今週のベイエフエム/NEC presents ザ・フリントストーンのゲストは、斉藤正史(まさふみ)さんです。
ロングトレイル・ハイカーの斉藤正史さんは、ロングトレイルを歩き、その旅の紀行文を雑誌などに掲載するライター業を仕事にされています。
ロングトレイルというと、この番組には何度もご出演いただいたバックパッカーで作家の加藤則芳さんを思い出します。加藤さんはアメリカ西海岸のジョン・ミューア・トレイル(340キロ)や東海岸のアパラチアン・トレイル(3,500キロ)を踏破した方で、ロングトレイルの自然や伝統、歴史や文化を日本に紹介した第一人者です。惜しくも2013年4月17日にこの世を去りましたが、その功績は今でも大変評価されています。
実は斉藤さんは2005年にアパラチアン・トレイルで加藤さんと運命的な出会いを果たし、加藤さんがご病気になってからも親交を深め、ついには加藤さんの意志を継ぎ、ロングトレイルを紹介する活動を続けています。今回はそんな斉藤さんに、ニュージーランドのロングトレイルや山形県で進めているプロジェクトのことなどうかがいます。
(写真協力:斉藤正史)
※以前は郵便局に勤めていた斉藤さんですが、ロングトレイルに興味を持ったキッカケは何だったのでしょうか?
「海外のテレビでアパラチアン・トレイルを題材にした番組が放送されていたんです。その番組で若いバックパッカーがスタートするとき“何もない生活をするために俺はここに来た”というコメントがあったんです。それを見て普段なら“いいなぁ”で終わっちゃうんですが、そのときはなぜか分かりませんが、そこに行くような気がしたんですね。とはいえ、そういうことは普通だとすぐ忘れてしまうんですが、会社を辞めるタイミングで“何かできないか?”と考えたときに一番最初に浮かんだのが、なぜかその“アパラチアン・トレイルを歩く”ということだったんです」
●コメントの「何もない生活をするために俺はここに来た」というフレーズがすごく印象的なんですが、トレイルってまさにそんな感じなんですか?
「歩き方にもよりますが、生活に最低限必要となるものだけを持って歩かないと、荷物が重くなって歩けなくなってしまいますので、余計なものはあまり持っていけないです」
●そうなると、逆に自分にとって必要なものはなんなのかが見えてきたりしますよね。
「そうですね。そう考えてみると、人って生活にそれほど必要ないものをたくさん持っているんだと気がつくんですよね」
●厳選されたものたちをバックパックに詰め込んで歩くんですね。トレイルと登山の一番の違いはどういったところですか?
「トレイルには“トレイルを歩く上で、ハイカーがトレイルに残していいのは足跡だけ”というルールがあります。“自然の中に人間の痕跡を残さない”という考えがあるので、そこが一番違うところだと思います。それと、トレイルは山麓を巡って自然を楽しむものなので、頂上を目指して必死になって歩くのではなく、自然の移り変わりや植生、鳥の声などを聴きながら歩いていきます。そういう意味では、“山登り”と“山歩き”と思っていただければ分かりやすいんじゃないかと思います」
●足跡以外残さないって難しいと思うんですが、どういったことを意識されていますか?
「“アメリカの国立公園の中では道端に転がっている石も動かしてはいけない”と加藤さんもよく話していたと思いますが、僕たちも食事をする上で食べ物をこぼさないようにしたり、食器を川の水で洗わないようにしたりと、自然にないものを自然の中に極力置いていかないようにすることを一番意識しています」
※“MASA”というハイカーネームを持っている斉藤さんは、北米大陸を南北に縦断するアメリカの3大トレイルを、日本人としてふたり目に踏破した実績を持っています。
この3大トレイル、1つ目はアメリカ東海岸にある“アパラチアン・トレイル(総延長3,500キロ)”、2つ目は西海岸にある“パシフィック・クレスト・トレイル(4,260キロ)”、3つ目は中西部の“コンチネンタル・デバイド・トレイル(最短で4,300キロ、最長で5,100キロ)”。斉藤さんはこれをそれぞれ2005年、2012年、2013年に踏破されています。
そんな斉藤さんが去年から今年にかけて歩いたのが、ニュージーランドのロングトレイルでした。一体、どんなトレイルなんでしょうか?
「“テ・アラロア”というニュージーランドの北島と南島を繋いだルートがあります」
●北島と南島を繋ぐトレイルということは、かなりの距離なんじゃないですか?
「北島が1,700キロ、南島が1,300キロなので、合計3,000キロとなります」
●ニュージーランドを縦断する感じなんですね! 国立公園みたいなところも通ったりするんですか?
「そうですね。トンガリロ国立公園を通りますし、そこから先にある“グレートウォーク”という(歩くために)許可証が必要なところがあるんですが、そこも一部だけ歩きました。そこ以外は自然公園を通ることが多かったルートでした」
●国立公園を通るときはルールなどが厳しいと思いますが、全体的にはどうだったんですか?
「各セクションで細かいルールがあります。時折、私有地や牧場も通るので、中には“1日6名しか入れません”っていう面白いものや、“この道路を通るときは、持ち主のマネージャーに朝9時から夜9時までに電話して許可をもらってください”といったものがあります(笑)」
●(笑)。6人しか入れないと、早く行かないといけないですね!
「それもありますし、海を渡るルートもありまして、そこにはウォータータクシーというものがあるんですが、それを探さないといけないんですよ。無事探せたとしても、予約がいっぱいだと乗れなくて渡ることができないんですよ。それで困って地元の人に聞いてみると“船をヒッチハイクすればいいじゃないか”と教えてくれて、漁船をヒッチハイクしたりしましたね(笑)」
●(笑)。アメリカとニュージーランドでは、トレイルの事情が随分違いますね。
「そうですね。環境もルートもかなり違うので、全くの別物だという印象を受けました」
●斉藤さんの感覚で、それぞれのいいところはどういったところですか?
「アメリカのトレイルの魅力は“雄大な手付かずの自然がある保護区の中を歩く”ことだと思いますし、ニュージーランドのトレイルの魅力は“人の良さ”だと思います。地元の方が非常に優しいんですよね。テ・アラロア・ルートでは時々ハイウェイを歩いたりするんですが、そういうときに地元の方たちと出会ったり、街を通るときにバックパッカーズに泊まると世界中の人たちと出会えたりするので、“人と出会える”のがテ・アラロア・ルートの魅力だと思います。
歩いていると、かなり日焼けをしますし、(僕は)髪がウェーブな感じなので、よく地元のマオリの方だと間違われましたし、マオリの方たちに非常によくしていただきました(笑)」
●もしかしたら、繋がっているかもしれないですね(笑)。
「マオリの皆さんもそう言っていて、“マオリの言葉には日本語に近いものがたくさんあるんだよ”って教えていただきました」
●どんな言葉なんですか?
「詳しくは聞きませんでしたが、日本語に近い地名があるそうなんですね。“マオリの言葉は近いから、きっと先祖は繋がっているんだよ。だから僕たちは兄弟だ!”って言ってくれましたね」
●例えば、自然観も日本人と似ていたりするんですか?
「そうですね。そういう部分もありますし、考え方も近い部分を感じましたね」
●それはどんな考え方ですか?
「自然との関わり方というところで近い部分がありますし、今生きている(マオリの)人たちの考え方も東洋の人たちと近いような気がしましたね」
※アメリカでは“トレイルエンジェル”というハイカーをサポートしてくれる地元の方たちがいます。人との出会いもトレイルの魅力のひとつなんですね。
「もちろん自然の中を歩いているので、1日に出会う人の数は相当少ないんですね。なので、2日間ぐらい(誰にも)会わないでいた後に同じ方向に歩いている人と出会ったら、非常に嬉しくて、僕は英語が苦手なんですが、それでも人に話しかけたくなるんですよね(笑)」
●(笑)。それだと、より密な関係になりそうですね。
「なので、一緒にキャンプをしたり、街に下りるときには一緒に下りたりします。アメリカのトレイルの場合、泊まる施設があるんですが、その部屋を4人でシェアすると、その部屋の宿泊代が4分の1になるので、部屋をシェアすることが非常に多かったです。そうすると、その人たちとどんどん親密になりますね」
●帰ってきた後でも、その交流が続くんですね。
「そうですね。未だに交流のある人もいます」
●ニュージーランドでは生き物との出会いってありましたか?
「かなりたくさんありまして、今ニュージーランドでは入国する際にアウトドア用品に泥が付いていないか審査されるぐらい、外来種に対して厳しい規制をしているんですね。 “トラック”と呼ばれるところを歩くと、“ポッサム”という動物が見られます。タヌキみたいな頭をしていてキツネみたいな体をしているんですが、これはニュージーランドには本来住んでいない動物なんですね。これがオーストラリアから入ってきて、飛べない鳥たちを食べたり、地元の人たちが作っているハチミツの巣箱を壊したりするんですよ。それの対策として罠が仕掛けてあったりするんですね。あと、キウイの保護区があると、遠くにキウイが歩いている姿が見えたりして、色々な動物を見ることができました」
●キウイを実際に見たことがないんで分からないんですが、実際はどんな感じなんですか?
「僕も遠くから見たのでよく分からないんですが、丸い印象がありましたね」
●ニュージーランドの自然の中に長い間いて、どんなことを一番感じましたか?
「今、日本では自然破壊とか叫ばれているじゃないですか。アメリカでは手付かずの自然をそのまま守りましたし、ニュージーランドは外来種によって色々な弊害が出てくるようになって、初めて保護区という形で守られています。では、“日本はどっちの方向に進むべきなのか”ということを歩きながらよく考えてましたね。この点はどちらも日本より先に進んでいるところだと思います」
※斉藤さんはアメリカの3大トレイルやニュージーランドのトレイルを歩いた経験を活かして、地元山形で、あるプロジェクトを進めています。
「“山形県内にトレイル・コースを作る”という活動をしています。元々はアパラチアン・トレイルから帰ってきたときに“こういうルートが日本にもあったらいいな”と考えていたものの、再就職してサラリーマンになると、そういった活動がなかなかできずにいたんですね。あるとき、山小屋で知り合いにその話をしたら、“それ面白そうだからやろうよ!”って言って、手伝ってくれる人が現われたんです。それで歩きながら道を作ることになりまして、今その活動をしているところです」
●実際に作るとなったら、色々と大変じゃないですか?
「加藤さんも“維持・管理していくのが難しい”とおっしゃっていたんですが、それを今まさに実感しています。ただ、作るだけじゃなく、継続していくシステムを作ることも重要だと思って、そのシステムを作りながらルートを探している状態です」
●ルートはどうやって探しているんですか?
「“登山道を通そう”という話もあったんですが、登山道をただ歩かせると登山と変わらなくなってしまうので、以前使われていた生活道路や古道などが山形にはたくさんあるので、そういったものを見つめ直して、それを通すようなルートにしたいということで検討しています」
●今使われていない道ってたくさんあるんですか?
「はい。昔、峠を挟んで山形県の集落と宮城県の集落が隣同士になっていたんですが、その集落を結んでいた道がたくさんあったりするんですよね。その道は地図には載っていなかったりするので、地元のお年寄りの方にお話を聞きにいったりして教えてもらっています。そういったことは今のうちにしておかないと、途中で寸断してしまうといけないですからね」
●トレイルというと、日本ではまだ認知度が低いと思うので、地元の方や行政の方の反応ってどうなのか気になっていたんですが、皆さん協力的なんですね。
「そうですね。加藤さんがかなり広めていただいていたので、登山が好きな方はある程度ご存知なんですよね。加藤さんの存在の大きさを感じています」
●今後は斉藤さんが加藤さんの意思を継いで、ロングトレイルを通じて皆さんに色々なことを発信されていくかと思いますが、一番伝えていきたいことはどんなことですか?
「加藤さんがお亡くなりになる少し前によくおっしゃっていたのが“今の時代は自然と関わらなくても生まれて死ぬことができる。だから、少しでも自然に関わる若い人たちが増えてくれればいい”ということでした。私の役目は、アウトドアの知らない人たちが“自然の中でコーヒーを飲んでみようか”とか“テントを張ってみようか”ということに導くことなんだろうなと思っていますので、そういったところを伝えていきたいと思っています」
今回は斉藤さんに海外のトレイルのお話たっぷりうかがいましたが、日本でも徐々にロングトレイルが整備されてきているそうです。例えば“信越トレイル(80キロ)”、“八ヶ岳山麓スーパートレイル(200キロ)”、そして環境省が三陸で整備を進めている“みちのく潮風トレイル(全部開通すると700キロ)”などがあります。実は私も以前からロングトレイルに興味があって、ぜひ歩いてみたと思っていたので、清々しいこの季節にどこのトレイルにお邪魔しようかワクワクしながら計画中です。
日本コロムビア/COBM-6581/本体価格3,500円
斉藤さんがアメリカのロングトレイル“パシフィック・クレスト・トレイル”を踏破した旅の記録がDVDとなって発売されています。
◎詳しい情報:日本コロムビアの公式サイト内商品紹介ページ
今回のお話にも出てきた“山形ロングトレイル”の詳しい活動内容などは、オフィシャルサイトをご覧ください。活動を一緒に行なってくれる会員も募集しています。
斉藤さんの近況などを知りたい方は斉藤さんのブログをご覧ください。ニュージーランドのロングトレイル“テ・アラロア”を歩いた時の模様もチェックすることができます。