと思って、休みの日や時間があるときは、自主的に習いにいってました。
馬力をこの時代に山で活かすことができれば、山の状態を維持することができるので、『馬搬ってすごくいいものだな』と、初めて見たときに思いましたね。それが少しずつ現実になってきて、今回、岩手から長野のこのアファンの森に来て、たくさんの人に見てもらえたことは大きな進歩だなと思いますね。」
●手ごたえを感じてますか?
岩間さん「そうですね。たくさんの人に馬が山で丸太を引っ張る技術を知って、見てもらうだけでも、馬搬振興会としては、非常に大きなことなんですよね。30~40年前は、全国どこでも行なわれてたことなので、六十歳以上の方なら誰でも知ってることなんですよ。それが二十代はもちろんのこと、もしかしたら五十代の人で知らない方がいるかもしれないですけど、昔では当たり前のことだったんですよね。」
※岩間さんは、実は馬搬(英語ではホースロギング)の本場、英国に行って勉強されています。そのときのことを話していただきました。
岩間さん「去年の5月に、英国の馬搬の協会の会長から機会をいただいて、イギリスではどういう風にやっているのかを勉強したくて行きました。」
●どうでしたか? やはり日本とは全然違いましたか?
岩間さん「そうですね。一番驚いたのは、チャールズ皇太子が協会の総裁をやっていることですね。あと“モーガン”というクラシックスポーツカーの会社がスポンサーなんですよ。そういった感じで、社会的に力のある人たちがサポートをしているというのは、驚きました。」
●日本だと、まだ難しいですよね。
岩間さん「日本では、林業で馬が働くということを知っている人が少ないので、難しいですね。僕でもチャールズ皇太子ぐらいは知ってますから、そういう人が応援しているのはすごいと思いましたね。」
●そのイギリスで開催された大会に出場して、優勝したんですよね!?
岩間さん「そうですね。去年イギリスで開催された馬搬の大会で優勝することができました。」
●皇太子が応援している英国、かたや、認知度が低い日本。そういった状態で優勝するってすごいことですよね!
岩間さん「優勝なんて、全然考えてなかったんですけど、競技をやっている中で一番よかったのは、普段ならいくら『これはすごいことができたぞ!』と思っても誰も見ていないのが、大会ではイギリスの人たちが静かに見ていて、競技中にポイント毎にクリアしていくと、拍手してくれるんですよね。それが嬉しくて、段々と調子に乗っていきましたね(笑)」
●(笑)。大会では、どのようにして競うんですか?
岩間さん「六メートルの丸太を引っ張っていくんですけど、引っ張るだけじゃなくて、引っ張りながらバックさせて、丸太の先でアーチの下を通したり、丸太を跨いで、ちょうどいいところで止まると、木がシーソーみたいにバランスを取ったり、丸太と丸太の上に丸太を重ねて置いたりといった感じで、細かいことをやっていく競技なんですよね。」
●審査員がそれを見て、ポイントを付けていくという感じなんですね。それって、馬搬の現場で実際に使われる技術なんですか?
岩間さん「そうですね。基本的には現場で使う技術を競っているんですよね。」
●普段からやっていることを発揮したんですね。
岩間さん「そうですね。向こうの方が環境は整っているし、たくさんの人がサポートしているというのは、日本では考えられないことなので、非常にいい経験ができたなと思います。ヨーロッパであれだけ働く馬がいるので、日本でもたくさんの森があるだけに、馬を生かしていけたら、可能性はあるなと、向こうに行って感じましたね。」
※岩間敬さんは、愛馬“サムライキング”と、スギの丸太を運ぶデモンストレーションを研修に集まった四十名ほどの参加者の前で見せてくれました。そのとき、サムライキングは岩間さんの指示通りに動いていました。どんな風にコミュニケーションを取っているのでしょうか?
岩間さん「基本的に、馬は賢いんですよ。賢いから、仕事も分かってるんですよ。だから、僕がしてほしいことを馬に伝えれば、馬は応えてくれるんですよ。だから、コミュニケーションが取れているというよりかは、馬が賢いんですよね(笑)。なので、『こんな重いのを引っ張ってくれてありがとう』っていうリスペクトの気持ちは持ってますし、向こうもそれに応えようとしてくれてますね。」
●指示するときは、どういった言葉を使っているんですか?
岩間さん「一応イギリスに行っていたので、前に行ってほしいときは“Walk On”で、左に行ってほしいときは“Come Here”といった感じで、日本語と英語を織り交ぜながら指示しています。でも、少しだけ移動してほしいときは“ちょいちょい”とか、バックしてほしいときは“バックバック”という感じで、すぐ伝わるような言葉で言ってますね。意外と少しの移動とかが大事なので、“ちょいちょい”は結構使いますね。」
●馬はその二ヶ国語を理解しているんですよね?
岩間さん「そうですね。あと、手綱を持っているので、手綱を使ったりしますけど、基本は言葉です。」
●馬と仕事しているときは、岩間さんがリーダーになるんですか?
岩間さん「そうですね。やっぱり僕の言うことを聞いていないと、すぐ傍には危険があるので、『僕がリーダーだ。僕の言うことは絶対だ!』という意識を持って、仕事してますね。そうじゃないと、丸太がゴロゴロしているところとか、危険がたくさんあるので、仕事中は僕がリーダーです。でも、働いていないときは、僕が馬にエサをやったり、掃除していたりするので、まさに“しもべ”ですよね(笑)」
●(笑)。リーダーとして指示を出すときって、威圧的じゃないですよね?
岩間さん「そうですね。馬も喜怒哀楽があるので、怒った感じで指示を出すと、マンネリ化すると指示を聞かなくなるので、一緒に仕事をするパートナーの中でのリーダーということですよね。」
※また、今回の研修イベントで興味深い体験プログラムがありました。それは小型の馬ポニーを使って「ホースマンシップ」を養うプログラム。その中にキーワードとして“パートナーシップ”と“リーダーシップ”という言葉が出てきました。馬との関係性をよりいいものにするためには重要なファクターなのでしょうか。そこで、今回のイベントに講師役で参加された、岩手県「八丸牧場」で馬の育成や生産を行なってらっしゃる八丸由起子さんにお聞きしました。
八丸さん「そうですね。肝ですね。馬たちは、自分の心を預けられる有能なボスをいつも求めているんですね。馬と人が出会ったら、『この人は僕の命を預けるのにふさわしいボスなのだろうか?』ということをいつも推し量ってるんですね。
そこで、馬に“信用に値するボスだ”ということを理解させるためには、分かりやすくて明確なリーダーシップを彼らに伝える必要があるんですね。でも、リーダーシップといっても、無理矢理何かをさせるような、引っ張り上げるリーダーシップではないんです。彼らに許可や合意を取って、『分かった? よしやろう!』っていうような、柔らかい提案型のリーダーシップですね。
でも、その前に、馬がまず私たちに対して、親近感を持ってくれないといけないんですね。そうなったときには、“心をオープンにできる友達”といった感じのパートナーシップが必要になってきます。その両方を共存させて、馬との関係を構築していきます。なので、場面毎にリーダーシップを発揮したり、パートナーシップを発揮したりするという使い分けが変わってきますよね。」
※最後に、岩間さんに、馬や馬搬に対する思いを語っていただきました。
岩間さん「『どうやって馬で遊ぶか』とか『どうやって馬を活かす』ということを考えてますね。だいたい、山にある丸太って出せないじゃないですか。でも、馬がいたら出せるんで、『この丸太はどうやって出すかな?』とか『ここはいい条件だな』ということを、山ではいつも考えてます。畑もそうなんですよね。でも、僕は、基本的に農業がそれほど好きじゃないんですよね(笑)。でも、馬で働くのならやってもいいかなって思いますね。トラクターに乗ってると飽きるんですよね(笑)。そこで、『馬で働くのならやろうかな』っていう感じになるんですよね。馬糞で米を作るならやろうって感じですね。
実は今、馬糞で米を作った“馬米(うまい)”というブランド米とか、馬糞を使って育てたホウレンソウの“ホースレンソウ”とか、“ピーウマン”というピーマン、“ウマッシュルーム”というマッシュルームといった感じで、『農業にも意味のあるお笑いがあってもいいんじゃないか』と思ってるんですよね。あと、木材も“ホースロギングウッド”というブランド名を付けて、馬のヒズメの焼印を入れた木を出して、それで作った家具ができたら、面白くなるなっていうことを考えてるんで、やるだけでも楽しくなるんですよね。
馬力って、活かし方なので、馬を活かす・力を活かす・山を活かす・畑を活かすのって、すごく可能性があるし、馬と一緒に仕事をしていると、人が寄ってきて、見てくれて、関心を持ってくれるんですよね。たとえ、僕が機械でやってても誰も見にきてくれないので、それは馬の力だと思います。」
今回の研修前半の講演では、岩間さんが英国に行かれた時の映像なども紹介されたんですが、チャールズ皇太子の農場で馬が道具をつけて畑を耕す様子や、林業のイベントでデモンストレーションを行なっているところを観ると、イギリスやヨーロッパでは馬を使う可能性が確実に広がっているんだなと感じました。日本でも、岩間さんのような馬搬技術を身につけた若い方がもっと増えていくといいですね。
C.W.ニコルさんが理事長を務める「C.W.ニコル・アファンの森財団」と、「遠野馬搬振興会」、そして「八丸牧場」の詳しい活動内容や近況などは、それぞれの公式サイトをご覧ください。