今週のベイエフエム/NEC presents ザ・フリントストーンのゲストは、角幡唯介さんです。
今回で三回目のご出演となるノンフィクションライターの角幡唯介さんには、チベットにある未知の大峡谷についてのことや、ヒマラヤの雪男の捜索についてのことなどをうかがってきましたが、今回のテーマは“北極探検”です。角幡さんの新刊「アグルーカの行方~129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極」は、19世紀に北極を探検し、全員が戻らぬ人となった、ジョン・フランクリン率いる英国探検隊の足跡を追体験したノンフィクションです。今回はそんな角幡さんにフランクリン隊の痕跡を探しながら、極寒の北極1,600キロを歩いて旅をしたときのお話をうかがいます。
●今週のゲストは、ノンフィクションライターの角幡唯介さんです。よろしくお願いします。
「いつもありがとうございます(笑)」
●こちらこそありがとうございます(笑)。角幡さんは先日「アグルーカの行方‐129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極‐」という本を出版されました。早速ですが、なぜ今回、北極に行こうと思ったんですか?
「以前、チベットの探検に行ったとき、自分の中では“死”をかなり意識した旅になったんですね。元々は、その旅が終わったらニューギニアに行こうと思ってたんですね。大学を卒業してからすぐに半年ぐらい行っていたことがあって、すごく面白かったんですけど、まだ人があまり入ったことがないところが多いので、もう一度行って、単純に“分かりやすい探検”をやりたいなと思っていたんですが、チベットでの“死”を意識した旅の影響で『ニューギニアじゃなくて、“生と死を感じる場所”がないか?』と思って、“極地”が思いついたことがキッカケですね。」
●当初の予定とは随分変わりましたね。
「ニューギニアも行ったら辛いんだと思いますけど、学生のときに読んだ文献で、19世紀ごろに探検家が行っては感染病にかかったり凍傷になったりして、たくさんの人が死んでいるという歴史がたくさんあったので、“生と死を感じられる場所”というイメージがあったので、『極地がいいかな?』って思ったんですね。いいかなって言うのも変ですけど(笑)」
●次の冒険の地にしようと思ったということですね(笑)。前々回お話をうかがったとき、“北極点に行きたい”と話していましたが、今回の本を読ませていただいたら、ただ北極点に行くだけでなく、1800年代半ばに北極探検に行ったものの、全員が死んでしまったイギリスの探検隊の探検ルートを辿った旅だったんですよね。これをやろうと思ったキッカケは何だったんですか?
「“極地”という舞台が思いついたときに、南極は色々と難しいところがあるので、北極がすぐ思いついたんで、色々な資料で調べたんですよ。すると、フランクリン隊という部隊の話があったので、129人全員が行方を絶ってしまったなんて、すごい話だなと思って興味が出てきて、調べてみたんですよ。」
●確かにすごいですよね! 129人全員行方不明なんですからね。
「今は機器がかなり発達したり、村が所々にできて、そういうことは起きないですけど、元々はそれだけ大規模な探検隊が全滅するような場所なんだと思うんですね。彼らが見た風景こそ、本来あった北極なんじゃないかと思って、それを僕も見てみたいと思ったのがキッカケですね。」
●なぜ、フランクリン隊は北極に行こうとしたんですか?
「大航海時代以降、スペインやポルトガルが強くて、主な航路を抑えていたので、イギリスやオランダなどのヨーロッパの中の後発国は、アジアに行くためのルートを持っていなかったんですね。でも、アジアに行って貿易がしたいから、『北から行けばいいんじゃないか?』ということで、北極から行ける航路を探しにいったんです。フランクリン隊が探したのは“北西航路”という、ヨーロッパから北米大陸を抜けて、北極を通ってアジアに行くというルートがあるかどうかを探しにいったんですが、その途中で遭難したんですね。」
●ということは、国家戦略として行ったんですね?
「そうですね。今でいえば宇宙開発計画みたいなもので、海軍がやっていた事業だったので、もちろん新聞でも大きく取り上げられますし、『そんなことしても意味ないんじゃないか』っていう意見も出てくるほどの国の事業だったんです。」
※角幡さんは去年の3月から6月にかけて、北極冒険家の「荻田泰永」さんと二人でカナダ北極圏の集落レゾリュート湾からベイカー湖まで、約1,600キロを歩いて旅されています。それも、食料とテントなど野営の道具を積んだ、重さ百キロのソリを引きながらの過酷な旅。気温はマイナス四十度にもなる極寒の北極で乱氷帯に悪戦苦闘しながらの旅は危険と隣り合わせ。当然、野生動物もいて、ホッキョクグマとは何度も遭遇したそうです。角幡さんはホッキョクグマに危険を感じなかったのでしょうか?
「襲われたことはありませんが、僕らが寝てる間にテントに来たのは二回ありましたね。東急ハンズで一個千円ぐらいで買える防犯センサーみたいなものを持っていったので、それをスキーのストックに付けてセットしておいたら、それが鳴って起きたら、クマがテントを揺らしていたので、僕らは大騒ぎしたんですけど、クマもテントの中が大騒ぎしているとビックリして、警戒のために少し離れるんですね。そこで、こっちが鉄砲を使って追っ払いました。」
●そんな間近に野生動物が近づいてくるんですね!
「そうですね。日本で山を歩いてても、森があるから、野生動物はほとんど見ないんですが、北極は周りに何もないんで、ホッキョクグマは五回ぐらい見て、そのうち三回ぐらいは向こうから近寄ってきましたね。多分、もっと遭遇してるはずなんですけど、こっちが気づいてないだけで、向こうは気づいているものの、近づいてこないんだと思います。。」
●ということは、動物との距離って適度な距離で保たれているんですね。
「そこはホッキョクグマに聞いてみないと分かりませんが(笑)、野生動物ってそれほど不用意に近づいてこないので、『変なのがいるな』と思ったら、逃げていくんですね。でも、ホッキョクグマは肉食なので、たまに『エサかな?』と思って、近づいてきたりするんですよね。それらがテントに近づいてきたりするんですよね。」
●今回の本の中には“オオカミに遭遇した”と書かれていましたが、オオカミはどうだったんですか?
「オオカミも五・六回は遭遇しましたね。」
●オオカミって、日本では見られないので、実際見たとき、どう思いましたか?
「最初にオオカミと遭遇したのは、テントで飯を食べようとしたときだったんですね。外で物音がするから、クマかと思って用心して見てみたらオオカミで、『オオカミだ! すげぇ!!』っていう珍しさに興奮してましたし、クマも何度も遭遇してたせいで結構慣れちゃってて、クマ除けスプレーを持っていたので、オオカミが来てもそれをかければいいって思ってたから、怖さはあまりなかったですね。むしろ、カワイイって感じでしたね(笑)」
●(笑)。逆に“死の恐怖を感じる瞬間”って、どんなときだったんですか?
「今回は空腹感がすごかったですね。生きていくために食べないといけないっていうことを実感しましたね。」
●旅での食事はどのようにしてたんですか?
「食べるものを自分たちで持っていって、一日五千キロカロリーぐらい取るように計算して、朝はラーメン、昼はナッツやドライフルーツで、夜はペミカンという脂分の多い肉を炒めたものを入れたカレーなどを食べたりしてました。」
●それが徐々に底をつき始めたときに、空腹感を感じるんですね。
「いや、足りないんですよ。」
●五千キロカロリーでもですか!?
「はい。マイナス三十~四十度の世界だから、あらかじめ体を太らせてから行ったんで、最初の一週間ぐらいはその脂肪分のおかげで、行動をしていても空腹感はなかったんですけど、その脂肪分もじきに尽きてくるじゃないですか。多分いるだけで、かなりのカロリーを消費していると思うので、寒さがこんなにもカロリーを消費するということにすごく驚きました。そんな中で、百キロ近いソリを一日20~30キロメートルぐらい引いていくので、一日大体七千~八千キロカロリーぐらい消費してるんじゃないでしょうか。だから、全然足りないんですよね。なので、腹がへって仕方なかったです。」
●そういう状態になると、食べることで頭がいっぱいになるんですね。
「そうですね。食べることしか考えてないですね。ホッキョクグマが来たときも、『美味しそうだな』って思うんですよね。テントに一度、親から離れたばかりぐらいのコグマが来て、『もう一回来たら食べようかな』って思いましたね(笑)。でも、今はホッキョクグマを殺すと逮捕されてしまうので、ダメなんですよね。」
●でも、それぐらい追い詰められてたんですね。
「そうですね。とにかく腹がへってるんで、文明社会のモラルとかが薄れてくるんで、そういうことはどうでもよくなって、『食べたい』としか思わなくなりますね。」
※今ではとても考えられないことですが、フランクリン隊が探検した当時は北極の地図さえもなかったそうです。
「部分的にはなかったですね。ちょうど、彼らのころって、彼らが行く前からたくさん人が北極点に行ってたので、地図がじわじわとできあがってきていたころなんですね。でも、確信的な部分は地図になっていなかったですね。今、僕らも冒険をやっていますけど、さすがに地図が無かったころの冒険は再現できないので、彼らがどういった気持ちで行ったのかっていうのは完全には理解できないですよね。」
●それでも、なるべく近い状態で旅をしているんですよね。でも、今回はGPSを持っていったんですよね?
「そうですね。GPSや衛星電話って、僕はあまり好きじゃないんですね。特にGPSって、昔は六分儀を使って位置を測定していたので、GPSは便利になっただけで、大して変わらないと北極に行く前までは思っていたんですけど、実際に使ってみると、全然違いましたね。一言で言えば“便利すぎ”ました。だから、GPSを使うと“北極を旅することの意味”を削いでしまう気がしましたね。」
●それはGPSによって、自分の位置や歩いた距離が分かってしまうからということですか?
「登山とは違って、北極って平らなので、テクニカルな部分でいうと、自分の方向を決めて、自分が今どこにいるのかを確かめる作業がかなり重要になってくるんですけど、昔の探検家たちは天体観測をしてその作業をやってたんですね。でも、天気が悪くて星が見えなかったり、風が強くて外で観測をするのが厳しかったりすると、できないんですよ。でも、GPSだといつでも分かってしまうから、極地を旅するときの重要なプロセスがなくなってしまうので、その面白さが薄れてしまうんですよね。」
●今回、色々と大変な思いをして北極を旅したかと思いますが、フランクリン隊を追体験することで、一番強く感じたことは何ですか?
「彼らと同じところを歩いたことによって、“北極独特の隔絶感”を感じましたね。今は村などがありますけど、村から100~150キロメートルぐらい離れると、そこには誰もいないし、人間と出会うことがない空間が広がっているんですね。僕らは途中から衛星電話を置いていったんですけど、そうすることによって、僕らがそこにいることを誰も知らないわけですよね。彼らがどこまで行ったのかは、はっきりとは分からないですけど、そういう環境の中で旅していたのかなというのは、肌でなんとなく分かった気がしました。完全に人間社会から隔絶された世界を長期間旅することによって、周りの風景と自分が調和していく感じがしましたね。」
●最後に、この本の見どころを教えてください。
「僕らが北極を旅したことで得た身体的な体験と、フランクリン隊の文献や資料を基にした行動の軌跡をシンクロさせた形で書いたので、僕らの旅を通じて、彼らの姿が少しでも見えるんじゃないかと思いますので、そこを楽しんでいただけたらと思います。」
(この他の角幡唯介さんのインタビューもご覧下さい)
“人間社会から隔絶されることで、周りの風景に調和していく”というお話が、私はとても印象的でした。実際にそういった体験をしたことがない私にとっては、どういった感覚なのか想像することしかできませんが、自然の一部になったような感じが強くするのでしょうか? 今後も角幡さんにはぜひ様々な冒険を通してどんなことを感じたのか、この番組でも聴かせていただきたいと思います。
集英社/定価1,890円
角幡さんの新刊となるこの本は、フランクリン率いる英国探検隊の足跡を追体験した旅の記録と、謎に包まれているフランクリン隊の痕跡や史実が入念に書き込まれた渾身のノンフィクションです。なぜ彼らは全滅してしまったのか、その謎についてはぜひ本を読んでください。
角幡さんの近況などは『ホトケの顔も三度まで』というブログを見てください。