今週のベイエフエム/NEC presents ザ・フリントストーンのゲストは、杉山修さんです。
光と風の山岳風景を木版画で表現されている山の版画家・杉山修さんは、これまでに東京を中心に各地で個展を開催、また数々の賞も受賞されています。そんな杉山さんを都内の工房に訪ねて、版画や山のお話をいろいろうかがってきました。今回はその時の模様をお届けします。
※杉山さんは、版画のモチーフを探しに山に行くのでしょうか?
「いえ、違います。僕は山に行くときは、純粋に“山に登りたい”から山に登るんです。この前も山に登りましたけど、カメラは持っていきましたが、スケッチブックは持っていきませんでした。なので、版画の絵を決めるために登るということはしていません。」
●ということは、杉山さんが版画を始めたのも、“山が好き”が前提にあったんですね?
「そうです。20~30代の頃はカメラやスケッチブックを持たずに、ただひたすら山に登っていました。」
●いつごろから版画をやろうと思い始めたんですか?
「版画をやろうと思ったキッカケは、小学校の図工の時間に版画をやらされると思いますが、あのときに版画を彫ったときに“木を触っている”ことが、すごく嬉しかったんですよ。高校生のときに、当時の僕にとっては大金だった2,000円を払って、彫刻刀を一本買ったんですね。その彫刻刀で彫ってみたんですけど、その“彫る”という行為がすごく嬉しくて、そこから版画にハマっていきました。」
●確かに、版画って木に触るから、木のぬくもりを感じますよね。
「やっぱり、木が好きなので、木を触っていると嬉しいんですよ。“サクッ サクッ”という音もまた嬉しいですし、出来上がった作品のエッジって、油性絵の具や金属の版で刷ったものとは違う柔らかさがありますし、刷り上げるのが洋紙じゃなくて和紙にすることで、より一層エッジが柔らかくなるんですよ。それがたまらないぐらいの魅力だったので、僕にとっての版画というのは、“木版画”なんです。」
●写真や絵にはないぬくもりがある版画ですが、杉山さんは版画でどういったことを表現したいと思っていますか?
「山や自然って、春夏秋冬、朝・昼・夜、晴れ・雨、それぞれで表情が違うんですよね。『その表情をどういう形で留めておきたいか』と考えたときに、その方法の一つとして絵や写真があったんですが、僕はその表情を前から続けてきた木版画で表現したいと思ったんです。なので、僕の木版画のモチーフは“山”なんですよね。」
●変化する山を一瞬だけとらえて版画にするのって難しいんじゃないですか?
「絵って動かないですけど、その中に“動き”を表現するかが大事なんですね。風が表現できればいいし、音が表現できればいいと思って、一生懸命構図を考えたり、絵を考えます。だから、そこに人や動物、雲を入れたりして、動かない絵を動かせたいんです!」
※杉山さんの版画制作は、構想から完成まで一作品、1ヶ月ほどの時間がかかるそうです。下絵作りから木版の彫り、そして刷りまで全て一人でやっているので、「私は絵師であり、彫り師であり、摺り師なんです」とおっしゃっていました。版画制作は根気のいる創作活動といえますが、木版にはどんな木を使っているのでしょうか?
「昔はヤマザクラの木が最良だったんですね。でも、ヤマザクラが手に入らなくなってきているので、僕はホオノキを使って、色版は、柔らかくて、大きめのものが作れるシナノキを使っています。そして、線の部分はホオノキを使っています。」
●ホオノキは硬いんですか?
「桜よりは柔らかいすけど、シナノキよりは硬いので、線の部分はホオノキを使っています。」
●それは彫りやすさから選ばれているかと思いますが、版をとったときに、木の材質によって質感も違ってきたりするんですか?
「違いますね! 江戸時代は女性の浮世絵を作る際に、木1ミリに対して3本の髪の毛を彫ったぐらい、桜は硬かったんです。でも、ホオノキはそこまで硬くないので、そういうことはできないですね。」
●色を入れるのは、絵の具ですか?
「そうですね。絵の具は粉の絵の具を使います。それを水で溶いて、刷る直前に“和糊”を入れます。粉の絵の具なので、和紙が乾いたら落ちちゃいます。それを定着させるために糊が必要なんです。そこで、木版画の場合は和糊を使います。水彩絵の具ならアラビア糊が中に含まれているので、紙に定着しますし、油絵の具なら油を使っているので、紙に定着します。そういった感じで、何か定着させるものが必要なので、木版画の場合は和糊になります。これって、江戸時代の道具そのままなんですね。刷ってるときに使うバレンも竹の皮なんですよ。そういった感じで、江戸時代と同じ道具で木版画は仕上がっていきます。」
●それは、当時の道具が今でも一番いいということですか?
「そうです。江戸時代末期に木版画の技法は頂点を極めたんです。でも、明治時代に海外から印刷技術が入ってきたので、木版画の需要がなくなり、職人が消えていったので、木版画が一時的に廃れていったんです。しかし、大正から昭和にかけて、少しずつ木版の技術が復活していって、今の作家さんたちが木版で作品を作るようになっていったんです。」
●そうなると、江戸時代の木版画作家の方たちと同じことをやっていると思うと、すごくロマンがありますね!
「江戸時代の作家さんたちの仕事が僕にできているかというと、当時の絵師は、本当にきめ細かい絵を描いていたので、決してそうは思いませんが、版画の仕事はできていると思いますね。」
●杉山さんは版画を彫っているとき、どんなことを考えているんですか?
「何にも考えてないですね。むしろ、何時間も無心でいられるのはすごく幸せなことなんですよ。昔は、2時間何も考えずに彫り続けてました。ふっと頭を上げると、そこで初めて2時間経ってたことに気づくんですよね。僕としては、精神衛生上、すごくいいことだと思っています。」
※杉山さんはこれまでに国内外の山をたくさん登ってらっしゃいますが、今まで行った山で忘れられない風景について話していただきました
「海外では、20代後半のときにインドのヒマラヤに遠征に行ったんですね。そのときは、山にたどり着くのに色々な人たちに出会って、その人たちの力を借りながら、毎日少しずつ山の麓、そしてベースキャンプまで行って、そこであの山に出会ったんです。あのとき見た景色やあのときの行動は、僕にとっての財産になってますね。日本を出発するときは、貯金を全て使った上に仕事も辞めて行ったので、『かなり色々なものを失った』と思っていたんですが、帰ってきたときには、それを上回るほどの財産を持って帰ってきました。」
●そこで出会った人たちって、どんな人たちだったんですか?
「有名なトレッキングコースじゃなく、トレッカーもいないようなところを歩く機会があったんですけど、そのときに出会ったのは、子供が裸足で歩いて薪を運んでたんですよ。『まだ、この国にはこういう人たちがいたのか』と思いましたね。それに、鍋を直す鋳掛屋さんがいましたし、村々を渡り歩いて、手動のミシンで縫製をする洋服屋さんもいたんですよ。カトマンズのような都会には、文明国の影響が入り込んでいましたが、少しでも離れると、そういう世界がまだあったんですよね。
彼らは僕たちに出会うとニコッと笑って、前に手を合わせて『ナマステ』と挨拶をしてくれるんですよ。それを見ると、『彼らに受け入れられて歩いてるんだな』と思えて、嬉しかったですね。僕たちにとっては山道だけど、彼らにとっては生活道ですからね。」
●そう考えると、お邪魔させていただいている身なのに、歓迎してくれるんですね。
「だから、こっちも喜んで手を合わせて『ナマステ』って言ってから、通らせてもらっています。」
●杉山さんの作品の中に、山の風景だけじゃなくて、人が入っているものがありますが、あれはそういったところで出会った方たちなんですね?
「そうですね。日本の山も外国の山も人物を少し入れることで、動きが出るというのもありますし、ネパールの山のときは、感謝の気持ちで彫りましたね。」
●すごく素敵な笑顔ですよね! 山そのものももちろんですが、その山の麓に暮らす人々もあって、その山の素晴らしさがあるんですね。
「もちろんです。風俗・風物も含めて自然で、モチーフです。」
※杉山さんはスイス・アルプスにも行ったことがあるそうですが、日本の山とどんなところに違いを感じるのでしょうか?
「例えば、スイスの山に行くと、群青色の空で黒い岩峰、白い雪があって、その足元には緑の牧草地があるんですよ。それに、湿度が低いので、風景がクリアなんですよね。風景自体のエッジがすごく強いんですよ! それは日本の山にはない魅力ですね。日本の山って、湿度が高いせいか、柔らかいんですよね。それは日本のいいところなんですけどね。」
●そういうところって、版画で表現したくなりますね!
「そうですね。だから、ヨーロッパの版画はエッジの強い絵になりがちですね。日本の風景だと、遠くの方はサイドをぼかすんですが、ヒマラヤやヨーロッパの山は、稜線のエッジが僕たちの目に非常に強く入ってきますので、どうしてもそういう表現になりますね。」
●スケール感はどうですか?
「ヒマラヤは、とてつもなく大きいですね。日本の山で培われた、目測でどのぐらいで移動できるかが分かるというものが、ヒマラヤでは通用しません。目測で『あそこまで1時間ぐらいかな?』って思って歩いてみたら、実際は1日かかってしまうんですよ。自分のいるところから見えている稜線まで標高差4000メートルぐらいあるんですが、それは日本じゃあり得ないことなんですよ。なので、僕のこれまでの経験値では計り知れない大きい山ですね。」
●そうすると、自分の価値観も変わりそうですね。
「そうですね。だからこそ、行くんだと思います。何回行っても行き足らない感じがするんですよね。」
●杉山さんの山の楽しみ方って、版画のために風景などを見るといったこと以外にありますか?
「以前、冬の八甲田山に行ったことがあるんですが、樹氷が一番育つのが3月上旬なんですが、そのときに食べるものと寝袋を持って、吹雪の中登ったんですね。視界が10~20メートルぐらいのときに磁石と高度計を頼りに登って、避難小屋にたどり着いて、その日はそこで過ごしたんですけど、翌朝、外が静かだったんで、外に出てみると、“モルゲンロート”という現象が起きていて、夜明けによって、樹氷がピンク色に染まるんですよね! その景色を見たときは、言葉を失いましたね。そして、周りには音はしなくて、自分一人しかいない。その世界に対して、震えましたね。
それがあるから、登山は止められないんですよ! 八甲田山に限らず、どの山もそうなんですが、毎回そういう感動があるわけではないけれど、行く度に、感動の大小はあっても、必ず新しいサプライズがあるので、やっぱり止められないですね。」
●ちなみに、その風景は版画にしているんですか?
「感動って大きすぎると、版画にできないかもしれないですね。逆に、それを作ってしまうと、嘘っぽくなってしまうかもしれないですね。」
●でも、いつか、その版画を見たいです!
「いつかチャレンジしてみたいと思います。今、ここでその話をしたので、その機会を作ろうと思います。」
●いつか、その杉山さんが見た美しい風景を版画で見せていただきたいです!
今回、杉山さんの工房で実際にいくつかの作品も見せていただきましたが、スイス・アルプスやヒマラヤ、そして日本の山など、そのモチーフがどんな所であっても共通して、どこか懐かしく心が温かくなるような感じがしました。これは、もちろん杉山さんの人柄が滲み出てくるものもあると思いますが、もしかしたら、版画というアートが江戸時代から日本に続き、昔から日本人に馴染み深いものだからかもしれませんね。是非、一度杉山さんの作品をご覧になってください。
杉山さんの作品を存分に堪能できる「山の版画展」。既に決まっているのは、以下の通りです。
◎7月27日(土)~8月11日(日)まで:モンベル京橋店2階サロン
(開館時間は午前10時から午後8時まで。入場無料。富士山を描いた作品を中心に、日本、ヨーロッパ、ヒマラヤの作品を全部で35点展示する予定。尚、会期中には木版画の彫りと摺りの実演を行なうことになっています)
◎9月28日(土)から10月27日(日)まで:日野春アルプ美術館(山梨県北杜市長坂)
その他の情報など、詳しくは杉山さんのホームページをご覧ください。杉山さんの素晴らしい作品も見ることができます。