今週のベイエフエム/NEC presents ザ・フリントストーンのゲストは、千葉大学大学院の薬学博士、斉藤和季(さいとう・かずき)さんです。
斉藤さんは1977年に東京大学・薬学部を卒業、82年に薬学博士号を取得。現在は千葉大学大学院・薬学研究院の教授で、薬学部長。さらに理化学研究所の環境資源科学研究センターの副センター長でもいらっしゃいます。専門は生薬学(しょうやくがく)、薬用植物や植物成分のゲノム機能化学など。また、先ごろ出された本『植物はなぜ薬を作るのか』が大変話題になっています。
そこで今回は、私たちがいつ頃から植物を薬として使っていたのか、そして、植物がどうやって薬を作るかなど、驚くべき植物の力を斉藤さんにうかがいます!
※私たちは一体いつ頃から、植物を薬として利用してきたのでしょうか? 早速、斉藤先生に聞いてみましょう!
「歴史に残っている例で言いますと、最古の記述は紀元前4000年から3000年前に遡る、メソポタミアの楔形(くさびがた)文字によって記載されていると言われています」
●ええっ、そんなに昔からあったんですか!?
「これに限らず、古代の四大文明、メソポタミアの他にインド・エジプト・中国、これらの文明にも薬の記載があります」
●かなり昔から私たちは植物を薬として使ってきたんですね。
「そうですね。つまり昔は、薬になるものというのは植物くらいしかなかったんですよね。今のように化学合成はできなかったので、植物が身近にあって、薬として使いやすかった、ということがあると思います。確かに効いた、ということが経験的にわかっていたということで記述になったと考えられています」
●紀元前4000年に、誰が最初に植物を薬として使おうと思ったんですかね? 最初の人、勇気あるなぁ(笑)。
「例えば、お腹が痛い時にいろいろなものを試した可能性があるんですね。ほとんどはうまく効かなかったんだと思いますが、たまたまひとつ効いたもの、それが伝承として周りの人に伝わったり、親から子に伝わっていったというのが、その歴史になると思います」
●じゃあ、中には変なものを飲んでしまって、逆に体調がもっと悪くなっちゃった人もいたんでしょうか?
「多分、相当いたんだろうと思います。そういった歴史の上に私たちの薬というのが、成り立っているんだと思いますね」
●実は先生の本の中で、“チンパンジーも植物を薬として使っていた”ということが書かれていたんですが、そうなんですか!?
「これはですね、チンパンジーの集団を観察している研究者がいまして、その研究者の報告によると、明らかに病気になっているチンパンジーが、食料としてではなく、植物をかじっていたんですね。そしてかじった後、しばらくすると調子が良くなっているという現象が観察できたわけです。その植物の成分を調べてみると、確かに寄生虫を予防する成分や化学物質が入っていたということで、チンパンジーも私たちの祖先と同じように、植物を薬だと知って使っているということがわかってきています」
●とても興味深い話ですね! 例えば古代から使われていたもので、植物から採っていた薬にはどんなものがあるんですか?
「先ほど言った、メソポタミアの粘土板に記載されているもので言いますと、ハチミツとかナツメヤシといったものには、滋養強壮の処方があります。また、私たち日本人にとって大事なのは、中国で発達した『神農本草経(しんのうほんぞうきょう)』という、おもしろい名前の、お経みたいな薬用植物の書物があるんですが、そこには、いま私たちが生薬として使っている植物の記載がたくさんあります」
●例えばどんなものがあるんですか?
「上・中・下というように薬を分けています。上薬(じょうやく)とは滋養強壮薬、養命薬なんですが、その中には、現在使っているもので言いますと、甘草(かんぞう)やいわゆる朝鮮人参、それから今ではシナモンパウダーとしても使われているように、シナモンとして知られている桂皮(けいひ)などがあります。また、中薬(ちゅうやく)という、病気を予防して疲労回復を助ける薬と言われているものの中には、葛根(かっこん)、つまりクズの根や、麻黄(まおう)などが含まれています」
●今でも使われているものが古代からずっと使われていたんですね!
「そうですね。古代の中国の歴史の中に、現在の元となる薬がたくさんあり、それが今の日本でもたくさん使われていますね」
※では、どうして植物は薬を作るのでしょうか。
「それは“植物が‘動かない'という生き方の選択をした結果、植物は薬を作るようになった”というように、一言で言えると思います。動かない選択をした植物は、実は3つの生存戦略を発達させなければいけなかったんですね。
ひとつは、私たち動物は食料を獲ってきて食べれば、エネルギーや物質を確保できますけど、植物は動かないので自らエネルギーを作らないといけない。そこで、いわゆる光合成という方法をつくりました。
ふたつめは、私たち動物は敵が来れば戦ったり、多くの場合は逃げればいいわけですよね。ところが植物は動かないので、逃げることができませんから、外敵に対して自らの身を守るための防御物質を作る必要があったわけです。つまり、毒として機能するものをつくったわけです。この毒というのは、実は薬とほとんど似ているところがあって、非常に強い作用の毒というのは、上手に使うと薬になるわけですね。
そして三つめは、私たち人間や動物は、結婚相手を探すときに自ら動いて探せるわけですが、植物は動けないので、受粉をしてもらうためには、昆虫を花に引き寄せて、花粉を他の花へ運んでもらわないといけないわけですね。そのために、非常に強い香りとか、色のついた科学成分を作るようになったんです。それを私たち人間は“あ、いい香りがする”と思うんですね。例えば心が安らいだり、神経が沈静化したりといった作用を持っている、というように言えると思います」
●実は私、アロマがすごく好きで、アロマの勉強もしているんですが、あれは虫だったり、自分たちを助けてくれる者を呼ぶために作っているんですね。
「あるいは、アロマの匂いが嫌いな外敵もいますから、その外敵に対して“私のところに近づかないでね”というサインでもあるかと思います。よく、“自然の恵み”“植物からの贈り物”というようなキャッチフレーズがあるんですが、どうもそれは違うなと私は思っていて、自然の恵みとして植物は恵もうとしているんじゃなくて、逆に、植物は動物に対して防御的な物質として薬を作っていて、それをたまたま私たちが薬として使ったということだと思います」
●“ちょっと拝借させていただきますよ”みたいな感じなんですね。
「そういう人間側の考え方は、大事だと思いますね」
●例えば、私たちが身近に使っている薬で、“本来、植物はこういう目的で作っているんだ”というのがあれば、教えていただけないでしょうか?
「例えば、アヘンのモルヒネという物質は、人間が上手に使うと鎮痛作用とか鎮静作用があるんですが、それを動物がたくさん食べますと、血圧降下とか呼吸を抑制したり止めてしまうような、強い毒性があります。
それから、抗がん薬がいくつかあって、がん細胞は非常に増殖が早いので、その増殖を止める抗がん薬がありますが、その抗がん薬のほとんどは、いわゆる細胞分裂を止める作用があります。そうなると、抗がん物質を生産している植物は、昆虫や微生物などの外敵が来た時に、その外敵が抗がん物質を食べると細胞分裂が止まってしまうので、外敵は二度とその植物を食べなくなるわけですね。それを上手に使って、がん細胞の増殖を抑えるという方法に、植物由来の抗がん剤が使われています」
●なるほど。あと、先生の本の中で、柳からアスピリンや鎮痛剤が採れると書かれていましたが、これについては本来、柳はどういう目的でその物質を作っているんですか?
「柳にはもともと、サリシンという化合物があって、それは細胞の中の色々な信号伝達、つまり“外敵が来たよ”という信号を発するために、信号物質として使っていたわけですね。それが痛みを止める物質だということがわかって、それを上手に薬にしたのがアスピリンということになっています」
●全然違う形で人間に作用するようになっているんですね。
※そんな植物は一体、どんなメカニズムで薬となる成分を作っているのでしょうか。
「私たちは例えば、ブドウ糖を分解して二酸化炭素にして、その中でエネルギーを取るという“酵素”を誰でも持っているんですけれど、植物の場合ももちろん、そういった反応は持っています。しかし、それ以外に特異的な薬を作るための遺伝子と酵素を持っているんです」
●どうしてそういう特異的な酵素を持てるようになったんですか?
「それは長い進化の歴史の中で、先ほど言ったように植物が動かないという選択をしたことで、防御的な物質を作る必要が出てきたんですね。そして、たまたま防御的な物質を作れるように変化した植物が出てきて、それが結果として生存に有利だったということで、その遺伝子が広がっていったというふうに考えられるわけです」
●そういうことなんですね! じゃあ、もしかしたら人間の中にも、将来的には有効成分を作れる人物が出てきて、その人がすごく強かったらどんどんそういうタイプの人が出てくる可能性もあるということですかね(笑)?
「人間の場合は、物質を作って変な匂いや毒を出すということが、環境の中で有利かどうかはわかりませんが(笑)、そういう状況になれば、ありえるかもしれません」
●じゃあ、もしかしたらいるかもしれませんね! もうひとつ気になったのですが、植物はどうして自分で作った毒にやられないですむんですか?
「それは非常にいい質問で、他の敵に対しては毒なのに、どうして自分はやられないのかということは、非常に根源的で重要な問題で、私たちもそれを研究しています。
いくつかの例があるんですが、私たちが発見した例で言いますと、標的となる外敵に対しては毒として作用しますが、自分が持っている、標的になる分子は、自分が作る毒に対してやられないような変異を獲得しているんですね。だから、毒を作るということと、その毒に対して自分自身がやられないように進化するということは、どうも同時に進化してきたらしいということがわかってきています」
●毒を作りつつ、解毒剤も同時に作っているということですか?
「解毒というか、毒を分解して毒性をなくすということではなくて、毒があってもその毒にやられないような進化をしたということですね」
●すごいですね!
「なので、いくら毒があっても平気ですよ」
●人間はいろいろなものを作るけど、作りっぱなしにしてしまって、解毒というか、なくすものを作らないことが多いですよね。
「人間の社会全体でいうと、確かにそういう傾向がありますよね。例えば、毒ではありませんが、環境を汚染したり、地球温暖化の原因になるような二酸化炭素などの物質を、人間はもっぱら吐き出すばかりで、植物がそれをまた有機化合物に再固定しているという意味では、おっしゃる通りだと思います」
●私たちは、植物に“おんぶにだっこ”ですね。
「そうですね。二酸化炭素や炭素の循環を考えると、石油や石炭などの化石燃料は、植物を含めた光合成生物が、太古の二酸化炭素を固定して有機化合物にしたものです。それを私たちは一方的に燃やしているばかりなんですね」
●やっぱり斉藤先生は研究していて、“植物ってすごいな”といつも思われているんですか?
「そうですね。人間を含めた、宇宙船地球号に乗っている生命というのは、植物や光合成生物が持っている、その機能に依存して生きているんだということは、忘れてはならないと思っています」
※私たちにとってなくてはならない植物ですが、地球上にあるもののうち、一体どれくらいが薬として使われているのでしょうか。
「地球上の植物種の数というのは、二十数万種あると言われています。実は、その中の10パーセントぐらいの植物種しか、薬になるような科学成分とか生物活性というのは調べられていないんですね。だから残りの90パーセントの植物種にも、まだ新しい科学成分があって、おそらくそれは新しい医薬品の開発などにも使われる可能性があると思います。特に、東南アジアやアマゾンなどの、生物多様性が豊富な熱帯雨林地域の植物には、大きな期待が持てると思います。
もうひとつ、私がお話ししたいのが、植物が二十数万種ある中で、ゲノムの配列が決定された植物というのは、たかだか100種程度しかいないんです。薬用植物に限っても、例えば私どもが去年に発表した甘草(かんぞう)のゲノムなど、ほんの数種類のゲノム配列しかわかっていません。ゲノムの配列がこれからどんどんわかってきますと、植物が薬を作るメカニズムや、その作用が明らかになるということが期待されますので、ゲノム配列を決めていくということが、重要な仕事になると思います」
●そうすると今なお、なかなか治らない病気についても、まだわかっていない植物から薬が発見される可能性はかなり高いということですね。
「そうですね。そのいい例が、2015年のノーベル生理医学賞です。その年のノーベル生理医学賞は皆さんもよく覚えておられるように、日本人の大村智(おおむら・さとし)先生が、微生物からの抗寄生虫薬の発見で受賞されたんですが、その時、同時に中国の研究者、屠呦呦(トゥ・ヨウヨウ)先生が、アルテミシニンという、抗マラリア薬を発見しました。それは中国の古い生薬学の文献をたよりにして、クソニンジンという植物から、このアルテミシニンを発見したんです。それをもとにマラリアの特効薬を開発し、その成果にノーベル生理医学賞が与えられたんですが、このように、すでに作用や記載がある植物についても、もう一回見直すことによってノーベル賞級の新しい薬の発見があるかと思います」
●私たちはまだまだ、植物にお世話になりそうですね。
「植物の重要性というのは、ますます注目されると思います」
人間は遥か昔、メソポタミア文明から植物を薬として使ってきたわけですが、まだ地球上にある植物の1割しか薬として使われていないとは驚きでした。植物には隠れた可能性がまだまだあるんですね。
文藝春秋/税込価格950円
植物由来の薬の歴史や、薬になった植物成分、そして進化の仕組みなど、とても興味深い内容がわかりやすく書かれています。詳しくは、文藝春秋のHPをご覧ください。
また、斉藤さんの研究について、詳しくは千葉大学、千葉大学大学院のHPをご覧ください。