今週のベイエフエム/NEC presents ザ・フリントストーンのゲストは、赤田秀子さんです。
宮沢賢治研究家で写真家の赤田秀子さんは、岩手県花巻出身の童話作家であり、詩人の宮沢賢治に強く影響され、賢治の作品の中に出てくる植物や野鳥に着目。そんな赤田さんが先頃、コールサックという出版社から写真集「イーハトーブ・ガーデン」を出されました。副題に「宮沢賢治が愛した樹木や草花」とあるように、野山で撮影した植物の美しい写真と解説が掲載されています。今回は宮沢賢治を長年にわたって研究されている赤田さんにお話をうかがいながら、植物の視点から賢治の世界観に迫ってみたいと思います。
※小さい頃から作品に触れて、多くの人が知っている宮沢賢治ですが、あまり知られていない顔もあったそうです。
「宮沢賢治といえば、一般的には立派な人というイメージがあると思います。確かに立派な人だったんですが、私はそれ以上に面白い人であり、不思議な人だったという印象を持っています。」
●ユニークな人だということですよね?
「そうですね。例えば、たくさんの植物や野鳥、動物や自然について書いていますが、その描き方や捉え方が伝統的な花鳥風月の美学ではなく、一歩外しているんですね。あるときは科学的に、あるときは音楽的に表現したり、専門的な用語を詩の言語として使っていたり、方言を使ったり英語を使ったり、エスペラント語を使ったりフランス語を使ったりして表現したりしているんですね。」
●それだけでも知らないことばかりです! 今回、赤田さんが出版された写真集は「イーハトーブ・ガーデン~宮沢賢治が愛した樹木や草花~」というタイトルなんですが、賢治自身が植物をつぶさに観察していたんでしょうか?
「宮沢賢治は原稿をほとんど書斎で書かなかった人でした。どうやって書いていたかというと、手帳を首からぶら下げてペンシルを持って野山を歩いて、そこで感じたことや出会ったものをメモして、それを後に原稿に書き直して、推敲を重ねて作品に仕上げていくという手法を取っていました。なので、“元祖・フィールドワーカー”といえるぐらい、文学と自然を合体させた形で宮沢賢治の世界が展開されていると思います。」
●そうだったんですね! そういう風に外に出て観察をしながら文を書くスタイルって、当時では斬新だったんじゃないですか?
「そうだと思います。当時の小説家や詩人は書斎で書く人が多かったと思います。」
●賢治の植物の世界って、野に咲く花や草が多いんだろうなと思っていたんですけど、意外と園芸種も多いんですよね?
「宮沢賢治は農学校の教師を4年間やった後に農村活動に入ったんですね。そのときに非常にたくさんの園芸種をイギリスのサットン商会というところから種を取り寄せて、育てていたんです。今では園芸屋さんに売っているペチュニアやリアニア、ダッチアイリスなどは当時は珍しかったんですけど、それらをたくさん育てていました。」
●そうやって育てられた園芸種が作品の中に出てくるんですよね?
「そうですね。“花壇設計”というものが彼の功績の一つとして挙げられると思います。当時、近所の病院の院長先生に頼まれて病院の花壇を設計したり、花巻温泉の花壇を設計したりしていました。さらに、花壇だけじゃなく、景色そのものをデザインしたりしていましたね。」
●園芸家でもあり、空間デザイナーでもあったんですね!
●赤田さんが先日出された「イーハトーブ・ガーデン~宮沢賢治が愛した樹木や草花~」ですが、このタイトルについて説明していただけますか?
「“イーハトーブ”という言葉は日本語として確立しているように感じるかと思いますが、元々は宮沢賢治が岩手県のことをエスペラント語で呼んだことで広まった言葉なんですね。そして、それを定義するならば、岩手県だけではなくて、宮沢賢治が求めた世界と考えた方がいいかなと思います。彼は常に『こうあってほしい』と思って生きましたし、たくさんの詩や作品を残してきました。言わば“賢治の心の中の世界”ですね。そこの庭に咲く、つまり、心の中に咲く花ということで考えれば、岩手県にないような花も賢治の作品の中には登場してくるのも納得いくかと思います。」
●赤田さんの著書には、たくさんの植物がでてきますよね。おなじみのものもありますし、初めて見るようなものもありました。ここからはその草花からいくつか紹介していただきながら、それに通ずる賢治の世界を案内していただけたらと思います。まず、表紙の写真ですが、色とりどりで美しい草花なんですが、これはどういったものなんでしょうか?
「これは賢治が“ベンベロ”と呼んで、こよなく愛したカワヤナギの一種です。これは川辺に咲いているもので、どこに行っても見ることができるんですが、たくさんの種類があるんですね。賢治は文学を書いているのであって、決して植物図鑑を書いたわけではないのですが、賢治が書いた表現を見ると、よく観察をしていることが分かります。ヤナギの木は、まだ他の木々が眠っている早春の時期に芽吹きます。葉っぱよりも先に柔らかなビロード状の花芽が膨らみます。それが日にちが経つと、黄色い蘂が付いて赤くなり、そこから徐々に開いていくんですが、それを賢治は“バターの粒”と表現していて、膨らみ始めた銀ビロードを“ベンベロ”という地方独特の名前で呼んでいます。表紙の写真は、一つの枝の中に膨らみ始めた花芽とほころびかけた花芽と、ようやく出た新緑の葉っぱが見えるんですね。」
●その“バター”という表現が斬新だと思いました。黄色くて小さな雄しべと雌しべがあるんですけど、それがバターで、紫と赤の芽があるんですけど、それがベンベロとビロードなんですね!
※これからの季節、色々な場所でシロツメクサを見かけることが多くなるかと思いますが、賢治はそのシロツメクサを、こんな風に表現しています。
●「おや、つめくさのあかりがついたよ」という賢治のフレーズと共にツメクサの白い可憐な花の写真があるんですけど、この「あかりがついたよ」という表現が写真とピッタリで、すごくステキだなと思いました。
「これは“ポラーノの広場”という、宮沢賢治にしては長い童話なんですが、その童話の中の一説なんですね。その童話は、主人公が村の子供たちに連れられて、伝説のポラーノの広場があるところを探すところから始まります。白いクローバーのようなツメクサの花が咲いている野原を歩いていき、日暮れになって辺りが薄暗くなってくるところで、それらが明かりのように見えるんですね。その明かりをよく見ると、番号のような不思議な文字が書いてあるんですよ。それをたどっていくと、伝説のポラーノの広場に着くという少年の案内があって、主人公が歩いていくという風にお話が展開されていきます。」
●このツメクサの花があって、それが世界に広がっているという表現がこの中にあるんですね。他にもステキな草花があるので、ご紹介いただきたいと思います。これは、みなさん一度は見たことがある“スズラン”ですが、スズランは一般的には白い小さな花を咲かせるイメージがあると思いますが、実は赤い実を付けるんですよね。今回の写真集には、その様子を収めた写真も掲載されているんですが、これも賢治が赤い実に注目していたんですか?
「そうですね。宮沢賢治という人は、既にある物語を書こうとはしませんでした。スズランであれば、白くてかわいい花というイメージがあると思いますが、賢治はそこに留まらず、スズランは秋になると赤い実を付けるということを知っていて、それを作品の中に取り入れているんですね。ただ、この時代に賢治が書いているスズランは園芸種のスズランではなく、岩手山麓にたくさん自生していた“ニホンスズラン”だと思われます。ただ、今、岩手山麓を歩いても、自生しているニホンスズランを見ることはほとんどできません。今は園芸種のドイツスズランが世の中に出回っていますが、それも赤い実を付けるんですね。」
●また、童話の中に出てくるスズランに関するフレーズがかわいいんですよね。「ふん、いいにおいだな。うまいぞ、うまいぞ。スズランなんてまるでパリパリだ」。スズランの小さくて弾けているような絵が浮かんでくるようなフレーズですよね。
「これは“子ウサギホモイ”というウサギの子供を主人公にしたお話です。今読んでいただいた部分は、ホモイのセリフです。」
●では最後に、赤田さんが一番好きな植物をご紹介していただけますか?
「私が一番好きなのは、賢治が“ベンベロ”と呼んだカワヤナギの種ですね。カワヤナギというのは、すごく目立たないものなので、賢治の作品を読まなかったら、一生気づかないままで終わったと思います。今は私のようにつたない写真家でも、高性能のカメラがあるおかげでキレイに撮影することができますけど、野山でカワヤナギが咲いている傍を通っても、自分が意識して見る気持ちがなければ、この美しさが自分のところに入ってくることはないほど地味で小さな花なんですよね。それが、賢治の作品を読んでいたことで、たくさんのカワヤナギの種類を発見することができました。そこにシジュウカラが来て、新しい穂をついばんだり、まだ雪が残っている早春の時期に芽吹くので、『春が来るんだ』という喜びに繋がっています。このヤナギに出会ったのは、賢治のおかげだと思っています。」
雌しべをバターに例え、シロツメクサを咲く姿を“あかりがともった”と表現する、宮澤賢治のその感性は本当に素敵ですね。そして、それは実際に植物をつぶさに観察したからこそ、出てきた言葉なんだと思います。赤田さんのお写真も、本当に植物の細部まで綺麗に撮られていて、きっと賢治と同じように植物たちに愛情を持って、じっくりと観察されているんだろうなと感じました。だからこそ、今回の赤田さんの著書「イーハトーブ・ガーデン」は、賢治の世界が赤田さんの写真を通して、スッと心に入ってくるんだと思います。興味をそそられた方は、ぜひ赤田さんの著書をチェックして下さい。
コールサック社/定価1,575円
赤田さんの写真集となるこの本は、「宮沢賢治が愛した樹木や草花」という副題の通り、賢治が愛した草花たちが賢治の作品のフレーズと共に紹介されています。どれも素晴らしい写真なので、是非ともチェックしてみてください。
赤田さんは「イーハトーブ・ガーデン」というブログもやってらっしゃいます。千葉県市川市の自宅近くの公園で撮った野鳥や風景の写真が満載。こちらもぜひ見てください。
赤田さんも出展する写真展「第5回 千葉県写真連盟・会員展」が3月3日から9日まで、千葉市文化センター5階・市民サロンで開催されます。赤田さんの写真の世界を是非とも体感してください。