今週のベイエフエム/NEC presents ザ・フリントストーンのゲストは、杏橋幹彦さんです。
フォトグラファーの杏橋幹彦(きょうばしみきひこ)さんは、酸素ボンベを付けずに海に入り、波の裏側を撮る写真家として大変注目されています。今回はそんな杏橋さんに、なぜ波の裏側を撮るようになったのか、なぜ酸素ボンベを付けないのか、そんなお話をうかがいます。
●今回のゲストは、フォトグラファーで波の裏側の写真を撮っている杏橋幹彦さんです。よろしくお願いします。
「よろしくお願いします。」
●早速なんですが、“波の裏側”を撮っているんですか?
「見る機会はなかなかないと思いますよね。」
●波の裏側って、海の中を見るんですか?
「そうですね。まず、波というのは物じゃなくて波動なんですよ。水の分子が絡み合いながら伝わってきたエネルギーの形なんですね。なので、陸地に届いたものは沖の水じゃないんですよ。面白くないですか?」
●波ってそうなんですね!
「だから、波の裏側って崩れてくる波動を先に読んで水面に浮いてて、潜って振り返ったときに見えるのが裏側ですよね。」
●その崩れる瞬間を見ているんですね?
「そうですね。それが崩れたら、太陽を覆うような水の厚さができたときに独特な陰影が生まれたりして、そこには言葉では言い尽くせない美しい瞬間が常に現れているんですよね。」
●実際に撮影するとき、どうやって撮るんですか?
「持ち物はなるべく小さい水中眼鏡と防水カメラのケース、足ヒレの3つです。僕にとっては三種の神器です。」
●3つだけでいいんですね。どうしてなるべく小さい方がいいんですか?
「イルカやサメなどから泳ぎを教わったと思っているんですけど、水の抵抗がない方が泳ぎやすいので、ウェートがない方がいいんですよね。本当は“できるだけ裸で行きたい”と思っているんですけど、水中眼鏡と足ヒレを使っているんで、ずるいんですね。でもそれがないとちゃんと泳げないんで、僕の中でギリギリ許せる範囲として、この3つを使っています。
水中眼鏡と足ヒレをつけて、片手にカメラを持った状態で沖からくる波を観察します。波が崩れるところは水の動きから予測するしかないんですよね。明確な線がないので、全ての感覚を使って波が崩れるところを予測してポイントまで行って、潜ってかわして、かわしながら振り向いたときに出る景色が、撮ってきた写真の1枚1枚ですね。」
●でも、私のイメージですけど、波って力強くて危険も伴うものだと思っているので、そこにたった3つの道具で挑むのはかなり勇気がいることじゃないんですか?
「僕は普通にやってますけどね(笑)。とはいえ、最初は怖くて近づけなかったです。物は透明で、どこで崩れるか分からないので、今のような写真が最初から撮れていたわけじゃないんですよ。でも、ある島に行ったときに偶発的に撮ることができて『これをやっていこう!』って思ったところから始まったんですよね。」
●偶然撮れたときって、どんな気持ちだったんですか?
「今から10年前のことなので、フィルムで撮っていたんですけど、そういう写真を撮ろうと思わずに撮っていたので、現像したとき、色や形にビックリしましたね。人間の目で見ているはずなんだけど、早すぎて見えてないんですよね。あと、人間の目はうまく作られているんで、青を飛ばしてグリーンっぽく見せてしまったりして、補正しちゃってるんですよね。だから、人が見ている色は本来の色じゃないんですよね。なので、カメラは色に対して正直だったと教わりましたね。それでその写真を現像したときに『僕はこれを撮り続けるんだな』って決まりましたね。そこから、たくさんの島に行くんじゃなくて一つの島に教わる気持ちで、同じ島に通うようになりました。」
※杏橋さんは、以前は酸素ボンベを背負って海に潜っていたそうですが、なぜ酸素ボンベをつけずに海に潜るようになったのでしょうか?
「昔は海に長くいたいから、酸素ボンベを使って潜っていたんですけど、やっていくにつれて色々な制約や魚を獲る行為に疑問を感じてきたので、 “裸に近い状態”を目指して色々なことを省いていきました。小さいころに水中眼鏡1つで潜っていたように、時間の制約や酸素ボンベの制約、人の都合などとは別次元の時間の中でもう一度向き合うべきだと思ったので、酸素ボンベをつけずに泳ぎだしました。」
●小さいころから海が身近にあって、そのころから「将来は海に関わる仕事がしたいな」と思っていたんですか?
「幼稚園のころは思ってましたけど、そのころは釣り道具屋さんか熱帯魚屋さんしか知らなかったんですよね(笑)」
●確かに、海関係の仕事ってその辺りがすぐ浮かびますよね(笑)。
「なので、波を裏から撮るということはなかったので、自然に流れ着いた感じですね。」
●杏橋さんが波の裏側を撮影することになったとき、誰かに習ったりしたんですか?
「先生が全くいなかったので、強いていえば魚と海ですかね。そもそも、僕はそういうのが嫌だったんで、南の方に行ったんですよね。南に行けば、点数とか指導や指示みたいなものがないじゃないですか。そういう中で偶然生まれたのが、これらの写真です。」
●先生がいると、そうしないといけないと思ってしまうんですか?
「答えが最初に決まっていて、その通りにならないとダメっていうのが嫌なんですよね。だから、僕は学校が大嫌いだったんですよね。どうしても、大人や先生が望んでいることにならないといけないっていうのはおかしいなと思っているんですね。特に地球って、雨も降るし風も吹くじゃないですか。なので、決められたルールとか点数、早さといった世界から逃げていった結果がこれらの写真なんですよね。」
●ファインダーは覗かないんですか?
「そうですね。ファインダーを覗いていると、画を作ってしまうんですよね。仕事で写真を撮るとなったときにファインダーを見ながら撮ると、商品を撮るときは仕方ないですけど、どうしても人の作為が入ってしまって、気持ち悪いと思っているんですね。だから、ファインダーを見ないんですよね。そもそも、見ている暇がないぐらい恐ろしいので、片目じゃなくて両目で見て、感覚で押しますね。」
●ファインダーじゃなくて、自分の目でしっかりと見て撮影するんですね。
「こういうのは学校じゃ教えてくれないと思いますが、“目とフィルムを繋げているのがカメラ”だと思って撮影しています。」
●シャッターを押すタイミングは、心の目で見て押すんですね。
「ハッと思ったときに押さないと逃してしまうし、フィルムで撮っているとはいえ、大事だからといって取っておいても仕方ないので、『いける!』と思ったら一気に押してしまいます。撮った後に『失敗した!』って思ったりする人もいると思いますが、これは向こう任せなので、それはそれ。なるがまま、あるがままです。押したときに撮れた画が全て。どういう画になっても『それでよし!』ですね。」
●今まで出会った波の裏側で、印象に残っているものはありますか?
「10年以上泳いでいると、これっていうものを決めるのは難しいんですけど、雨のときは印象的ですね。普段皆さんは見ないと思いますけど、雨が打ちつける音とか水の香りなど、色々なことがうごめいている中で波がたつのがすごく美しいんですよ。」
●実は今回、写真集を持ってきていただいているんですけど、これが雨が降っているときの写真なんですね。これを言葉で表現するのは難しいですね。
「美しいものに言葉はなくていいと思うんですね。それほど誰にも汚されてないと思うんですよね。」
●強いて言えば、琉球ガラスの泡が入った状態でしょうか。でもそれとも違う感じがします。
「雨って海の水じゃないですか。それが海に戻っている瞬間でもあるんですけど、その風景がガラス細工みたいにキレイで不思議ですよね。」
●他に印象的な写真がありますか?
「雲みたいな写真がいくつかあると思いますが、雲って空気の中にある水の分子が集まったものですけど、この“水の中の雲”も同じものだと思うんですね。」
●写真を見ていただければ分かると思いますが、空にある雲と同じ形をしているんですよね。ただ、色が濃い青なんですよね。まるで水墨画のようですね。
「この色は絵の具では無いと思うんですね。地球には“言葉には無い青”というものが存在していると思うんですよ。実は墨って黒じゃないんですよね。ある書道家の先生に聞いてみたんですけど、『墨は本当は“青墨”といって、古い松を焼いて作るもので、真っ黒じゃないんです』と教えてもらったときはドキッとしましたね。水の中に溶けているものって、純粋になればなるほど、水墨画のようになっていくんじゃないかと思っています。」
●この写真は修正してなくて、そのままの色なんですね?
「基本的には泳いで行って、フィルムで撮って、色は全くいじりませんし、トリミングみたいないいところだけを伸ばしたりもしません。撮ったままの写真です。」
●最後に、私が気になった1枚があるんですけど、それは夕焼けの写真なんですね。
「これを撮ったときは帰ってもいいぐらいの夕方だったんですけど、何か呼ばれている気がして、フィルムのカメラは何枚撮ったかを確認することができるカウンターがあるんですけど、確認したら1枚だけ残っていて、その1枚だけとっておいて1人で漂っていたんですね。いつもは沖を見ているんですけど、直感で『これだ!』と思って、太陽の方を向いて撮ったんですね。あとで現像したら、すごくキレイに写っていて、『この写真のために撮ってたんだな』と痛感しました。他の35枚は青だったんですけど、この1枚だけはオレンジだったんですよね。」
●この写真を見たときに「波の裏側にはこんな色もあるんだ」と思いました。
「本当に言葉がないですよね。」
●どの写真も一瞬一瞬の奇跡ですよね!
「そうですよね。同じものはないですよね。一瞬以上に姿が変わっているので、何千枚という写真が生まれてきますよね。」
●終わりがないですよね!
「本当に終わりがないですよね! 見る度に魅了されるし、見る度に『美しい』と思えるのって幸せなことですよね。」
●そして、“波は生きている”“地球は生きている”って思いました。
「そうですね。地球の呼吸であり、生まれる場所であり、終わる場所だと思うんですね。特に日本人って、1枚の写真からそういったメッセージを読み取る力がすごいんだなって最近思いますね。」
今回杏橋さんにお話しをうかがった時に、何度も“ありのまま”とおっしゃっていたのがとても印象的でした。危険も伴う“波の裏側の写真”を撮るのには、波に抗うのではなく、やはり“ありのまま”に自然体で波と、海と、地球と一体化することが大切なんですね。杏橋さんの写真からは、そんな“ありのまま”の地球を感じることができると思います。今まで見たこともないような波の裏側の世界。ぜひ皆さんホームページや写真集で感じてみてはいかがでしょうか。
バウンダリー出版/定価12,000円
杏橋さん渾身の一冊。普段意識して見たことのない波の裏側はまさに幻想的です。杏橋さんが映し出す海の世界をご堪能ください。
杏橋さんの素晴らしい作品はぜひオフィシャル・サイトを見てください。ハワイやパプア・ニューギニア、フィジーなどで撮った波の写真が満載。また、旅の模様を綴ったブログも楽しめます。