2016年10月1日

3万年前の航海 徹底再現プロジェクト
~与那国島から西表島までの実験航海に迫る~

 今週のベイエフエム/NEC presents ザ・フリントストーンのゲストは、海部陽介さんです。

 日本人の祖先がいったいどこから、どんな方法でやってきたのかを解き明かす「3万年前の航海 徹底再現プロジェクト」を進めている国立科学博物館の人類進化学者「海部陽介」さんには、今年3月にもこの番組にご出演いただき、著書『日本人はどこから来たのか?』に沿ってお話をうかがいました。海部さんによると、私たちの祖先は「日本列島に3つのルートから渡ってきたのではないか」ということですが、その1つ、台湾から琉球列島にやってくる“沖縄ルート”の解明に挑むために、この夏、実験航海にチャンレジされました。今回は与那国島から西表島までの75キロを、草舟で渡る航海の全貌に迫ります。

草舟で海へ

※まずは、「3万年前の航海 徹底再現プロジェクト」がどんなプロジェクトなのか、改めてうかがいました。

「琉球列島には島がたくさんあるんですが、そこに3万年前ぐらいから急に色々な島から人類の遺跡が現れ始めます。つまり、それまで島に行けなかった人類が行けるようになったというサインであると思います。どうしてそういうことが起きたのかというと、海を越える技術を人類が手にしたことに違いないんですが、とはいえ、あの海は距離がある上に黒潮が流れているので、渡るのが難しいです。それを祖先たちはどのようにクリアしたのかを解明するために始まったのが、このプロジェクトです」

●私たちの祖先がどうやって来たのか、そして、なぜ来たのかが気になるので、このプロジェクトで解明してほしいと思っていますが、このプロジェクトのメンバーはどんな方がいるんですか?

「今25人いるんですが、そのほとんどは研究者です。私のような人類進化学者や考古学者、海洋民俗学など、様々な分野の研究者がいますし、そのほか海洋探検家の人たちにも協力をいただいています。私たちは海の実験航海を目的としているんですが、海に対しては素人なので、海のエキスパートと研究者がタッグを組んで、冒険的で学術的な実験プロジェクトをやってみたいと思っています」

●それが、今までの冒険とは違いますね。

「違いますね。両者が協力すれば面白いんじゃないかと思って、始まったプロジェクトです」

●どんな舟で航海に出たんですか?

「今回は草舟を造ることにしました。実際には過去の舟は分かりませんが、色々な条件を考えると、選択肢を絞ることができます。もし、1万年前の縄文時代にあった技術が既にその当時にあったら話は違ってきますが、僕たちがターゲットにしているのはそれよりも昔の3万年前ですので、縄文時代にあった技術以上のものがあってはいけません。縄文時代は丸木舟を多用していましたが、それ以上の舟があってはいけません。そして、舟の材料は地元で得られるものじゃないと造れないと思います。ほかの島から(材料を)持ってくることができない人たちがやっているので、そうなります。さらに、遺跡から出てきた道具を見たら、これでどういったことができるのかが分かるので、それで造れるものとしたら、イカダのようなものか草舟となります」

●どんな種類の草を使ったんですか?

「与那国島に生えている“ヒメガマ”という草を使いました。この草は当時には既にあったと考えられるんですが、地元の人は何の利用もしていないただの雑草だそうです」

●なぜこの草にしたんですか?

「湿地帯に生えている草なので、浮力があるんですね。メンバーの石川仁さんという専門家がいるんですか、その方に草舟の設計を頼んで造りました」

●その舟を写真で見たんですが、想像では細い舟かと思っていたら、神社にあるしめ縄みたいに、かなり太さがあって、「これを造るのは大変だったんじゃないか」と思ったんですが、どのぐらいでできたんですか?

「10人ぐらいが朝から晩までやって4日ぐらいでできました」

●短期間で造ったんですね。

「組み立てはそのぐらいで、その前は草を刈り取って、運んで、干すという作業があるので、それは大変な作業でした。私も草刈りを随分やりましたが、私の研究家人生で草を刈るとは考えたことがありませんでしたね(笑)」

これはただの冒険じゃない

※日本人の祖先は日本にどのようにやってきたのか謎だらけですが、1つ確かなことがあるそうです

「それは島に移住しているので、“冒険に慣れた男数人がただ単に行なった航海ではない”ということです。行った先で人を増やさないといけないので、女性も行かないといけないです。なので、男女共に行ったということは間違いないです」

●そこが本当にすごいですよね。女性で長い時間、漕ぐのは大変ですよね?

「そこが謎なんですよ。僕たちは今“漕ぐタイプの舟”でテストしていますが、そうなると、休む人をあまり増やすことができないんですね。スピードがどんどん落ちていってしまいますから。帆を張るタイプの舟であればそういう心配はないんですが、縄文時代に帆を張るタイプの舟を使った証拠がないんですね」

●だとすると、手で漕いだんでしょうか。

「なので、僕たちは“帆がない”という前提でどこまでできるかを知りたいんですよ。それで突き詰めて、どうしてもダメだとしたら、私たちの想像よりも上の何かがあったということになります」

●漕ぐパドルはどういったものを使ったんですか?

「旧石器時代のパドルが見つかっていないので、実際には分かりません。縄文時代7~8千年前に使われていたものは見つかっているので、その頃から丸木舟が出てくるんですけど、今回はそれを流用しました。縄文時代にある木の櫂(かい)を参考にして作ったパドルを使いました。そこから何人乗ったのか、そのうち、熟練の人がどのぐらい乗ったのか、どんな舟だったのかなど、疑問がたくさんあるんですが、それを1つ1つ分析していきました」

●その辺りも、今後解明されていくんですか?

「やっていくうちに分かっていけばいいなと思っています」

●意外なもので漕いでいたら面白いですよね!

「やっていくうちに、そういう意見も出てくるかもしれないですね」

●ちなみに、この番組でもおなじみの内田沙希さんもメンバーでしたよね。彼女はホクレア号でスター・ナビゲーションを学んだり、航海のプロとして参加されていますが、どうでしたか?

「今回、彼女とボーイフレンドのトイオラ君を主催者招待として参加してもらいました。なぜなら、夜の航海の必要性がどうしても出てきますし、今回がそうだったんですが、場合によっては目的地が見えなくなってしまうので、そのときにどうするかといったときに、慣れている人がさすがにいなかったので、スター・ナビゲーションの経験のある二人に参加してもらいました。実際に漕ぎ手たちが彼らに教わりながら準備をしていました」

●航海中もその技術を使ったんですか?

「残念ながら、夜の航海に挑む前に終わってしまったので使わなかったですが、準備の段階で夜になったときにどうするかを話し合っていたし、沙希ちゃんたちは夜に現地の星を勉強するために見に行ってってましたね」

●実際はどうだったんでしょうかね? 誰かがスター・ナビゲーションの技術を持っていたんでしょうか?

「そうじゃないでしょうか」

いざ実験航海へ!

※実際の実験航海はどうだったのでしょうか?

「最初、(与那国島を出て)南下したかったんですが、それがうまくいきませんでした。そこで、西表島の方を目指したんですが、実はその時点で北に流され始めていました。正直言って、僕は伴走船の上からはっきりとは分かっていませんでしたが、漕ぎ手の人たちはそのことが分かっていました。到着するかどうかはとても大事ですが、彼らが今いる位置を把握しているか、時間を把握しているのかがとても大事です。今回の航海では、彼らは時計や携帯電話を持たずに出ています。その状態でしっかりと把握しているかは大事ですし、目指す方向もちゃんと分かっていることも大事です。方角がしっかりと分かっていて、漕ぐ方向も分かっていることが大事なんですが、それも間違えていませんでした」

●確かに、流されているのか、方角が間違っていないかということを、人間の感覚として分かっていないとダメですよね。

「それができていたことが、1つの収穫だと思っています」

●私たち人間は、能力がありますね!

「そうだと思います。時計や携帯電話がなくても生きていけるんですよ」

●そういったことも、今回の実験航海で分かったんですね。海部さんは終わったあと“ますます謎が深まった”とおっしゃっていますよね。それはどういうことですか?

「今回の草舟の出来は割とよかったと思っていたんです。“これならいける!”という感触も持っていました。それが予想外にも北に流されてしまいました。途中でギブアップをすることになるので、そういう判断をせざるを得ない状況になるまで流されてしまったんですね。そのときは、どうしてそこまで流されたのかは分かりませんでした。後で分かったことだったんですが、海上保安庁が出しているデータによると、その日は海流が非常に早かったんです。通常の倍ぐらい早かったみたいです。それだとさすがにキツイですね。なので、漕ぎ手たちがやっていたことは間違いではなかったんですが、あの状況で島を目指すのは難しかったです」

●その海流の状況さえよければ、草舟で渡ることができたということですか?

「そうだと思います。過去のデータを見ても、海流が弱い日もあるし、東側に関しては変動が大きいんですが、黒潮の反流みたいなものができて、西表島に向かう海流ができることもあるらしいんです。そういうときに行けば、理論上ではもう少し楽に行けるかもしれないですね」

●3万年前の人たちはそれをマスターしていたということになるんでしょうか?

「現代はエンジン付きの早い動力船があるので、お客さんとしてフェリーに乗っていたら、そんなことは感じないと思いますが、ああいう漕ぎ舟みたいなものに乗ると、現実の問題となるわけです。そのことを感じましたね」

●3万年前の人は、どうやって海流を読んでいたんでしょうね。

「いくつかの解決方法があると思うんですが、そこをしっかり考えていきたいですね。今、僕たちがハッキリといえるのは、僕らの失敗の一番の要因は“時間の制約”です。実は、翌週だといい日があったみたいで、あと5日待てばもしかしたら行けたかもしれないんですね」

台湾から与那国島へ

※最後に、このプロジェクトの今後の予定をうかがいました。

「この次は、舟のタイプを変えたいと思っています。あくまで草舟はモデルの1つですので、他にも試さないと、その舟の特性が分かりません」

●次はどんな舟を予定しているんですか?

「次は竹を使った舟を考えています。竹のイカダは世の中にたくさんあって、台湾の原住民の方たちも竹のイカダを作る伝統があるんですね。フィリピンなどにもそういう伝統があります。ただ、あのイカダのままだとスピードが出ません。それで今まで躊躇していたんですが、竹は台湾には豊富にある材料なので、現地の人たちも竹を色々なものに利用しています。その材料を使わない手はないと思うんですね」

●となると、草舟と竹舟の2艘で出ることになるんですか?

「理想的なことをいうと、あらゆる可能性を一度で試したいんですが、さすがにそんなことはできないんですよね(笑)」

●(笑)。これからも色々な可能性を試されると思いますが、ルートは変わらずに台湾から与那国島を目指すんですか?

「それを目指そうと思いますが、今度はまず“祖先たちがどうやって黒潮の存在を知るか”というところから始めないといけません。僕らは“黒潮がある”と教えられたから知ってますが、彼らは誰にも教わっていないので、向こうの島に何があるか分からないわけですよ。そういう状況に自分の身を置いたとき、どうやって黒潮の存在を知るか、その辺りから始めていかないといけないです。
 その前に、もっと大事な問題として“向こうに島があることをどうやって知るか”なんです。今、その情報を集めています。年に夏場の数日だけですが、与那国島から台湾は見えるんですね。それは台湾の山が高いからなんですが、台湾から与那国島は見えないらしいんです。見えないとなると、どうやって行ったのか、なぜ行ったのか分からず、単なるミステリーなので、見えているはずなんですが、どういう風に見えるのか、見えた場所からどういうプランを立てるかを考えないといけないんですよね。僕たちは地図を見て簡単にやってしまいますが、3万年前の人たちは地図を持っていないので、その状況でどういう作戦を立てたのかを考えないといけないです」

●謎がどんどん深まるばかりですね!

「僕も与那国島から台湾を見たことがありますが、台湾から与那国島を見ようとするのは面白いことですよね」

●実際に見たのではなく、鳥が飛んできて存在を知ったという可能性もあるかもしれないですね。

「それは十分あり得ますね。実際に鳥や蝶で渡るものがいるので、それらがいれば、向こうに陸地があることを理解しますよね。ただ、“陸地があるから一か八かやってみるか!”という賭けをやるのか、“陸地が見えるから、作戦を立てて行こう!”というのとでは、同じ“行く”にしても全然違うと思うんですね」

●最後に、これからの航海に対して、意気込みなどあれば教えてください。

「何より“やり遂げる”ということですね。3万年前の人たちも失敗を繰り返しながら成し遂げたんだと思います。僕らもめげずにやるしかないと思っています。一方でそれだけじゃなくて、このプロジェクトを通じて、色々なことを学んでいくんだと思います。海や自然のことはもちろん、台湾のことを学ぶ機会にもなると思っています。僕自身、台湾に行って、自分の知らない台湾をたくさん見てきているので、そういう意味でも広がりのあるプロジェクトになれば、僕はすごく嬉しいですね」

YUKI'S MONOLOGUE ~ゆきちゃんのひと言~

 「ますます謎が深まった」という海部さんのこの言葉に全てが集約されていたような気がします。一体、日本人の祖先はどうやって海を渡ってやって来たのか、そして、一歩間違えれば死の危険もあるのに、どうして日本にやってきたのか。いつかその謎が解けた日、もしかしたら“いま私たちがここに生きる意味”が分かるのかもしれません。

INFORMATION

日本人はどこから来たのか?

日本人はどこから来たのか?

 文藝春秋/本体価格1,300円

 私たちの祖先が一体どうやって日本列島にやってきたのか、興味のある方はこの本を読んでください。人類の歴史や移動のルートなど、目からウロコの面白い話が満載です。

『3万年前の航海 徹底再現プロジェクト』

 海部さんが代表を務めるプロジェクト。海部さんが中心となり、探検家の関野吉晴さんや海洋ジャーナリストの内田正洋さん、探検家の石川仁さんほかも協力しています。今回の沖縄・実験航海のリポートも含め、活動の内容については、「3万年前の航海 徹底再現プロジェクト」のサイトを見てください。

今週のオンエア・ソング

オープニング・テーマ曲
「GRACIAS / LARRY CARLTON」

M1. 狩りから稲作へ feat. 足軽先生・東インド貿易マン
(グローバー義和 from Jackson Vibe) / レキシ

M2. 爬竜船 / BEGIN

M3. A SKY FULL OF STARS / COLDPLAY

M4. THE GREAT JOURNEY / キリンジ feat. RHYMSTER

M5. UPSIDE DOWN / JACK JOHNSON

M6. 老人飲酒歌 / SUMING

エンディング・テーマ曲
「THE WHALE / ELECTRIC LIGHT ORCHESTRA」