私たちは普段、色々な“音”に囲まれて生活をしています。しかし、そんな音に対して意識して聴いていることは少ないかもしれません。そこで、今回は「音」に耳を傾けていただきたいと思います。
千葉県立中央博物館では現在「音の風景~うつりゆく自然と環境を未来に伝える~」という企画展が開催されています。この企画展は、以前この番組にご出演いただいた、同博物館の主席研究員で「生物音響学」のスペシャリスト大庭照代さんが総合プロデュース!大庭さんの研究の集大成のような、内容充実の展示になっています。中には“カケスが真似たイヌやヤギの鳴き声(mp3ファイル)”や貴重な自然音を聴けるコーナーもあります。そんな企画展に先日取材に行ってきました。今回はそのときの模様をお送りします。
*カケスが真似たイヌやヤギの鳴き声。 録音:田辺至 収蔵:千葉県立中央博物館
*今回、当サイトで聴ける貴重な自然音や野鳥の鳴き声などは、特別に千葉県立中央博物館の許可を得て掲載しています。
●千葉県立中央博物館にやってきました。今回は、現在開催中の企画展「音の風景~うつりゆく自然と環境を未来に伝える~」を取材いたします。ご案内していただくのは、千葉県立中央博物館の主席研究員、大庭照代さんです。よろしくお願いします。
「よろしくお願いします。」
●今回の企画展はどういった内容になっているんですか?
「今回の企画展では、『みなさんの心の中にある“音の風景”を未来に伝えたい』と思えるようにしたいと思って、様々な音声資料を展示しています。」
●“心の中の音の風景”ですか。
「音は一度聴くと、それが風景のように音の記憶として心の中に残っていきます。その音の記憶を思い出すと、そのときの状況や出来事、自然の様子が聴こえてくるんですね。」
●確かに、野球場の音を聴くと、そのときの様子が浮かんできたりしてきますね!
「音は、そのときに起きている状態がそのまま記録されるんですね。そこで、今回の展示ではそういう音を使って、私たちの身の回りにある素晴らしい自然や地域の暮らしなどを伝えていきたい、残していきたいと思いました。」
●それが、今回の企画展では楽しめるんですね! では早速行きましょう!
※まずは、入り口付近にある展示コーナーに移動しました。
●こちらはどんな展示をされているんですか?
「こちらは、千葉の音の今と昔を聴き比べていただくコーナーです。」
●今と昔というと、具体的にはいつ頃の音になるのでしょうか?
「録音した場所は市川野鳥の楽園というところなんですが、昔は58年前の6月頃の音で、今は今年の6月の音です。」
●早速聴いてみたいと思います。
「では、まずは昔の音から聴いていただきましょうか。」
※放送では、ここで58年前の市川野鳥の楽園の音を聴いていただきました。
録音は、以前この番組にご出演いただいた蒲谷鶴彦さん *1、収蔵は千葉県立中央博物館。
こちらの音は「ききみみコレクション」内「千葉県の音」の「千葉県・市川市・丸浜養魚場の南東隅の堤防(1955年5月30日16時録音)でお聴きください。
(サイトURL :http://www.chiba-muse.or.jp/NATURAL/special/kikimimi/rokuonka_top.html)
●鳥の声が聴こえますね。そして、水の音も聴こえますが、58年前はこの辺りも海が近かったんですか?
「そうですね。堤防になっているんですが、岸壁があって、そこに波がくるような状態だったんですね。そして、広い砂浜もあって、そこにシギの仲間がたくさん飛んできたんですね。その声が聴こえていたということです。」
●これはシギの鳴き声なんですね。次は今年の6月の音を聴きたいと思います。
※放送では、ここで今年の6月の市川野鳥の楽園の音(mp3ファイル)を聴いていただきました。
●“ゴーッ”という音がすごく聴こえるんですが、これは何の音なんですか?
「これは湾岸道路を走る車の音です。昔は遠く広がっていた干潟は埋め立てによってなくなってしまいました。市川野鳥の楽園ですので、水辺はあるんですが、水辺までの距離が遠くなってしまいました。」
●立地が変わってしまったのが、この音からも感じとれますね。
「そうですね。今でもジョギングをしたり、野鳥を見るために歩いたりしている方がたくさんいらっしゃいますね。」
●こう聴いてみると、今と昔で聴こえてくる音って全然違うんですね。
「そうですね。環境が変わってくると、そこに生きることができる生き物も変わってくるし、人の暮らし方も変わってきますので、聴こえる音の種類や範囲が違ってきますね。」
*1 蒲谷鶴彦さんは野鳥録音の第一人者。蒲谷さんが録音された野鳥の声コレクションは 世界的にも高く評価されています。 今回の企画展では「自然の音を記録する」という展示コーナーで、 蒲谷さんが実際に使っていた録音機や自作のパラボラ集音機なども展示されていて 見応えがあります。 |
●続いては、“色々な音を聴いてみよう!”というコーナーにやってきました。目の前にはコンテナボックスのようなお部屋が一つあるんですが、ここはどんなコーナーなんでしょうか?
「このコーナーでは、中央博物館で集めてきた音声資料の中から、選りすぐったものを聴けるようにしています。」
●早速、中に入りたいと思います。お部屋の一室といった感じになっていますが、ここで色々な音が聴けるんですね?
「そうですね。今回は、比較のために、千葉県の権現森と長野県の戸隠高原、そして海外からボルネオの音が聴けるようになっています。まずは春の権現森の近くの田んぼで録音した音を聴いていただきます。」
※放送ではここで、春の権現森の近くの田んぼで録音した音(mp3ファイル)を聴いていただきました。
●今、目を閉じて聴かせていただきましたが、春先の生き物たちが動き出したような、パワフルで新しい季節の訪れを感じられますね!
「そうですね。景色が広がってくるので、目を閉じて聴いていただいたのは非常にいいと思います。今鳴いているのは、“シュレーゲルアオガエル”というカエルです。」
●その後ろを飛んでいるのは何ですか?
「ハシブトガラスとキジバトが鳴いていましたね。」
●そして、次はどこの森の音を聴きましょうか?
「次は戸隠高原の森で録音した音を聴いていただきたいと思います。」
※放送ではここで、戸隠高原の森で録音した音(mp3ファイル)を聴いていただきました。
●森といっても場所が違うと、聴こえてくる音が違うんですね!
「そうなんですよ。森の音はそれぞれで全て違います。ここで色々聴いていると、好きな森が見つかるかもしれないですね。今聴こえているのは、アカゲラというキツツキの仲間やホトトギスの鳴き声、ヒガラなどの小鳥たちがたくさんいますね。」
●私、この森好きです(笑)。
「みなさん、そう言ってくださいます(笑)」
●(笑)。では最後に、もう一つ聴かせていただけないでしょうか?
「それでは、ずっと南に行って、ボルネオの森で録音した音を聴いていただきたいと思います。」
※放送ではここで、ボルネオの森で録音した音(mp3ファイル)を聴いていただきました。
●全然違いますね!
「聴こえてきた鳴き声は、“アカハラシキチョウ”という、世界で一番最初に(鳴き声が)録音された鳥です。今聴いてもらったものは初めて録音された音じゃないですけど、とても美しいので、多くの人が録音したかったと思います。」
●南国の鳥の鳴き声ですね。森って、日本国内でそれぞれ違いますし、海外に行けば全然違いますね!
「そうですね。色々な森に行ってみると、そこならではの音があるんですね。そこには色々な生態系があって、それによって地球が成り立っているので、こういった“音の多様性を聴く”ことも、環境保全の面で重要なことだと思っています。」
●続いては、“自然の音を聴く、未来への目線”というコーナーにやってきました。こちらには、気になっているものがあります。それは“ききみみずきん”なんですが、これは何ですか?
「これは、“生物音声識別支援装置”の名前です。自分が聴いた鳥の声をキャッチして録音して、聴き返すときに、何の鳥の声なのかを分かるようにしたツールです。」
●普段聴こえてくる鳥の声が何の鳥なのかを判断するお手伝いをしてくれるツールなんですね。
「日本の童話に“ききみみずきん”ってあるじゃないですか。お話の“ききみみずきん”は帽子なので、私たちも帽子を作りたかったんですが、作ることができなかったので、手持ちで使えるものを作りました。」
●童話では、ずきんを被ることで、色々な生物や植物の音が聞こえるようになって、みんなが幸せになるというお話でしたよね。
「そうなんです。このツールを作った博物館や開発した技術者の方たちも『このツールで幸せになってほしい』という願いを込めて、この名前にしました。」
●そんな“ききみみずきん”を使ってみたいんですが、よろしいですか?
「もちろんです! これから博物館の外に出て、隣にある生態園で使ってみたいと思います。」
※そして、取材班は大庭さんと一緒に、博物館の隣にある生態園に移動しました。
●私たちは生態園にやってきたんですが、博物館の隣にこんなにステキな森のような場所があるんですね!
「そうなんです。ここに房総の自然を再現しています。」
●それでは、この辺りだと野鳥もたくさんいそうなので、“ききみみずきん”を使ってみたいと思います。今、大庭さんが持っているのが“ききみみずきん”ですか?
「そうです。スマートフォンに音声認識エンジンが入っていて、鳥の声を認識して識別してくれます。」
千葉県立中央博物館には屋外に房総半島の植生を再現した「生態園」があります。 その森で「ききみみずきん」を使って野鳥の声を録音し、 その場で再生しながら声の主を特定しました。 「大庭」さんが手にしているのが「ききみみずきん」、 スマートフォンに外部マイクを装着したもの。 |
●声はどういう風にキャッチするんですか?
「マイクを鳥の方に向けてキャッチします。キャッチすると、(スマホの画面に)波形が出てきます。その声を聴いてみます。そして検索。すると、オナガ、ヒヨドリ、ムクドリなど4種類出てきましたね。これらの声を一つずつ聴いて比べてみます。鳥は色々な鳴き方をするので、声の特徴が似ていると思ったら、その鳥が一番近いですね。」*2
●そうなると、一番近いのはヒヨドリですかね?
「そうですね。これで決定すると、生態園で今、ヒヨドリの声が録音されたという記録が取れます。」
●キャッチした声をツールが自動的に鳥を指定するのではなくて、自分で選んで判断するので、親しみがわいてきますね!
「正解が必ずしも出るとは限りませんが、これで声の聴き分け方が身に付きます。それが、ききみみずきんの特徴です。」
●これで色々な鳥の声をキャッチして、ストックを増やしていけば、自分だけの鳥の声のライブラリーが作られていくんですね。
「そうですね。そうやっていくと音の記録ができて、同時に地域の音の記録にもなるし、他の人に聴いてもらって、シェアもできます。」
*2 実際にききみみずきんを使って、検証してみた部分をかなり省略いたしました。実際はどのように検証したのか、ダイジェスト(mp3ファイル)をお聴きください。
生態園の入口すぐにある「オリエンテーション・ハウス」。 中に設置されていた「ラナフォン」。野鳥やカエルなどの音が サンプリングされていて、鍵盤をたたくと音が出る。自然音で作る音楽!? |
●大庭さんは“生物音響学”を研究しているということですが、これはどういった学問なんですか?
「これは“生き物はどうやって鳴くのか?”というところから研究が始まったんですけど、それがどんどん広がっていって、今では“生き物はなぜ鳴くのか?”や“生き物の鳴き声だけじゃなくて、自然の中にどのような音があって、その音から環境の特徴を探る”、そして“生物多様性を音の多様性から見たときに、どういったものになるのか?”といったところまで広がっています。」
●今回の企画展を取材させていただいて、音で聴くと生物多様性がすごくよく分かりました。
「それはよかったです!(笑)生物多様性は複雑で変化も多いので、『音で聴いて何が分かるんだ? 聴き比べられないだろ』と思っている人が多いんですね。でも聴いていると、森は森の特徴があるし、海には海の特徴があります。そういうものを、この博物館で市民の皆さんと一緒に聴いて調べていくということが、博物館の重要な役割だと思って、進めてきました。」
●今回、ききみみずきんで鳥の声を録音しましたけど、大庭さんもああいう風に録音されているんですか?
「そうですね。音ももちろん録音しますが、それ以上に皆さんに聴いていただくための色々な仕組みを作ってきました。地図の上に音を入れて、インターネットを通じてパソコンで聴いていただけるようにしたり、地域の風景を撮影した映像の中に音を入れて、地域の音の記録を作っています。」
●千葉の音はどんなものがあるんですか?
「私は神奈川県出身なので、千葉に初めて来たのは20年ぐらい前のことだったんですが、谷津田周辺の里山の音は、桃源郷だと思いました。色々な生き物の音があって、四季折々に変化していて、『人はこういう場所に住みたいんじゃないかな』と思いましたね。それで、そういう音がなくならないようにしたいなと思いました。」
●この千葉では色々な音が聴けるんですね。
「そうですね。海に囲まれていますし、山も平坦なものから険しいところまで様々ですし、それぞれで特徴があるので、そういうものを聴いていただければと思います。」
●大庭さんにとって、“生き物たちの音”はどんな存在ですか?
「“生き物の音は命の音”なんですよ。その音に意味のないものは一つもなくて、お互いに繋がりあったり情報を伝えあったりと、様々な形で役に立っているんですよね。音を大事にして、ちゃんと聴き分けることが、人間が生き物のことを知る大切な手がかりだと思います。」
●最後に、大庭さんからメッセージをお願いします。
「自然の音は私たちの宝です。地域に流れる音も、同じものは何一つないので、そういうところを聴いて感じていただければと思います。」
今回生態園で使わせていただいた“ききみみずきん”、本当に面白かったのですが、実は中央博物館では2003年から「耳をたよりにプロジェクト」を進めていて、その活動の一環として普段から「ききみみずきん」を使ったプロジェクトを実施中なんです。その一つが「とりの声キャッチ名人」という体験プログラムで、毎週土曜日に開催されているので、興味がある方はご家族などで参加されるときっと楽しいと思いますよ。
千葉県立中央博物館で現在開催中のこの企画展は、今回紹介したもの以外にも、絵画や工芸品で感じる音の世界やエジソンが発明した蓄音機から最新の録音機器までの変遷、大画面による音の風景シアターなど、音に関係する展示が盛りだくさん。大庭さんのこだわりを感じる素晴らしい展示となっています。
◎開催日:12月1日(日)まで
◎開館時間:午前9時から午後4時30分まで(毎週月曜休館)
◎入館料:一般500円、高校大学生250円、中学生以下と65歳以上は無料
この企画展に関連するイベントも行なわれています。近いところだと、11月17日(日)の朝9時半より「日本サウンドスケープ協会・創立20周年記念シンポジウム」が開催されます。文化人類学者の西江雅之さんによる“動物の音世界”についての基調講演もあります。
◎申し込み:当日先着200名
その他、詳しい情報は千葉県立中央博物館のホームページをご覧ください。
さらに、収蔵している貴重な音などが聴ける「デジタル・ミュージアム」もあります。こちらもチェックしてみてください。