今週のベイエフエム/NEC presents ザ・フリントストーンのゲストは、野田研一さんです。
自然や環境をテーマにしたノンフィクション文学“ネイチャーライティング”。日本にも昔からあるジャンルで、私たちは日頃からアウトドア雑誌等で知らず知らずに触れています。今回はそんなネイチャーライティングを長年研究されている立教大学の元教授で、現在は講師、そして研究者として活躍されているネイチャーライティング研究の第一人者・野田研一さんに初歩的なことから色々教えていただきながら、ネイチャーライティングの世界をのぞいてみようと思います。
※緑がいっぱいの中でキャンプをしたり、泥だらけになりながら畑仕事をしたり、そんな自然体験をした時、普段味わえないような感覚や感動がありますが、それを文章で表すこともネイチャーライティングだそうです。ではそんなネイチャーライティングの研究をなぜ野田さんはしようと思ったのでしょうか?
「“自然に関するノンフィクションのエッセイ”というジャンルを研究する人がほとんどいなかったからなんです。アウトドア系の雑誌や新聞のちょっとしたコラムに山荘暮らしや湖に行った話とかがあると思いますが、そういうのは読み捨てと考えられている時期が長かったんですね。それはアメリカでも日本でも。それが1980年代終わりから90年代にかけて(ネイチャーライティングが)注目されるようになります。おそらく環境問題と連携していると思いますが、文学の世界でも環境というものをどう考えているのかということが問題になってくるときに、直接経験なので作り話では書けない、自然体験に基づくものなので、それ自体が重要な資料になるわけです。“人間の自然に対する感受性の記録”がこのネイチャーライティングというジャンルにはあるんですよ。そういう風に考えられ始めてから、それまでなおざりになっていたジャンルの研究が進んできたんです。“自然をどう表現しているのか?”“今までと違う表現があるのか?” ということも含めて考えていくと思います」
※野田さんは学生にネイチャーライティングを教えるときに、誰もが一度は歌ったことがある、あるものを教材にするそうです。
「学生さんたちに“これをリサーチしてみたら?”ということで教えるのは“学校の校歌”です。自分が小学・中学・高校と過ごしてきた中で校歌は覚えてきたわけですよね。多分、今でも“歌って”って言われたら歌えなくもないと思います。
校歌というのは、明治以降に新しい学校制度ができた際に校歌を作っていく動きがあったんですが、そのときに歌いこまれているのは“自然”なんですよね。今覚えている校歌の歌詞を振り返っていただくと分かりますが、恐らくその地域の山・川・海というものが織り込まれているはずなんです。校歌って当時は古い言葉だったりすることもあって、歌詞の意味なんて分からずに歌っていて、それを覚えていたりすると思いますが、それを振り返ってみると、“自然と人間の関係が健やかであればこうなる”ということを歌っているんですよね」
※ネイチャーライティングの代表的な作品はどんなものがあるのでしょうか?
「代表的な作品というと、やはり19世紀のアメリカの作家ヘンリー・デイヴィッド・ソローの『ウォールデン~森の生活~』ですね。森の中で2年2ヶ月暮らした記録が書かれたノンフィクションです。恐らくこれがネイチャーライティングの原型といっていいだろうと思われます。それ以降20世紀に入ってくると、アメリカ中に“ソローみたいな生き方をしたい”とか“ソローみたいな作品を書きたい”という人がたくさん出てくるんですね。アメリカの場合は“モンタナ州のソロー”とか“アリゾナ州のソロー”といった人が後々出てきました。特に1960年代から1980年代は世の中的には自然と人間の距離がどんどん広がっていっていましたが、ネイチャーライティングを書く“ネイチャーライター”と呼ばれる作家はどんどん出てきたんですね。ごく最近も素晴らしい作家がアメリカにはいます」
●自然から離れていく環境でもネイチャーライターがどんどん増えていくのは何故ですか?
「僕も不思議に思います。ただ、15年ぐらい前にアメリカの新聞に“アメリカで今、ネイチャーライティングが注目されていて、大学ではアウトドア派の学生が闊歩している”という記事が掲載されたんですね。それはどういうことかというと、環境文学やネイチャーライティングという分野に関心のある若者が増えてきていて、大学のカリキュラムの中にも数年間で5倍ぐらいになるほど増えてきたんですよ。それほど、各大学で自然と人間の関係についての文学に興味を持つようになった学生が増えてきたという現実があるんですよね。一見すると、自然からどんどん離れていって環境危機が起きてきているんですが、同時に“その問題を文学として考えていきたい”という人たちが増えているということは興味深いし心強いと思います。日本でもそうなるといいなと思っています」
●本当そうですね! 環境問題というと「これからどうなるんだろう?」と悲観的になってしまうところがありますが、そういう話を聞くと、希望の光がありそうですね!
「そうですね。圧倒的多数ではないにしろ、若い人たちは環境問題に決して関心がないわけではなく、徐々に増えてきているということを感じますね。作家も徐々に出てきています。『西の魔女が死んだ』という小説を書いた梨木香歩さんは自身で“ネイチャーライティングをする!”と宣言されているんですよね。実際に3年ぐらい前に『渡りの足跡』という本を出されたんですが、それは鳥のエッセイなんです。これは文学賞の紀行文学の賞を取ったんですが、そのときに“この作品は現代のネイチャーライティングの傑作である”と評価されていましたので、これは頼もしいと思いましたね」
※数あるジブリ作品の中で特に自然との関わりが深い作品が「もののけ姫」。この作品を野田さんはどう観たのでしょうか?
「話せば長くなるんですが、ビックリするような作品ですよね。『もののけ姫』は1997年にロードショー公開されましたが、最初にあの映画を観たときに衝撃を受けました。
映画に出てくる“シシ神の森”は“野生の森”なんですね。“野生”というのは、人間が立ち入っていない原始的なものということになります。それが破壊されるという物語になっていますが、その“太古からある原始的な自然”という考え方は、“ウィルダネス”というアメリカの環境思想の中心にある概念があって、それは“人間が手をつけていない自然を大事にする”という思考に基づいたものになるんですね。それでアメリカは国立公園を設定しているんですが、その野生の自然の重要性を物語として日本で提示された例があまりないのではないかと思うんですね。
あの映画を観たあとに振り返ると、我々が今“自然”と言っているものは、壊された後の自然なんじゃないかと思ったんですね。もちろん、あの映画はフィクションですが、仮に本来の自然があったとすると、人間はそれを一度壊して、その後に今私たちが“自然”と呼んでいるものがあるんだと思うんですね。なんとなく“自然”というのをぼんやりと定義しているところがあって、そこには“野生”のものと“人間が関与した”ものがあることになると思うんですね。それのどちらがいいのか即断する必要はありませんが、野生の自然を日本の自然観の中では忘れられがちではないかと思うんです。アメリカはその野生の自然を大事にしていて、それは日本とアメリカの環境思想の違いだと思うんですね。そういう意味で『もののけ姫』はアメリカ的なんですよね。多分、日本の物語や映画の中でああいう設定をしたものはそれまでなかったんじゃないでしょうか」
●そこまで深いとは思っていませんでした。
「あの物語は未解決ですよね。最後にアシタカとサンが“シシ神の森は死んだのか?”と言葉を交し合うシーンがありますが、サンは“死んだ”といい、アシタカは“死んでいない”と言って終わるわけですよ。ということは、観ている側に宿題を残してしまっているわけです。どっちなのか考えざるを得ないわけです。宮崎駿さんはインタビューの中で“我々は木を切った後の自然を“自然”と呼んでいる“と『もののけ姫』に関連しておっしゃっているんですね。シシ神の森を壊した後の自然を“自然”と思っているから、“野生”や“本来の自然”を忘れているのではないかということを教えてくれている作品なんですよね」
●そういう作品に触れることで、私たちが学ぶことや感じることってたくさんありますね!
「そうですね。『となりのトトロ』は『もののけ姫』よりも前ですが、“トトロの森”が出てきますし、そういう意味では、『となりのトトロ』と『もののけ姫』は連続したアイデアなのではないかと思いますね」
※ネイチャーライティングを書くポイントを教えてもらいました。
「“ネイチャーライティングの三要素”といわれているものがありますが、1つ目は“自然科学的知識”。ハチの生態や雲の動きなど、間違いのない情報であること。“自然に対して嘘をつくな”ということがあります。2つ目は“主観”。その自然現象に対して“私はどう感じたのか”を書くこと。つまり“客観性”と“主観性”が折り合わさることで成立するということです。3つ目は“経験を通じて、自然とは何かを考えること”。自然論を語る必要はありませんが、“自分にとって自然とは何か?”を語られることが大事です。その3つがあればいいとされています。これを理科系分野だといわれることがありますが、理科系が得意じゃなくても、自然体験は色々な形でありますので、おかしな情報でない限り、大丈夫だと思います」
●これからお子さんが自然と触れ合うとき、自然そのものの知識を勉強するのも大事ですが、その自然に対して自分がどう思うのか、自分は何ができるのかも合わせて考えていくこともネイチャーライティング的にも必要で、全ての環境を考える意味でも必要ということですね?
「必要ですよね。それは自然環境を通じて我々がどう考えるかというときの3つの要素でもあると思います。特に体感して感じ取ったものを表現するとき、環境に対する態度でもあるかも知れませんね」
●先ほど“自然体験がないと書けない”とお話していましたが、その“体験”というのは遠くの山に行ってキャンプをしたり、アウトドアで遊んだりする必要があるんですか?
「そればっかりをやってられませんから人間は、まあ、それもありですけど、ネイチャーライティングのかなり大きな要素として、ヒマラヤに登った人の体験記や北極へ旅した人の話などもありますが、実は都会の真ん中でも自然体験はあるんです。カーテンの隙間から光が入ってくることも自然体験なんですよ。必ずしも冒険的なものを想像する必要はなくて、遠くまで行かなくても自然はあるんです。我々の日常生活の周りには常に自然があることに注目している作家さんもいますので、その点での発見の方が、“気づき”という意味で大きいのではないかと思います」
ネイチャーライティングと聞いて、最初はあまりピンとこなかったんですが、考えてみれば日本では昔から和歌や俳句で自然のことが詠まれたり、手紙には季語が添えられたり、ネイチャーライティングが身近にあったのかもしれませんね。野田さんにコツも教えていただいたので、私も今度ネイチャーライティングに挑戦してみようと思います。
野田さんが講師を務める“ネイチャーライティング入門講座”が都内で開催されます。『もののけ姫』やドラマなどを例に出しながら、自然と人間のつながりを読み解きつつ、日本とアメリカのネイチャーライティングの違いなどを説明してくださるそうです。
◎開催日時:6月18日(土)の午後1時半から夕方5時まで
◎参加費:3,000円
◎詳しい情報:風と土の自然学校のブログ