今週のベイエフエム/NEC presents ザ・フリントストーンのゲストは、水中写真家の鍵井靖章(かぎい・やすあき)さんです。
鍵井さんは、1971年、兵庫県生まれ。大学時代から水中写真を撮り始め、93年からオーストラリアやモルディブなどを拠点に撮影活動。帰国後も精力的に国内外の海で、生き物たちや水中の風景を撮り続け、数々の賞も受賞されています。
そんな鍵井さんはこの4月に、2冊の写真集『不思議の国の海』と『wreath(リース)』を出されました。今回は海を宇宙のように表現した水中写真のお話などうかがいます。
※見た目はこんがり小麦色の肌に、長い髪で、まさに海男といったイメージの鍵井さんですが、水中写真を始めるまではあまり海に行ったことがなかったそうです。一体、水中写真を始めたきっかけは何だったのでしょうか。
「兵庫県に住んでいた、大学在学中の時だったんですが、近所のデパートで水中写真の写真展をやっていたんですよ。僕はそれまで海にあまり触れたことのない若者だったので、そこで写真を見た時に、“うわ、こんな世界があるんだ!”と、すごく感動したんですね。そこで、その写真を撮った人の“押しかけ弟子”になりました。」
●押しかけ弟子ですか!?
「その時はまだダイビングをしたことがなかったし、水中で写真を撮ったこともなかったんです。なので、師匠には最初、断られました」
●その師匠のお名前をうかがってもよろしいですか?
「僕の師匠は、伊藤勝敏さんという方です。生態写真というよりは、図鑑のような写真を師匠はよく撮られているんですが、いくつかのモチーフに、海の中を宇宙のように撮っている写真があったんですよ。普通の海の写真ではない、宇宙的な要素を持った写真を見て、僕は本当に感動したんですよね」
●そんな写真を鍵井さんも撮りたいと思ったんですね。
「僕もいくつかのテーマで写真を撮っているんですが、海を宇宙のように表現するというのは、20年以上を通して、一つのライフワークになっていますね」
●趣味で私もダイビングをするのですが、海の中に潜ると確かに“海は宇宙に近いのかな”と感じることもあります。
「確かに僕も宇宙に行ったことがないので分からないのですが、宇宙って無音らしいですよね。海の中も割と無音ですよね。全ての生き物が海から生まれたんだとすると、きっと宇宙も全てのものを生み出しているのかも知れないですし、そういった起源的なところから似たようなものを感じたりもしますね」
●師匠に習った後、すぐに水中写真は撮れたんですか?
「当時、師匠はニコンの高級1眼レフのカメラを使っていたので、僕も同じカメラを買ったんですね。これから写真を撮り始める人は、最初からいいカメラを買ったほうがいいですよ(笑)」
●初心者だから安いカメラでもいいのかなと思いがちですが、そうではないんですね!
「いいカメラを買ったら、最初からいい写真が撮れました」
一同「(笑)」
●きっとそれ以外にもいろいろと技術は必要だと思いますが(笑)、水中写真は撮影技術だけでなく、ダイビングの技術もすごく必要ですよね。その技術はどうやって学んだんですか?
「僕はカメラマンとしてすぐにスタートできたわけではなく、まずは伊豆やオーストラリア、モルディブでダイビングのガイドをしていたんですよ。ガイドをすることによってダイビングのスキルを向上させ、それが撮影のテクニックにつながり、そしてカメラマンになれたんですね」
※今回出された2冊の写真集のうち、『wreath(リース)』はモルディブが舞台となっています。カラフルな海の世界は、まさに子どもの頃に描いていた竜宮城そのものです。
これまでの鍵井さんの写真集といえば、生き物にググッと寄った写真のイメージがありましたが、この写真集にはそういった写真はありません。一体なぜなんでしょうか?
「一般的な海の写真集は、お魚をアップで撮った写真などが多いんですが、モルディブは言わば、竜宮城の景色が連続しているような場所なので、“その景色だけで勝負できないかな。海の中の風景写真として、写真集を作れないかな”と思って、今回トライしてみました」
●美しいお魚だけでなく、それを取り巻く風景や環境も意識して撮られた、ということですか?
「水中写真というのは、生き物に近づいて撮影するのが基本なんですが、それだけではなく、ちょっと一歩引いたところで、環境にも配慮をして撮影すると、また違った魅力を見つけることができるんですね。“わあ、魚だ!”と思って近づいていくのではなく、そこで立ち止まってもう少し広い視野で見ると、これまでの水中写真とは違った表現ができるのではないかと思ったんです。『wreath』は、それを表現できた一冊だと思います」
※表情まで見られるような寄った写真も、ありのままの美しさを撮った引きの風景写真も、どちらもすごく魅力的な写真です。そんな二つの視点を持つ鍵井さんですが、この視点の変化には東日本大震災の影響があったのかもしれません。鍵井さんは東日本大震災の後に、被災した海に潜りその様子を伝えるために、水中写真を撮り続けていらっしゃいます。それ以降、鍵井さんの撮影に何か変化はあったのでしょうか。
「東日本大震災は絶対に大きなきっかけになりましたね。それによって、僕の撮影スタイルはとても大きく変わりました」
●環境に配慮した水中写真を撮るように心掛けていらっしゃるんですよね。
「その余裕を少しでも持っていたいですね」
●その撮影スタイルになってからは、魚たちを驚かすようなことも少なくなったり、より魚たちが近づいてくるようになったなどの変化はあるんですか?
「最近のカメラは、ストロボフラッシュを使わなくてもずいぶんいい写真が撮れるので、最近はその機能を使わないで写真を撮ることも結構あるんですよ。魚に光を当てなければ、魚はずっと僕の目の前にいてくれるんですよね。これはちょっと嬉しいですね。やっぱりストロボフラッシュってすごく光が強いじゃないですか。なので今までは、逃げていく魚が結構いたんですよね」
●鍵井さんの写真には、正面を向いた魚と目が合っちゃうような写真がたくさんありますが、目と目が合っている瞬間って、どんな気持ちなんですか?
「以前までは、コレクション感覚で魚の正面顔を撮っていたんですね。しかし、よくよく魚を見てみると、目をたくさん動かしたり、両目でこっちを見る仕草をしていたりなど、実は魚にもいろんな表情があることに気がついたんです。ちゃんと魚の表情を意識して撮影するようになってからは、まるで人のポートレートを撮るような気持ちで魚と向き合っています。魚の目の動き一つで“きゅんっ!”ってなるんですよ。変ですよね、海の中で魚の正面顔を見て“きゅんっ!”って感じているおじさんって(笑)」
※鍵井さんのもう一つの最新写真集『不思議の国の海』には、生き物をアップで撮った写真もたくさんあるのですが、その中に、まるでこちらに迫ってくるような大迫力のジンベエザメの写真があります。一体、どうやって撮ったのでしょうか?
「これはタイにある“タオ島”っていう島で撮った写真ですね。タオ島は、世界中からバックパッカーが集まってくる、すごく賑やかな島なんですが、その沖合によくジンベエザメが現れるんです。そのジンベエザメがちょっと不思議で、一度現れると何度もダイバーの周りを旋回してくれるんですよ」
●人懐っこいですね!
「そうなんですよ。ジンメエザメって、地方では“エビスザメ”って呼ばれているのは知っていますか? 豊漁を意味する名前なんです」
●恵比寿様からきているんですね!?
「この写真でも、後ろに“ギンガメアジ”っていう魚をいっぱい連れていますよね。ジンベエザメが現れるところには、たくさんのお魚がいるので、豊漁を意味するようになったんですね」
●すごく縁起がいい一枚ですね!
「“王様感”がとてもありますよね」
●すごい迫力ですよ! こんな大きい生き物がこっちに向かってきたら、ドキドキするんだろうなあ。
「こういった写真を撮る絶好のチャンスに、ちゃんといいアングルで撮影ができるかを考えながら1日を過ごしています」
●こういう写真が撮れた時は“よっしゃあ!”と思ったりするんですか?
「“いや、まだいけるだろう”と、この写真を撮った時はまだ思ってますね。このジンベエザメがこの場からいなくなるまでは、“もっともっと、誰も見たことがない写真を撮りたい”と思っていました」
●それでは今後、もっとすごいジンベエザメの写真が出てくるかもしれないんですね。
「もちろん出てきますよ(笑)」
●言い切りましたね!
「自然が相手なんで本当のところはわかりませんが、頑張ります!」
●自然が相手といえば、こちらの写真も本当に奇跡の一枚なんじゃないかなと思うんですが、目がくりっとした、とても可愛いアシカちゃんが、まるで頭をコツンと、“てへ、ぺろ”っとしているような写真がありますよね。これは、鍵井さんが仕込んだんですか(笑)?
「僕には全然仕込めるような技術はないです(笑)。これはメキシコの海で撮った写真ですね。ここにはよく通っているんですが、この写真に写っている表情は、この時しか見ていないですね」
●なんでこんな可愛らしい表情をしてくれたんですか?
「中に人が入っているからじゃないですかね」
一同「(笑)」
「嘘です(笑)。このアシカももちろん野生です」
●心を許しているような表情だと思うんですよね。
「そんなことないですから(笑)。“鍵井さんはそんなことをきっとできるんでしょ?”など言われますが、できないですから! 僕は人間なので、やっぱり生き物たちは警戒しますし、ちょっと前までは“あれ、俺って特別かな?”って勘違いしていましたが、やっぱり僕も普通の人間でしたね(笑)。どれだけ彼らの近くで多くの時間を過ごす中で、こういった表情を撮れるか、ということだと思います」
●過ごした時間が、この表情につながってくるということですね。
「毎年ずっと彼らに会いに通っていますが、この20年間、この表情は撮れなかったし、きっとこれから先、この表情は撮れないと思うので、すごく嬉しい一枚です」
※最後に、最新の写真集『wreath』から、まるで海の中に黄色いブーケが置いてあるような写真について、お話をうかがっていきます。
「この写真はイソギンチャクとホヤが、まるでブーケのように可愛らしく寄り集まっていたので、その様子を切り取った一枚です」
●実は鍵井さんは、お花屋さんでも働いていたことがあるんですよね。
「そうなんですよ。大学の3年間は、学校にも行かずにずっと梅田の花屋さんで花束を作ったり、アレンジメントをしていたんですよ」
●水中写真とどんな関係があるのか気になるところですが、鍵井さんはお花が好きだったんですか?
「ちょうどそれぐらいの時期にダイビングをやり始めたんですね。そこで、“海の世界に入る前に、地上にある全ての色を知っておきたい!”って思ったんですよ。20歳の男の子が考えることにしては、おかしいと思うんですけどね」
●いえ、すごく素敵です。
「花屋さんで店頭に立っていると、四季折々のお花が仕入先から入荷されてきて、“うわあ、こんな色もあるんだ!”とか思っていました」
●確かにお花って、同じ種類や同じ色味でも微妙な違いがありますよね。例えばチューリップのピンク色でも、少し濃いピンクや淡いピンクがあったりと、いろんな色がありますよね。
「花屋に“メントン”というチューリップがあって、その色は肌色なんですが、その肌色がとても優しい色だったんです。言葉だけ聞くと、肌色のチューリップって気持ち悪いじゃないですか(笑)。けれど実際に見てみると、癒されるような色だったんです。いろいろ感じましたね。バラであっても、ベルベットのような花弁の色合いなどが、長くみんなに愛されている理由はこういうことなんだなと思ったりと、勉強になりましたね」
●そういう経験が、今回のブーケのような水中写真だったり、色味につながっているわけなんですね。
「例えば花束を作る際に、淡いトーンで(まとめて)優しく作って、お客さんに渡すこともあるんですが、年配の男性客は“赤い花が入っていないじゃないか!”と言ったりするんですよ」
●年齢によっても違ってくるんですね。写真を撮る際、バランスのとれた色になるように意識もされているんですか?
「場所によっては、地上よりも海のほうが、色が凝縮されている所もありますので、そこは実際にみんなにも見て欲しいですね」
●私も本当にそう思います。“こんなに色ってたくさんあるんだな”と思いました。
「それに、すべて生きているものですから、すごくパワーをもらえるんです」
※この他の鍵井靖章さんのトークもご覧下さい。
カラフルな海の色を知るために、お花屋さんでアルバイトをしていたという鍵井さん。その方法にはちょっとビックリですが、だからこそたくさんの“地球の色”を鍵井さんの写真からは感じることが出来るのかもしれないですね。
パイ・インターナショナル/税込価格2,592円
淡いパステルカラーで描いたような写真や、思わずキュンとしてしまう、生き物たちと目が合っているような写真が盛りだくさんです。
日経ナショナルジオグラフィック社/税込価格1,728円
モルディブの海で撮った、幻想的な海の風景写真集です。
『不思議の国の海』も含め、“カギイ・ワールド”全開の素敵な写真集ですので、ぜひご覧ください!
その他、詳しくは鍵井さんのブログ、オフィシャルサイトをご覧ください。