今週のベイエフエム/NEC presents ザ・フリントストーンのゲストは、鈴木直樹さんです。
東京慈恵会医科大学の教授・鈴木直樹さんは、“世界で初めてマンモスをCTスキャンにかけた研究者”としても知られていて、まさにマンモス研究の第一人者です。また、2005年に愛知県で開催された「愛・地球博」でマンモスの頭部が展示されましたが、その発掘・輸送・展示の責任者として陣頭指揮を執られたのが、鈴木先生なんです。そこで先日、鈴木先生が所長を務めてらっしゃる、東京都狛江市にある「高次元・医用画像工学研究所」にお邪魔して、色々お話をうかがってきました。今回そのときの模様をお届けします。
●今週のゲストは、東京慈恵会医科大学の教授・鈴木直樹さんです。よろしくお願いします。
「よろしくお願いします。」
●今回、鈴木先生が所長を務めている「高次元・医用画像工学研究所」にお邪魔していますが、この研究所でどんな研究をしているんですか?
「“未来の医学を作っている”という表現が一番合っているかもしれませんね。今までできなかった医療技術を、少しでも早い時期にできるようにするために研究しています。例えば、明日行なう患者さんの手術を、仮想空間でテストしてみて、ベストな手術を当日やるということをできるようにしたり、手術は中が見えないので慎重にしないといけないのですが、“ナビゲーション手術”という、中を画像として見えるようにして、作業できるようにする技術も開発しています。」
●そういった最先端の医療を扱う研究所にいる鈴木先生が、なぜマンモスの研究をしているんですか?
「私自身、3分の1が古生物学者なんですね。若いときに古生物を専攻して、勉強しました。なぜ勉強したかというと、医学って、現代の人間の病気を治そうとしているんですが、その中で、人間がどのように進化をしてきたのかを知るというのが非常に大事になってくるんですね。なので、『昔の生物のことを調べて、現代までどのような形で進化をしてきたのかを調べよう』としたのが、私の若いころの大きな目的の一つだったんです。」
●なぜ、進化の過程を知ることで、病気のことが分かるんですか?
「人間は進化の過程で無理をしているんですよ。立って歩いている生物って、人間以外ではあまりいませんよね。そういうことが体に無理をさせて、それによって病気になりやすくなる場合があるんですよ。なので、水中にいた生物が上陸していく過程も知らないといけないんですよね。その過程で、私はシーラカンスの調査をしたことがあります。そこから次は、陸上の哺乳類が人類になるまでの過程を調べていこうとしていました。」
●その過程の中で、どうしてマンモスだったんですか?
「1万年前のマンモスの心臓が欲しかったんです。」
●1万年前のマンモスの心臓ですか!? それってどこかにあるんですか!?
「“永久凍土”にあります。人間の体を含め、生物体というのは残りにくいですよね。例えば、野生動物が死ぬと、数日で内臓は破壊されてしまいますよね。その中で、1年中凍っている凍土の中では、生物体が数万年に渡って、そのまま保存されます。」
●その永久凍土はどこにあるんですか?
「私たちが調査地にしているシベリアにあります。」
●そこに1万年前のマンモスの心臓があるんですね?
「運がよければですけどね。これまでにも数体発見されているので、私たちはそれを目指して、色々な調査をしてきました。」
●そして、鈴木先生は世界で初めてマンモスをCTスキャンにかけたんですよね?
「20年以上前の話ですけどね。なぜCTを使ったかというと、貴重なサンプルを壊さずに中を見るためには、非常にいい道具なんですね。なので、これを使って、解剖してはいけない貴重なものの内部を調べようとしました。」
●実は2005年に愛知県で開催された“愛・地球博”でマンモスの頭部が展示されましたが、そのマンモスの発掘・輸送・展示の責任者として陣頭指揮を執っていたのが、鈴木先生なんですよね?
「そうですね。」
●名前が“ユカギルマンモス”でしたよね?
「そうですね。マンモスには、発見された場所の名前が付けられます。なので、このマンモスは“ユカギル”という場所で見つかったので、“ユカギルマンモス”と名づけられました。」
●そのユカギルマンモスの頭部をCTスキャンにかけたんですね?
「そうですね。CTで内部を調べました。ただ、CTというのは、人間に作られているんですね。マンモスは大きいじゃないですか。マンモスを入れられるほどの大きいCTはないので、特集なCTをお借りして、それを若干改良して、解析方法も決めてから、内部のデータを得ることができました。」
●どんなことが分かったんですか?
「マンモスというのは、今まで、発掘された骨からその形を想像するしかなかった生物だったんですね。その中でユカギルマンモスは、初めて皮膚と体毛も残っている状態で見つかりました。そういうものを中も外もキチンと分かるような形で断層像にしていくと、動物学として、初めてマンモスを見ることができたんです。血管や筋肉といった細かい部分まで見えてきたんですね。」
●タイムスリップして、その時代に行ったような感じですか?(笑)
「まさにそうですね(笑)。私たちは、実際にそういう時間旅行をしてみたいんですよ。昔の世界に行って色々と調べたいんですが、それができないので、こういう苦労をするんですよね。」
●どんな発見があったんですか?
「脳やモノを噛む筋肉といった部分が、現世のゾウと非常に近い解剖学的構造を持っていました。現世のゾウは非常に頭がいいですよね。なので、マンモスも頭が非常によくて、色々な知識を詰め込んでいたと思います。そして、生態を表す体の構造も色々と出てきました。そういう中から、マンモスは群れで暮らすことが分かってきたりと、色々な発見がありましたね。」
●マンモスといえば、多くの人が色々なイメージを持っていると思いますが、マンモスはどういう生物だったのか、今分かっている範囲で教えてください。
「マンモスは毛がたくさん生えていて、大きな牙を持っている、非常に人気のある生物ですよね。多くの人は非常に大きい生物だと思っているんですが、実は、体の大きさはアジアゾウぐらいなんです。なので、それほど大きい生物ではないんですよね。そして、他のゾウと同じく草食です。」
●どのぐらい前に生息していたんですか?
「ゾウの歴史というのは数千万年あるんですが、その中で、人間が生息し始めたとされている25万年前が、マンモスが生息していた時代だといわれています。しかも、特に“ケナガマンモス”という毛が生えたマンモスの時代と思っていただいていいと思います。」
●マンモスの特徴といえば“大きな牙”だと思いますが、あれは何のためにあるんですか?
「どうして大きくなったのかは、はっきりとは分かっていません。ただ、生物の進化の過程の中には、一つの方向に向かって進化する場合がありますので、草原の中で自分を誇示するために大きくなったのかもしれません。ですが、マンモスは牙を道具として使っていました。調べるとよく分かるんですが、先が磨り減っているので、雪を掘り起こすために使ったり、オス同士の喧嘩にも使ったりしたんじゃないでしょうか。現世のアフリカゾウでも、そういうシーンを見ますので、マンモスはもっと派手だったと思いますね。」
●地球上のどの辺りに分布していたんですか?
「北の方ですね。ゾウの仲間の発祥地はアフリカ大陸といわれています。そこから4つのグループに分かれていくんですが、マンモスの仲間は北の方に動いていきました。シベリアを通って、ベーリング海峡を渡って、北アメリカに行きましたね。」
●なぜマンモスが北に行ったのかが分かったんですか?
「化石が出てきたからですね。それから、元々南にいる生物があれだけ毛が生えたのか、誰も不思議に思わないんですよね。」
●そう言われてみればそうですね!
「それは、ある意味では非常に短い時間に寒冷適応した例の1つなのかもしれません。」
●その北に行ったマンモスがシベリアの永久凍土の中に眠っているということなんですね。他に生物がいたりしたんですか?
「もちろんです。当時の生物が全て永久凍土の中に閉じ込められているんですよね。当時の生態系そのものがあるので、私たちはマンモスを調査するのと同時に、同時代に生息していた生物・微生物・植物なども見ていきます。」
●鈴木先生は今までどのような生物や植物を研究されたんですか?
「不思議は生物が色々いますよ。例えば、サイって、現代では毛がないじゃないですけど、サイにフサフサな毛が生えた“毛サイ”を発見して研究したりしてきました。」
●北アメリカって研究者にとって、たまらない場所ですね!
「そうですね。まさに“宝の山”ですね。」
●2007年、非常に保存状態のいいベビーマンモスが発見され、2008年、日本に運び込まれ、この研究所で鈴木先生が解析されたんですよね。どんな状態のベビーマンモスだったんですか?
「ユカギルマンモスによって、頭部の構造が分かりました。そこで私たちは、全身の構造を知りたかったんですね。そして、非常に保存状態がいいベビーマンモスが発見されました。それが“リューバ”なんです。これは、そこで眠っているとしか思えないぐらい、鼻の先からまぶたまで残っていました。」
●なぜ“リューバ”と名づけられたんですか?
「これは特別に、発見者が奥さんの名前を付けました。日本語で“愛”という意味の言葉なので、“愛子”という名前ですかね。」
●素敵な名前ですね。大きさはどのぐらいなんですか?
「約1.2メートルです。赤ちゃんといえどマンモスの赤ちゃんなので、結構大きいですね。」
●生後どのぐらいのものだったんですか?
「数ヶ月ですね。」
●その冷凍されたマンモスをシベリアから日本に持ってくるのって、かなり大変だったんじゃないですか?
「そうですね。凍結したまま日本に持ってくる方法は、愛・地球博のときに私たちのチームが作り上げたので、そのチームを呼び寄せて、運ぶことになりました。」
●どのように運んだんですか?
「まずは、温度を一定にして、凍結状態を安定させます。そして、完全に密封することが大事でした。なぜ密封させることが大事かというと、永久凍土の中には、危険性のある細菌もいるんですね。なので、それを日本や都市に持ち込む場合、科学者の責任として、拡散をさせるわけにはいかないので、厳戒態勢をとらないといけないんです。この研究所で計測をする場合でも、プラスチックのトンネルを作って、冷凍車から研究所のCT室に運びこんだということもありました。中で作業をする人たちも細心の注意を払わないといけないので、防護服を着て、酸素マスクを付けて、作業をしましたね。」
●それほど大変な思いをして、画像解析をした結果、どのようなことが分かりましたか?
「待ちに待った、全身の骨格や臓器の様子、血管が見えてきました。」
●全身の骨格が分かると、どんなことが分かるんですか?
「その生物がどのように歩いていたのか、どれだけのものを食べてエネルギーを生み出すことができるのかといったことが分かりました。」
●そのベビーマンモスの画像解析をした後に、解剖もしたそうですね?
「そうですね。とはいえ、実際にバラバラにするわけにはいかないので、大事なところだけを見るという作業をサンクトペテルブルクで行ないました。12ヶ国の研究者が集まって、体の中を調べようとしたんですが、その解剖作業を私にやってくれと、そこにいた全員が言ったんですね。なぜみんなが私を指名したかというと、マンモスの解剖学って今までなかったので、誰も分からなかったんですよ。そういう中で、画像で解析をして、内部の構造を一番知っていたのが私だったので、執刀の指名が入ったんですね。」
●それって、世界で初めてのことですよね? 緊張しませんでしたか?
「緊張しましたね。大切な標本を壊すわけにはいかないので、画像を元にして執刀しました。ここで、現代の医学では新しい方法の“ナビゲーション手術”を行ないました。どういう風な方法かというと、マンモスの標本に画像を重ねて、切ってもいいところを見つけて、目標となるところまで最短で行けるところに切開面をつけて、執刀していきます。」
●もちろんシミュレーションは完璧にしていると思いますが、実際にやるとなると、違ったりするんじゃないですか?
「そうですね。手が震えました。ただ、ここで思わぬ光景を目の当たりにしました。皮膚を開くとかなり柔らかかったし、腸も柔らかかったですね。まさに、タイムマシンで昔の草原に行って、解剖しているような気分になりましたね。」
●鈴木先生はタイで野生のアジアゾウの調査・研究をされていますが、このアジアゾウの研究で、どういうことがマンモス研究に役立っていますか?
「マンモスの体の内部の構造が分かってきましたよね。それによって、マンモスは現世のゾウに似ていることが分かりました。今度は生きているゾウを使って、生きているマンモスを考え始めました。そのためには、野生のゾウを追いかけるしかないので、タイのジャングルに入って、何年もかけて生態と行動の調査を行ないました。」
●その調査からどんなことが分かってきたんですか?
「CTで検出された筋肉がどのような形で動くのか、どのぐらいの量の食物を摂取するのか、各関節の稼動域、子供の歩き方など全てが私たちにマンモスを生き返られてくれるための材料になるんですよね。」
●例えば、今生きているアジアゾウを研究することで、マンモスがなぜ絶滅したのかが分かったりするんですか?
「それは難しくて、実際に調査をするとなると、別のアプローチがあるんですが、今分かっているのは、恐らく2つの不運が重なったんだと思います。まず“大きな環境の変化”、そして“そのときに数を増やしていった人間がマンモスを狩りすぎた”ことじゃないかと考えられています。」
●マンモスが絶滅した理由って、現代の野生動物にさらされている危機と似ているんですね。
「ある意味では似ていますね。今のアジアゾウを見ると、住める環境が少なくなってきているんですが、その影響に人間が少なからず関与しています。なので、同じようなことが1万年前にあったといっても過言じゃないかもしれませんね。」
●アジアゾウって、数が多いイメージがあるんですが、実際はどうなんですか?
「みなさんそう思われるんですよね。しかし実際は、ゾウ全体の数が減少しているので、アフリカゾウの10分の1以下なんです。」
●私たちが多いと思っているアジアゾウは、別のゾウなんですか?
「人が飼っているゾウもいます。ただ、アジアの自然の中で暮らしている野生のゾウは今、非常に少ない上に、急激に数を減らしているんですね。それに、人が飼っているアジアゾウは、野生のアジアゾウが持っている知識や経験を持っていないんですよね。そういう意味では、別の種類と考えていいと思います。」
●ということは、純粋な野生のアジアゾウは、かなり少なくなってきているんですね。
「そうですね。私は、マンモスの比較研究としてアジアゾウの研究を始めたんですが、『今の段階から保護しないといけない』という想いから、アジアゾウの保護まで始めました。絶滅というのは、決して元に戻すことができないんですよね。それを今のアジアゾウに与えてしまってはいけないと思っています。それと同時に、『もうちょっと生き延びてくれれば、北にマンモスが生きていてくれたんじゃないか』という残念な想いがあります。」
●今回、マンモスの興味深いお話をたくさん聴かせていただき、ありがとうございました。それにしても、永久凍土の中からマンモスが発見されて、鈴木先生の下にやってきて、色々なことが分かってきたじゃないですか。これってもしかして、マンモスが私たちに何かメッセージを伝えてくれようとしているんですかね?
「そうかもしれませんね。人類って、少し先の未来も分からない種族なんですよ。なので、マンモスは、自分たちの絶滅を見せることで、私たち人類に将来をどうすべきか教えてくれているのかもしれませんね。」
実は鈴木先生、アメリカに本拠がある「ザ・エクスプローラーズ・クラブ」のメンバーなんです。このクラブはアムンゼンやクック、ヒラリー卿等々世界の名だたる探検家が名を連ねる権威ある団体です。先生は過酷なフィールドに挑む探検家の魂も持っていらっしゃるんですね。そんな鈴木先生が最後におっしゃっていた “マンモスは絶滅した姿を見せて私たちに何かを伝えようとしているのではないか”という言葉が印象的でした。確かに、なぜ今何万年の眠りから覚めて私たちの元にやってきたのか。そのことを考えると、マンモスからのメッセージをしっかりと受け止めていけなければいけないと強く感じました。
角川ソフィア文庫/定価700円
鈴木先生のマンモスとの格闘の歴史とエピソード、そしてマンモスへの熱い思いが書かれた一冊。2005年に開催された「愛・地球博」にマンモスの頭部を展示したときの壮大なプロジェクトの話も読み応えがあります。
角川文芸出版/定価3,360円
鈴木先生が考案したロボットカメラで撮影されたアジアゾウの写真を掲載した写真集。どれも見たことがない写真ばかり!是非一度ご覧ください。