今週のベイエフエム/NEC presents ザ・フリントストーンのゲストは、マリモの博士、若菜 勇(わかな・いさむ)さんです。
若菜さんは1957年、岩手県生まれ。山形大学卒業後、北海道大学・大学院で海藻などを研究。1991年から阿寒湖で「マリモ」の研究と保全に没頭。今年、環境省の「みどりの日」自然環境功労賞として環境大臣から表彰され、現在は釧路市教育委員会・マリモ研究室の室長としてご活躍されています。
そんな若菜さんは、なんと世界でただひとりのマリモの博士! そして実は、北海道の阿寒湖に生息するマリモは、発見されてから今年で120年! そこで今回は若菜さんに、未だ謎が多いマリモについてうかがいます。
※マリモは「藻」の一種。実は私たちもよく知っている、あの海藻の仲間だそうです。
「一番身近なものでは、焼きそばにかけたりする時に使う、青海苔ですね。それから、佃煮の原料になるヒトエグサ。これは、お醤油で煮るので真っ茶っ茶になっちゃってますけども、これも元は緑色ですね。(マリモも)緑色をした、水の中に住む藻のひとつということになります」
●じゃあ、結構身近な藻の仲間なんですね。
「ただ、マリモという生物に限って言うと、住んでいる湖がとても限られて、日本国内ですと20ヶ所の湖でしか生育が知られていません」
●どうしてそんなに限られてしまうんですか?
「一番重要なのは塩分で、阿寒湖はもともと、火山活動でできた湖なんですけれども、火山活動によって湖底から塩分を含んだ湧き水が出ていますから、環境の特徴が非常に重要になってくるということなんですね」
●阿寒湖にいるマリモと、他の地域にいるマリモの違いはどんなところなんですか?
「形ですね。皆さんは“マリモ”と聞くと、丸い形を思い浮かべると思うんですけど、もともとは、いわゆる“藻の仲間”ですから、例えば岩石ですとか、二枚貝の表面についた、ポソポソと生えている状態のものの方が、実態としては多いし、普通なんですね。ただ、実はマリモには丸くなるためのいろいろな条件が備わっているので、上手く環境が整うと、阿寒湖で見られるような綺麗なボール状になるということです」
●なるほど、そういうことか! マリモの“もと”となる藻はたくさんいるけど、丸くなるのは条件が揃っている所にしかいないっていうことなんですね。それは、どんな条件なんですか?
「一言でいうと、“回転運動が浅瀬でできるかどうか”ですね。動きながら浅瀬にとどまらせておく必要が出てきますので、様々な条件が必要になってくるんです」
●どれくらいの速度で回るんですか?
「実はコマ撮りをするまではその実態はわかっていなかったんですけど、計測の結果、一時間におよそ一回転から二回転、同じ方向に規則的に回っているということが初めてわかりました」
●ぶつかり合ったりとかすると、削れていって小っちゃくなっちゃうんじゃないかなって思ってしまうんですけど、どうやってマリモは大きくなってるんですか?
「マリモは、水の中に入ってくる太陽光を受けて光合成をして、外へ外へと伸長していくんですね。この時に回転することで、伸びる方向が360度、あらゆる方向に保たれることになりますので、結果として球体を形成することにつながっていくということになります」
●光合成をして大きくなりつつ、回転しつつだから、ああいう形になるわけですね。ということは、マリモの内側はどういうことになってるんですか?
「マリモが小さい時は、中まで詰まっているんですが、直径が7センチくらいになると、徐々に中心部分から藻が枯れ始めて、空洞が形成されていくことになります」
●マリモの中は空洞なんですね! なんか、ボールみたいですね。ちなみに、どれくらいの速度で大きくなるんですか?
「水深が1.5メートルより浅い、光の条件が極めていい環境であれば、球状の形態をしたマリモの場合、(1年で)片側が2センチずつ大きくなっていき、直径が最大で4センチ大きくなるということが確認されています」
●結構速いスピードで大きくなるんですね!
「そうですね。湖から持ってきて水槽などに入れると、ほとんど育つことがないので、従来は“非常にゆっくりしか育たないだろう”と考えられていたんですね。ところが実際には、非常に速いスピードで大きくなっているということが、近年明らかになっています」
※阿寒湖に生息する丸いマリモですが、数が非常に少なくなってしまい、現在は国の特別天然記念物に指定されています。なぜ、マリモが減ってしまうのか。それはマリモの特殊は繁殖方法にあるようです。
「マリモの場合はほとんどが繁殖を行なっていないのではないかと考えられています」
●じゃあ、どうやってマリモは増えてるんですか?
「マリモは“栄養成長”といって、ひたすら伸び続けることによって仲間を増やしているだろうと考えられています。特に、阿寒湖でのマリモの増え方というのは、大きなマリモであれば、例えば台風などで湖岸まで運ばれると、波の力で小さく砕かれて、その小さな塊からまた再び大きく育つことが確認されています」
●ということは、同じ個体が増えているということ、つまりクローンみたいなものっていうことですか?
「そう考えて、差し支えないと思いますね。実際、球状マリモについては遺伝的に均一であるということで、今おっしゃった、クローンと考えていい性質を持っていることがわかっています」
●だから、例えばマリモがいなくなってしまう原因があった時に、一気にいなくなってしまったりするんですか?
「そういう可能性が高まるんですね。マリモというのは環境の変化に対して、極めて弱いと考えられます」
●ちなみに、日本以外にもマリモっているんですか?
「実は、世界中にいます。シベリア、北ヨーロッパ、それからアイスランドを経て、北アメリカ大陸と、世界中ぐるっと分布域は広がっていますね」
●じゃあ、もしかしたら、どこかにも阿寒湖みたいに丸くなっている、球状のマリモもいるんですか?
「もともと19世紀まではヨーロッパの何ヶ所かで、阿寒湖のように大きな球を作る例が知られていました。ただ一方で、球状のマリモというのは、先ほども出てきました、環境の変化に対して極めて弱いので、例えば水質が悪化したり、湖岸の地形が変わって回転するための波浪が変化したりすると、急速になくなってしまうんですね。なので今日、丸いマリモが群れているのは阿寒湖しかない、ということになってしまいました」
●そうなんですね。じゃあ、本当にあの阿寒湖にいるマリモというのは貴重なんですね。
「そうですね。私たちは1999年からアイスランドの湖で調査をしてきたんですが、これも球状のマリモが群生している湖だったんですけども、2014年にマリモがすっかり姿を消すという事態になってしまったんですね。なので、一度環境が変わると球状のマリモっていうのは急速に数を減らすということも、一連の観察で確認されたわけです」
●本当にマリモって、環境に影響を受けやすいんですね。
「ですから、言い換えると球状マリモの存在というのは環境の多様性であるとか、湖が持っている特徴というものを反映しますので、(マリモは)地域ごとの生物の象徴だと言っても構わないわけですね」
※では、今から120年前にどんな風にマリモが発見されたのでしょうか。
「(マリモが発見されてから)今年で120年ということなので、明治時代の話になります。当時の阿寒湖というのは、北海道の中でも秘境に近い場所でしたから、調査そのものがようやく始まった時代でもあるんですね。ただそれ以降は、変わった形ですし、人々の興味を非常に引き付けたので、(発見された)直後には札幌あたりで栽培している方がいたという記録もあります」
●そうなんですか!?
「特に、これはいろいろと議論の分かれるところなんですけども、水槽の中でマリモを栽培すると、光合成をしてできた泡で浮かびますので、マリモが浮かぶと天気がいいんだという話と結びついて、“お天気藻”だと言われて一気に親しみを持たれた、という記録がありますね」
●そう考えると、昔からマリモは私たちを惹きつけてやまなかったわけですね! 一番最初に発見したのはどんな人だったんですか?
「川上瀧弥(かわかみ・たきや)さんといって、当時は札幌農学校の学生だった方ですね。阿寒湖のそばにある雌阿寒岳(めあかんだけ)で気象観測が行なわれることになって、その時の荷物持ちというか、アルバイト的な役目で調査隊に参加しているんです。ただ、専門は植物学だったものですから、植物採集を行なっていたことが、マリモが発見されることにつながるわけですね」
●そうなんですね! “マリモを探しに行こう!”ってことで行ったわけではなくて、たまたま見つけちゃったということなんですね。見つけた時は、びっくりしたでしょうね(笑)。
「そうですね。まあ植物を含めて、生物が球体になるという現象は、そうたくさんあることではありませんから、大きな驚きを持ったであろうということは想像されますね」
●まだまだ謎な部分もあるんじゃないかなと思うんですが、そのあたりはいかがですか?
「実は、当初は阿寒湖のマリモを保護することが目的だったので、そういったことが制限になって、その結果、球体の中で何が行なわれているかという話になると、今でもよくわかっていないんですね。この数年、プロジェクト・チームを立ち上げて、ようやくマリモの中でどんな生き物が暮らしているのかなど、詳しいことがだんだんとわかり始めてきています」
●どんな生き物がマリモの中にいるんですか?
「メインは原生動物なんですけども、間もなくその結果が発表されるようになってくると思います」
●若菜さんは、マリモのどんな謎を解き明かしてみたいですか?
「やっぱりなぜ、あの形態を取り続けることができるのか、ということですね。もともと、丸い生物があまりいないという話は先ほどしましたが、球体っていうのは一番生き辛いんですね。できるだけ表面積を広くとった方が有利だっていうのが、半ば生物学の常識なんです。例えば植物の場合だったら、薄い葉っぱを付けるというのは、非常に理にかなったことのように思われるんですね。ところがマリモは、まさにその反対。でも、マリモは存在しますから、何か秘密があるだろう、それは何なんだ、ということが一番の興味ですね」
●それ、気になりますねぇ! …仮説でいいんで、どうしてだと思いますか?
「マリモが住む浅瀬というのは、光の資源が豊富な場所ですから、例えば水草とかと競争するべき環境にあります。それに立ち向かっていくための形なのではないかな、と思っているんですね」
●丸いと水草に対抗できるんですか?
「ただ丸いだけだと、水草の方が背丈が高いですから、必ず先に光を奪われてしまいます。ところが阿寒湖の群生地というのは、マリモが3層にも4層にも重なり合って暮らしているので、水草が入ってこられないんですね。要は、丸いということは一個一個のマリモにとっては、一見すると効率的でないように見えるけれども、光がたくさん降り注ぐ浅瀬で、集団を作って競争相手である水草に対抗していくためには、非常に有利な形と言っていいのではないかな、と思っています」
※それでは最後に、現在どんなマリモの保護活動を行なっているのかうかがってみましょう。
「発見当時は阿寒湖の4ヶ所で球状マリモの群生地があったと伝えられているんですけれども、20世紀の半ばまでに半減して、それ以降も水質汚濁の影響などで、ずっと数を減らしてきたというのが実情です」
●それについては、現在はどんな対策を取られているんですか?
「特に、湖水の汚濁に対しては、1980年代に公共下水道を整備して、それまで透明度が夏場では1〜2メートルという時代が長く続いたんですけれども、近年では、過去の中で一番状態がよかった、大正年間になるんですけども、透明度が9メートルという記録があって、これが再び観測されるようになってきました。船の上から湖底のマリモが見えるというぐらいにまで変化しましたね。この数年は本当に綺麗に見られるようになりました」
●すごいですね! ちなみに、大きいマリモは最大で何センチぐらいまでになるんですか?
「2002年に観測された例なんですけども、34センチというのがありました」
●おおっ!
「これはもう、ひと抱えしないと持てないぐらいの大きさだったようです。ただ残念ながら、その調査が行なわれた直後に台風で消えてしまったので、標本として残ってないんです! 写真があるだけなんですね」
●それだけ大きいと、迫力ありますね!
「そうですね。水中で見ても、きっとすごいでしょうね」
●子ども達と一緒に、マリモに関する保護活動もされているそうですが、どんなことをされているんですか?
「現在、取り組んでいるのは“Myマリモ・プロジェクト”と呼んでいるんですけども、展示施設で破損してしまったマリモを、再び球状の状態に戻して、天然のマリモを使わない展示の実現を目指して、一緒に活動しています」
●なぜ、“My”なんですか?
「マリモの中に、ICチップを入れておくんですね。そうすることで、誰がそのマリモを作ったのかが分かります。作った本人には、勝手にそのマリモに名前をつける権利を与えているので、それで“私のマリモ”ということで、Myマリモと呼んでいます。
そして、実はそのICチップをもとにしていろんな情報が記録できるようになるんですね。例えばどこの水域に、いつ入れたマリモが、どれくらい育ったかという記録がずっと録られていきます。マリモの生育条件や、誰が関わったのかということを記録することで、学術研究にも役立てられるし、一般の方たちのマリモの育成活動にも役立てていけるということで、一石二鳥を狙っているところなんです」
●なるほど。子どもたちは嬉しいでしょうね! 自分のマリモに名前をつけられますしね。
「時々、自分のマリモがどれくらい大きくなったのかを確認しに、子どもが見に来ますね。今は地元の子どもたちが中心なんですけども、阿寒湖にいらっしゃった観光客の皆さんにも、こういう活動に参加していただけるようにしていきたいと計画しています」
●なるほど。では最後に、若菜さんが思う、マリモの一番の魅力はどんなところなのか、教えてください。
「ん〜、なんでしょうね。生物学的には球体であることが最大の謎で、それを科学の言葉に直していくことが私の仕事なんですけれども、水中でたゆたうと言うかですね、光を浴びて揺らめいているマリモを見ると、やっぱり素直に“綺麗だなぁ”と思うんですね。そういう光景をいつまでも残していければいいな、と思いますね」
若菜さんにお話を伺って丸くて可愛いまりもは、まさに奇跡のような存在なんだと知る事が出来ました。これからも阿寒湖の環境と共に、いつまでも守られていって欲しいですね。
若菜さんが研究されている阿寒湖のマリモについては、阿寒湖のマリモ公式ホームページをご覧ください。