今週は、昨年末にフランスのパリで約2週間にわたって開催された“気候変動枠組み条約・第21回締約国会議(通称:COP21)”にフォーカスします。
この会議は英語ではCONFERENCE OF PARTIES(コンファレンス・オブ・パーティーズ)で、頭文字のCとOとPをとってCOP(コップ)、21回目なのでCOP21 と呼んでいます。このCOP21には世界の196の国や地域が参加し、最終的に“パリ協定”が採択されました。これが歴史的な一歩と表現されるほど、大変大きな成果があったと評価されています。
今回は、現地パリでCOP21をつぶさに見てこられたWWFジャパンの気候変動・エネルギー・グループ・リーダー「山岸尚之」さんに、今回の会議と採択された“パリ協定”について、分かりやすく解説していただきます。
※平均気温が2度上昇することが、なぜ大きな問題なのでしょうか?
「この“平均”というところがミソなんです。分かりやすく言うと、地球の歴史上で最後の氷河期と言われている時期の世界の平均気温は今より6度ぐらい低かったといわれているんですね。その程度だったんです。それは2万年ぐらい前のお話なんですが、これをわずか100年単位の時間軸の中で1度とか2度ぐらいを私たちは気温上昇させようとしていたんですね。これが地球温暖化問題の非常に危ないところで、そんなに急激な変化をしてしまうと、生物がついてこれないんですよ」
●今年の冬が暖かったりと、私たちも異常気象を体感しています。
「いちばん分かりやすい点でいうと、これから春を迎えますが、桜の開花がどんどん早くなってきていて、昔は入学式のシンボルだった桜が卒業式のシーズンに咲くようになってきてしまっているんですね。そして、温暖化によって海が温まってくると海面が上昇するんですが、それによって太平洋の小さな島国の中には、将来的に国民の移住を考えているところもあります。
その他の国では、雨が降らずに干ばつが起きて食糧難を引き起こしていたりしています。研究者の中には、『シリアの難民問題の背景には温暖化問題があったのではないか』という指摘をしている人もいます。“地球温暖化問題”というと、一般的には“環境問題”にカテゴリーされると思いますが、実はそういった“社会問題”にもなっているということを知っておいてもらえたらと思います。だから、COP21のような国際的な会議が重要になってくるんですよ」
●そうなると、一刻も早く世界全体で取り組まないといけないですよね?
「なかなかそううまくはいかないんですよね。これは世の中の色々な難しい問題と同じで、どうしても各国の利害が対立してしまうところがあります。
この温暖化問題の特徴的な点は“先進国と途上国の対立”です。『そもそも化石燃料を真っ先に見つけて経済的に大量消費してきたのは先進国の国々で、この問題を引き起こしたのは先進国だ』という想いが途上国にはあるんですね。
ただ、2000年以降は国単体のCO2の排出量だけを見たら、途上国にカテゴリーされている国が上位にランクされるようになってきたんです。そうなってくると、先進国は『私たちが問題を引き起こしてきたけれど、あなた方も対策を取っていただかないと、この問題は解決しないでしょ! 途上国も対策を取るべきだ』と主張するようになってきたんですが、逆に途上国側は『あなたたちがこれまでサボってきたから、今こういう事態になっているじゃないか』と言うことになってくるんですね」
●なかなか難しい問題があるんですね。今回はどうだったんですか?
「結論から先に言うと、最終的には“パリ協定”を採択することができました。この協定では、お互いが譲るところは譲った状態で決まった協定なので、世界的に大きな意味のある合意だったということだと思います」
●今、世界的にいい方向に向かいつつあるんですね。
「そうですね。この協定が採択された瞬間は、会場でたくさんの人が泣いていたので、長年携わってきた方々にとってはとても嬉しいことだったと思います」
※今回のCOP21では、世界全体の目標として“世界の平均気温の上昇を2度よりも低く抑える”ということが決まりましたが、これはどんな意味を持つのでしょうか?
「今回、この目標がパリ協定の目的として明記されたということがあります。ただ、この2度でも、甚大な影響が出てきてしまっている国にとっては危機的状況を招きかねないと。なので、1.5度は努力目標に近い位置づけになっています。その1.5度というのは“温暖化によって甚大な被害を受けてしまっている人々を切り捨てることはできない”という想いから反映された目標だと思うので、そういう意味ではこの目標は大きかったと思います」
●ちなみに、このまま進んでしまったら、何度ぐらい上がってしまうんですか?
「国際的な科学機関が出した最新の予告だと“誰も何も対策をしなかったら4度ぐらい上昇するだろう”といわれています。ただ、その後に各国がCO2削減目標を今回の会議の前に発表していたんですね。それを全部足し合わせても3度上昇するといわれていました。
簡単にまとめると、何もしなければ4度、みんなが今掲げている目標をしっかり守ったとして3度、本当に達成しないといけないのは2度、欲を言えば1.5度ということです。なので、1.5度がどれだけ厳しい数字なのかが今の話でお分かりいただけたかと思います。
色々な影響を見ていくと、一般的に2度を超えるといい影響よりも悪い影響の方が大きくなってしまうと予測されているので、なんとか2度に抑えようとしています。それでも、世界の一部地域では、それでも取り返しのつかない被害が出てくると懸念されているので、1.5度という数字にも言及されています」
●これからその数字がどれになるのかで、地球の未来が変わってくるんですね。その平均気温の上昇を抑えるために、各国の温室効果ガスの削減目標も具体的に決まったんですよね?
「はい。日本も含めた約180ヶ国が今回の会議の前に、2025年~2030年までの温室効果ガスの削減目標を提出しています。この目標がパリ協定の中ではそれぞれの国の目標として認められることになりましたが、ここで興味深いのが、この目標では足りないことはみんな分かっていたので、改善する仕組みとして、5年毎にその目標を見直して、自分たちの削減目標を引き上げていくことに国際的に合意しました。この“5年”というサイクルを盛り込んだのも、パリ協定の大きな点でした。この仕組みがうまく機能して、各国の目標を徐々に引き上げていく方向にいけばいいなと思っています」
●そして、途上国への支援も協定の中に組み込まれましたよね。
「そうですね。1つ話題になったのは、これまでだと先進国が支援するのが当然だったんですが、日本やアメリカ、ヨーロッパ諸国と比べても大差ないぐらい裕福になってきた途上国もあるので、そういった国々にも他の国を支援する側になってもらいたいというのが先進国側の主張で、最終的には自主的ではあるけれど、先進国以外の国も支援をしていくということが明記されました。そういうところも、今回のポイントの1つでした」
●そして、今、既に起こってしまっている地球温暖化の影響への対策も盛り込まれました。
「その点が今回の非常に大きな問題となった点の1つです。温暖化対策は基本的に“温室効果ガスの削減をする(緩和対策)”と“干ばつや生えてくる植物の変化といった影響にどうやって対処するのか(適応対策)”という2種類あるといわれていて、今回大きな話題となったのが“適応対策のさらに先”なんです。
これはどういうことかというと“温暖化が進行しすぎて、実際に被害が発生してしまった場合の救援策はどうするのか?”ということです。分かりやすく言うと、温暖化によって海面上昇が起きたとすると、海辺を守るために護岸工事をするということが適応対策になるわけですが、温暖化が益々進むと人が住めなくなってしまうんですね。そうなると、移住せざるを得なくなりますよね。そのときの救援策はどうするのかというのが大きな話題となりました」
●そこまで考えないといけない状況になっているということですね。
「今回、各国のスピーチを聞いていても、自分の国が大きな被害を受けているということを語ることが多かったので、日本人の感覚で見るとまだまだ先の問題のように感じられますが、そういった国にとっては今まさに目の前にある問題で、一部の島国では国民全員を将来どうやって移住させるかを真剣に検討しているんですよ。そういった国々からすれば、当然の検討事項だと思います」
●日本は、CO2(二酸化炭素)の排出量が世界5位なんですよね。
「そうなんです。ただ、この5位という位置は将来的には下がってくる可能性があります。でも、今は世界5位ということには変わりないんですよ。でも、日本が対外的に説明する際『日本の排出量は世界全体では4パーセントぐらいに過ぎないから、日本国内で対策をするよりも海外で対策をする方が大事なんだ』と説明することが多いんです。だから、この問題の大切さを我々一般市民が認識をして、注目していく姿勢を持たないと、変わっていかないんじゃないかと思います」
●それが大事だと認識するには、ただの環境問題ではなく、私たちの生活に直接関わってくる問題だということを、改めて認識することが大切なんですね。
「そうですね。少し過激な言い方になるかもしれませんが、“私たちはかなり大きな加害者である”ということを認識する必要があると思います。この問題って、問題の原因を作り出している人たちと、被害を受けている人たちとの間に絶対的な不平等があると思うんです。なぜなら、日本は世界5位の排出国なので、世界第5位の原因者ということになりますよね。
この問題に対して真っ先に被害を受ける人たちはどういう人たちかというと、先ほどから話にも出ている島国の人たちや、マラリアなどの感染症の拡大が温暖化によって危惧されているものの、薬が買えなかったりして、医療にアクセスがなく被害を受けて死んでいく人たちですよね。そういう人たちが原因となるCO2をどれだけ排出しているかというと、世界の0.0000何パーセントという水準に過ぎないんです。問題に真っ先に被害を受ける人たちはほとんど大きな原因を作り出していないんです。その不平等の構図に自覚できるかどうかが大事なポイントだと思います。
私たち日本人も『温暖化ってそれほど影響ないよね』って止まってしまって、温暖化対策はそこまで重要じゃないと考えてしまったら、それこそすごく大きな問題だと思うんですね。私たちの生活の裏側には、そういう被害を引き起こしているということを無自覚としてい続けるのは、国際社会の市民である日本人として、非常に大きな問題だと思うんですね。この点を色々なところで伝えていって、自覚してほしいと思っています。だから、この問題に関わらないといけないんです。『この問題は大事じゃない』ということは言ってはいけないと思っています」
※では、私たちが今できることは、どんなことなのでしょうか?
「2種類のアクションがあると思っています。1つ目は“身近なところでCO2の排出量を減らしていく”ということです。これはいわゆる“省エネ”ということをやればCO2の削減に繋がっていきますので、省エネがピンとこなかったら、光熱費を下げるようなことやガソリンや灯油の使用を抑えればCO2の削減にも繋がりますので、それを意識していただくだけでも、お財布にも優しいし、地球にも優しくなります。
日本全国の一般的な世帯のCO2の平均排出量は年間約5トンなんですよ。日本全体の世帯数は約4000万世帯ということなので、もし1世帯の5トンのうち1トンを減らすことが仮にできたとすると、4000万トンぐらい減りますよね。その数って、ネパールの排出量よりも多いんですよ。
なので、皆さんのご家庭で頑張って排出量を5分の1削ることができれば、ネパール分の排出量を帳消しすることができるんですよ。“塵も積もれば山となる”というように、みんなでやればすごく意味があることだといえますよね。
2つ目は“自分以外のところに対する働きかけ”です。今年は参議院選挙がありますし、もしかしたら衆参ダブル選挙になるかもしれないといわれていますので、その選挙のときに温暖化対策を言及している人を選んでいただければと思います。みんなが国のリーダーになるような人たちを選ぶときに、その対策に対して言及している人を選ばなかったら、もちろんそれに関するリーダーはやりませんよね。
これは政治家だけに限ったことではなくて、各企業の対策としてラベル制度があると思いますが、そういうものに注意を払って省エネや温暖化対策をやっていることをアピールしている企業の商品を買ったりすることも大事ですよね。
そういった“選ぶ”ということがすごく強いエネルギーになるわけです。これも“塵も積もれば山となる”というように、政治家にとって、企業にとっていちばん恐いのは“選ばれなくなること”なんですよ。これは社会を変えるいちばん強力な武器を一般市民が持っているということだと思うので、それを使う選択を私たちがするのかが大事なんじゃないかと思います」
●いち消費者として、これから1つの商品を選ぶときに、そこをちょっと考えてみるだけで、世界が変わるかもしれないですね。
「そうですね。ずっと心に抱いて実施し続けるのはハードなところがあると思います。でも、選挙のときや大きな買い物をするときに、みんながちょっと気にしてくれれば、それだけで世界が進んでいく方向が少し変わると思います。そういうことが、私たちにできるという意味において、大事なことだと思います」
※この他のWWFジャパン・山岸尚之さんのトークもご覧下さい。
先進国と途上国それぞれの思惑がある中で、それでも世界が一丸となって今回のCOP21で“パリ協定”が決まったことは本当に素晴らしいことですし、それだけ世界が危機感を感じているということですよね。今後、このパリ協定を受けて、目標達成のために各国がどんな風に努力をしていくのか、私たちも山岸さんがおっしゃっていたように“かなり大きな加害者である”という意識を忘れずに、出来ることから取り組んでいきたいですね。
今回のCOP21や気候変動に関して、もっと知りたい方は、ぜひWWFジャパンのオフィシャル・サイトを見てください。とてもわかりやすく解説しています。 また、WWFは皆さんの支援で活動を行なっている民間の団体です。月々500円から会員になれます。会員になると会員証、バッジ、会報誌が送られてくるほか、会員割引の施設やイベントを利用できるなどの特典があります。