今週のベイエフエム/NEC presents ザ・フリントストーンのゲストは、中川毅さんです。
1968年、東京生まれの中川さんは、京都大学卒業後、フランスや英国の大学を経て、現在は立命館大学の教授。専攻は、古気候学と地質年代学。主に「年縞(ねんこう)」という細かい土の層を研究されています。そして、福井県にある「水月湖(すいげつこ)」という湖の底に奇跡的に残された、7万年分の土の層の研究者として世界的に知られている人物でもあるんです!
そんな中川さんが先ごろ、新刊『人類と気候の10万年史』という本を出されました。今回は10万年前の気候や、世界的な注目を集めている水月湖についてなど、たっぷりとお話をうかがいます。
※まずは、中川さんが出された『人類と気候の10万年史』という本のタイトルにもある“10万年前”についてうかがっていきます。いったいどんな時代だったのしょうか?
「10万年前とは、世界史的には旧石器時代に当たります。日本には、まだ人間が到達していない、誰もいなかったような大昔ですね」
●その時代はどんな気候だったんですか?
「私もそれを知りたくて、日々研究しています(笑)。(地球の気候には)非常に大きなサイクルがあるのですが、“今と比較的似ていた最後の時代”という認識でいいと思います。現代とその当時とでは、意外と気候は変わっていないんですよ。今よりも海の水が多く、海面はもう少し高かったことがわかっているので、恐らく今よりももっと暖かくて、南極の氷は少ないです。やがて寒くなっていき、氷河時代に突入し、そして現在はまた、もとの暖かさに戻ってきています。なので、氷河期が一度来て、去っていく時間が約10万年ということです」
●何回も暖かい時期と寒い時期を繰り返している、という話をよく聞きますが、その周期が約10万年なんですね。とはいえ、タイムマシンがあるわけではないのに、その時代の気候をどうやって調べているんですか? すごく気になります!
「いろいろな方法がありますね。例えば“復元”といい、古い岩石を採取して、その岩石の時代を調べて、そこに含まれている元素や化石などを分析することで、その当時は暖かかったのかどうか、雨は多かったのかどうかなどを調べます。また世界的には、南極やグリーンランドにある氷が復元によく使われます。グリーンランドはとても寒く、雪が何万年も溶けずに残るので、その雪を深くまで掘って何万年も昔の氷を取り出して、そこに含まれている“大気”などを分析します。南極だとさらに、何十万年も昔までさかのぼることができますね」
●大気が氷の中にそのまま入っているんですか!?
「南極などの氷は“カキ氷”のように、氷と空気が混ざっています。その氷が潰されることで、空気が氷の中に閉じ込められて“タイムカプセル”として残るんです」
●なるほど! そのタイムカプセルを中川先生たちが開けているんですね!
「その氷を溶かすと当時の大気が出てくるので、例えば当時の温室効果ガスの濃度を推定ではなく、直接測定できてしまうんです」
●大気ということは、雪を溶かしたら一気に出てきてしまいそうで、溶かす時は緊張しそうですね(笑)。
「なるほど(笑)」
※北極やグリーンランドは大気がそのまま氷に閉じ込められて、タイムカプセルのようになっているということでしたが、中川さんが研究されている水月湖にも、当時の気候を知る重要な土の層が残っているそうです。一体、どんな湖なんでしょうか。
「福井県の若狭湾に “三方五湖(みかたごこ)”という景勝地があるのですが、その中の一つに“水月湖”という湖があります。この湖に、グリーンランドの氷と似ている性質がありました。グリーンランドには、積もった雪が溶けずに残り続けていますが、それと同様に、水月湖の底にはすべて合わせると15万年分くらいの土が連続的に溜まって残っていたんです」
●ええ!? なんで水月湖にだけ、15万年分も土が残っているんですか?
「実は、水月湖の近くには断層があって、湖底の地面が少しずつ深くなっていくので、埋まらないで溜まっていくことができるんです。それがいいんですよ」
●それがいいんですね(笑)。中川先生はそれをいつ発見したんですか?
「そのことを発見したのは、私の師匠である安田喜憲(やすだ・よしのり)先生です。偶然と言ってもいいと思いますが、先生が1991年に、試しに水月湖の底を少し掘ってみたんです。そうしたら非常に珍しいタイプの土が出てきたんです。この地層には、厚さが1ミリかそれよりも薄い、バウムクーへンを思わせるようなものすごくキレイな縞模様がありました。そして、この縞模様が何十メートルも続いていたため、“これはなんだ?”と思い、調査が始まったんです。そして、これも偶然だったのですが、バウムクーヘン状の地層が発見されたその日、その現場の隣の船で、大学4年生の私は手伝いをやっていました(笑)」
●“世紀の大発見”の現場にたまたまいた、ということなんですね! そこで安田先生が“これはなにやら凄そうだぞ”と思い、中川先生と一緒に研究されることになったんですか?
「そうですね。“中川くん、水月湖の続きをやってみないか?”と声をかけていただきました。21世紀のバトンを引き継いだ感じです」
●“バウムクーヘン状”について、もう少し詳しくうかがってもいいでしょうか?
「バウムクーヘンは、ちょっと生焼けの部分と焦げている部分があるから縞模様に見えていますが、それと同様に、違う性質のものが繰り返し溜まっていくから縞模様に見えるんです。なぜ繰り返し違う性質のものが溜まっているのか。それは、日本には四季があるからなんです。春夏秋冬それぞれが、非常に際立った季節のため、季節ごとに違う性質のものが落ちて溜まっていくと、それが縞模様のように見えるんですね。春夏秋冬のサイクルを7万年間繰り返したことによって、現在、水月湖の底には7万分の縞模様があります」
●ということは、7万年前から日本には四季があったんですね。
「それよりも昔から日本には四季があったと思いますが、7万年くらい前から水月湖の底が十分に深くなって、非常にゆっくりと湖底ができてきたことで、それ以降は毎年季節ごとに記録が残っていったんですね」
●そんなに昔から日本の美しい四季はあったんですね!
「そうですね。そしてこのように、1年ごとに1枚の縞模様が残っているのは、世界中で水月湖しか、今のところは見つかっていません」
●だから水月湖は、世界の研究者も注目している場所なんですね!
「注目していますね! 英語で“レイク・スイゲツ”と言ったほうが、少なくともこの業界では通じると思います(笑)。実は、水月湖にある縞模様の枚数が、世界中の地質学者や考古学者が使う、“時代の目盛りの定義”として、現在使われています。例えばメートル法でいう“メートル原器*”のように使われていますね」
*メートル原器:“1メートル”という長さを定義するために使われた道具。
●つまり、“ものさし”なんですね!
「そうですね」
※10万年前もの地層を研究されている中川さんですが、一体地層の“何”を研究されているんでしょうか?
「この話をすると、今の季節、花粉症でご苦労されている方々を敵に回すかもしれませんが(笑)、実は、私は花粉の研究者です。飛ぶ花粉の種類は、生えている木の種類によって違い、やがてその花粉が地面や湖の底にまでいき、土の中に“化石”として残っていきます。水月湖の底にも花粉の化石は残っていて、“これは何万何千何百何十何年前の花粉だ”ということがわかるんです。1グラムの土を分析すると、その中に数万粒くらい花粉が入っているんですよ」
●そんなに長い期間、花粉はそのままの状態で残っているものなんですか? 「本当によく残る物質なんです(笑)。花粉とよく似た物質に“胞子”がありますが、世界最古の胞子としては3億5千年前のものが見つかっています」
●3億年も昔ですか!?
「そしてなんと、その胞子は劣化していない、当時の状態のままなんです!」
●“生(なま)”の状態ということですか!?
「言わば“生胞子”がまだ残っていて、それと同じ物質で花粉はできているので、花粉はとても化石になりやすいんです」
●なんだか鼻がむずむずしてきました(笑)。ということは、研究材料としては非常に優れているということなんですね。
「そうなんです! 当時生えていた植物のことが直接的にわかってしまうほどです」
●特徴的な花粉は何かありますか?
「スギの花粉は目立ちますね! 現在と気候が比較的似ている10万年前にも、スギ花粉は多かったですね。もっと暖かい時には、冬でも葉っぱが落ちない“常緑樹”の代表格である、カシの花粉が目立ちます。また、現代に気候が近い時代では、縄文人が食べていたクリの花粉もよく残っています。一方、氷河期になると北海道やシベリアに生えている、シラカバやモミの花粉が多く含まれている時代もありますね」
●寒くなると針葉樹のような植生が多くなるんですね。
「なので、例えば“その当時の福井県は、現在の北海道のような気候だったんだな”ということを、花粉を通して知ることができるんです」
●面白いですね! 徐々に植生は変わっていくんですか? それとも一気に変わるんでしょうか?
「両方のパターンがあります。一番大きな周期は、先ほども述べました、10万年という、氷河期が訪れる周期です。地球は太陽の周りを回っていますが、実はその周り方が、10万年という周期に大きく関係しているんです。タイヤのようにきれいに回る時代と、ハレー彗星のように極端ではありませんが、太陽に近づいたり遠ざかったりしながら楕円のように回る時代があり、その時代の周期が10万年なんです。
また、2万3千年という周期もあります。ご存知の通り、地球自体もコマのように、ちょっと傾きながら回っています。これが1回転する周期が2万3千年なんです。氷河期のような圧倒的に寒い時代は針葉樹が栄えますし、暖かい時代はスギやカシが栄えますが、例えば少し涼しい時代など、氷河期と暖かい時代の間の時代をみてみると、ブナやナラといった、冬に葉っぱを落とすタイプの広葉樹が増えています。そしてまたスギに戻り、また落葉樹に戻る、ということを繰り返していく。そこにはある種の“振動”があるんです。そしてこの振動が、2万3千年の周期なんです。つまり、地球のコマ周り運動に合わせて、水月湖の周りでは景色が変わっていたということが、わかってくるんですね」
※気候の変化によって、水月湖の周りの植物も移り変わっていったようですが、では、そんな気候の変化によって絶滅してしまった植物などはあったのでしょうか?
「もともと水月湖の周りに生えていた植物で、最も多かったのはツガです。現在、この植物が全く生えてこなくなり、シラカバも生えなくなっている、というように風景が完全に変わってしまう事態が起きています」
●ただ、2万3千年という周期でみれば、それらの植物はまた生えてくるんですよね?
「そうですね。暖かい時期は水月湖から逃げて、寒くなってきたらまた戻って来ればいいですからね。シベリアみたいな平原では、植物は何千キロも移動しないといけないので大変なんですが、日本は山が多いので、数百メートル上の方に逃げれば暑くなっても大丈夫ですし、下に逃げれば寒くなっても大丈夫です。これもまた、日本で花粉を分析することの利点です。日本では気候を反映して、非常に素直に花粉の種類が変わってくれるので、見ていて面白いんです」
●今の時代、気候の変動によっていろいろな生物が絶滅危惧種になっていますよね。過去にはそういう気候の変動が起きても、“リカバー”できていたんですか?
「気候変動が絶滅の大きな原因になっているかどうかは、非常に難しい問題ですね。例えば、最後に氷河期が終わった頃は、マンモスやオオツノシカなどの大きな哺乳類がたくさん絶滅しています。その理由は気候変動と、暖かくなったことによって人間が増えていき、その人間が動物を食料にしていったから、という説が、古典的ですが有力ですね。
また、人間が他の生物の絶滅の原因に関わっているといわれている理由の一つに、人間がまだいなかった、一つ前の間氷期には似たような絶滅があまり起こっていない、ということが挙げられます。例えば現在、“氷が溶けているからシロクマが危ない”と、多くの人が言っていますが、シロクマが今の形に進化したのは20万年前くらいで、それから約10万年後に、現在よりももっと暖かかった時代があったのですが、シロクマは絶滅していないんですよ。なので、人間が他の生物の絶滅に関わっているという説は、割と有力ですね」
※では最後に、気になる今後の気候についてうかがってみましょう。
「現代は、氷河期と氷河期の間に挟まれた、比較的暖かい時代です。このような時代は過去にも何度もありましたが、これまではどれも数千年で終わっていたんです。暖かい時代は、いつもだいたい数千年で終わるんですよ。しかし今回は、最後に暖かくなってからすでに1万1千6百年も経っているので、“本当はもう氷河期であるべきなんじゃないか”と言っている人もいます。ただ、かつては2万年も続いた暖かい時代もあり、現代はその時代によく似ている点もいくつかあるため、“暖かい時代が長くても問題ない”と言う人もいます」
●暖かい時代が今なお続いているということは、私たちはある程度心配したほうがいいんでしょうか?
「今、私たちが心配している以上に心配したほうがいいですね。“1年”という細かさで物事をみることができた場所は、今まではグリーンランドに代表される数カ所くらいしかありませんでした。IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の将来予測をみても、“私たちが何もしなければ、今後100年かけて、北半球の平均気温は緩やかに5度上昇するだろう”といわれています。
しかし、たとえ人間がいてもいなくても、スイッチが切り替わるような激しい気候変動が起こる、潜在的な可能性を地球の気候は持っています。実際、ごく稀にそういった変動がこれまでにも起こっています。水月湖でもわずか1年、長くても3年で平均気温が3度上昇してしまったことがありました。急激な気候変動は、きっとまたいつか起こるでしょう。でも、それがいつ起こるのかを調べる手段を私たちはまだ手に入れていないので、“もし明日、急激な気候変動が起こってしまったらどうしよう”と想像することは、しておいたほうがいいのかもしれません」
「何が起こったのか」ということだけでなく、それが「いつ起こったのか」まで解る、そんな奇跡の湖が日本にあったなんて本当に驚きました。まだ分析されていない部分もあるそうなので、今後も奇跡の湖「水月湖」注目ですね!
講談社/税込価格993円
地球の気候に関するタイムマシンのような本で、大変興味深い一冊です。中川さんたちの研究グループが行なった過去5万年の年代測定が、世界標準つまり「共通のものさし」として認定され、いまや「レイク・スイゲツ」と世界中の地質学者たちに注目されるまでに至った経緯や、中川さんの研究についてなど、ぜひこの本でチェックしてください!