2016年3月26日

ソメイヨシノの戦略

 今週のベイエフエム/NEC presents ザ・フリントストーンのゲストは、石井誠治さんです。

 樹木医の石井誠治さんは、NPO法人「東京樹木医プロジェクト」の理事でもいらっしゃいます。また、森林インストラクターとしてもご活躍中です。石井さんがガイドする都内の公園や街路樹を巡るツアーは解説が分かりやすくて、面白い話が満載ということで、大変人気です。今回はそんな石井さんに、日本全国で最もポピュラーな桜、ソメイヨシノに関する興味深いお話をたっぷりうかがいます。

桜がアリを利用する!?

●今回のゲストは、樹木医の石井誠治さんです。よろしくお願いします。

「よろしくお願いします」

●桜のシーズンがついに到来しましたが、石井さんの桜の楽しみ方ってありますか?

「皆さんが思い浮かべる桜は“ソメイヨシノ”という種類が多いんですね。都会では8割方ソメイヨシノです。これは“オオシマザクラ”という野生種と“エドヒガン”という野生種のいいところを取った桜なんです。
 若い葉っぱが出てきたとき、葉っぱの先端がベタベタしたりしてて、舐めれば甘いんです。花に蜜腺があるのはご存知だと思いますが、桜にも同じような“花外蜜腺”があります。例えば、葉っぱには軸があるんですが、その軸をどうやって見るか、じっくり見るんですけど(笑)、2つのイボみたいなものが付いています。それが“花外蜜腺”です。そこから蜜が出るんですが、若い葉っぱのときにしか出ないんです。なので、花が咲いて葉桜になり始めたときに出てくる若い葉っぱの軸のところを見ていただければ(蜜が)出ています。見るときは、太陽の光が葉っぱに当たっているときに葉っぱを透かしてみると、キラキラ光っています。それが蜜です。これは人が舐めても甘く感じます」

●花から蜜が出てくるのは虫を呼び寄せるためだと思いますが、なぜ葉っぱから蜜が出るんですか?

「色々な説がありますが、バラの花が咲く前、芽が伸びてくるとアブラムシがたくさん付きますよね。ところが、桜の花が散って若い葉っぱが出てきたときに芽のあたりを見てください。アブラムシが1匹もいません。なぜかというと、アリが食べてくれます。アブラムシは“アリマキ”という別名があるぐらい、アリが口に咥えて運んでくるんですね。
 アブラムシって1週間で100倍ぐらいに増えるじゃないですか。実はアリの口って花の蜜を直接舐められる構造にはなっていないんですね。アブラムシは樹液を吸って、体を作るために樹液の中のたんぱく質を使うんですが、彼らは動かないので、活動に必要な糖分はいらないんです。なので、濃縮して捨てます。それを“甘露”といって、アリはそれを舐めます。そのためにアブラムシを飼育します。ところが、甘露の代わりにアリが舐めやすい花外蜜腺があって、そこから蜜が直接出ていたら、アリはアブラムシの甘露を当てにしなくてもいいですよね」

●そうなると、アリにとって最高のものなんですね!

「桜はアリを利用してアブラムシ退治をしてもらおうと思ったら、アリへのプレゼントとして、花外蜜腺から蜜を出してあげるんです。それが桜の戦略だと思っていただけたら分かるんじゃないでしょうか」

●桜って、花だけじゃないんですね!

「植物は生きていくために様々な工夫をしています。桜は花が美しいだけじゃなく、そういうこともやっている進化したタイプだと思っていただけたらいいと思います」

木には寿命がない!?

※最近、戦後に植えられたソメイヨシノがそろそろ一斉に寿命を迎えるのではないかといわれていますが、実際はどうなんでしょうか?

「木の寿命って、人間の立場から見たイメージなんですが、人間は動物なので、頭の先から足の先まで生きた細胞の塊なんですね。木は逆に死んだ細胞の塊だと思ってください。幹って太いですよね。あの中に年輪があります。一番外側の年輪は生きた細胞なんですが、中にいくにしたがってどんどん死んだ細胞が増えていって、心材は全て死んだ細胞です。なので、太くなればなるほど、死んだ細胞の割合が増えていきます。
 例えば、今年伸びてきた枝を接木などにするとします。その枝は1年目ですが、元の木は50年前に植えた木だとしたら、幹は50年生きていても、枝はまだ1年目なので、生きた細胞ばかりなんです。そうやって蘇っているんですよ。まさにアンチエイジングですよね! 木は全てアンチエイジングをしながら月日を重ねているんです」

●外側は若くなっているんですよね。羨ましい! ということは、寿命は無いんですか?

「ありません。寿命という概念は人間側からイメージされたことなんです。ソメイヨシノは今から150年ぐらい前にどこかで1粒の種が発芽して、原木ができたはずです。それを人間が生活に合っているからという理由で、接木で増やしていったんですね。今では日本だけじゃなく、世界中に増えていってます。
 例えば、街路樹としてソメイヨシノを1本植えました。その木が50年経過したら、最初は細かった木も60センチぐらいの幹の木となっています。もちろん、その1本だけじゃなく、同じタイミングで5メートル隣にソメイヨシノを植えてますよね。その木も同じぐらい育っています。そこから横に枝が出てきました。もちろんぶつかりますよね。今のソメイヨシノたちは、50年前に植えたときによく考えないで植えられたことで、根や枝が伸びていく場所もないような追い込まれた環境になっていると分かっていただけたらと思います」

●そういうことなんですね。木そのものがダメになっているのではなく、その環境が狭くなってきてしまっているということなんですね。

「ソメイヨシノを生かし続ける余裕を持った環境がなくなってきているということですね」

●ということは、管理の仕方によってはまだ大丈夫ということですか?

「まだ大丈夫ですね。ただ、街路樹のようになっていると管理も大変なんですよ。戦争が終わったあとの昭和29年から31年ぐらいのときに象徴としてソメイヨシノがどんどん植えられていきました。その時代のソメイヨシノたちが今生きにくい状況になっているんです。それが“寿命”というイメージとなって、定着しつつあると思います」

●勘違いしていました。ソメイヨシノそのものがダメなんだと思っていました

変化が楽しい!?

※春の楽しみ方を聞いてみました。

「“春はどこから来るか”を考えたら、地面の上から来るんですね。木が反応する前に、地面に草が生えてきます。スプリング・エフェメラルと言ったりしますが、カタクリなどの花が咲いてきて、落葉樹は葉が展開されてきます。皆さんが桜を愛でるひとつの要因は、枯れ木に花が咲くイメージだと思うんですね。これまでは落葉樹で葉っぱがなかったのに、葉っぱが出る前に突然花が咲く。そういう咲き方をする桜って、あまり多くないんですよ。
 ソメイヨシノは枯れ木に花が咲くタイプです。これはエドヒガンが持っている特徴の1つです。先に花が咲き、後で葉っぱが出てきます。落葉樹は春先、新芽が出てきます。その新芽が吹いてくるとき、黄緑色から緑になっていく変化がとても美しいんです。
 花も美しいですが、新しい葉っぱが成葉(せいよう)になるまでの変化もすごく面白いんですよ。例えば、クスノキは最初赤かったりします。春の場合、常緑樹だとこういうように古い葉っぱとの間には色のコントラスがあります。桜が終わって八重桜が咲いてきて、連休になる頃に常緑樹は新芽が吹いてきます。落葉樹が葉っぱを展開してくる1ヶ月後ぐらいに常緑樹の新芽が吹いてきます」

●常緑樹は常に葉っぱがあるので、あまり変化がないんじゃないかと思っていましたが、結構変わっているんですね。

「目線を落として、しっかり見ていただければ、変化していることがよく分かります。一度でも分かっていただけると、これからずっと楽しいですよ。なぜ常緑樹が遅いのかというと、常緑樹は寒さ対策ができていないからなんです。なので、早めに芽を吹くと、寒の戻りがあったときに、その芽が寒さでやられてしまうんです。だから、新芽を吹くのが遅いんです」

●ちゃんと考えられてますね!

「環境に適応しないと生きていけないんですよ。それこそ、木が生きているという証拠でもあるわけですよ」

●出始めると、すごいスピードで成長しているイメージがあります。

「大体2週間ぐらいのスピードなんですね。毎日見ていると、少しずつ変化しているのは分かります。でも、皆さんは最初見たら1週間、あまり見ないっていうことがあると思います。1週間経つとそれはそれは変化しますよ」

花の匂いは防御反応?!

※最後に、桜の香りについてうかがいました。

「皆さんは桜の花のイメージは持っていると思いますが、香りのイメージはあまりないと思います。桜餅がありますが、あれはオオシマザクラの(葉っぱの)塩漬けでしかあの香りはしません。皆さんにとって桜の香りといえばあの香りだと思っているかもしれませんが、桜が病気になったときにあの香りがしてきます。あれはクマリンという成分が出ているんですが、クマリンは病気に対して桜が作り出す物質で、その匂いなんですね。普通の葉っぱを塩漬けにしたら水分が抜けますよね。桜からしたらどうですか? かなり過酷な状態ですよね? その反応だと思っていただけたら分かるかと思います」

●香りを出すということは、防御反応だということなんですね。桜って香りのイメージがありませんが、花が香る種類もあるんですね。

「オオシマザクラの特徴は“花が香ります”。それは島という閉ざされた環境の中で多くの虫に来てもらわないと、目立っているだけでは来ないんですね。そこで匂いがあった方が得なので、オオシマザクラだけ匂いがあるんです」

●奥が深いですね!

「植物は、そういう風に色々な形で進化しているということを知れば知るほど分かります」

●こういう風にお話をうかがっただけでも、もっと色々と知りたいと思ってきました。そういう風に“知ること”が樹木に親しむのに一番いいことなんですよね?

「そうですね。そのためには、身近にある樹木に興味を持って、観察してもらって、触ってもらって、匂いを嗅いでいただきたいです。すると、五感を使って印象がふくらんでいきます。目で見ているだけではダメです」

●図鑑やインターネットで見ているだけではダメなんですね。

「それでは補えない情報を現物は発信しています。それを理解するためには、実際に接しないとダメだと思います」

●これからの季節は、そういった現物に接するのにピッタリですよね!

「いい季節ですよね! 家の中に閉じこもっていないで、 是非、外に出て、太陽に当たりながら、芽生えを感じていただけたらと思います」

YUKI'S MONOLOGUE ~ゆきちゃんのひと言~

 咲いている姿を見ると、心までパッと明るくなる桜の花。その美しさにどうしても花にばかり注目が集まってしまいますが、石井さんはぜひ花が散った後も桜を楽しんで欲しいとおっしゃっていました。確かに、葉桜になっても、葉を落とした後も、桜は一年中そこにあって、一生懸命生きているんですよね。まずは今日お話にも出てきた蜜を出す新芽に私も注目してみようと思います。

INFORMATION

木を知る・木に学ぶ~なぜ日本のサクラは美しいのか?~

新書版『木を知る・木に学ぶ
~なぜ日本のサクラは美しいのか?~

 ヤマケイ新書/本体価格800円

 この本は、桜にまつわる面白いお話やイチョウやブナ、クリ、クスノキなど日本人に馴染み深い木のお話が満載です。

NPO法人 東京樹木医プロジェクト

 石井さんはNPO法人「東京樹木医プロジェクト」の理事を務めていらっしゃいます。どういう活動をしているのか、気になる方は、オフィシャルサイトをご覧ください。

今週のオンエア・ソング

オープニング・テーマ曲
「GRACIAS / LARRY CARLTON」

M1. チェリー / SPITZ

M2. Sakura / レミオロメン

M3. 桜 / bird

M4. 桜の時 / aiko

M5. (THEY LONG TO BE)CLOSE TO YOU / CARPENTERS

M6. 桜 / コブクロ

エンディング・テーマ曲
「THE WHALE / ELECTRIC LIGHT ORCHESTRA」