今週のベイエフエム/NEC presents ザ・フリントストーンのゲストは、矢後勝也さんです。
チョウやガの研究者で、東京大学総合研究博物館・理学博士の矢後勝也さんは、小型のチョウ「ベニシジミ」の研究で賞を受賞された経歴のある方なんですが、実は、2年前の2011年に幻のチョウ「ブータンシボリアゲハ」、その生態と再発見の瞬間に迫る!の調査チームの副隊長としてブータンに遠征し、そのチョウを捕獲した他、様々な発見をされた方なんです。そんな矢後さんを、東京大学総合研究博物館に訪ね、ブータン国王から日本政府に贈られた超貴重なブータンシボリアゲハや、色とりどりのチョウの標本を前に、色々お話をうかがってきました。今回は、そのときの模様をお送りします。
●今回のゲストは、東京大学総合研究博物館・理学博士の矢後勝也さんです。よろしくお願いします。
「よろしくお願いします。」
●矢後さんは、“幻のチョウ”といわれている“ブータンシボリアゲハ”を78年ぶりに再発見されたんですよね?
「そうですね。このチョウが初めて発見されたのは1933年です。そこから長い間、色々な方がこのチョウの再発見に挑んだんですが、なかなか発見できなかったんですね。そこから“幻のチョウ”といわれていました。このチョウは珍しいだけじゃなく、羽根の模様や形が妖艶な感じがしているんですね。そこから“ヒマラヤの貴婦人”といわれています。私たちは、ブータン政府にこのチョウの調査を申し入れて、2011年にブータン政府との共同調査という形で実現しました。」
●矢後さんにとっても、すごく印象的なことだったんですね。
「ずっと憧れていたチョウだったので、すごく印象的でした。『私には一生縁のないチョウだ』と思っていたぐらいでした。」
●実は、そんな大変貴重なブータンシボリアゲハの標本をご用意していただきました! 入れてある箱が金色で、すごく美しい刺繍がしてあります。
「とりあえず、見てみましょうか。」
●いいですか!?
※ここで、ブータンシボリアゲハの標本を見せてもらいました。
●すごくキレイですねー! 感動しすぎて鳥肌が立ってます! 大きさは私の手のひらより少し小さいぐらいで、体はまさに漆黒で、黄色のラインが入っていて、下の方にアゲハの特徴でもある尾状突起が付いてますね。
「“絞り染め”ってご存知ですか? 実は、ブータンシボリアゲハのシボリって、その絞り染めからきてるんですね。」
●どこかで見たことがあるなと思ったんですよ! ブータンシボリアゲハのシボリってそこからきてたんですね!
「ちなみに、このアゲハは私が採取したものです。」
●実は、私たちの手元には、別のシボリアゲハの標本を置いてくださっています。
「シボリアゲハは世界で4種類います。その4種類の中でも、ブータンシボリアゲハは一番大きいといわれています。」
●生態の違いってあるんですか?
「このシボリアゲハのグループって“卵塊”といって、卵を産むときに並べて産むんですね。でも、ブータンシボリアゲハは、150~200ぐらいの卵を月見団子のように積み上げて産むんですよ! 私やその他の人たちも現地で見て驚きました。アゲハチョウの仲間は世界で600種類いるといわれていますが、その中で何百という卵を積み上げて産む種類は他に知られていません。」
●なんでそういう風に産むんですか?
「私たちは現地でその卵塊を4つ見つけたんですけど、その卵塊全部に小さくて黒い点がいくつか付いてるんですよ。よく見ると、それは寄生蜂という、卵に寄生するハチがいて、外側に付いている卵にみんな寄生するんですよね。でも、積みあがって中に入った卵は寄生されません。なので、孵化して幼虫になるのは全て中の卵で、外側の卵は孵化しません。つまり、外側の卵で中の卵をガードすることで、寄生蜂を守っているんじゃないかと考えています。」
●犠牲を払ってでも、自分を子孫を残そうとしているんですね。
「それって、すごい進化の仕方ですよね!」
※“ヒマラヤの貴婦人”と言われる幻の蝶・ブータンシボリアゲハの採取の決定的瞬間がお話をうかがいました。
「私たち目指すところはブータンの東側にある“タシヤンツェ渓谷”だったんですが、まず、首都であるティンプーに飛行機で行って、そこから車で1週間ぐらいかけて行き、そして徒歩で2日間かけて移動します。日本を出てから現地に着くまで、12日かかりましたね。」
●かなりの長旅だったんですね。
「長かったですね。その地域は元々、外国人が入ることができない地域なんですが、特別に許可をいただいて、1週間限定で滞在しました。ベースキャンプを張ったところは、標高2400メートルぐらいのところだったんですけど、滞在した時期が雨季で、雨がよく降る時期だったので、『明日なんとか晴れてくれ!』って祈るような気持ちで着いた日は寝たんですね。
朝起きたら快晴で、『これはいけるんじゃないか!? 早く行きたい!』と思って浮き足立っていたら、隊員の一人が『あそこに飛んでる!』って叫んだんですね。私たちがベースキャンプを張っていたところの真上をゆっくりと飛んでいたんですね。もうみんな大興奮だったんですが、結局そのチョウは逃げていってしまったんですよ。そして、一度戻って整理をしてから、探索に行ったんですね。今回付いてきてくれたカルマワンディさんが、最初にブータンシボリアゲハを撮影した方なんですが、そのチョウを撮影した場所まで案内してくれたんですね。そこに行く途中で、隊の一番後ろにいた青木隊員が『獲ったよ』っていって、採取したんですね(笑)。」
●そんな簡単に採っちゃったんですか!?(笑)
「実は、私たちの隊の中で“最初に発見したら、隊長の原田さんに獲ってもらおう”と決めてたんですね。でも、長い隊の一番後ろで獲れたわけですから、最初はその声すら聞こえなかったんですよね。とはいえ、逃がすわけにはいかないので、籠の中に入れて、本物を生で見たときには全員大感動で、お祭り騒ぎでしたね。」
●そうですよね! 獲れた過程は意外なものでしたが(笑)、ずっと憧れていたチョウでしたからね。
「そうなってくると、『次は隊長に獲ってもらおう!』っていうムードになったんですね。すると、すぐ次のブータンシボリアゲハが出てきたんですよ。でも、隊長は緊張のあまり、獲ることができなかったんですね。そこから、なかなか次のチョウが出てこなかったんですよ。そして、次の日に私が2頭目を獲ることができました。そのときは非常に感動しましたね。」
●手は震えませんでしたか?
「私の網は竿が7メートルぐらいまで伸びて、口径50センチぐらいの網が付いているものだったんですけど、非常に高いところを飛んでいたので、思いきり振って獲ったんですけど、ああいった緊張感って、なかなか味わえないですよね。私は40年近く、チョウを採取してきましたけど、緊張で手が震えるっていうことはほとんどありませんでした。でも、ブータンシボリアゲハのときは、さすがに緊張しましたね。そんな中、なんとか採取できました。実際に掴んだときに『“感無量”とはこのことか!』と思いましたね。あの感動は今でも忘れられません。」
●ちなみに、原田隊長は無事獲ることができたんですか?
「大丈夫でした! 私がそのときの様子をビデオ録画しました(笑)」
※日本にブータンシボリアゲハの標本が寄贈されるまでにも、様々なドラマがあったそうです。
「ワシントン条約に引っかかっている動物のブータン国外への持ち出しは、ブータン国内での閣議決定が必要なんですね。それを聞いて、私たちは諦めてました。そう思っていたら、その2ヶ月後に、ワンチュク国王がお后様と一緒に来日されたんですね。実はあのとき、2頭の標本を持ってきてくださったんですよ! 私たちはそのことを直前まで知らなくて、ビックリしましたね。」
●それはすごく感動的なシーンですね!
「その標本をいただいた際に、国王の側近の方に『何でいただけるんですか?』と聞いてみたんですよ。側近の方の話によると、来日した年に東日本大震災があって、そんな日本の復興の願いを込めてという意味で、贈呈してくださったということなんですね。それを聞いて、すごく感動しました。」
●そういった経緯で日本にやってきたブータンシボリアゲハの標本ですが、なぜブータンシボリアゲハは、ブータンだけにいることができたんですか?
「調査隊が考えている説として、このチョウがいる場所が、ブータンの背後にそびえるヒマラヤ山脈の中腹で、そこには“カシヒル”という小さい山が連なっているんですね。ヒマラヤといえど、その手前に別の山脈があるところって、その地域しかないんですよ。その地域には、非常に変わった気候が生まれているんですね。雨が降ると非常に寒いんですが、雨が止んで晴れると、非常にカラカラするんですよ。そんな気候があるところって、世界中を探しても、そんなにないですね。実際に周りのチョウを見ると、熱帯にいるようなチョウや高山帯にいるようなチョウなど、入り混じっているんですよ。恐らく、そういった独特な環境で進化してきたチョウなんだろうなと考えています。」
●ということは、他にもそういった固有種がまだたくさんいるかもしれないですね!
「絶対に他にもいると思いますね。もう一つは、ブータンって、世界でトップクラスの環境立国なんですね。そういった中で、このチョウがいたところって、日本の里山みたいに、薪を取るための木を育てて、何十年後にその木を切るということをライフスタイルとしてやってきたんですよね。
実は、ブータンシボリアゲハがエサとしているウマノスズクサは、二次的な環境で育つ植物なんですね。それによって、このチョウがその地域だけ繁栄したということなんですね。現地の人たちのライフスタイルって面白いんですよ。木を切るときは、必ず胸より下は切らないんです。それは、『胸より上を切れば、この木は死ぬことなく、20~30年後でもまた切って使うことができる』という考え方があるからなんですね。そういうライフスタイルを、私たちは見習わないといけない時期にきているかもしれないですね。」
※他にも、その場所ならではの面白いチョウっているのでしょうか?
「小笠原はご存知ですよね? 小笠原には固有のチョウが2種類いるんですね。一つは“オガサワラシジミ”で、もう一つは“オガサワラセセリ”です。特に、オガサワラシジミは淡いブルー色をしていて、非常にキレイなんですよ。このチョウは、海をバックにして飛ぶと、チョウに見慣れてないと海に溶け込んで見えなくなってしまうんですよね。なので、その場所に合うように進化してきたんだと思います。」
●小笠原の深くて青い海にマッチした色ということなんですね。
「私は、普通の人よりも多くチョウを見てきているはずなんですが、それでもときどき見失うぐらいマッチしているということですね。」
●矢後さんが一番好きなチョウって、どんなチョウですか?
「例えば、今後探してみたいチョウだと、南米のどこかにいる“コウテイモンキチョウ”や、ブータンシボリアゲハがいたところの近くにいるといわれている“オナシカラスアゲハなど、”“幻のチョウ”といわれているチョウがまだいくつかあるんですよ。そういったものを見てみたいと思っています。
ただ、研究対象とは違ったものなんですが、私はシジミ貝ぐらいの大きさの非常に小さなチョウが好きなんですね。この標本を見てください。緑だったり赤だったり青だったりして、非常にキレイじゃないですか? これらのチョウは“ベニシジミ”といわれているチョウで、同じグループなんですよ。特に、青い色を持っているのは“ウラフチベニシジミ”といわれている種類です。私はこのグループが非常に好きで、研究しているんですが、例えば、私が名前を付けた新種で“スマラグディヌス”というチョウがいるんですが、このグループが非常に好きですね。特に、ヨーロッパではベニシジミのグループって保全の対象になっていて、各地で絶滅したり減少したりしているので、この種類の保全を盛んに行なっています。」
●どんなところが好きなんですか?
「このグループの世界の分布を見てみると、南半球や北半球など広範囲でいるんですが、隔離分布していることが多いんですね。『どうしてそういう分布になったのか?』っていうところが、面白いところの一つです。もう一つは、これだけ近縁のグループなのに、色が様々なものが多いことですね。このグループは世界に100種類ぐらいいるんですが、日本にいるベニシジミの属名が“リキーナ”というんですね。由来は、ギリシャ神話に出てくるゼウスの娘で、アポロンの妹で“アルテミス”というのがいるんですね。そのアルテミスのあだ名なんですね。そこから来ています。
私はそのリキーナが好きすぎて、実は、私の娘にもこの名前を付けたんですよね(笑)。ただ、心配なのは、物心ついたとき、自分の名前の由来が父親の好きなチョウの名前だと分かってしまったら、グレそうなので、実際に教えるときは『これはギリシャ神話に出てくる女神様の名前なんだよ!』と教えようと考えています(笑)」
私も小さい頃は、美しい蝶を追いかけるのに夢中になっていたので、今回の矢後さんのブータンシボリアゲハのお話には本当に大興奮でした。みなさんも、今年の夏は、幻の蝶とまではいかなくても、ご家族で捕虫網と虫かごを持って、野山にお出かけになってみてはいかがでしょうか。
チョウや蛾の研究者である、東京大学総合研究博物館・理学博士の矢後勝也さんが執筆・監修された本をいくつかご紹介します。
ポプラ社/定価2,100円
この図鑑にはブータンシボリアゲハが紹介されています。
2:「よくわかる生物多様性シリーズ3~身近なチョウ 何を食べてどこにすんでいるのだろう~」
くろしお出版/定価2,940円
この本では、矢後さんが監修者のひとりとして参加されています。身近なチョウのことを詳しく学べる一冊になっています。
3:「フィールドガイド 日本のチョウ」
誠文堂新光社/定価1,890円
日本国内に生息している263種のチョウを美しい生態写真で紹介。フィールド図鑑として最適だそうです。
どれもチョウの魅力を感じられる本になっていますので、是非チェックしてみてください。
矢後さんは、「KITTE」(東京駅・丸の内南口前)内の「インターメディアテク」でトークイベントを、8月21日(水)に行ないます。ブータンシボリアゲハのこともお話されるそうです!
矢後さんが所属する東京大学総合研究博物館もご覧ください。