今週のベイエフエム/NEC presents ザ・フリントストーンのゲストは、本川達雄さんです。
歌う生物学者の本川達雄さんは、昨年まで東京工業大学・理学部の教授として教鞭をとり、生物学の難しい話を、分かりやすい歌詞とメロディーで紹介するというユニークな講義で学生たちにも大変人気がありました。また、ベスト・セラー“ゾウの時間、ネズミの時間”の著者としても知られています。そんな本川さんが今年、新書版で“生物多様性”という本を出されました。そこで約3年半ぶりに、この番組にお迎えして“生物多様性”の初歩的なお話を色々教えていただきます。
●今回のゲストは、歌う生物学者の本川達雄さんです。よろしくお願いします。
「よろしくお願いします」
●先日“生物多様性”という新書版の本を出版されましたが、このタイトルにもある“生物多様性”という言葉は今ではかなり耳にしますが、一体どんなものなのか、簡単に教えてもらえますか?
「多様性というのは“違うものが色々いるよ”っていうことなんですよ。生き物が最も生き物らしいところは“多様”だっていうことなんですよね。“人”だって1人1人顔が違うじゃないですか。“私”だって子供のときと今だと年を取ったことで顔が違うじゃないですか。だから、同じじゃないんですよ。人だけじゃなく、生き物の種類だって知られているだけで190万種いるといわれているんですよね。だから、違うものがたくさんいるというのが生物の特徴なんですよ」
●それを守らなければいけないといわれていますが、そのたくさんいる種をなぜ守らないといけないんですか?
「そこが大問題なんです。先ほども言いましたが、世界には知られているだけで190万種がいて、知られていない種がそれ以上いるといわれていますが、その多様な生物がどんどん絶滅していっているんですよ。生物が一番たくさんいるのは熱帯雨林やサンゴ礁といったところなんですが、そういったところがどんどんと伐られていたり破壊されていったりしているんですよね。そうなると、一番悪い予想だと、今世紀末までに今いる種類の半分がいなくなるといわれていて、1日で数種が絶滅していると考えられているんですよね。恐竜が絶滅したときは1000年に1種のペースで絶滅していたといわれているので、ものすごい数字ですよね。
ここ100年でその速度が上がっているんですが、それは人間の活動が影響しているんですよね。この多様な生物は私たちが作ったわけではなくて、神様や生物の進化の過程で作ってきたんだから、これは地球の財産なんですよ。それを僕らの都合だけで絶滅させてしまうのは問題じゃないですか? 日本だって海外で木を伐って木材を持ってきて『こっちの方が安いからいいでしょ?』って言っているわけじゃないですか。でも、それは多くの生物を犠牲にして成り立っているもので、それに対して『考えた方がいいんじゃないか?』ということでできたのが、“生物多様性条約”なんですよね」
※生物多様性が失われると、私たちの生活にどんな影響があるのでしょうか?
「さて、どうでしょう? 影響受けていますか?」
●直接的には影響がないです。
「そうですよね。例えば、毎日食べてる牛や豚、野菜なども生物なんですよ。それらを買いにスーパーに行くと思いますが、何種類の生物が売っているかというと、せいぜい200種類ぐらいですよ。だから、多様な生物がいたら食卓は豊かになるけれど、190万種を食べることってないんですよね。190万種って見たことも聞いたこともないような種類ばっかりなんですよ。だから、そんなのがいなくなったって、僕たちには何も関係がないって言えるんですよ。でも、利己主義的な私にとって生物多様性はどういう価値があるかということを考えたのが、この本です。
“そもそも、生物って何だ?”というところから話は始まっているんですが、私は“ずっと続くことに価値を見出しているのが生物”だと思っています。生物って、40億年ぐらい前にできたと考えられています。そこからずっと続いていて、その子孫が今の私たちなんですよ。その間、巨大隕石がぶつかってきたり、地球全体が凍りついたりと、いつ絶滅してもおかしくないようなことが次々と起こったにも関わらず、途切れずに続いてきたんです。とはいえ、私たちのような生物の個体としては必ず死ぬわけですよ。じゃあ、生物がずっと続くにはどうしたらいいかというと、建物のことを例にして考えてみると分かりやすいかもしれません。ずっと続く建築物はどうやって作れるでしょうか?」
●・・・ちょっと分からないです。教えてください。
「形あるものは必ず壊れるので、壊れたら直していけば続きますよね。それが法隆寺ですよ。でも、それをしていけば、機能性は落ちちゃいますよね。それじゃダメなんですよ。それじゃあ、どうすればいいのか。それを実践しているのが伊勢神宮なんですよ。20年毎に同じものを作るんです。去年、式年遷宮で建て替えたばかりですから、新築同然ですよね。考えてみれば、生物はこの伊勢神宮方式なんですよね。体は使っていれば擦り切れてしまうから、新品の建物のように子供を作るんです。そうすれば、世代が交代して、ずっと続いていくんですよ。そして、続くためには多様である必要があるんですね。
伊勢神宮は前のと全く同じものを作るんですが、私たち生物の場合は環境が変わってしまうんですよね。今の私と同じ子供を作ってしまったら、その子供は新しい環境に生きていけない可能性があるんですが、ちょっとだけ違う子供を作れば、どれかは新しい環境でも生き残ることができるから、続くことができるんですよ。だから、多様性は私が続いていくためにはとても重要なんです。私の中の多様性もすごく重要なんです。そうじゃなかったら、自分と同じクローンを作ってしまえばいいわけなんですよ。でも、途中で違う遺伝子を混ぜることをやるんですよ。なので、“私にとって多様性は重要である”といえるんですね。そうなると、色々な生物がいて成り立っている方がより安定して長続きするということが知られています。例えば、米がたくさんある中に私という種類が1種類だけいたら、私は米には不自由しないけど、ある日、いもち病が発生したら、一気に食べ物が無くなるじゃないですか。だから、ヒエも粟もイモもあった方がいいですよ。だから、生物多様性が大事なんですよ。
190万種あるから、半分ぐらいいなくなっても大丈夫だと思うかもしれないですが、半分からもう1種いなくなったら、全部の生態系がダメになる可能性もなくはないんですね。その実験を誰もやったことがないので、科学的にどこまで減ったら危ないのか誰も知らないんですね。でも、この調子でいったら、地球の生態系そのものが崩壊する恐れもあるんだから、そういうことが起こらないように、私たちは畏れをもって生きていかないといけないんじゃないかと私は思っています」
※実は、私たちが気づかないところでも、生物に非常にお世話になっている。そんなお話もしていただきました。
「僕たちは、日々動物や植物を食べさせていただいているじゃないですか。そして、僕たちの排泄物を他の生き物たちが食べていることもあるんですよ。そうやって、循環すれば続くんです。そういう循環を止めるようなことを今やってしまってるんですよね。それが問題なんですよ。色々な生物がいたら、共生関係にも色々出てくるんですよ。それが生きていく上でとても重要なんですよね。もし共生微生物がお腹の中からいなくなってしまったら、健康じゃなくなったりしますよね。
食べ物だけじゃなくて、着るものだって化学繊維が出てくる前は絹や木綿は生物からでしたし、住むところも木製の家に住んでいたら生物の恩恵を受けていますし、鉄筋コンクリートも実はそうで、コンクリートを作る石灰だって生物が作ったものですし、鉄もシアノバクテリアが光合成をして、それで生まれた酸素が酸化鉄になって沈殿した鉄鉱石を今取り出しているから、あれも生物が作ったようなものなんですよね。なので、私たちの衣食住は生物の恩恵を受けているわけで、生物が多様であれば、どれかが面白いことをやってくれたりするんですよ。そういう意味でも、今役に立たなくても、色々な可能性があるんですよね。生物の進化の歴史ってそんなものですよね。だから、今の私たちの都合で多様性を無くすと、後でしっぺ返しを受けるんじゃないでしょうか?」
●生物多様性のおかげとおっしゃいましたが、今回の本の中に“生物多様性おかげ音頭”という歌が載っているんですよね。これを、さわりだけでも歌っていただけないでしょうか?
「これは“生物多様性の恩恵を受けている”という歌です」
(ここで“生物多様性おかげ音頭”を歌っていただきました)
●ありがとうございます! この歌の歌詞の通り、生物多様性に色々とお世話になっているんですよね。
「そうなんですよ。だって、生物以外のものってないんじゃないですか? 鉄やコンクリートって、生物のおかげだっていえるんじゃないですか」
※生物多様性を守るために、私たちは何をすればいいのでしょうか?
「若いときに沖縄に行って、サンゴ礁の海に入ったんですが、こんなにもいっぱいあることに驚きましたし、イリオモテヤマネコがいる山に行ったときヒルが落ちてきたりやぶ蚊がいっぱい飛んできて、すごく驚きました。そういうやぶ蚊が素晴らしいからこそ、他のものもたくさんいるわけなので、『生物多様性ってこういうものか』と思いますね。この地球には自分にとって嫌なやつもいるけど、いいやつもいるんですよね。そういうものがいっぱいいて、それらと一緒に生きているということが、豊かなことで、地球上の賑わいなんですよ。そういうものを物質の豊かさ以上に大事にする姿勢が大事なんじゃないかと思います。
私は生物多様性を大事にする処方箋なんて分からないけど、まず沖縄の海に行って潜ってみてください。そうすれば、人生が少し変わるんじゃないかと思います。それしか言えないですが、それが原点だと思いますね。これは映像や本で見るだけではダメだと思います。実際に見てみたら、こちらが見ているだけじゃなく、向こうも見ていますからね。
“多様”というのは、自分の好きなものがたくさんあるということではないんです。嫌いなものもあって、それと付き合っていくことが生物多様性を大事にすることになるんです。今の社会って、自分にとって好きなものばかりを並べる世界を作り上げているんですよね。コンピューターの世界がまさにそうですね。お気に入りを登録しておくと、それだけでお気に入りのニュースがどんどん来て、その中で生きていけるんですよ。それをやってしまうと、他のものはいらないってことになってしまうんですよね。でも、それは非常に危険なことだと思います。
自分にとって気に入らないものも付き合うことが、自分の世界を豊かにすることなんですよね。自分の中にも気に入らないところがあるじゃないですか。子供を見ても自分に似てないところがあって、気に入らないって思ったりするじゃないですか。だからこそ生き残れるんですよ。女房は私と瓜二つじゃダメなんですよ! こういうこというと、女房に怒られそうですが(笑)、相性が悪い人と一緒にいるからこそ、私は生き残れるのであって、そういう多様性を大事にする姿勢が大事なんじゃないかと思います。
今の社会って、『私だけが長生きできればよくて、次の世代は知らない』っていうことじゃないですか。それだと続かないんですよね。子供の私も私で、子供の孫も私も得するといった利己主義じゃないといけないと思うんですね。そういう風に思えば、100年後の私が幸せに生きられる生き方を考えた方がいいんじゃないかと思います。そういった生物学的な幸福をもう少し考えるようにしないと、今の現代人は不幸なんじゃないかと思っています」
※この他の本川達雄さんのトークもご覧下さい。
「今世紀の終わりまでに今の種の半分がいなくなってしまう」というお話が本川さんからありましたが、私たちの便利な生活の陰で、たくさんの生き物が犠牲になっているんですよね。いち消費者として、生物多様性についてもっと考えていかなければいけないと思いました。
中公新書/本体価格880円
生物多様性についてもっと知りたいという方は、是非本川さんの新刊となるこの本を読んでください。今回お話していただいたことだけでなく、難しい話も分かりやすく詳しく書いてくださっているので、理解しやすくなっていると思います。
本川さんの研究内容や最新情報などについては、本川さんの公式サイトをご覧ください。