今週のベイエフエム/NEC presents ザ・フリントストーンのゲストは、田中法生(のりお)さんです。
今週は水草にフォーカス。水草は、地上に暮らす植物とはとても違う生き方をしているんです。そんなお話をうかがいたくて、先日、筑波にある国立科学博物館まで取材に行ってきました。そこには“筑波実験植物園”という公園のような広いエリアがあり、多種多様な水草も育てて研究しています。解説してくださったのは、日本では数少ない水草の研究者・田中法生さん。田中さんがおっしゃるには“水草は植物界のエリート”だそうです。一体どういうことなんでしょうか?
※水草は世界で約2,800種、日本には220~240種あるといわれていますが、陸上にいる植物は35万種とされているので、かなりの少数派です。水草といっても、水面に浮いている浮き草タイプから川の中でゆらゆら揺れているもの、湿地に茎から上だけを出して群生しているタイプなど様々。そんな水草の定義は“葉っぱや茎などが少なくとも一部が水の中にあること”ということですが、もう1つ大事な定義があるそうです。
「そのもう1つの定義が水草の定義として最も重要だと思っています。それは“陸上から再び水中に進出した植物”だということです。これ意味がよく分からないんじゃないかと思いますが、時間をかなり昔に戻します。
私たちが住んでいる地球が誕生してから水の中に生命が誕生したのが40億年前だといわれていますが、そこから様々な生物が枝分かれや進化をしていきました。その中で植物が出てきたのが12億年前だといわれていますが、これも水の中から出てきました。そこから色々な植物が現れて、5億年ぐらい前になると上陸します。これにより、皆さんがご存知のコケ植物やシダ植物、種子植物が出てきます。なので、私たちが普段から植物だと言っているものは、上陸を果たした後に出てきたものなんですね。では、水草はどういったものなのかというと、上陸を果たした植物の中で、再び水の中に戻ったものなんです。
先ほど“植物は水の中で誕生した”といいましたが、そのときからいる植物はワカメや昆布といった海草の仲間や、アオミドロといった藻類はずっと水の中にいて、一度も陸上に上がったことがないんです。水草は陸上に上がったものの、再び水中に戻った植物のことを指すんですね。私はこれが最も重要な条件として捉えています」
●なぜ重要な条件として捉えているんですか?
「せっかく陸上に上がって、陸上に適応した体をまたわざわざ水の中に入れるというのは、色々な苦労が必要になってきます。しかも、ある決まった種類だけが水の中に入ったわけではないんですよね。○○科っていうのがあるかと思いますが、水草は“水草科”というのはないんですよね。実は水草というのは、色々な科の植物の中から水の中に入ったものを“水草”といっています。
地球上の色々な地域で色々なトライがあったはずなんです。陸上ではものすごく植物が繁栄していましたが、水中は空いていたんです。生物って、空いた場所があれば入り込もうとするのが性質なので、そこに陸上の植物が入ろうとしたんですね。それを実現できたのが、今の水草たちとなります。でも、その背景には何十倍もの失敗したチャレンジがあったはずなんですね。そして、水草と元からいた植物とでは進化の背景が全然違うので、その条件が重要だと思っています」
●水草はすごいですね! 人間でいえば、日本人全部が海の中に入ったのではなくて、限られた人たちが“今、水の中が良さそうだ”と思って、何人かが挑戦して成功した人たちが住めるようになった。それが水草だということですね。
「そういうことになります。例えば、北海道にすごく泳ぎが達者な人たちがいて、その中の一部が水の中に入ったり、関東でものすごく挑戦する気持ちが強い人たちが入ったということになります。そんな人たちの寄せ集めが“水草”となります。時には“水草は植物界のエリート”だといわれていますが、これが水草の誕生の歴史となります」
●チャレンジャーで特殊能力があったから、再び水の中で生きることができたんですね。すごいですね! 水草はどうやって生活をしているのでしょうか?
「植物は二酸化炭素が必要です。葉っぱの裏に気孔があって、そこから空気を吸い込んで二酸化炭素を得ています。例えばスイレンは葉っぱを浮かべて生活をしていますが、先ほど“葉っぱの裏に気孔がある”と説明しましたが、葉っぱの裏にあったら水に触れているので、空気を吸うことができませんよね。なので、気孔が表にあります。それによって、空気を吸い込んで二酸化炭素を得ています。スイレンは比較的簡単な進化でした。では、体が完全に水の中に入っている水草たちはどうするのか? それは、水に接している葉の表面から細胞膜を通して二酸化炭素を取り込んでいます」
●あと、気になるのは“受粉”ですね。植物は色々な方法で受粉をしていますが、水草はどうやっているんですか?
「そこが、水草になるときの大きな障害の1つだったんじゃないかと思うんですね。蜂や鳥を呼ぶなど、陸上でこれまで長い間ノウハウとして蓄積されてきたものがあるかと思いますが、体が水の中に入ってしまったらお願いできないじゃないですか。
これは2つの進化のパターンがあると考えられます。1つは、仮に体が水の中に入ったとしても、なんとかして花を水の上に咲かせる工夫をすることです。花を咲かせるときだけ浮葉を作って、それによって体が水面近くまで行くことができるので、浮葉のすぐ近くで花を咲かせることで虫を呼んだりしているということがあります。
もう1つは、東南アジアの里芋の仲間は、直径1センチ、長さ20センチぐらいの潜望鏡みたいなものを水の上に出して、一番上には穴が開いています。そこに虫が誘い込まれて、一番下に花があって、そこで受粉が起きます。その中には水がないので、虫も花粉も無事なんですね。そういう方法を取る植物もいます。そういう風に、体が水の中に入ったとしても、なんとかしているんですね」
※国立科学博物館にある筑波実験植物園は、広さ14ヘクタール(東京ドーム約3個分)あり、日本の代表的な植物から世界の多様な環境に生きる植物、生活に利用する植物まで、7,000種を超える植物が植えられています。
そんな植物園の中から、まずは水生植物があるガラス張りの温室に移動してきました。そこにはいくつか水槽が並んでいたんですが、その中で、世界一小さな植物を見せていただきました。
「これです。1ミリないぐらいの植物なのですが、分かりますか?」
●米粒よりも小さいんじゃないですか? これは見つけられないですね!
「これは“ミジンコウキクサ”という、ミジンコぐらいの大きさのものなんです。世界には35万種の植物がいますが、これはその中で最も小さい植物なんです」
●こんなに小さいのに花を咲かせるんですか?
「そうなんです。葉っぱと茎が融合した器官なんですが、この真ん中に穴が開きます。その穴の中に花が咲きます。なので、普通に見ただけでは咲いているのかどうかは分からないので、水草を研究している人の中でも見たことがある人は少なくて、記録がほとんどありません。私もずっと見たいと思っていたのですが、5年ぐらい前に筑波実験植物園で大量に咲いたんです。そのときは、いつもと“顔色”が違う気がしたんですね。それで実験室に持ち帰って顕微鏡で見てみたら咲いていたんですよ。すごく感動しました」
●どんな花なんですか?
「花とはいえ花びらはなくて、雄花は雄しべだけ、雌花は雌しべだけというシンプルなものです」
●受粉はどのようにするんですか?
「実はまだ分かりません。色々な仮説はあります。葉っぱの上を小さな虫が歩き回って、花粉を付けていくんじゃないか、水の動きによってたまたま受粉をするんじゃないかといったものがありますが、これをしっかりと観察をして解明したら、世界的な発見になると思います」
※温室を出て、水草が多数ある池に来ました。
●ここではどんな水草を育てているんですか?
「今一番目立っているのが、楕円形の葉っぱの水草だと思います。まず触ってみてください」
●手のひらより少し小さいぐらいの葉っぱですが、ヌルヌルしますね!
「若い芽がこれなんですが、こっちも触ってみてください」
●掴めないぐらいヌルヌルしてます!
「この形とヌルヌル感で、何か思い出しませんか?」
●これって、もしかして“ジュンサイ”ですか?
「そうです。普段私たちが食べているのは、このジュンサイの若い芽を摘んでいるんです」
●この芽のところだけ売られているので分からなかったんですが、あれって若い芽だったんですね!
「大きくなってくると、どうしても硬くなってしまうので、これが一番美味しいんですよね」
●水草って、私たちの身近なところにもあるんですね!
「それだけじゃなく、色々なところで利用しているんですよね。食べ物でいうと、皆さん必ず食べているお米を作ってくれる“稲”ですね。あれも水草なんですよ。他にも、ここには同じように利用しているものがいくつかあります。これもそうなんですが、これは触ったことがない日本人はいないかと思います。葉っぱを触ってみてください」
●かなり上の方まで立派に育っていますね。結構しっかりしてますね
「これをもう少し束ねて使います」
●束ねてですか? 伝統工芸品とかで使われていますか?
「これは“イグサ”です。もっと激しく触ってもいいんですが、かなり丈夫ですよね」
●切ろうとしてもなかなか切れないですね。
「先ほど“イグサ”といいましたが、正式には“イ”といって、和名で一番短いものになります。ちなみに、一番長いのが“リュウグウノオトヒメノモトユイノキリハズシ”という水草です。なので、名前が一番短いのと長い植物は水草なんですよね」
●大きさが一番小さいのも水草ですから、水草がナンバー1を多く取っているんですね!
●また少し場所を移動しましたが、ここはどんな場所なんですか?
「ここは“中央広場”という場所で、特にこの一角は日本の中で絶滅の危機にあるような水草を保存・展示しています」
●絶滅の危機に瀕している種類って多いんですか?
「残念ながら多いです。日本には(水草が)200数十種類いますが、その中の4割ぐらいが絶滅の危機にあります。かなり深刻な状態にあるのは間違いないです」
●原因は何なんですか?
「いくつか考えられるんですが、生育地がなくなってきているというのもあります。以前は池があったところを宅地として埋め立ててしまったということもありますし、水質が悪くなってしまったこともあります。水質が悪くなると、酸素や二酸化炭素が少なくなったり、透明度が低くなったりしてダメになることもあります。
ただ、日本の水草層は元々はすごく多様で、世界的に見ても水草が豊かな国あることは間違いないんですね。その1つの理由としては、稲作をずっと行なってきたことが挙げられます。それが日本の水草層を豊かにしてきました。以前は1年中水が張られていて、農薬とかもあまり使われてこなかったので、豊かな場所だったんですが、それが変わってきてしまったので、そこも水草が生育しにくくなってきた理由でもあります」
●そういった日本の状況の変化によって、絶滅の危機に瀕しているんですね。実際に、ここで保全されている種類を見ていきたいと思います。
「目の前にあるものがその象徴的な種類なので、是非見ていただきたいんです。普通に見たら何の変哲もない植物に見えるかもしれませんが、これは“コシガヤホシクサ”という種類です。これは今まで世界的に見ても日本の2ヶ所でしか発見されておらず、残念ながら両方とも絶滅してしまいました。いわゆる“野生絶滅”という状態になってしまい、植物園などで保全されているだけになってしまいました。野生から絶滅してしまう前に地元の方が保全していて、それを譲り受けて、ここで増やして、元いた場所に戻して野生に復帰させて、元の野生の集団を復活させようというプロジェクトを5年ぐらいやっています」
●うまくいきそうですか?
「毎年いい方向に行っているとは思いますが、なんともいえない状況なので、なんとか成功させたいと思っています」
●田中さんが水草の研究をしてきて、一番感じることってどんなことですか?
「私が水草の研究を始めてから20年ぐらいになりますが、20年前に調査に行った場所に今行くと、何もなかったりするんですね。環境省が数値を出していたりしていますが、その数字の感覚よりも現場は悪い状態にあるんじゃないかと思います。なので、まずはそういう状況を色々な人に知ってもらいたいと思っています。この植物園は皆さんも見ることができますので、そういうところも含めて見ていただきたいと思います」
●実際にフィールドに出て、水草が無くなってしまった風景って寂しいですか?
「自分の水草への想いも含めて、寂しいですね。水草が無いと生態系が崩れてしまうといった科学的な理屈もありますが、純粋に私は水草が好きなので、それがない風景が考えにくいんですよね。その状況は人間にとっても悪い方向にいくと思うので、なんとかしたいと思っています」
この取材を終えてから、水草の事が気になってしょうがありません。意識して改めて水辺を見てみると、本当にたくさんの水草があるんですよね。“植物界のエリート、水草”ぜひみなさんも水辺に行ったら注目してみて下さい。
ベレ出版/本体価格1,700円
田中さんの著書となるこの本は、不思議に満ちあふれている水草の生き方や能力、そして進化の歴史など水草の興味深い世界が書かれています。
今回取材させていただいた筑波実験植物園は、国内外の植物約3,000種を見ることが出来るそうです。また、企画展やセミナー、研究者による講座やプログラムなどもたくさん開催しています。
◎開園時間:朝9時から夕方の4時30分まで
◎入園料:大人・310円、高校生以下・無料
◎詳しい情報:筑波実験植物園のサイト