今週のベイエフエム/NEC presents ザ・フリントストーンのゲストは、名嘉睦稔さんです。
沖縄・伊是名島出身の版画家・名嘉睦稔さんは、大自然に育まれた特別な感性を持つアーティストで、自分の中に湧き上がってくる情景をダイナミックかつ繊細に描いた作品はたくさんの人を魅了しています。日本文化デザイン賞も受賞され、世界規模のポスターや記念切手、中学校の美術の教科書などにも掲載されているので、その作品をご覧になった方も多いのではないでしょうか。
睦稔さんとこの番組のお付き合いは、2001年に公開された龍村仁監督のドキュメンタリー映画「地球交響曲/ガイアシンフォニー」の「第四番」に睦稔さんが出演された頃からになります。そんな睦稔さんを、先日、木版画展が開催されていた京橋の画廊「Island Gallery」に訪ねて、作品づくりのお話など、色々うかがってきました。今回はそのときの模様をお送りします。
●今回のゲストは、版画家の名嘉睦稔さんです。よろしくお願いします!
「よろしくお願いします」
●実は私、睦稔さんが作品を作る風景をドキュメンタリー番組で拝見したことがあるんですね。はじめに墨で下絵を描かれ、その後(頭に)タオルを巻いて、ダイナミックに彫っていました。その作業風景だけでも鳥肌が立ったんですが、彫っているときはどういう心境なんですか?
「彫ってるときは夢中になってますし、急いてますね」
●早く自分の中にあるものを出したいという感じですか?
「絵が見えてるので、それを引きずり出したいんですよ。もたもたしていると、絵が変化してしまうんですよね」
●絵が変化してしまうんですか!?
「僕はいつも“絵は時間の分だけある”と思っているんですね。今こうして話しているときも絵があって、それを少しでも過ぎてしまうと、絵は動いているので、同じものを見ることができないんですよ。そして、その絵は連続して繋がっている感じがするんですね。僕らが生きているときの一片を取る作業が絵を描くということのような気がするんですよ。写真だってそうじゃないですか。その日写真を撮り続けると、1日の写真には流れがあるじゃないですか。だから、絵は写真と同じように、連続して流れているような気がするんですよね」
●睦稔さんの版画も一瞬一瞬を捕らえて描いているから、その瞬間にしか生まれない絵なんですね。
「そうじゃない方法でも描けるとは思いますが、その方法で描いた方が、自分の想いに沿ってるんですよね」
●それって、自然に近いですよね。自然も常に動いていて、その瞬間は二度と来ないじゃないですか。
「そんな感覚ですね。だから、次から次へと描きたいんですよ。だから、ついには、絵を描くための準備をするとか下絵を描くという作業をしなくなりました。その瞬間を取って、すぐ描くという方法になってしまいました。その瞬間に捕らえたものでよしとする方が、僕が考える絵の有り様に即している感じがしますね」
●その瞬間瞬間を、私たちに見せていただいているんですね。
「僕らも、そういった瞬間瞬間を生きているんですよ。みんなはそういった瞬間を並べて、全体を生きている感覚でいると思いますが、実際はその瞬間を生きているんですよね」
●今回展示されていた作品についてうかがいたいんですが、今年描かれた作品が“花屋敷”ですよね。拝見させていただきましたが、濃紺がベースとなっていて、オレンジとピンク色のキレイなお魚がたくさん泳いでいる感じでしたが、「これって“魚屋敷”じゃないのかな?」と、タイトルとギャップを感じたんですね。
「ですよね。実は、あの魚は“ハナゴイ”という名前で、ヒレとしっぽが長くて煌びやかな魚なんですよ。皆さんがよく知っているもので“グッピー”がいるかと思いますが、あれとよく似ていて、その姿がまるで“花魁(おいらん)”のように着飾って派手で、自分がいるということをPRしているような感じなんですね。そういう魚たちがいるというのは、沖縄のサンゴが素晴らしいからで、そのサンゴは魚たちにとって自分たちの場所で、あれだけ様々な種類がいるけれど、うまく棲み分けができてるんですよ。その様子が1つの大きな屋敷のような感じがしたので、“花屋敷”というタイトルになりました」
●そういった話を聞くと、あの絵の見方が変わってきそうです! 私も最初に見た印象として、あの魚たちが楽しそうに話しているようで、その話し声も聞こえてくるような感じがしたんですね。もしかしたら、艶やかなメスの魚たちがおしゃべりをしている風景なのかもしれないですね。
「いかにも煌びやかで艶やかな花魁の姿のような感じがしますよね。赤系の色って海の中では青に溶け込んでしまうんですが、近づいてみると、その本来の色が浮き上がってくるんですね。だから、海の中で同種の相手に自分の所在を伝えようとするための鮮やかな色をちゃんと持っているんですよね。そういう場所に自分が入り込んだときの感情を描いたつもりです。それに、浮遊感も感じられるように描きました」
●あの絵を見ていると、自分もフワフワと漂っている感じがしました。
「ダイビングをしたことがありますか?」
●あります! ダイビングが趣味なんです!
「そうなんですか! だったら、あの感覚はすぐ分かりますよね」
●フワフワと近づいていくと、そこにはまた違った世界があるような感じがしますよね!
「もう言うことはないですね。全部分かってますよね」
●改めてそう感じました。睦稔さんの絵って、動いてますよね。
「絵って動いてるんですよ。実際の魚たちは動いているので、あの動いている感覚をどうにかして絵を見てくれる人と共有したいんですよね。実は、あの絵って乱暴に描いているんですよ。丁寧に描いていると、あの動きは出てこないんですよね。もしかすると、わざとあんなに乱暴に描いたのかもしれないです。自分をスリリングな状態に置くことによって、夢中度が違ってくるから、そういうことを自分で何度も繰り返してやっていたのかもしれないですね」
●睦稔さんは、森の中に行くと、どういうことを感じますか?
「僕はときどき、意図的に森の中に潜って、石みたいに動かないものになったような気分で、1日中そこに留まるっていうことをしているんですね。例えば、朝10時ぐらいに入って、夜12時ぐらいまで、ずっと同じ場所にいたりするんですよ。そのためには、自分が座る場所や長い間同じ格好をしていてもキツくないような状態にしないといけないんです。人は横になると寝てしまうから、体は立てておかないといけないんですが、背中に木の根を当てて楽になるようにして、そこに留まります。
そうすると、色々なものが目の前を通過しますし、様々な情報が自分の五感の中に入ってきます。そうしていると、自分の中に様々なイメージがまるで“顔”のようにどんどん変化するんですよ。その変化が激流のように激しいので、座っているのに、すごく忙しくて大変なんですよね。
僕の経験からすると、森は夜10時ぐらいになると変化するんですよ。5分間隔で森が変わっていきます。木の葉っぱが揺れているわけではないんですが、木が動き出すような感覚があったりするので、森がものすごく騒がしくなるんです。それが夜中3時ぐらいまでですね。もちろん波がありますが、いつもその辺りから始まるので、何かあるんじゃないかと思います。ただ、昼もその時間になると似たような状態になるので、ある一定のバイオリズムがあるんじゃないかと思いますね。しかも、それは1本の木だけじゃなくて、全体がそういう状態なんですよ。
例えば、人間は昼に活動する生き物なので、朝、鳥がまだ鳴き出したころから、車のエンジンがかかる音や遠くにある高速道路の音がどんどん大きくなってくるじゃないですか。そういう“人が動き出す”感じが、森でもその時間になると感じるんですよね。もしかすると、植物は夜に活動しているんじゃないですかね。
そういう風に石になっている自分が想像をめぐらせていると、近くにフクロウが来て鳴き出したり、クサムシが遠くで動き出したら、それが連動してすぐ近くまで来たりするんですね。そんな中にいると、木たちがもしかしたら走り回っているんじゃないかと思ったりするんですよ。
そういうときって、自分は暗い闇の中にいるので、自分が見ている葉っぱや自分が着ているレインコートなどが闇の中に消えていくような感じがするんですよね。そんな感じで、昼に活動する人間にとって、闇の中に取り込まれると恐怖を感じるんですよ。恐怖感が少しでも出てくると、想像が連鎖していって、逃げ出したくなるぐらい怖くなるんですよね。でも、それをこらえると、恐怖心がなくなって、木が変化していくのを感じることができるんですよ。そのときは、周りと親密な関係になっているんだと思いますね」
●それを私たちが森に行っても感じることができるんですか?
「間違いなく感じることができますね。ただ、これを2人で一緒に行ったりすると、また感覚が違ってくるんですよね。なので、お互い少し離れて一度1人でいるようにした方がいいですね。1人でいるのは訓練がいるかもしれないですけど、そういうことを知るために1人でいることが重要なんですよ」
●私はダイビングが趣味なので、海に潜ったことがあるんですが、森に潜ったことはないんですよね。これは一度体験してみたいですね!
「木はそんな感じで、すごく忙しくしているんですよ。もちろん、私の錯覚かもしれないですよ?」
●今後、こういうテーマで描いてみたいとか、挑戦してみたいジャンルとかってありますか?
「一緒にやっている仲間からよく『油絵をやってみましょう!』って誘われて、自分でも描きたい気持ちがあるんですが、いつの間にか忘れてしまうんですよね。だから、壁などにメモしたものを貼ったりして、いつも繰り返して言い聞かせればやるのかもしれないですけど、絵の描き方がそういうものなので、日頃やろうと計画していたこともどんどん忘れてしまうんですよね(笑)。思い出す度に『それやりたかったんだよな。まだやってなかったんだ。やらないと!』って思うんですが、一歩外に出たらまた忘れてしまうんですよ(笑)」
●(笑)。睦稔さんも瞬間瞬間を生きているんですね。
「本当切ないね。ただ、絵は生まれてくるので、その絵が生まれてきたら、どんなスタイルであれ、描くようにしています」
●生まれてくる絵というのは、“沖縄の自然”や“生命”、“人”っていうのがテーマなんですか?
「僕は沖縄で生まれたから、それがテーマのように思うのかもしれないですが、自分としては、それにこだわっているつもりはないんですよ。浮かんでくるものがそういうものだったりするので、それを描くことが多くなるんですね。今、富士山や山を描いてるんですよ。描きだしたら止まらなくなって、そればっかり描いてるんですよ。
富士山はこれまでたくさんの方がいい富士山をいっぱい描いてますから、僕が描くこともないだろうし、あの素晴らしい富士山を僕が描ける気もしないので、『さすが富士山は“霊峰”と呼ばれることがあるな』と思いましたね。
大きな目で見ると、つつくりが瞬間に盛り上がった感覚がこんな感じかなと思っていたものの、それを自分が描くとは思っていなかったんですね。あるときポロっと出てきて、それがみんなから『いいじゃないですか!』って言われてるうちに図に乗ってきてどんどん入っていったら、そればっかり描いてるんですよね。なので、沖縄に限定しているわけではないです。自分がどこかに旅に出たとき、ひょいと絵が出てくるんですよね。だから青森が出たり、四国が出てきたりすることがあるんですよ」
●それって突然出てくるんですね。
「あまり予定通りに出てこないですね。行ったからすぐ出てくるものでもなくて、3年後に出てきたりすることもあるんですよね」
●行っても、作品として出てくるのはその後だったりするんですね。
「出たときに描けばいいという風にしていると、そういう風になりますよね」
●今この瞬間に蓄積されたものが、もしかしたら数年後に出てくるかもしれないんですね。睦稔さんの心のストックがどんな風になっているのか見てみたいです!
「自分でもどんな風になっているのか分からないんですよね。自分で自分の心を考えていて、その心がよく分からないんだから、面白いですよね」
●その想いを、睦稔さんの版画を見ながら、ゆっくりと考えてみたいと思います。
※この他の名嘉睦稔さんのトークもご覧下さい。
瞬間、瞬間を捉えて絵を作っているというお話がとても印象的だったんですが、そんな風に生み出された作品は、完成されたときからまた動き出しているのではないかと私は思っています。じっと作品を見ていると、草花の香りや生き物の声、そして頬を潮風がかすめていくような感じがします。みなさんは睦稔さんの作品からどんなことを感じるのか。ぜひ、ギャラリーやHPで睦稔ワールドをご堪能下さい。
京橋の画廊「Island Gallery」では、沖縄の版画家・名嘉睦稔さんの作品が常時展示されています。また、来年のカレンダーなども販売中です。
睦稔さんのオフィシャルサイトでも、作品を見ることができます。ブログにもアクセスすることができますので、是非チェックしてみてください。