今週のベイエフエム/NEC presents ザ・フリントストーンのゲストは、佐藤孝子さんです。
「海洋研究開発機構(JAMSTEC)」は、海を中心に地球をまるごと研究する機関で、大型の調査船“ちきゅう”や有人潜水調査船“しんかい6500”などの船舶を保有しています。そんなJAMSTECで研究者をされている佐藤さんは、“しんかい6500”に乗って、深海の調査・研究をされた経験をお持ちです。そんな佐藤さんに、深海の不思議な生物のことや、“しんかい6500”の搭乗体験のお話などうかがいます。
※まずは、どんな研究をしていたのか、お聞きしました。
「深海には色々な小さい生物がいるんですが、細菌と呼ばれる種類のうちのいくつかは、深くて寒い海が好きで、そういう環境じゃないと生きていけないたちがいるんですね。そういう生物を研究していました。じゃあ、どういうメカニズムでそういうところが好きになるのか?
地球上で一番深いところは、マリアナ海溝のチャレンジャー海淵というところなんですが、深さは一万千メートルぐらいあるんですね。そこの気圧は、ざっくり言えば、千百気圧かかるんですね。そういった高い圧力のところが好きという変わりものの微生物がいるんですよ(笑)。そういう生物をいくつかピックアップして、それらの性格を見てみると、水深八千メートルが過ごしやすかったり、七千メートルがよかったりするものがいたんですね。そういう変わりものが深い海にたくさんいることが分かったことが、私の成果の半分を占めますね。
ただ、生物がどこで生まれたのかは、まだ分からないんですけど、多くの人が言っているのは、“熱水鉱床”という、マグマによって海水が熱せられて、噴き出すような場所ですね。その極限的な環境の中で生まれたんじゃないかと考えられていたりするんですよね。地球上には色々な深さがあるので、ひょっとしたら、高い圧力なところで生まれたのが、原始の生命で、そこから陸上のような低い圧力に適応した種の方が進化の成れの果てじゃないかと思うんですね。だから、今陸上にいる生物と深海にいる生物をより調べていくと、面白いなと思っています。」
●すごく興味深い話ですね! そういった深海の生物の研究って、いつごろからスタートされたんですか?
「深海に生息している生物を大きく分けると、二種類になります。まずは、“光合成生態系”といいまして、陸上の生物や植物と一緒のように、太陽の光のエネルギーを植物が吸収して、有機物を作っているんですね。私たちも、その恵を受けたお米を食べたりして、間接的ですが、すごくお世話になってますよね。深海では、光が届かないので、植物は育たないものの、生物の死骸などがボールみたいに固まって、雪のように降ってくる“マリンスノウ”と呼ばれるものが上から降ってくるので、それらを食べる生物がいます。
もう一つは、海底火山みたいなところから水素とかメタン、硫化水素などの“還元物質”が噴き出してくるんですが、それらは酸素と結びつく能力があるので燃やすことができるんですけど、燃やすことで出てくるエネルギーを使って、有機物を作ってくれる微生物がいるんです。それを“化学光合成生態系”といいまして、その生態系が大きい動物を助けるんですよね。大きく分けて、その二つになるんですが、“化学光合成生態系”は、深海特有の生態系なんですね。
その生態系があるということが初めて分かったのは、1977年にガラパゴス沖でアメリカの潜水船“アルビン号”が潜ったときなんですね。なので、深海の世界って、まだまだ若い世界なんですよね。存在が発見されてから七年後の1984年に、化学光合成生態系であるシュウリ貝が相模湾で発見されたんですが、その貝が、ガラパゴス沖で発見された貝に非常に似ているということで、研究が始まったのが、日本で深海の研究のスタートですね。」
※続いて、潜水調査船を使う意味についてうかがいました。
「例えば、陸上の調査って、昼間だと広いところまで見渡せますよね。飛行機みたいなものを使えば、さらに色々なものが広範囲に俯瞰で見ることができるし、陸上は調査の範囲が広いですよね。ところが、深海の場合、真っ暗なので、ライトを点けて調査をするんですが、その調査船が有人船なら、窓から三~五メートルぐらいの視界しかないんですよ。しかも、船の前面しか見られないんですよね。」
●そうすると、一回に調査できる量って、非常に少ないですね。
「そうなんですよ。それに、一回に潜っていく時間って、片道大体2時間半なんですよね。そうすると、作業時間がトータルで8時間といった感じで決められているので、8時間の場合、調査に使える時間は3時間ぐらいしかないんですよね。なので、深く潜れば、その分時間がかかるので、潜れば潜るほど、調査の時間が短くなるんですよね。しかも、見られる範囲が非常に狭いとなると、“しんかい6500”は、百回とまではいかないまでも、頻繁に潜ってはいるものの、一年間に見られる量というのは、非常に限られてるんですよね。」
●今、“しんかい6500”の話をされましたけど、佐藤さんも“しんかい6500”に乗ってるんですよね?
「そうですね。“しんかい6500”の前身で“しんかい2000”という、深海二千メートルまで潜ることができる船があったんですけど、その“しんかい2000”時代に一度乗って、“しんかい6500”のときは三回乗っています。」
●乗ってみてどうでしたか?
「私はのんきな性格なので、全然気にしなかったんですが、心配性の方や閉所恐怖症の方は辛かったと思います。」
●かなり狭い空間なんですね。
「そうですね。深海で、陸上の一気圧の環境を再現しないといけないので、そのために、非常に硬い金属で作られた、直系二メートル程度の、圧力に強い球体の中に入らないといけないんですよ。そこに、パイロットと副パイロット、観察者の三人が乗るんですが、これがかなり窮屈なんですよ。もし、パイロットがガタイのいい人だったら、肩を寄せ合う感じになってしまいますね(笑)」
※佐藤さんは、これまでに有人潜水調査船“しんかい6500”に何度か乗って調査されていますが、そのときの体験談をお話いただきました
「私が初めて潜ったのは小笠原の海だったので、比較的マリンスノウが少なくて、キレイな海だったんですけど、大体二百メートルぐらいまでは、なんとなく窓の外が見えてるんですが、五百メートルぐらいまで潜ると、植物が光合成をすることができないぐらいの暗さなんですね。二百メートルぐらいまでの海の中を表現すると“黄昏”ですね。それが、五百メートルぐらいまで潜ると、かなり夜が暮れた感じですね。」
●そこより下は真っ暗な世界なんですね。
「でも、真っ暗になればなるほど、素晴らしい世界が広がるんですよね。」
●それはどんな世界なんですか?
「色々な生物が光を放っているんですね。まるでそこが、“蛍の海”のような感じなんですよ。そこの海には微生物も住んでいるんですが、それも光ってみえるんですよね。」
●私、ただ真っ暗なのかと思ってました。
「深海の生物の八~九割は光っているんじゃないかと言われているぐらい、上手に暗黒を利用しているんですね。例えば、チョウチンアンコウのように、“疑似餌”と呼ばれる発光機に発光細菌を取り入れて、光を生んでるんですね。それをエサを呼び寄せるために使ったり、メスがオスを呼ぶのに使ったりしてするんですね。」
●そういった生き物が見えてくるんですね。
「イカかタコの形をした光の粒のようなものを見たことがあります。なので、真っ暗になればなるほど、“光のオーケストラ”みたいな感じの世界が見られるんですよね。」
●今、世間はクリスマスの時期でイルミネーションがキレイですけど、それに勝るとも劣らない感じなんですね。
「しかも、動きますからね。マリンスノウって、すごくゆっくり降るので、私たちが潜ると、下から上に降っている感じになるんですね。逆に浮かぶときは上から下に降っているような感じになります。しかも、イカの形をしているようなものだったら、彼らも動くので、まさに、“アクティブな光の競演” なんですよね。」
●イメージと全然違いました。もっと静かで暗いところなのかと思っていました。音は聞こえるんですか?
「実は、潜水船を動かすとき、“スラスター”というプロペラのようなものが動いている音が聞こえてきますし、潜水船を運ぶ母船としんかい6500との通信は音波なので、直接聞こえてくるわけではありませんが、船の上にいても、しんかい6500からの音がなんとなく聞こえるんですね。なので、船の上にいても、どんな調査をしているのかが分かるんですよね。
しんかい6500の中で聞こえる音というと、クジラの音が聞こえれば素敵だなと思うんですが、そういう経験は一度もなく、ほとんどはプロペラが回っているような音が聞こえるんですね。ただ、目の前の景色がすごくダイナミックで、マリンスノウの光の競演もすごいんですが、海底に到着したときに見る色々な生き物が、ダイレクトに視界に入ってくるので、感動しますね。」
*放送では、ここで、しんかい6500のスラスター音を聴いていただきました。
※最後に、深海の魅力について語っていただきました。
「陸上に住んでいると、深海の環境が厳しくて、過酷だと思ってしまうんですが、深海生物にとっては、私たちがいる環境の方が、暑くて低気圧だから過酷なんだということに気づかされましたね。その点は研究を進めていかないと気づけないところなので、そこは面白かったところですね。『地球って広いんだな』っていうことを、色々なところに行けば、それなりに感じることなんですが、それを生物を通して、より実感しましたね。」
●きっと、深海には私たちが知らない生き物がまだまだたくさんいるんですよね?
「潜水船はゆっくりとしか動かないので、潜っている間に見た面積って、すごく小さいんですよね。海の九十パーセントは深海なので、全体から見ると、私たちが見た部分って、ほんのわずかなんですよね。」
●佐藤さんは、絵本を通して、深海の生き物を子どもたちに教える“出張授業”をされているんですよね?
「そうですね。全国の小学生はもちろん、最近では、幼稚園や保育園の子どもたちにも、積極的に絵本の読み聞かせをしています。」
●子どもたちの反応はどうですか?
「みんな海水浴に行ったりしているので、海を知らないという子どもはいませんが、海に潜ったら、どういう生き物がいるのかを知らない子どもたちがほとんどなんですね。そこで、深海の生物の不思議を絵本で見てもらいつつ、その生物の機能だったり、エサをおびき寄せる方法などを話すと、子どもだけではなく、後ろで聞いている保護者も楽しんでいただいてたりするんですよね。
今まで関心のなかった方たちにも読み聞かせをさせていただいてますし、共同研究者のお子さんが小学二年生ということもあって、中国の上海の小学校で英語を使って読み聞かせをしたり、スペインで共同研究者のお子さんが通っている小学校でもやったりしています。特に、スペインでは、低学年の子は英語だと理解できないということもあって、ところどころにスペイン語の訳が入れてもらう状態でやってました。そんな感じで、国際的に読み聞かせをするようになっています。」
今回、私が一番驚いたのは、深い海の中で美しい光の競演が見られるということです。まさに“竜宮城”のように、絵にも描けない美しさなんでしょうか。ぜひ一度見てみたいですね。それにしても、深海の世界はまだまだ知らないことばかり。どんな生き物がいて、その生き物たちはどんな風に生きているのか、これからも佐藤さんをはじめジャムステックの方に、不思議な海の世界のお話を色々とうかがっていければと思います。
今回のお話にも出てきた有人潜水調査船「しんかい6500」は、2013年1月から一年をかけて、インド洋や大西洋など、まだ誰も潜水調査をしていない海域を潜るそうです。どのような生物が発見されるのか、その最新ニュースをチェックしたい方は、JAMSTECのオフィシャルサイトをご覧ください。
現在、佐藤さんが手掛けている「深海映像・画像アーカイブス」をぜひ見てください。このページでは、アイコンや地図などで、深海の映像や画像を検索することができます。
今回のお話にも出てきた、佐藤さんが個人的に行なっている「出張授業」。全国の幼稚園や小学校などで、絵本の読み聴かせを行なっています。今回のお話で、佐藤さんにうちの幼稚園や小学校に“出張授業でぜひ来てほしい”と思われた方は、番組宛にメールをください。佐藤さんに取り次ぎます。
尚、このとき使う絵本「くじら号のちきゅう大ぼうけん」はJAMSTEC BOOKから定価1,300円で発売されています。