今週のベイエフエム/NEC presents ザ・フリントストーンのゲストは、塚本勝巳さんです。
日本大学教授の塚本勝巳さんは世界で初めてウナギの卵を採取したことで知られる研究者で、謎だらけのウナギの生態を解明しようと、40年にわたって調査・研究を続けてらっしゃいます。そんな塚本さんを先日、日本大学・生物資源科学部がある藤沢キャンパスに訪ね、現在開催中の特別企画展「うなぎプラネット」を見学したあと、ウナギの不思議な生態や、完全養殖の可能性について、いろいろお話をうかがってきました。今回はそのときの模様をたっぷりお送りします。
※まず最初に、ウナギの一生についてうかがいました。
「マリアナ沖の4,000メートルぐらいの深い海の表面から200メートルぐらいの深海の入り口で卵を産みます。そうやって産み出された卵から孵化した稚魚を“プレレプトセファルス”といいますが、それがエサを食べて大きくなって、6センチぐらいになると、“シラスウナギ”に変体して、日本の河口にやってきます。そこで半年ぐらい暮らすと“クロコ”になって川をのぼって棲みつきます。そこで“黄ウナギ”になって10年ぐらい暮らしたあと、“銀ウナギ”に変体して川を下ります。そして、マリアナ沖の産卵場に向かって旅をするという流れになります。川で10年暮らしますが、海には1年ぐらいにしかいないんですね。その海での生活がこれまでは謎だったので、“ウナギは不思議だ”と思われていました」
●今お話を聴いただけでも驚きがたくさんありました! なぜそんなに変体を繰り返して、海に行ったり川に行ったりしているんですか?
「ウナギは川の魚だと思っていると思いますが、祖先は海の魚なんです。海の魚がたまたま子供のころに川に入るようになって、大きく育って、その子供が川をのぼる習性を身につけてウナギになったんだと思います。元々は水深200~1000メートルぐらいの深海にいた深海魚でした。それが、あるときシラスウナギが川にあがってくるようになって、ウナギが生まれました」
●なんで川に来たんですか?
「よくは分かりませんが、河口にたまたま流れ着いたものが、既にそこに棲みついていたウツボやハモ、ウミヘビ、アナゴなどに追われて川に逃げ込んだんじゃないかと思っています。河口は居心地が悪くて脱出したんだと思います。川に逃げ込んだところ、自分より強いものはいないし、エサはたくさんあるから、そこの生活環境がすごくよかったんでしょうね。そこで育って、大きなメスになったわけですよ。
僕たちは“ウナギのイヴ”と呼んでいますが、最初に地球上でウナギになったイヴちゃん、それが川を下って、自分が昔棲んでいた深海に戻ったら、仲間のメスに比べたら自分の体はものすごくデカイわけですよ。大きな体で大きな卵をたくさん持っているから、イヴの子供は自然淘汰されにくいから生き残りやすいですよね。それで、イヴの子供がどんどん増えて、川にのぼっていく習性が定着したんですね。それでウナギになったんだと思います。だからこそ、未だに海に還って深海まで行って、卵を産まないといけない宿命を背負っているんですね」
※なぜ卵を産むためにわざわざ遠い海に戻らないといけないのでしょうか?
「サケが自分の母川に必ず帰ってくるのと同じように、ウナギもこだわりがあるんですよ。マリアナの海底山脈のある一角、ピンポイントでしか産まないんですよね。しかも、決まった水深でしか産みません」
●それはどうしてですか?
「それを知りたくて、実際に産卵しているところを見つけようと、今躍起になっているんですが、恐らく、“そこには特別な匂いがある”とか“特別な渦ができる”など、いくつかの環境条件があって、“あそこが自分たちの産卵場だ”と分かるようになっているんだと思います。
だって、広い海でオスとメスがほとんど光のないようなところでどうやって会うのかと考えたら、おぼろげながらでも大体の位置が分かって、最終的にはオスとメスが密着しないと受精が成功しないじゃないですか。オスとメスが出会うメカニズムはまだ分かっていませんが、それだけハードルの高い条件があるんですよ。だからこそ、海の中の産卵地点は未だに謎ですね」
●本当に奇跡的ですね。
「出会っているのは、奇跡としか思えないですね」
●以前、塚本先生と一緒に研究している東京大学大気海洋研究所の青山潤さんにお話をうかがったことがあるんですが、ウナギが卵を産む時期も奇跡的なんですよね?
「多分“新月仮説”のことだと思いますが、ウナギの産卵期って夏なんですね。初夏を中心に、それぞれの月の新月の2~4日前の3日間のみって決まっているんですよ」
●なぜそれが分かるんですか!?
「海の生物は月の動きに敏感です。特に潮の満ち干きがあるようなところに棲んでいる生物は潮のリズムで生活しています。ウナギも河口にやってきて、出ていきますよね。それも月のリズムが体に刷り込まれています。さらに、ウナギは潮の満ち干きだけじゃなく、天空にかかる月の満ち欠けを感じることができるんですね。
先ほど、ウナギは水深200メートルぐらいのところで産卵すると話しましたが、そこは人間が見ると真っ暗な世界ですが、魚は人よりも1桁低い照度でも光を感じることができるので、ウナギも感じることができますし、先ほど黄ウナギから銀ウナギに変体すると話しましたが、あれは産卵するのに適した体になるために目が大きくなったり浮き袋が大きくなったりするんですよ。目が大きくなって光を感じやすくなっているので、水深200メートルでも満月のときが分かりますし、満月が分かれば新月も分かるんですよね。なので、月のリズムは絶対に分かっているはずなんです」
※ウナギは世界で何種類ぐらいいるのでしょうか?
「亜種を入れて、世界で19種類います」
●私たちはウナギというと“ニホンウナギ”のイメージが強いんですが、そうじゃないウナギもたくさんいるんですよね?
「体に斑紋があるようなものや、ヒレが短かったり、背ビレが後ろの方から始まっているものがいますし、顔つきもよく見ると違うんですよ」
●どんな風に違うんですか?
「日本でも少し食べられている“ビカーラ種”という熱帯ウナギがいるんですが、鼻が潰れていて、愛嬌のある顔をしています(笑)」
●ウナギというと、ダックスのように鼻が長いイメージなんですが、そういうウナギもいるんですね!(笑) そういうウナギも、産卵期には海に行って卵を産んで川に還ってくるんですか?
「ビカーラ種はどこで産卵しているのか全く見当がついていない種類です。日本にもいるオオウナギは、ニホンウナギとほぼ同じところで卵を産んでいるということが分かっています。世界中で卵を産んでいる場所が分かっている種類は6種類で、約3分の1の種類の産卵地が分かっています」
●ということは、どこからともなく現れるイメージなんですね。その分かっている6種類は大体同じようなところで卵を産んでいるんですか?
「いえ、全く違います。北大西洋に棲んでいるヨーロッパウナギとアメリカウナギは“バミューダトライアングル”の少し南にある“サルガッソ海”という藻がたくさんあって、反戦時代に船がよく難破するということで、船乗りに恐れられた海域なんですが、そこで生まれてます。1920年代にデンマークのヨハネス・シュミット博士がそこを見つけたんですね。それに日本も触発されて、ウナギの産卵場調査が始まりました。それが1930年でした。そう考えると、産卵場調査の歴史は長いですよね」
●塚本先生が卵を発見したのが2009年ですよね。1930年からの悲願が達成されたということなんですね。発見したときは嬉しかったんじゃないですか?
「そうですね。シュートを決めたサッカー選手が芝に膝をついて十字を切ったりしますよね。あれをやりたいぐらいの感謝の気持ちがありましたね(笑)。運だと思いました」
●見つけるのは運なんですね。
「最初は運です。でも、最初の仮説が正しいと証明されてからは4回続けて仮説通りに卵を見つけることができたので、5階連続だと運じゃなくなりますよね。そうなると、僕たちのやり方は間違っていないと証明されたと思っています。ただ、どういう仕組みでそこで卵を産むのかは分からないんですよね」
●素人の私からすると、卵が見つかったんだから、産卵しているところも見られるんじゃないかと思うんですが、そうじゃないんですね。
「卵の期間は1日半で、それが終わると孵化して出てくるんですが、その1日半の間に海の中の流れで広がっていって、卵が見つかった場所から直径30キロメートルぐらいまで絞れば卵が取れます。でも、産卵シーンを見ようとすると、1辺が10メートルぐらいの立方体の部屋ぐらいのところに行かないと見られないですし、産卵シーンは数時間続くか続かないかですし、ほんの一瞬かもしれないんですよね。そういった条件にヒットするというのは、卵を探すよりも断然難しいんですよね」
●そう考えると、かなり奇跡的な確率になるんですね。
「なので、また神頼みですよね(笑)」
※天然のニホンウナギは現在、絶滅危惧種に指定されています。私たちが今食べているのは、子供のウナギ(シラスウナギ)を捕獲して養殖したもので、卵から養殖する“完全養殖”に成功したのはほんの5年ほど前のことなんです。塚本先生が進めている、ウナギの産卵場所の解明の研究が進めば、養殖の技術も進むのでしょうか?
「当然進みます。人工的にホルモン注射をして、親から卵と精子を取って掛け合わせて受精卵を得ることができます。そこから産まれたレプトセファルスを育てて親にして、次の世代の子供を取ることもできています。これを“完全養殖”といいます。あるところでは、世代が4回ぐらい回るような時代になっています」
●日本のウナギというと、シラスウナギを河口から取ってきて、それを養殖するもんだと思っていたんですが、違うんですね。
「もちろん今でも100%そうです。卵から取った代を重ねたものは、まだラボの中だけで回っていて、実用化には至ってません。なので、今世間に出回って私たちが食べているウナギは天然のシラスウナギを取ってきて、養殖したものです」
●そのラボで回っている完全養殖が量産できないのはなぜですか?
「1つに、海の中に動物プランクトンや植物プランクトンがたくさんいて、それらが死んで腐って固まった“マリンスノー”と呼ばれるゴミみたいなものを天然のウナギは食べているんですが、それを人工的に大量に作って、コンスタントに与えられないのがネックなんです。ある程度腐ったエサなので、水槽の中でそれを与えるとあっという間に水が悪くなって、レプトセファルスが死んでしまうんですよ。なので、腐りやすいものは水槽の中に入れられないし、入れたとしてもすぐに水槽を洗って掃除して、新しい水槽に移し替えないといけなくなるので、大きな水槽で飼うことができないんですよ。今、国の研究所で成功しているのは1トンの水槽で数百ぐらいの単位のシラスウナギを作るぐらいの密度でしか飼えないんですよね」
●まだまだ足りないんですね。
「足りないですね。今日本で養殖で使っている天然のシラスウナギは2億~3億匹ぐらいなんです」
●そんなに使っているんですか!?
「そうなんです。それだけ作るのにどれだけ大変なのかということが分かりますよね」
●そうなると、必要な量と桁が違いすぎるんですね。そうなってくると、私たちは今のシラスウナギを大切にしないといけないですよね。
「“安くて美味いから”という理由でワンコインでウナギを食べるのは控えた方がいいし、今でも天然の資源を利用している以上、天然のウナギを捕るのは控えた方がいいですよね。天然の親ウナギを1匹でも多くマリアナ沖の産卵場に還してやれば、また卵を産んでくれて、その子供が日本にやってくることがあるので、天然のウナギを守ることを最優先に考えることだと思います」
●河川の環境を私たちの生活によって汚さないということも大切ですよね。
「それも大事です。水質が悪くなると、ウナギもいい卵を産んでくれないので、いい河川環境を維持するのも大事なことだと思います」
●まずは、ウナギを知ることですね。
「そうですね。ウナギをよく知っていただいて、今ウナギが減って、危機的状況にあるということを意識しつつ、美味しいウナギを楽しんでいただけたらと思います」
日本人が大好きなウナギは深い深い海で産まれ、そして姿を変えながら、遥か2,000キロメートルを旅して日本にやってきていたんですね。そう聞くと、あの美味しい蒲焼きが食べられるのは、奇跡のことように感じてしまいます。うなぎの研究がさらに進んで、いつまでもうなぎと共存できるといいですね。
日本大学・藤沢キャンパス内にある博物館で開催中のこの特別企画展は、塚本さんが潜水調査船“しんかい6500”に乗って、深い海に向かう様子やウナギに発信器をつけて深海に放つ映像等、興味深い記録映像が上映されています。そして、ウナギの子供、それもシラスウナギになる前の生きている“レプトセファルス”が見られます!
◎開催:12月19日まで
◎入場:無料
また、うなぎプラネットの一環として、子供たちにウナギ研究の成果を分かりやすく伝える出前授業“うなぎキャラバン”も実施中。これは2017年3月まで続ける予定だそうです。
◎詳しい情報:日本大学・生物資源科学部のホームページ