今週のベイエフエム/NEC presents ザ・フリントストーンのゲストは、中野純さんです。
文筆家の中野純さんは、夜、野山や海辺、川沿いなどを歩くナイトハイクにハマっていて、“ナイトハイクのスペシャリスト”として、本や体験ツアーでその魅力を紹介しています。そんな中野さんが先頃、集英社新書の一冊として「“闇学”入門」という本を出されました。その本によると、日本人は元々、夜と親しんできた民族のようなんです。今回はそんなお話を含め、ナイトハイクの魅力に迫りたいと思います。
●今回のゲストは、“ナイトハイクのスペシャリスト”でもある文筆家の中野純さんです。よろしくお願いします。
「よろしくお願いします。」
●中野さんは先日、集英社新書の一冊として“「闇学」入門”という本を出版されました。この“闇学”ってどんな学問なんですか?
「実際にはそんな学問は存在しないので、「」が付いているんですけど、普通は“光学”や“照明”など、光に関する学問は色々あって、光だとお金が発生して儲かったりしますけど、闇はいくら暗くしても儲からないので、そういった研究や学問はないんですね。」
●そう言われてみるとそうかもしれないですね。
「ただ、光を見るにしても、闇を知ってから光を見るとより見えてくるんですよね。なので、闇学という視点で暗闇と人間の関わりについて見てみると、今まで見えていなかったことが見えてくるというのが、今回の本ですね。」
●そもそも、中野さんが闇学に興味を持ち始めたキッカケって何だったんですか?
「山が好きで若いころから登山をよくしていたんですが、20年ぐらい前に高尾駅で終電がなくなってしまったんですね。次の日も朝早くから遠くの山に登ろうとしていたので、登山する装備はしていたので、ぼうっとしていても仕方ないと思って、気軽な気持ちで高尾山の隣の東高尾という300メートルぐらいの、高尾山よりも低い山に入ろうとしたんですね。そのときに驚くほど暗かったんですよね。入り口が都心の反対側で、都心の光が山陰になっていたのと、高尾山は植生が豊かで森が深くて初夏だったので木がすごく茂っていたんですね。それを“五月闇”と言ったりするんですが、1年で一番暗い時期だということもあって、『都心の近くに、どこまでも闇が広がっているように思わせてくれる場所があるのか!』と感動して、そこからは昼の登山がバカらしくなってきて、夜の登山ばっかりやってます。
その夜の登山で感じたことから、家でも闇を楽しんだり、街中でも闇を楽しんだりしているうちに、闇について調べてみたりするようになりました。朝までナイトハイクをしていたり、宵の口に山に登って宵の口に下りてくるナイトウォークをやったりしたんですけど、下りてきたときに最初に見る街灯の光はものすごくて、ただの蛍光灯なはずなのに手で覆いたくなるぐらい神々しいんですよ。だから、闇をしっかりと受け取って光を見ると、光の美しさや深さを実感しますね。」
※中野さん曰く「日本人は昔から闇と親しんできた民族」だということなんですが、ナイトハイクはどのぐらい前から行なわれていたのでしょうか?
「まずはその“ナイトハイク”を調べていくと、室町時代から庶民の富士登山が始まっていて、当時は夜に登っていたんですね。今も夜に登る人が多いですよね?」
●そうですね。ご来光を見るためには、夜から登らないといけないですからね。
「それは富士山が高い山だったり、夏の時期だったりと色々な理由があったりするんですけど、夜に富士登山をする風習は室町時代からの伝統としてあったんですね。」
●室町時代からってすごいですよね!
「他の国にはそんな文化は存在しないんですよ。そこから調べていくと、富士山以外にも立山とか相模大山などでも夜に登っていたみたいなんですね。それもご来光を見るのが一番の目的だと思いますが、闇が広がっている山を登っていって、最後にご来光を見ると、世界が一気に変わって、新しい世界が始まる感じがものすごいので、そういったことを意識して登っていたんじゃないかと思いますね。
ナイトハイク以外にも、朝方に昇ってくる月を拝む “月待ち”という行事だったり、秋の夜の虫の音を聴く“虫聞き”など、夜の闇を楽しむ行司が日本には昔からあるんですよね。お祭りも神様が夜にいらっしゃるので、夜にやっていましたので、夜の闇を楽しむことを頻繁にやっていたし、その術をよく知っていたんですよね。」
●そう考えると、日本の文化と闇って切っても切り離せないものなんだと思いますね。特に月や虫などって、闇を楽しむと共に、夜でしか味わえない自然を愛でている印象がありますよね。
「豊かな自然って、夜になれば全て豊かな闇になります。特に日本の場合は、その豊かな自然を支えているのはモンスーン気候という水分をたっぷりと含んだ空気ですけど、それが日本の月をすごく優しくしているんですよね。まろやかで、目で月を直接見ても柔らかい感じがするし、降り注ぐ月明かりもすごく柔らかいんですよね。僕はそれを“月が柔らかい”と表現しています。それだけじゃなくて、闇も柔らかくて、梅雨の小雨が降っている夜にナイトハイクをしたりすると、闇の柔らかさが気持ちよくてビックリします。“闇が柔らかくて月も柔らかい”というのが、日本人と闇や月が親しくなった原因だろうなと思います。」
●海外ではそういう感じってないんですか?
「日本と同じような気候の国はいくつかありますけど、砂漠の中で月を見るとギラギラで力強くて怖いぐらいなんですよね。闇夜も、日本だと真っ暗な感じですけど、砂漠の闇夜って星明かりも力強くて、全部の星が自分に向かってくる感じがするんですよね。そういうところは、日本と全く違いますね。」
●日本と世界で、闇がそんなにも違うとは思いませんでした! ということは、日本の闇は柔らかくて優しい感じがするんですね。
「闇の中にいると、最初は怖いですけど、しばらくすると闇に抱かれて、包まれて、守られている感じがするんですよね。西洋の乾いた砂漠とかだと、闇と同化することができず、むしろ対峙する感じがするんですよね。そういったところが、日本人と西洋人の思考の根本にある気がします。」
※ナイトハイクは山に限らず、海や川、沼でも楽しめるそうです。では、ベイエフエムのある千葉でオススメの場所はどこなのでしょうか?
「外房の海岸って、東側がアメリカまで続く太平洋なので、海から昇ってくる天の川が見えるぐらいの完全な闇なんですよね。なので、外房の海辺を歩くのはオススメですね。」
●実は私も、あの辺りに星を見にいったんですけど、闇が濃いですよね! やり方としては、どんな道具を持っていくのがいいんですか?
「普通のハイキングと同じ装備をしていただいて、それに加えて懐中電灯を忘れないようにしていただければと思います。ただ、懐中電灯を使うことはあまりないんですよね。月が出ていれば懐中電灯はほとんどいらないですし、実際に体験してみないと分からないと思いますが『月夜ってこんなに明るいんだ』って実感しますね。あと、闇夜でも“夜天光”という空自体がぼんやりと光っていたりするので、懐中電灯はワンポイントで使う感じですね。」
●月明かりも満ち欠けによって明るさが違ってくると思いますが、オススメは満月のときですか?
「月明かりを楽しむなら、真冬の満月が真夏の太陽のように一番高く上がって、濃くてくっきりとした影ができるんですよ。」
●真夏の太陽に対して、真冬の満月ですか! いいですね!
「本当にそっくりな、短くて濃い影ができますよ。月明かりをフルで楽しむならそれが一番オススメですが、春の朧月の夜もいいですし、三日月が照らす暗い南の島の夜も『三日月があるだけでこれだけ明るいんだ』って感じられたりするので、月だけじゃなく空や海も楽しんでもらえればと思います。」
●ちなみに、中野さんのツアーではどんなところに行くんですか?
「ちょっと高めの山から低い山、里山、手賀沼や印旛沼など、色々なところに行きますね。手賀沼や印旛沼は江戸時代初期までは海だったので、あの辺りを歩くときは“陸の海のナイトハイク”と呼んでいます。海では外房によく行っていて、山は箱根によく行きます。箱根は温泉街のイメージがあると思いますが、山に入ると天の川がよく見えるぐらい暗くていいところなんですよ。」
●その場所によって、聴こえてくる音や感じる臭いとか違ってくるんじゃないですか?
「箱根だと硫黄の臭いがしますし、花の匂いが遠くからでもすごくよく分かるんですよ。それが驚きで、何か匂いがすると思って闇の中をたどってみて、見つけたときに懐中電灯で照らしてみると、そこに花があったりするんですよね。」
●分かるもんなんですね!
「それぐらい人間の鼻は性能がいいし、それを普段使っていないだけで、闇の中に入れば、それだけ鼻が利くんですよね。耳も風媒花っていう2ミリぐらいの小さい花が落ちる音が聞こえたりするんですよ。『小雨でも降り始めたかな?』と思って手を出したら、風媒花が乗ってくるんですよね。秋だと、落ち葉が落ちる音だったり、離れたところにいる獣の息遣いとかも聞こえてきたりしますし、遠くのお寺の鐘の音や遠くを通る貨物列車の音、遠くで犬が吠えてる声などがすごくよく聞こえてきますね。」
●そういったところもナイトハイクの魅力の一つですね。
「そうですね。普段眠っている五感が呼び覚まされますね。自分の中の能力をフルに使っている感じがしますね。」
※最後に、ナイトハイクの醍醐味についてうかがいました。
「一番気持ちいいのは、夜の山に登って山頂に着いて、山頂から闇景色を見渡したときに、半径数キロの人口密度はものすごく少なくて、今いるのは自分だけで、この空間を自分が独占していると感じたときがすごく気持ちがいいですね。日常生活で人と肩を寄せ合うのもいいですけど、寄せ合いすぎるぐらい窮屈に生きていたりするので、その爽快感は最高ですね!」
(この他の中野純さんのインタビューもご覧下さい)
今までは怖いと思っていた闇ですが、中野さんのお話を聞くうちになんだか闇に親しみをもっていけたと思います。さっそくナイトハイクにも行きたいなと思うのですが、やはり色々と準備が必要なので、まずは中野さんの著書でしっかり勉強をさせていただきたいと思います!
集英社新書/定価756円
中野さんの新刊となるこの本は、“闇”を深く追究、分析した本。特に日本人がいかに“闇”や“夜”と親しみ、楽しんできた民族なのか、この辺の記述と分析は素晴らしく、ひとりの日本人として目から鱗のことばかりな内容となっています。
誠文堂新光社/定価1,890円
中野さんが2012年に出されたこの本は、ナイトハイクのことを詳しく知りたい方にオススメ。ナイトハイクの心得や、高尾山のナイトハイク完全ガイドなどが写真と共に掲載されています。
2月22日(土)に行なう東京都の奥多摩むかし道を歩くツアーのことなど、詳しい情報は、中野さんブログ「さるすべり家頁」をご覧ください。