今週のベイエフエム/NEC presents ザ・フリントストーンのゲストは、山野博哉さんです。
今回のゲスト山野博哉さんは、地理が大好きで、東京大学大学院では自然地理学を専攻、そして沖縄の音楽や食文化に憧れ、サンゴを研究するために沖縄の海に通ったそうです。現在は、国立環境研究所の生物・生態系環境研究センターのセンター長として活躍。サンゴ礁の保全やサンゴの分布などの研究を行なっている、まさに“サンゴのスペシャリスト”です。
そんな山野さんが、千葉県館山沖の東京湾を始め、長年に渡り関東から九州にかけての沿岸で海に潜り、サンゴを調査した結果、南の海にいるサンゴが日本列島沿いに北上しつつあるという現象を発見されました。一体なぜ、サンゴは北上しているのでしょうか?
※サンゴとはどういった生き物なのでしょうか?
「サンゴは、イソギンチャクやクラゲと同じ仲間の“動物”です」
●見た目は石のような感じですが、“動物”なんですか?
「石のように見えているものは、“石”なんです。サンゴ自体は“動物”なのですが、体の中には“褐虫藻(かっちゅうそう)”と呼ばれる、小さなプランクトンを体内に共生させていて、その褐虫藻が光合成を行ないます。光合成によってできた産物が魚のエサになったり、サンゴは骨を作ることで成長していくのですが、そこが魚にとっての隠れ家になったりするので、サンゴの周りには生き物が多いです」
●どうやってサンゴは“骨”を作るんですか?
「海水から炭酸イオンを取り込んで、炭酸カルシウムを作るのですが、その形を“骨”と呼んでいます。サンゴが死んで、その死骸が陸に上がると“石灰岩”となり、セメントの材料などに使われます」
●サンゴはとてもすごい生き物なんですね!
「また、サンゴは“サンゴ礁”と呼ばれる地形を作りますが、それは宇宙でも見ることができます。生き物が作ったものの中で、宇宙から見ることができるのは*サンゴ礁だけですね」
(*註:有名なのはオーストラリア沖のサンゴ礁地帯:グレートバリアリーフ)
●サンゴは宇宙レベルで存在感を発揮しているんですね! 世界には何種類のサンゴがいるんですか?
「約700種類です」
●日本には400種類のサンゴがいると聞いているので、世界中のサンゴのうち、日本では半数以上のサンゴを見ることができるということですか?
「そういうことですね。その理由は、日本には黒潮が南から流れてきているため、水温が高く、サンゴの卵が流れ着きやすいからです」
●サンゴの観察や研究をするには、日本は適しているということですか?
「非常に適していますね。南の方はサンゴの種類が多いですし、日本は南北に長いため、サンゴの分布の境界線が分かりやすいです。なので、例えば温暖化に対するサンゴの反応を観察する場合などに、日本での観察はとても適しています」
●そうなんですね! 実は映画で一度だけ、サンゴの神秘的な産卵シーンを見て「なんて美しいんだ!」と、とても感動したのですが、山野先生は見たことがありますか?
「ありますよ。一斉に卵が放出される瞬間は、とても神秘的で壮観でしたね」
●なぜ、あれほどの卵が一斉に放出されるのですか?
「その理由は、まだ完全には明かされていません。満月から何日後に産卵が行なわれるかは大体分かっています。サンゴは、その周期や明るさによって活動しているのではないかという説が最も有力です」
●卵はどこに行くんですか?
「“卵”とは言っていますが、実はその中には卵子と精子が両方入っています。その卵が海面に行き、そこで弾けることによって、受精が行なわれます。やがて外洋まで流された卵は、海流に乗って遠くまで運ばれます。サンゴの卵には、約2週間~3週間は定着する能力があるので、かなり遠くまで運ばれます」
●なんだか、夢を感じますね。
「そうですね(笑)。何百キロメートル離れたところにも行けると思います」
※神秘的な魅力が詰まったサンゴですが、千葉にもサンゴがいるって本当ですか?
「千葉には20種類ぐらいのサンゴがいます。私は千葉県館山沖で調査をしているのですが、そこに最近、新たに“エンタクミドリイシ”というサンゴが見つかりました。このことからも分かるように、サンゴの種類は増えてきています。恐らく、このまま温暖化が続くと、南の方からまた新たなサンゴがやってきて、さらに種類は増えていきます。また“東京湾の北にもサンゴがいる”という噂も聞きますし、太平洋側では、勝浦にまでサンゴが生息するようになっているんです。これから北に向かって、さらにサンゴの種類は増えていくと思います」
●サンゴが増えていくということは、その周りにいる生き物も変わっていくのではないですか?
「そうですね。例えば、“サンゴにしか棲まない”カニがいるのですが、そのカニが早速“エンタクミドリイシ”の中にも棲み始めたんですね。そのカニの歴史を調べてみたところ、今まで館山には生息していなかったんです。つまり、カニもサンゴと一緒に北上してきているということなんです。なので、他の生き物もサンゴと一緒に変わってきているんだと思います。また、全国的に見てみると、昆布やアラメ、カジメなどの大型藻類が減ってきていることが、各地で報告されています。私たちが調査している場所でも、そのような現象が起きています」
●それだけ生態系が変わってしまうと、単に“サンゴの種類が増えてよかった!”ということにはならないですよね。
「このような現象が続いていくと、やがては魚が獲れなくなってしまうかもしれません。しかし、温暖化自体はすぐに止めることができないので、私たちが環境の変化に適応することを考えていかなければいけないと思います。しかし、例えば農業分野だと、暖かくなってきたらお米の品種を変えたりするなどの対処をすることができますが、水産分野はなかなか変化が分かりづらいものです。そのためにも私はサンゴの観察をしているので、この観察記録を今後、社会が適応していく際に使ってもらえればと思います」
※サンゴが北上現象について、さらに詳しくうかがいます。
「“北上現象”とは、簡単に言えば“サンゴが北に行くこと”を言います。最近は地球温暖化により、海水温が上がってしまっています。これまでは、暖かいところに生息していたサンゴの卵が北に流れてしまった場合、冬を越すことはできなかったのですが、海水温の上昇により、冬を越すことができるようになってきました。例えば館山では、南の方にいたエンタクミドリイシが冬を越して成長を続けて、直径が20センチにまで伸びています。このように、本来なら生息していないはずの、南にいるサンゴが北にまで生息領域を広げていることを“北上現象”と言います」
●それは、山野先生が全国各地の海を潜ったことで発見したんですか?
「潜ったことに加え、昔の記録を調べていく中で分かってきました。実は日本は、サンゴの研究の歴史がとても長く、1930年代から調査記録があります。その記録を地域ごとに比べてみると、例えば館山では1980年代まではエンタクミドリイシがいなかったんです。しかし、現在は生息しています。他の地域でも、これまではいなかった南のサンゴが、2000年代になって現れてきたりと、少なくとも4種類のサンゴが北上してきていることが分かっています」
●どれくらいのスピードで北上してきているんですか?
「一番速いサンゴだと、1年に14キロも進んでいますね。すごく速いです」
●つまり、5年間だと70キロも進むんですね! このまま進んで行くと、関東や東北、北海道も超えて、ついには北極まで行ってしまうんでしょうか?
「そこまでは行かないですね。その理由は2つあります。1つ目は、黒潮という海流です。14キロというスピードはとても速いのですが、それは南から北に流れている黒潮に乗っているからなんです。しかし黒潮は、千葉県沖を境にして、東へ流れてしまうんです。なので、恐らく東北には行かないのではないかと思います。一方、日本海側だと、“対馬暖流”が北海道まで流れているので、サンゴが北海道まで行く可能性があります。水温から予測してみると、100年後には青森県までサンゴが上がってくるとされています」
●青森でサンゴが見られるなんて想像できないですよね。
「また、二酸化炭素を出すということは、温暖化にもつながりますが、それと同時に“海洋酸性化”という現象も起こすんです。海洋酸性化とは、海水に二酸化炭素が溶け込むことによって、海水がアルカリ性から酸性に変わってしまうという現象です。これが起こることで、炭酸カルシウムで作られているサンゴの骨ができにくくなってしまうため、そこではサンゴが生息できなくなってしまいます。水温が低いほど二酸化炭素は溶け込みやすくなるため、この現象は北から起こってきます。
なので、水温から考えると、サンゴは北上できるのですが、将来的には海洋酸性化の影響の方が大きくなってしまい、サンゴの生息域が縮小してしまうことがとても心配されています。南の方で多少サンゴが減ってきても、北の方でサンゴが増えていくからいいじゃないかと思う人もいるかもしれませんが、それはつまり、水温の上昇によって引き起こされる白化現象と、海洋酸性化の間で、サンゴははさみ打ち状態になってしまうということなんです」
※“北上現象”“白化現象”“海洋酸性化”など、様々な影響をサンゴは受けていますが、それらの原因は私たちにあるんです。
「去年の夏も白化現象は起こりました。その大きな原因として、1つは“水温が上昇し過ぎた”ことです。サンゴは暖か過ぎる水も苦手なんです。2016年の8月から9月ぐらいにかけて、慶良間諸島など一部の地域は大丈夫でしたが、沖縄県のほぼ全域で白化現象が起こってしまいました」
●沖縄には、白化して死んでしまったサンゴも結構いる、ということですか?
「そうです。環境省が去年の夏から定期的に調査を始めているのですが、例えば石垣島付近では、7割のサンゴが死んでしまったそうです」
●7割も死んでしまったんですか!? ほとんどのサンゴが死んでしまったんですね。
「実は2007年にも大規模な白化現象があり、その時もかなりの数のサンゴが死んでしまったんです。それから約10年経ち、だいぶ回復してきたかなと思っていた時に、今回また白化現象が起こってしまいました。水温の上がり具合がそれほど激しくなければ、もし白化が起きても回復する力をサンゴは持っています。しかし、地球温暖化が続いて水温が底上げされてしまうと、白化の頻度も上がるので、サンゴが傷んでしまうことが心配されています」
●何か私たちにできることはないのでしょうか?
「第一に“温暖化を止めること”ですね。これは昔から言われていますが、(温室効果ガスの排出を減らす)省エネや節電は当然すべきことです。また温暖化以外でも、サンゴにとってストレスとなるものを減らしていくことも大事です。例えば、川から汚染された物質が流れると、“温暖化”と“汚染”の2つのストレスによってサンゴがより傷んでしまいます。私は、サンゴはかなり回復力があると思っていますので、ストレスの要因を私たちが減らしていくことで、サンゴの回復力を維持させることが重要だと思います」
●サンゴは結構タフなんですね! 少し安心しました!
「そうですね。サンゴは数億年前からいるので、“多少のことなら大丈夫なんじゃないか”と、私は思っています(笑)。しかし、今は環境が変化するスピードがとても速いので、サンゴがその速さに追いつけるかどうかが心配ですね」
●あとは、私たちがサンゴのことをもっと知ることも必要でしょうか。
「そうですね。例えば、千葉にサンゴがいることを知らない人は多いと思うんです。サンゴは皆さんの身近にいるということを、知っていただくことも大事だと思います」
●山野先生は、これまでサンゴを観察していて、サンゴからの何かしらのメッセージを感じたことはありますか?
「サンゴは海底にへばり付いているので、動くこともそれほどなく、非常に地味な生き物です(笑)。しかし、毎年観察していると、“色んな環境に応じて、耐えたり、しのいだりしているんだな”ということが分かってきます。サンゴは環境の変化を知るための、重要なメッセージを発してくれているんじゃないかなと思っています」
サンゴがどんどん北上し、ここ千葉にも今、たくさんのサンゴがあるとは驚きでした。海の中の環境の変化は、私たちはなかなか感じることができないので、サンゴを通して、今後はその変化を感じていければいいですね。
山野さんの研究について、詳しくは、国立環境研究所のホームページ内の詳細ページをご覧ください。
世界中のサンゴの生息地を調査している、科学調査船タラ号が東京にやってきます! 研究成果の報告ほか、タラ号の乗船体験など、様々なイベントをやっています。
また、3月21日のシンポジウムには山野さんも登壇します。
◎期間:3月21日(月)~3月25日(土)
◎会場:竹芝小型船発着所(東京都港区)
◎詳しい情報:タラ号のオフィシャルサイト