今週のベイエフエム/NEC presents ザ・フリントストーンのゲストは、木村尚さんです。
今回は“ほんとはすごい、東京湾”!ということで、NPO法人・海辺つくり研究会事務局長・木村尚(たかし)さんにお話をうかがいます。木村さんはテレビ番組「ザ!鉄腕!DASH!!」の人気コーナー「ダッシュ海岸」でおなじみ、東京湾のスペシャリストで海洋環境専門家として活躍されています。そんな木村さんが語る東京湾の意外な素顔に迫ります。
※まずはどこからどこまでが東京湾なのか教えて頂きました。
「千葉県館山市に“洲崎”というところがあるんですが、そこから反対側に神奈川県の三浦半島に“剣崎”があります。そこを繋いだ線の北側を“東京湾”と呼びます。千葉県の富津岬と神奈川県の観音崎を繋いだ線から南側を“東京湾外湾”、北側を“東京湾内湾”と呼びます。区切っているのは、そこを境にして、(東京湾は)全然違う顔を持っているんですよね」
●どんな風に違うんですか?
「“東京湾内湾”は、平均水深15メートルという浅い海で、今は埋め立てて港になっていますが、元々は干潟や藻がたくさん広がっていました。“東京湾外湾”となると、急に深くなります。平均水深600メートルぐらいになります。なので、深海の生き物もたくさんいます。世界的に見ても、これほど多様な環境を持っているところはそれほどなくて、少なくなってきたといわれていますが、それでもたくさん生き物がいるので、そう考えると、(東京湾の周りに)約3000万人の人が住んでいて、その人口の影響を受けながらこれだけの豊かさを保っているのは、世界でも珍しいんです」
●どんな生き物がいるんですか?
「魚だけでも700種を越すぐらいいます。東京湾って、北の親潮の影響と南の黒潮の両方の影響を受けているので、北方系と南方系の魚、両方がいるところなんですね」
●それだと、漁場としてもかなりいいところじゃないですか!
「そうなんです。浅い海のところに親潮と黒潮の恵みが入ってきますし、日本で一番たくさんの川の水が注いでいるところなので、そこから森からの恵みを受けています。そうなると、プランクトンがわきますよね。なので、“日本一の好漁場”といわれていたところではありました」
●今だとそういうイメージを持っている人が少なくなっているかもしれませんね。
「それが残念なところで、“江戸前”って聞くと皆さんそれなりに価値を感じてくれるみたいですが、“東京湾”っていうと、(魚介類を)食べられるか不安になる方が多いんですよね。汚れているとはいっても、栄養が多すぎて、プランクトンがわきすぎるから濁って見えるだけなので、むしろ、美味しくて値段のいい魚が獲れるところだと思っていただいた方がいいと思いますね」
●昔、「東京湾に生活排水が流れ込んで、汚くなっているんじゃないか?」とニュースでいわれていましたが、今はもうそんなことはないんですか?
「確かに、生活排水が多すぎるという問題は相変わらずありますが、今では下水処理場が整備されていますし、下水道の整備率も100パーセントに近い状態になってきているので、逆に入ってくる栄養が足りないぐらいになっています。ただ、昔は生活排水がたくさん入っていて、プランクトンがわきすぎて、それが死んで下に沈んでいました。それを分解するのに海の中の酸素をたくさん使ってしまうので、酸素のない状況が出来上がってしまい、生き物が生きられない状況が、相変わらず負の遺産として続いています。それでも、改善の傾向が出てきているのが勇気付けられるところですね」
●木村さんは東京湾の状況を長年観察されていて、良くなってきていると感じているんですね。
「間違いなく良くなってきています」
●どのあたりが一番良くなってきていますか?
「透明度が随分上がりました。そして、一時期見られなかった生き物たちが東京湾内湾に帰ってきています」
●どんな生き物が帰ってきましたか?
「例えば、アオリイカが当たり前にいるようになりましたし、今年はアナゴがものすごく多かったです。タコは目がいいので、キレイな水じゃないとなかなか増えないんですが、今年はそのタコも爆発的に増えました。江戸前のタコは値段がよくて美味しいんですよね」
※千葉県側の東京湾はどうなんでしょうか?
「千葉県側だと、盤州干潟や三番瀬とかありますので、貝の漁が盛んなところですが、ハマグリを千葉県の漁師さんが一生懸命、増やす努力をして増えてきました。ハマグリはアサリと違って、水がキレイじゃないと増えないので、ハマグリが増えている状況を見ると、水がかなりキレイになってきているんだなと思いますね」
●以前、取材で、海の水だけじゃなくて川からの栄養もないとダメだから、ハマグリは“豊かな海の指標”だとうかがったことがあります。
「その通りです。川から栄養のある水が入ってきたとき、その栄養を元に植物プランクトンがわくんですね。それがわきすぎると逆によくないんですが、適度に入ってきている状況だとハマグリのエサになるので、ハマグリが増えているということは、栄養のある水がバランスよく入ってきているといってもいいと思います」
●そうなると、千葉の海は今、いい感じなんですね!
「そうですね。東京湾が汚くなっていたときに赤い魚や青い魚が消えて、残ったのは黒い魚だけでした。本来なら当たり前のようにいるハゼなどがいなくなってきて、このままだとどうにもならないと思われていたのが、今ではシロギスが1年中釣れるようになりましたし、東京湾内湾では真鯛が釣れるようになりました。海の状況が随分良くなってきた感じがします。
ただ、漁師さんにとってみると、単一の商品を大量に獲って商売にするじゃないですか。そういう人たちにとっては、まだ辛い状況じゃないかと思います。多様な種類の生き物がかなり増えてきましたし、残るようになってきましたが、1種類あたりの漁はなかなか増えないんですよね」
●それはどの辺が課題ですか?
「やっぱり“場”でしょうね。陸上から入ってくる栄養が干潟や藻場があったときにそこを通過して、次の生き物が使いやすい状況に変えていってくれる機能を持っていますが、それがまだ足りないんだと思います。だから、漁師さんたちが獲るような生き物が増えづらい状況になっているんだと思います」
●そうなると、私たちが今からでも気をつけるべきことってありますか?
「引き続き、生活排水に気をつけていただきたいと思います。なにせ、3000万人からの排水なので、1人1人がちょっと努力すれば圧倒的によくなるし、みんなが気を緩めれば、あっという間に悪くなります。そういう意味で気をつけていただきたいというのがあります。そして、ゴミ拾いでもそうですし、干潟や藻場を作る状況を市民団体や行政、企業の方々も運動としてやっていこうという努力が始まっているので、それに参加したり協力することができます。
やっぱり一番大事なのは“江戸前のものをたくさん食べてもらいたい”ですね。潮干狩りで遊んでもらったら、干潟を耕して健全な干潟にする効果がありますし、食べてもらうと漁師さんたちの役に立つことにもなって、漁師さんたちが“海をよくして、魚をもっと獲れるようにしよう!”という努力がもっと進んでいくという循環が促進されていくと思います。しかも、江戸前のものって美味しいじゃないですか。是非“江戸前”という文字を見たら、食べていただけたらと思います」
※東京湾でワカメやアマモを育てる活動もしている木村さんに、今のワカメの様子をうかがいました。
「ワカメも今年で16年目を迎えます。ワカメは相変わらずたくさん獲れるんですが、最近では企業の方と協力して、キッチンスタジアムを借りて、インターコンチネンタルのフレンチの総料理長に来ていただいて、親子向けにワカメを食べる料理教室をやっています。昔は市民団体が取り組んで、それに行政が協力してくれていたのが、今では企業の方々もたくさん協力してくれるようになりました。ディベロッパーさんだと、“自分たちのお金で干潟を作っちゃおう!”っていう活動も出てきているんですね。そういう風に東京湾に関心が集まってきていて、ありがたいなと思いますね」
●海に関わっているような企業だと分かるんですが、それはどういうことなんですか?
「私が出ている番組の影響も大きいと思いますが、それでも東京湾に対して関心が高まってきているのは間違いないですし、もうすぐ東京オリンピックがあるじゃないですか。それで海外の人が東京にたくさん来たときに“日本は経済的に発展している国だけど、目の前の海が汚かったら恥ずかしいよね”って思う人が増えてきたんじゃないでしょうか」
●確かに「キレイな海で海外の人をお迎えしたい」というのはありますね! 東京湾の変化といえば、50年ぶりに葛西臨海公園の海水浴場がオープンして、今年もやってましたよね。
「そうですね。社会実験という形ですが、今年で4年目になります」
●あれも東京湾がキレイになったことで復活できたということですか?
「そうですね。もちろんキレイになったというのもありますし、海水浴場の水質の基準がありますが、実はかなり前からクリアしていたんですよ。お台場も海浜公園で毎年7月の最後の土日だけ海水浴場をオープンしていて、今年もたくさんのお客さんに来ていただきました。最初のうちは、近所に住んでいるお子さんや家族だけだったんですが、最近では遠方から来た人や海外の人もいらっしゃいましたね」
●これから安全面が確保できれば、東京湾沿いに海水浴場が復活するかもしれないんですね。海を見るのもいいんですが、実際に海に入って泳いだりすると違いますよね!
「違いますね。干潟でもそうですし、海水浴としてもそうですが、体験することで気がつくことがたくさんあるんですよね。先ほどもいいましたが、汚染されているわけではなく、プランクトンがわきすぎていることで生まれた濁りですし、干潟や砂浜があると微生物を分解してくれるので、透明度が上がってくるんですよね。ああいう場所をたくさん作っていけば、そういうところが広がっていく可能性が大いにあると思いますね」
●千葉だと三番瀬や谷津干潟などがありますよね。
「幕張もそうですが、あそこって南に開いているので、南の強い風が吹くと、波が立ちやすいところなので、砂浜が持っていかれてなかなか入りづらいところがあります。でも、あそこもビーチを整備すれば、泳げないところではないですし、住んでいる方もたくさんいますので、楽しんでいただけたらと思います」
※木村さんは環境省が進める「つなげよう、支えよう 森里川海プロジェクト」にも関わってらっしゃいます。どんなプロジェクトなのでしょうか?
「元々このプロジェクトというのは、“経済的に発展した国にはなったけど、このまま持続できるんだろうか?”という話が根底にあるんです。ところが、例えば海を良くするのに山でお金を使うっていうシステムではできないですし、逆もそうですよね。
アユがまさにそうで、川を遡上して、産卵して、稚魚が海に下りてきて育って、また川を上っていきますよね。アユをたくさん上らせるには川の中を整備しないといけないんですし、稚魚のときにいられる海も整備しないといけないですが、川の人が海へお金を使うことは難しいですよね。だから、みんなが繋がってタッグを組めたら、あっという間に良くなるんじゃないかというのがプロジェクトの考え方です」
●「自然は繋がっているけど、人間が縦割りになっているから、そこを繋げて考えてみよう」ということですね。ということは、国も今そういう動きになっているんですね。
「そういう努力が始まってきていますね。人間って面白いもので、自分のところに影響を及ぼす上流側は気になるんですよ。“自分のところに美味しい水が来てほしいな”って思うんですが、自分が使った後の水はどうなるのか気にする人は少ないんですよね」
●下流を考えれば、おのずと上流も考えられるということですね。ということは、“東京湾を考える”ということは、日本全体の自然を考えるのにすごくいいキッカケですね!
「そうなんです! この考え方は、元々日本人が持っていた考え方で、自然の中には八百万の神々がいて、自然と共生をしながら、自然をダメにしないように上手に生きてきたじゃないですか。こういう考え方って、海外にはないんですよ。これは、これから世界の人たちが持続可能に暮らしていく見本になるはずなんですよね」
●そんな東京湾を考えるのに、非常にいいイベントがもうすぐ開催されますよね!
「“東京湾大感謝祭”というイベントです。今、干潟や生き物の生息場、海水浴場を増やしたり、海に近づけるようなプロジェクトができていて、それぞれで議論を重ねながら実験をしたりしているんですが、それを3000万人の人たちに上手に伝えていくことも必要だということで、このイベントをスタートさせました。今年で4年目になるんですが、10月21日から23日まで横浜赤レンガ倉庫で行ないます」
●私もホームページを拝見しましたが、面白そうなプログラムがたくさんありますよね!
「ステージや江戸前の食べ物を食べるコーナーもあります。今年は水産庁の方が“出汁の文化”を体験してもらうためのプログラムを行ないます。例えば、カツオだしが1、昆布だしが1として、“1+1=100”になるということを皆さんに体験してもらう実験的なものがありますし、色々な省庁の方々が色々なことをやる予定でいます。食べ物もいっぱい出てきます。
さらにありがたいことに、タレントさんも協力してくれることになっていて、哀川翔さんやつるの剛士さんなど、たくさんのタレントさんが参加してくださって、“タレント・フィッシング・カップ”という釣りの大会を開催する予定でいます。
去年が8万8千人の来場者がありましたが、今年は10万人を目標にしています。もちろん、課題はたくさんありますが、まずはいいところなので、楽しんでほしいですね」
●最後に、木村さんにとって“東京湾”とは、何ですか?
「私は“世界で一番面白い海”だと思っています」
※この他の木村尚さんのトークもご覧下さい。
私たちの身近な海・東京湾が多様な生き物が暮らす“世界一面白い海”なんてなんだか嬉しいですね。これからもっと江戸前のものを食べたり、潮干狩りにいったりして、さらに東京湾に親しんで、知っていきたいなと思います。
中公新書ラクレ・シリーズ/本体価格820円
東京湾のことをもっと知りたいと思った方は、ぜひこの新刊を読んでください。東京湾の地形から海としての特徴、生き物、取り巻く環境、再生活動などが分かりやすく書かれています。何より、木村さんの東京湾への愛情が伝わってきます。
今年も横浜赤レンガ倉庫とその周辺の海辺で開催されるこのイベントは、江戸前マルシェ、親子ハゼ釣り教室、ボートやヨットの乗船体験など盛りだくさん。さらに、以前この番組にも出演してくださった、つるの剛士さんが中心となって行なわれる釣り好き芸能人が集まる釣り大会も同時開催。
◎日程:10月21日(金)から23日(日)まで
◎詳しい情報:東京湾大感謝祭のホームページ
その他、木村さんの活動については、NPO法人・海辺つくり研究会のサイトをご覧ください。