今週のベイエフエム/NEC presents ザ・フリントストーンのゲストは、塚谷裕一さんです。
東京大学大学院教授の塚谷裕一さんには以前“スキマの植物”ということで、コンクリートやブロック塀などのスキマに生える植物のお話をしていただきました。そんな塚谷さんが先頃“森を食べる植物~腐生植物の知られざる世界~”を出されたということで、改めて番組にお迎えしました。“森を食べる植物”ってどんな植物なのかうかがいます。
●今回のゲストは、東京大学大学院教授・塚谷裕一さんです。よろしくお願いします。
「よろしくお願いします」
●前回ご出演いただいたときには、隙間に生きる植物“スキマ植物”を一緒に探したりしながら、色々なお話をうかがいました。今回は塚谷さんの新刊“森を食べる植物~腐生植物の知られざる世界~”のことについて色々とうかがっていきたいと思います。早速ですが、“森を食べる植物”って、どんな植物なんですか?
「植物図鑑には“腐生植物”という言い方で書かれています。文字を見れば腐ったものに生える植物だと思われますが、本当は腐ったものに生えているのではなくて、森を食べているんです」
●その“森を食べる”って、どういうことなんですか?
「最近まで専門家の間でも誤解されていたことなんですが、腐生植物はカビやキノコみたいに腐ったものを栄養源にしていると思われていたんですが、実際はカビやキノコを食べているということが近年分かってきたんです。では、カビやキノコたちは何を食べているのかというと、森から出てくる落ち葉などを食べているんですね。なので、腐生植物はカビやキノコを介して森を食べているんです。森が生産したもので余裕のある部分をいただいている植物なんです」
●植物は普通、光合成をして栄養を作って花を咲かせると思いますが、この腐生植物は光合成はしないんですか?
「しないです。昔はしていましたが、カビやキノコを食べる暮らしがあまりにも楽なので、光合成をして自分で栄養を作るのを止めてしまって、カビやキノコを食べるようになってしまったんですね」
●それはずる賢いですね(笑)。
※そんな腐生植物ですが、世界中にはどの位の種類がいるのでしょうか?
「世界中には数百種いますが、熱帯の方から毎年新種が発見されていて、全体的にどのぐらいあるのか見当がつきません」
●なぜそれだけまだ発見されていないんですか?
「1つは、普通の植物と違って葉っぱを作らないんです。そうすると、僕らの目に触れる機会がなかなかないんですね。花が咲くときだけ地上に出てきて、そのときに通りかかると見つけられますが、それも2週間ぐらい経ってしまったら果実になってまた見えなくなってしまうので、また見つけられなくなってしまいます」
●となると、私たちが見られる時間って本当に限られているし、目印になるものも普段はないんですね。
「運がいいと出くわすことができるという感じです。私が小中学生だったころにオーストラリアで懸賞金が出た腐生植物があったんです。それは花を咲かせるときも地下で咲いてしまうから出てこないというもので、全然見つからないので誰も見られないから懸賞金が出たんですね」
●まさに幻の腐生植物ですね! なぜそんなに見つけづらい腐生植物にハマってしまったんですか?
「まずはその珍しさですね。もう1つは“彼らが自由なところ”です。葉っぱを作る植物だと、光合成のために光を浴びないといけないし、他の植物がいると邪魔でしょうがなかったりと、色々困ったことがありますが、葉っぱを作らないのですごく楽なんですよ。なので、形も変わっています。植物というより海の中にいる動物みたいな形をしているものがすごく多いんです」
●私も先日、この本を拝見したんですが、趣味でダイビングをするんですが、ヒトデとか海の中で見たような形をした植物があるんですよ!
「写真を撮って背景を切り抜いて『海で撮ってきた』と言っても、見破れる人はそうはいないと思います」
●カビやキノコから養分を取るのが独特だということですが、どのようにして取っているんですか?
「腐生植物に限らず、大概の植物は菌糸を持った生物同士がお互いにメリットがあるような共生関係を保っています。菌類は植物がなかなか集められないミネラルを持ってきて植物に与えて、植物は葉っぱで光合成して作った糖分を菌類に与えます。そういった仕組みを腐生植物は悪用して、光合成していないから菌類に与えるものは何もないのに、菌類からミネラルをもらっているんですね。そのついでに糖分や脂肪分までもらってしまっているんです。一方的にもらってばっかりいます」
●そうなると、キノコや菌類は枯れないんですか?
「腐生植物は小さいものが多いので、奪うとはいっても大した量じゃないんですよ。それに、彼らは菌糸を介してものすごく大きなネットワークを繰り広げられているので、他の植物からも糖分などをもらって暮らしているんです。なので、“豊かな森であれば”という条件がつきますが、菌類は割と潤沢な資源を持っているんですね。そういったところから腐生植物がズルをしたとしてもあまり影響がないんですね。逆にいうと、腐生植物が活き活きしていられる森はすごく豊かで、余裕がある森だといえるんですね」
●ということは、腐生植物は森の豊かさのバロメーターの1つとなるわけですね。
※腐生植物は新種発見の可能性が非常に高いそうですが、塚谷さんも新種を発見したことがあるのでしょうか?
「ありますね。腐生植物は日本にもありますし、最近ではボルネオに行く度に新種が発見されています(笑)。山の中に1週間ぐらいいたら、少なくとも1つは新種が発見されますね」
●新種発見となると、アマゾンの中の大変なところまで入っていって、やっと見つけるというイメージなんですが、そうじゃないんですね。
「咲いているはずの場所はそういう雰囲気があるんです」
●どういう雰囲気なんですか?
「簡単に言うと“キレイな森”です。森には“ゴミゴミした森”と“スッキリしたキレイな森”があって、“スッキリしたキレイな森”というのは植物が長い間同じような環境でずっと暮らしていると落ち着いてきて、段々と自分の居場所が固まってくるんです。逆に映画などに出てくるジャングルは“ゴミゴミした森”で、“スッキリしたキレイな森”はあれほどゴミゴミしていません。人が手を入れたり木の寿命で倒れてしまった後は植物が色々と入り込んで、陣取り合戦をするんです。そうなると“ゴミゴミした森”になるんですが、そういったところはみんな資源の取り合いをしているので、腐生植物はあまりいません。それが終わってひと段落して、キレイな森になると、そこに暮らしている菌類たちも余裕があるので、腐生植物も出てくるという感じなんです」
● “キレイな森”というと、より緑が密集していて、密度が高くて濃い方がいいのかなと思ったんですが、そうとは限らないんですね。
「熱帯の場合ですが、競争が終わっていて、すごく静かなところの方が腐生植物は多いです」
●実際に新種を見つけたときって、どんな感じなんですか?
「“タヌキノショクダイ”という種類は世界に30種類ぐらいいるんですが、そのうちの8割は第一発見者以外目撃していないんですね(笑)。その種類が見つかったときはほぼ新種ですし、その後他に見られることはないんですよね(笑)。一方で、至るところに生えている種類もあるので、そういったものは帰国してから気を落ち着かせてから調べます。中には予想通り新種だったこともあれば、既に名前が付けられていたこともありますね」
●そんなに見つからないとなると、私たちが見つけるのは難しいんじゃないですか?
「この道にのめり込んでしまえば勝ちですね! 実際の話、去年も今年も新種は発見されていますので、皆さんの身近に植物が好きな子供がいて、植物の勉強をするとしたら、この腐生植物を薦めてあげてください(笑)」
●それは夢が広がりますね!
※塚谷さんは腐生植物を取り巻く環境の変化をどんな風に感じているのでしょうか?
「いい面と悪い面があって、1つは都市部で昭和期のかく乱が落ち着いて、当時植えられた小さい木たちが鬱蒼としてきて、そこに腐生植物が見つかりだしています。神奈川県でも小型の腐生植物が見つかるようになりました。もう1つは、“タヌキノショクダイ”が日本では四国で最初に見つかって、鹿児島・静岡で見つかっているんですが、鹿児島県でシカが増えすぎて、林床がなくなっちゃたみたいなんですね。
静岡県では、“非常に貴重な植物”という助言の下、人の立ち入りを禁止してしまったんですね。そこは散策路だったんですが、人が入らなくなったので、木が鬱蒼としすぎて、腐生植物が生える余地もなくなってしまったんですよ。しばらくしてから探しにいったら、見つからなくなってしまったことがありました。なので、物によっては立ち入り禁止にしてしまうと、環境が変わりすぎてしまって、無くなってしまうこともあります」
●塚谷さんはボルネオにも腐生植物を探しにいってますが、ボルネオの森林はどうですか?
「今は危機的状況です。世界的にパームオイルが使われることが多くなったので、森を切って、アブラヤシのプランテーションにすることが急拡大しているんです。木材を作るために木がなくなっているのではなくて、アブラヤシを植える場所がほしいから森がなくなっていることが増えてきていて、森が年々小さくなってきています。地元でも“森は保護すべき”という声があって、今はそのせめぎあいの状態です」
●複雑な問題ですね。塚谷さんは現地の腐生植物を通して、森の状態を調査していくんですか?
「そうですね。腐生植物は森のバロメーターだと思うので、どこにどれだけいるのかという情報は、環境保護の基本的な情報としても大事だと思っています」
塚谷さんは本の中で腐生植物のことを“森を食べて花を咲かせる腐生植物は森の結晶と言える”と書かれているのですが、今回お話をうかがって、まさしくその通りだなと思いました。森の栄養だけて生きている腐生植物は、森の分身のような存在なのかもしれませんね。
岩波書店/本体価格2,000円
塚谷さんの新刊となるこの本には半透明のような白さが特徴のギンリョウソウやタヌキノショクダイ、そして深海の生き物にそっくりな植物の写真や解説が掲載されていて、まさに不思議な世界が広がっています。